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アースラ編・花園の神(アースラ視点番外編) 3

 禁忌。


 何年たとうと私はこの言葉が嫌いだ。

 一族の目がなんなのだ。助ける力があいつにはあったのに使わなかった。


 あれから6年が経つ。

 

 妖魔に送られ遠い国に逃げ延びた私とシヴァは、それぞれ別の道を歩んだ。

 シヴァは国を再興するため縁戚の王の元に身を寄せ剣の腕を磨き、私と妹は魔道を学ぶためリルドルーンに行った。


 リルドルーンは魔人のごとく強いアレス王が育った魔法都市だ。

 奴はすでに破門されていたが、私は奴と同じ師に仕えて死に物狂いで修行した。


 もう死んだものと思っていた妹はヴァティールが助けたようで「餞別に」と言って、あれから間もなく私に寄越した。


 その時のヴァティールの衣服や顔は綺麗なままで、彼にとって人間の戦に割り込んでひょいと少女一人をつまみあげて帰るぐらいは蟻の荷を横取りするような気安さなのだと思い知った。


 シヴァは初恋でもある私の妹と思いがけなく再会できてヴァティールに泣いて感謝していたが、私の思いは違う。


 あれだけの魔力があるのに。


 その気になりさえすれば、国ごと助けることだって出来たのに。


 彼は、やらなかった。


 戦が終わった後、晒された兵士の首は数千。

 川に投げ込まれた罪無き祖国の民たちの死体を食べて、国中の魚は超え太ったと噂に聞いた。


 回収できなかった私の父母の遺骨もどのように朽ちていったのか……今はもう知るすべは無い。


 あいつが力を貸してくれたなら、起こらずにすんだ悲劇が数え切れないほどあった。

 神のごとき力を持ちながら、森で遊んで過ごすことにしか使わないあいつ。


 憎い……憎い。


 あいつが憎い。

 皆を見殺しにしたあいつが憎い。


 もし私があいつだったなら…………。

 そうだ、簡単な事だ。


 私があいつに成り替われば良いのだ。


 禁忌などクソ食らえ。

 私なら民を幸せにしてやれる。

 

 全ての禁忌を犯してでも、私は神の力を手に入れる。


 いつの日かあの憎い妖魔のすべてを奪ってやるのだ。



 また月日が過ぎ、私はヴァティールを手に入れた。


 あの森にのうのうと住むアレをおびき出すなんて簡単だ。

 数々の禁忌を冒して手に入れた秘術と、それを発展・再構成した技で奴を捕縛し肉体と分離させる。


 ほら、もう奴の能力は全て私のものだ。


 どうだ凄いだろう?

 ヴァティールを手に入れた私は魔人とうたわれたアレス王でさえも、もはや敵ではない。王は私に屈服し、近隣諸国は平和になった。

 それでもまだ不十分。


 近隣の国も吸収する。なに、ちょっと術を使うだけで王たちは喜んでその位を明け渡した。


 平和になったからと言って私欲に税金を使う王なんていらない。

 民を虐げる王なんていらない。


 私などはこれほどの力を持ちながら、簡素な神官服しか着はしない。

 財も持たない。

 世界を平和に導くための魔道具さえあれば良いのだ。


 窓の外からは城を揺るがすほどの歓声。


 完璧なる善政を引くエルシオンの国民になれたことを誰しもが喜んでいる。

 今後税金は下がり、罪人は正しく罰せられるだろう。

 いや、善の結界を強化すれば罪人さえもが聖人に代わる。


「……これで本当に良かったのか?」


 隣には儀式用のローブを纏った我が従兄弟にして友であるシヴァ。

 神聖なるエルシオン王国の始祖王となった男。


「良いに決まっている。お前だって見ただろう?

 アレス王に処刑され、塩漬けにされた恨めしそうな王と王妃の首を。重臣たちの首を。

 私たちの国だけじゃない。多くの国がアレス帝国の犠牲となった。そのとき神は……そしてヴァティールは何をしてくれた?

