9.鳥篭の外へ
「いいんだよ。王子のお前がそんな事をする必要が、どこにあるんだ?
それに俺とお前は、もうすぐこの国を捨てる。もう、この呪われた王家に囚われなくてもいいんだ」
俺は、小さな弟を抱きしめた。
クロスⅦが死んでなお、自ら王家に尽くし、縛られ続けようとするリオンが哀れだった。
しかし、この小さな少年は力なく首を振った。
「でもやっぱり……国を捨てるなんて……兄様と行きたいけど……兄様が一番大切だけど……始祖様たちが命懸けで創ったこの国を捨てるなど、許されることではありません」
「じゃあ、黙って父上に殺されることが最善なのか!!」
その言葉に、リオンは俯いた。
「違うだろ? 俺は禁忌を破ってお前に会った。お前はクロスⅦを殺した。そんな俺たちを父上が許すと思うか?
俺たちはもう、いらない人間なんだ。
だったら国を出て、俺たちの力で勝手に幸せになる。
特にお前はあんな地下に閉じ込められて、人並みの幸せを与えられなかったんだ。
これからは、幸せになるべきだ!!」
リオンは俺を見て、悲しげに微笑んだ。
「兄様、たしかに僕には自由がなかったけれど、不幸だった訳ではありません。兄様が僕を気にかけて下さっていただけで、十分幸せでした。
兄様と王家のため……国の善良なる人々のために祈り続けることが、僕の幸せでした」
その表情を見て、理解した。
そうか。
代々の王たちが神官魔道士を閉じ込めたのは、このためだったのだ。
リオンは、同じ年頃の子供と比較すると極端なぐらい、何も欲しない。
師からは『私欲』は悪と教えられ、今までだって、何も望まずただ厳しい修行だけを押し付けられ、受け入れてきた。
『魔獣の封じ主である神官魔道士を王家に縛りつけ、国を守護させる』
ただ、そのためだけに彼らが存在できるよう人から隔離し、己のための夢を……幸せを持たない、生きた人形に育てる。
始祖たちの考えた、平和を維持するためのシステムは、なんと浅ましく恐ろしいものなのだろう。
だとすると、リオンの師であるクロスⅦも加害者というより、被害者の一人であったのかもしれない。
王家に尽くす人形として先代から育てられ、自身もまた人の心を持たぬまま、リオンを育て上げた。
そして王家のためにだけに生き、命を落とした。
本当に哀れな存在だ。
このまま地下神殿で、誰ともかかわらずに成長すれば、リオンだってそうなっただろう。人の姿をしただけの、人形に。
でも、今のリオンは人形なんかじゃない。
触れれば暖かく、その表情は豊かで、俺の前では幸せそうな笑顔を浮かべる。
なにもかも間違っている。
この王家は、根本から間違っている。
俺は、小さな子供を犠牲にしてまで王位など継ぎたくない。ヒトを人形に変えてまで、安楽に暮らしたくは無い。
代々の王は、道を誤った。
犠牲の上に成り立つ国を維持するのではなく、王たる矜持をしっかりと持って、悪しき因習を打ち砕かねばならなかったのだ。
それをしなかった結果、温もりを知らぬ、孤独で不幸な子供が生まれてしまった。
絶対に許せない。
そうは言っても、優しく美しい母上や、3歳にも届かない可愛い妹に罪は無い。
二人と別れるのだけはつらかった。




