アリシア外伝・窓の外の雪 1
アリシアたちが、アルフレッド王のところに身を寄せてしばらくたった頃のお話です。
一部大変文字数の少ないページがあります。申し訳ありません。
今日の掃除当番表をもう一度確認し、私は地下の闘技練習場へと降りて行った。
アルフレッド王に拾ってもらった私たちは『親衛隊』候補生に加えられ、毎日その場所で修練を積んでいる。
しかしそれが終われば、暖炉の火は始末する。
地下であるその場所は、今の時間なら当然寒い。
旧ブルボア王国・ガルーダ領の冬は、それなりに厳しいと聞いてはいたけれど、今年の冬は本当に冷える。
長年この国に住んでいた人たちでさえ、そう言っていたぐらいなのだ。
もう日はとっぷりと暮れ、時計の針は夜の8時をほんの少し過ぎたところ。
夕方までビッチリと使用される闘技練習場ではあるが、今の時間帯には掃除当番の者を含め、誰も居ないはず。
……しかし、あの少年はきっと今日も来ているに違いない。
「何をしに来たのですか? アリシアさん」
闘技練習場の重い扉を開けると、のっけからこれだ。
もう結構な時を一緒に過ごしたはずなのに、この『見かけだけ愛らしい子供』は私には全く懐かない。いや兄以外、誰にも懐かない。
「邪魔です。そこ、どいてください。
早くしないと、兄様がお風呂から出てきてしまいます」
兄が女々しく長風呂をしている間、このちっちゃい弟が何をしているかというと、秘密の戦闘訓練……というわけではなく掃除である。
誰かに言われたわけではない。
もちろんイジメでもない。
でも、彼は昔から徹底した掃除を仕込まれてきたらしく、男どものいい加減な清掃が、どうしても我慢ならないらしい。
「手伝うわよ」
「けっこうです。邪魔なだけです」
何度も何度も繰り返されてきたやり取りだが、今日もリオンの返答は無視してほうきを手にとる。
私だって掃除は上手だ。
売られる前は宿屋の娘としてきちんと働いてきたし、売られた後は公爵家の侍女としてやはりきちんと働いてきた。
だけどリオンは迷惑そうな、嫌~な顔でそっぽを向いた。
そうして黙々と作業に戻る。
彼もわかっているのだ。
言い争ったところで私は好きなようにするし、リオンは兄が風呂から出るまでの間に掃除をやり終えたいはず。
なぜなら掃除の出来ない『駄目男メンバー』の中にはエルもきっちり入っていて、自分が間接的にでも兄に『駄目出し』をしていることを、リオンは知られたくないようだったから。
掃除の間中、私はリオンに話しかける。
もちろん返答などは返って来ない。
でも、そんなことに傷つくほど、私の神経は細かくは出来ていない。
もしも私が繊細な娘であったなら、今ここに、こうして生きてはいないだろう。
掃除が終わったら、リオンは無言のまま私の方は見もせずに、兄の元に早足に帰って行く。
あ~あ。行っちゃった。
今日も全然会話にはならなかった。
何でこんな不毛な事をしているのかというと、アレだ。
リオンにはいくばくかの『恩』があるからなのだ。
恩返しなんかガラじゃないけど、リオンは私の罪深い母親のために涙を流してくれた。
そうして、母が天に召されるよう丁寧な祈りをあげてくれたのだ。
『母の話』は何となくタブーな気がして、二人には聞けずじまい。
だが、母はエルとリオンに対して『私にしてくれたような方法』で可愛がっていたのだろうと、予想はついた。
あの気が強くて兄にべったりなリオンが兄以外の者に涙を流したのだから、相当懐いていたことは疑いようも無い。
罪深いなぁ……。
可愛がった後、騙して売り飛ばすだなんて。
しかしそれらはすべて私を買い戻したいがゆえの行動だったのだから、一番罪深いのは母ではない。
私なのだろう。
リオンが私に懐かないのも無理はない。
それでもここに来れば、彼の笑顔が一瞬、見れる。
掃除が終わり兄の部屋に帰る際、彼はたまらなく嬉しそうに笑うのだ。
もちろんその笑顔が向けられる先は『私』ではないのだけれど。
う~ん。
エルは確かに極上の美少年だけど、そんなにいいものなのだろうか?
けっこう無神経でいい加減なところが多いし、掃除だって、てんで駄目だ。
おまけに極度のブラコンで、わがままで、育ちが良さそうなわりに口が悪い。
絶対『旦那にはしたくないタイプの典型』なのに、リオンは恋する乙女のような瞳でいつも兄を見つめている。
正直言って、アホじゃないかと思う。
リオンの年であそこまで兄にかまわれたら、普通はうっとうしく思うはず。
なのに、それが嬉しいだなんて……本当に不思議な関係だ。




