アリシア外伝2 掴む手 6
「えっ! えええっ!?」
慌てて起き上がろうとしたら、押しとどめられた。
ふと窓の外を見ると真っ暗で、私は数時間眠っていたらしい。
「なあ人間の女よ。ワタシには娘が一人居た。だからこういう看病は慣れている。
お母さんでなくてすまないがな」
そう言って私を見るヴァティール様の目は、何だか優しく悲しげだった。
体はリオンのものなのに、その表情は、子供のものではありえない。
「エルにオマエの母親を呼ぶよう言ったのだが、それは出来ないらしい。
だから、ワタシですまないが、我慢しろ」
小さな手で髪を撫でられて、不覚にも涙が出た。
お母さんもよくこうやって……私を撫でてくれたのだ。
もう会えないお母さん。
12歳のときに引き離されて、やっと会えたときには死んでいたお母さん。
気丈な娘だと周りからは言われてきた。
どんなにつらいことがあったって、たやすく泣いたりはしなかった。
でも、そうでなければ生きてなどいけなかった。
皆からは頼りにされ、今は悩みも、辛いことも、何も無いのだと思われて羨ましがられることすらある。
けれど、本当の私は弱い。
今だってお母さんに優しく頭を撫でて欲しい。子供のような心を持ったままなのだ。
「ワタシの娘の名はアリシア。
オマエと同じ名だ。私は『アッシャ』と呼んでいたが……」
ヴァティール様がぽつりと言う。
「あの、娘さんは今……」
何気なく口に出して、ハッとする。
ヴァティール様の紅い瞳から、涙がこぼれたからだ。
「もういない。あのクソ魔道士が娘を……。
アッシャに会いたい。せめてどんな最後だったのか知りたい。
あの子は苦しんで死んだのだろうか?
オマエのように、親であるワタシを求め、呼び続けていたのだろうか?
最後に一度でいいから、アッシャと会って話がしたかった。
抱きしめてやりたかった」
嘆き悲しむ姿はまるで人間のようで……いや、子供を失う痛さは、人間も魔物もきっと変わりはしないのだ。
その時からヴァティール様は、私の事を『アリシア』と呼ぶようになった。
今まで名を呼ぶことが無かったのは、娘と同じ名を呼ぶのがつらかったからなのかもしれない。
ごめんねリオン。
私はもう、この方を憎むことは出来ない。
あなたの体を奪った奴なのに……。