 お前だって私と共に、どんな手段を使ってでも勝つと誓ったじゃないか」


 シヴァは唇を噛むばかりで応えない。

 甘い男なのだ。

 あれだけの悲劇を見ても、奴は非情にはなり切れない。


 私の父母もそういうタイプだった。

 そして猛火の中、神の恵みを信じたまま死んでいったのだ。


 シヴァの甘さは人を惹き付ける長所にはなるだろう。

 王の資質の一つとしてはあっても良い。


 でもいつか、その甘さが彼を破滅させるに違いない。


 そうならないよう、私が側に居て守ってやらないと駄目な男なのだ。



 それからまた、月日が経った。

 一つのことを除いては、すべてが順調に進んでいる。


「アースラ様大変です!! ヴァティールが暴れています!!」


 顔までも隠すような、白くひらめく聖衣を纏ったクロス神官の一人があわてた様子でやってくる。


「またか。せっかく妹の体までくれてやったというのに」


 愛する妹は、14年前に亡くなった。王妃とはいえ、まだ十代の若さであった。

 死の原因はヴァティール。奴の魔力暴走に巻き込まれて死んだのだ。


 でも悲しんではいけない。

 私は『神の力を持つ守り人』なのだ。

 この命続く限り人々を幸せに導びくという使命があるのだから、ちっぽけな私情に捕らわれて公共の益を損なう事は許されない。


 神殿の地下に続く長い螺旋階段の下からは、数人の悲鳴が聞こえてくる。


「暴走状態になると、結界を強化していてもクロス神官達の手には負えぬな。まぁ、細切れになっても肉片さえあれば再生させることは出来るが……あの様子ならどうだか」


 小さく呟きながら歩みを早める。


 私の直属として仕えているクロス神官は現在10人。クロス神官とは、不死の実験によって一度死に、蘇った者たちを指す。そのすべては私を慕い、実験に志願してくれたくれた修道士たちである。


 でも不死の術がうまくいかず、体は支障なく動いても心はどこか壊れたままだ。


 生前の名をそのまま呼んではいるが、再生するたび人格のズレは酷くなり3~4回の再生で使用に耐えなくなる。

 まだまだ改良が必要だ。


 私の寿命が尽きるまでに不死の術を完璧なものとせねばならない。

 限りある命しか使えない『守護代行者』ではなく、人々を永遠に守ることが出来る『神』となるために。

 ……急がねば。


 善の結界はヴァティールを捕縛したことでほぼ完成した。術式はすでにあり、あとはどう魔力を供給するかだけの問題だったから。

 あとは私が不死となり、人知れず『神』となるだけ。


 当てにならない現存の<神>になどもう頼らない。

 私自身が神となって永遠に、確実に、この国と王、そして民たちを守るのだ。


 不死の術さえ完成すれば、私はそれらを成すことが出来るだろう。

 だから妹やシヴァの娘、数十人の私を慕う神官や修道士を犠牲にしたところでそれは些細な問題である。


 私には禁忌など無いのだから。


 何度も苦々しく私の頭をよぎるのは、あの日ヴァティールが言った言葉。


「私は私の手に余る数の人間を助けるつもりは無い。『神様ごっこ』は一族の中では禁忌とされている」


 ――――『ごっこ』なんかじゃない。


 滅び行く民を無責任に見捨てたリノス神。

 そして、森で遊び呆ける事のほうが大事で、時々子供を助けては『いい奴』のような顔をして満足していたヴァティール。


 奴らとは覚悟が違う。


 幼き日に私は誓った。

 全ての『私個人の幸せ』と引き換えて、民たちを守り幸せにすると。


 その誓いの通りに私は生き続けている。



 幾重もの結界を抜けて、神殿の地下にある重結界部屋にたどり着く。


「アースラぁぁあ!!」


 酷くひしゃげた体は、元は精霊のように美しかった我が妹のもの。

 髪は真白に変わり果て、穏やかな水面のようだった瞳は憎しみの赤に染まっている。


「娘を……アッシャをどこにやったァ!! あの娘だけは実験に使わないと言ったじゃないか!

 だからワタシは憎いオマエに協力して……」


「協力じゃない、強制だ」


 私は冷たくあいつに言い放つ。


「アッシャがいようといまいと、お前には私に従う以外の選択肢など無い。

 あの時……お前の前に身を投げ出して、頭を地にこすりつけて願ったのに、お前は聞いてくれなかったじゃないか。

 今度はお前が絶望の淵に沈む番だ。あの時私は、お前の全てを奪ってやろうと決意したのだ」


 血の涙など流したって知った事じゃない。


 お前が虫けらのように思っていた人間の、絶望からくる力を知れば良い。

 私はお前に成り代わり、完璧なる慈悲を持つ恵み深い神となる。


 ああ、それでもまだ一つ足りない。

 お前から奪えていないモノ……いや、与えていないものががあと一つある。







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