アリシア外伝2 掴む手 10
悪夢からも解放されつつあった頃、私に、小さな『妹』が出来た。
きらきら光る金の髪に、青い湖水のような大きな瞳。
年は10歳程で、しゃべり方もまだまだ幼い。
私を見上げて『お姉さま』と呼び慕ってくれる彼女は、実は『大国のお姫様』だ。
奴隷出身の私とは、著しく身分が異なる。
にもかかわらず、彼女が私を姉のように頼るのは『人質の身』だからだ。
大国アレス。わが国を侵略し、暴虐の限りを尽くした敵国の憎き姫。
それが彼女の現在の立場だった。
彼女はその小さな体に国中の憎悪を受けた。
ヴァティール様が引き取って面倒を見なければ、幼い彼女の精神は壊れていたかもしれない。
それほどに苛烈だったのだ。
自身にも娘が居ただけあって、ヴァティール様の姫に対する世話焼きぶりはたいしたものだった。
それを寂しく感じることもあったけれど、これはまあアレだ。
新しく赤ちゃんが生まれたら上の子が拗ねるという、昔からよく聞くアレなのだろう。
しかし、エリス様はとても可愛いらしい優しい姫様で、すぐに私も彼女の事を大好きになった。
敵国の姫と言っても、こんな小さな子に罪は無い。
同じように親から引き離され、苛烈な環境に置かれたことのある私は、姫を憎む気には到底なれなかった。
姫に優しくすることで、時に私も悪く言われた。
そんなときは、ヴァティール様が恐ろしい形相でシメて回っていた。
普段、部屋の外では可愛らしく振舞っているヴァティール様だけど、そういう時は地が丸出しだ。
リオンじゃないことがバレちゃうよ、ヴァティール様……。
そんな風にハラハラしつつも、何だか嬉しい。
ちゃんと私の事だって大切にしてくださっているのだ。
ただ、その光景。どっかで見たことがあると思っていたら……そうだ、エルだ。
エルも弟を悪く言うヤツをシメて回っていたっけな。
弟を甘やかし過ぎるその光景が危なっかしくて、色々言ったりもしたけれど、リオンも今の私のような気持ちだったのだろうか?
リオンは母の顔も、父の顔も知らないと言っていた。
なら、兄が捧げた過保護なまでの愛は、リオンにとっては心の支えで、どうしても必要なものであったのかもしれない。
今頃気がつくなんて、私って馬鹿だなぁ。
きっと、リオンの中の『幼心』が満足するまで、あのままで良かったのだ。
そんなことを思って胸が痛む。
そしてヴァティール様とエルは、その他でもけっこう似ているような気がする。
エルほどトホホで過保護なわけではないけど、涙もろいところもそっくりだ。
リオンの事さえなければ、案外二人は仲良くなれると思うんだけどなぁ?
今はまだ、そんな事を口には出せないけれど。




