アリシア外伝・窓の外の雪 25
しばらく待っていると、リオンが決意したように涙を拭いた。
「……色々知らなくてごめんなさい。ご迷惑をおかけしました。
そしてアリシアさんのおっしゃりたい事、……よくわかりました」
おお!
あのリオンが私に謝った!!
意外に素直じゃないの!!
「…………ですから、アリシアさん…………教えて下さい。
僕、何でも頑張って覚えますからっ!」
うんうん。なんて可愛らしいのっ!!
オネエサンが何でも教えてあげるわよっ!!
「どうやったら…………」
うんうん。どうやったら。
「すかぁとが買えるんですかっ!!」
ぶっ。
私は再びお茶を吹いた。
そして今度はリオンもよけた。
よくもこんな至近距離でよけられるものだ。
どういう反射神経をしているのだろう。
しかし、感心している場合ではない。
「な、何でスカートなんか欲しいのよっ!!」
「女の子になって兄様と結婚するためですっっ!!
さぁ、早く僕に教えて下さいっっ!!」
リオンは身を乗り出して叫んだ。
「だから、男同士は無理だってさっき言ったでしょ!!」
私も負けずに身を乗り出して叫んだ。
「無理なら男なんて今からやめます!!
すかぁとを買って女の子になりますっ!!!」
…………駄目だこりゃ。
常識うんぬん以前の問題だ。
「あのねリオン。スカートをはいてもそれで『女の子』になれるわけじゃないのよ?」
「では…………どうやったら『女の子』になれるのですか?」
リオンが小首をかしげて問う。
この可愛らしい見てくれと態度なら、もう女の子で通ると言えば通るだろう。
むしろ、知らない人なら『少女』にしか見えないかもしれない。
でも…………それでもリオンは『男の子』なのだ。
こんな調子のまま育って良い筈がない。
「いい、リオン?
『なる』とか『ならない』とかの話じゃなくて…………生まれたときに『それ』はもう決まってるのよ。
あなたがスカートをはいても、それは『スカートをはいた男の子』になっただけで、『女の子』になれるわけじゃないの。
わかった?」
そう言うと、リオンは一瞬『が~んっ』て顔になったけど、キッと眼を吊り上げた。
「でもっ、男とか女とかおっしゃるけど、具体的にどこが違うのですかっ!?
僕もアリシアさんも目は二つだし、鼻はひとつで口も一つ。
手足だって二本ずつで、ちっとも変わりは無いじゃないですかっ!!」
「え……っと、それ……本気で言ってるの……?」
恐る恐る聞くと、彼は真顔でこっくりと頷いた。
「あの……リオンはお母さんとお風呂に入った事とかない?」
「お母さんはいません。会ったこともありません」
えっ!
「じゃあ、お父さんは?」
「いらしたけど、もう亡くなりました。
父様は住む場所や服は下さったけど、僕は会ったことも喋ったこともありません。
可愛がって下さったのは兄様だけです」
……何か聞いちゃいけないような、すごく複雑な家庭に彼は育ったらしい。
多分、正妻がものすごく強い、貴族かなんかの隠し子だったのではあるまいか。
で、『お母さんに一度も会った事が無い』というのはつまり、リオンを生んですぐに亡くなったって事なのだろう。
そりゃエルも弟が不憫で、でろでろに甘やかすわ。
にしても、男女の区別の付け方ぐらい……普通は自然と知るものなのになぁ。
ひょっとしてエルが『男の子』って言ってるだけで、本当は正真正銘の『女の子』だったりして……?
虫除けに男装させているだけっていうのは、兄のあの可愛がり方をみれば十分納得がいくし、リオンのこの可愛さならありえない話じゃない。




