葬送(ヴァティール視点外伝)5
……オカシイ。
馬車は三週間たっても全く帰城しなかった。
どうやらワタシが眠っているうちに、いくつかの国を併合してそれなりの大規模国家となっていたようだ。
あの王の手腕ならそれも可能な気がしてきたが、いったいどこまで回るつもりなのだろう?
葬儀馬車が帰城したのは、結局5ヶ月後だった。
ゆっくりと静かにアリシアの死を悼みたかったのに、その頃にはもう涙さえ出ない。
ああ……疲れた。それに体中が魔よけの香で臭いし。
それでもやっと遺体が廟に安置されてホッとする。
親子二人きりの対面をいよいよ果たせるのだ。
「ここからは――――――私とアリシアの二人きりにしてくれないか?」
ワタシの言いたかったセリフをそのまま横取りし、待ち望んだ『親子の時間』を邪魔したのはもちろん、空気の全く読めない男・エルだった。
「アリシア……どうしてこんなに早く逝ってしまったのだ……」
エルの泣き癖は、ジジイになってもまったく変わっていなかった。
アリシアの死亡年齢は別に早いって程でもなく、むしろ平均よりは数年長い。
しかし奴は遺体に取りすがって延々と泣いている。
少しは成長しろよ、オイ。
さっさと引っ込め。ワタシに順番を譲れ。
しかしコイツも本当の意味では泣けていなかったのかもしれない。
というか……そういえばエルは、今までの葬儀行列でも全く泣いていなかった。
あんなに泣き虫なのに、コイツなりに我慢していたのだなァ。
それは『成長』と呼べるものなのかもしれない。
結局エルは朝方まで泣き続けた。
ジジイなのにこんなに泣き続けたら、干からびて死ぬんじゃないか?
さすがに少々心配になる。
そして、ここまでアリシアに執着されると、この体を借りて行きにくくなる。
ワタシはアリシアの体を借りて、世界中を旅して周るつもりだった。
遊びに行くのではない。ワタシの本体を探すためだ。
王にもかつて本体探しを依頼した事があるのだが、手がかり一つ見つけられなかった。
あの根性ワルのアースラが、底意地の悪さの全てをかけて隠したのだから、見つからないのはむしろ当然だろう。
ワタシとしても魔縛の効果でエルから遠く離れるわけにはいかなかったから気休めに頼んでみただけで、心から期待していたわけではない。
そうは言っても、ワタシにはやはり自身の本体が必要だ。
アリシアの体では、どんなに丁寧に扱っても千年持てば良いほうだし、いくら本人の了承があるといっても、遺体が傷む前に子孫たちの住むこの城に戻して安らかに眠らせてやりたい。
また、この体でいる限り、魔法もわずかしか使えない。
無理に強力な魔法を使えば、愛娘の体を破壊することになるからだ。
リオンと同等に近い良い体を見つければ移りたいところだが、人間の体を無理やり奪ってあの時のような思いをするのはもうコリゴリだ。
だから、本体をどうしても探したい。
しかし、うっとーしく泣き続けるこのジジイをどうしよう。
当初はエルにかけあって魔縛を完全に解いてもらい、アリシアの体を借りて旅に出るつもりだった。
でもこの有様ではおそらく無理だ。
リオンの体をたった数年借りたときでさえ、このジジイは陰々と恨みやがった。
ここでアリシアの体を無理やりエルから奪って旅に出たら、あの時みたいにしつこく、しつこく……それはそれはもう、しつこぉぉぉぉぉ~く恨まれまくるだろう。
仕方がないなァ。
もう数年待っていてやるよ。
気が済むまでアリシアの側で泣くがいい。
お前の側にはもう……お前を安心して泣かせてくれる者は、一人も居なくなってしまったのだから。




