アースラ編・花園の神(アースラ視点番外編) 1
森の奥には枯れる事の無い不思議な花園があって、そこには美しい神が住まうという。
神は子供が大好きで、森で泣く子がいたら必ず助けてくれるのだそうだ。
子供ながらに超現実的だった私は、そんな嘘くさい『民間伝説』などは信じていなかった。
でも従兄弟であり、世継ぎ王子でもあるシヴァはどうもその話を信じきっているようである。
「調理場のあの口の軽い女は厳重注意しておかねばならないな。
信じやすいシヴァにあんな下らない嘘を吹き込むなんて。
……ウチの国には<リノス神>しかいらっしゃらないんだよっ!」
ブツブツ文句を言いながらも私は、足早に神殿に向かう。
まだまだ見習いとはいえ私も神に仕える身。
清らに身を繕って今日も神に感謝の意を捧げるのだ。
わが国は偉大なるリノス神のみを崇める一神教の国。
現王の弟である我が父上は大神官として毎日身を慎み、神に祈りを捧げる日々を粛々と送っている。
私もそんな父を尊敬し、将来立派な大神官となるための勉強をしているからこういう事には詳しいのに、シヴァは聞き入れない。
「でも……リノス神様は祈ってもちっとも出てきてくれないし、子供好きな森の神様と遊んでみたい~っ!」
そんな愚かな言葉を目をキラキラさせながら吐き散らしているシヴァは馬鹿だ。
常日頃から馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、本当に救いようが無いほど馬鹿で浅はかな奴なのだ。
森に現れるのはおおかた神を騙る、邪悪で低俗な魔物であろう。
信仰の対象は我らが偉大なる神・リノス様だけでよい。
かの神は天に住まう光り輝く立派な神様であり、国が貧しかった頃、様々な恵みをもたらして下さった。
敵対する国に疫病をはやらせて撃退して下さった事もある。
慈愛と慈悲に満ち溢れた素晴らしいお方なのだ。
シヴァは将来、リノス神様の御加護を受けて王となる身なのに、こんな下らない民間伝説に夢中になって……恥ずかしくは無いのだろうか?
大体あの森には狼が多い。
荒くれ商人たちですら護衛をつけねば通行許可が出ないのに、子供がこっそり入り込んだとしても生きて出られる保証は無い。
ちょっと剣が得意なぐらいで森に遊びに行こうだなんて、馬鹿げているにも程がある。
本当にシヴァは能天気で頭が足りない。
同じ年とは思えない。
そんな事を考えていた10歳の秋だった。
目覚めた場所は見覚えの無い花園だった。
今は秋。
なのにあらゆる季節の花が咲き乱れているのは、まだ本当は夢の中に居るからなのだろうか?
「う……」
起き上がろうとして苦痛に呻く。
体の数ヶ所に包帯が巻いてあり、滲む赤い血を見て全てを思い出した。
ああ、夢なんかじゃない。これは現実。
私たちは狼に襲われたのだ。
別に来たくて森に来たわけじゃない。遊びに来たわけでも、シヴァの馬鹿話に乗ったわけでもない。
そこしか脱出ルートが無かったのだ。
私たちの美しい国は『青い鎧の悪魔』と呼ばれる者たちによってまもなく滅ぶ。
いや、もう蹂躙されつくされてしまったかもしれない。
小さいけれど美しい、皆が仲良く暮らすとても良い国だったのに。
北の新興国アレス。彼らがある日突然襲ってきて、滅茶苦茶にしてしまったのだ。
アレスの帝王は魔道士上がりで、投降する者にも容赦しない悪魔のような男だった。
私の叔父でもある王様、そして臣下たちは世継ぎであるシヴァと大神官候補生の私を逃がすため国に留まり戦った。
「たとえ国が滅びたとしても、お前達さえ生き残ることが出来れば、また国を興すことが出来る。だから……お行き」
王のその言葉に、私たちは頷くことしかできなかった。
皆を置いて、ひっそりと逃げ延びることしか出来ない自分の無力さに唇を噛む。
でも無力な子供である私達に出来ることは、ただ『生き延びること』だけ。
数名の護衛と共に私達は密かに城を後にしたのだった。
森の中、ふと気づくと最後まで一緒にいたあの従兄弟が居ない。
護衛の者が狼に食い殺されても最後まで剣を振るい、怪我をした私を身をもってかばってくれた頭の足りない、しかし優しい私の大切な友が。
「シヴァっ! シヴァあぁーっ!!」
あわてて大声で叫ぶと従兄弟は銀髪で背の高い、美しい妖魔に手を引かれて現れた。
そうか、花園————ここは、あらゆる季節の花が咲く、不思議な不思議な『神の花園』
ということは、これが『神』と呼ばれていたモノの正体なのだろうか。
「シヴァ! それは魔物だ! こっちに来い!!」
「えっ……?」
私の言葉にシヴァが首を傾げる。
でも妖魔の手を離そうとはしない。
ああ、私の従兄弟はなんて馬鹿なのだろう。
知っていたけれど、腹立たしい。
「魔物じゃないよ。神様だよ。……ねっ?」
「まぁ好きに呼べ。どっちでもかまわん」
魔物は不思議な響きの声で普通にニコニコと笑いながらシヴァと話していた。
奴の容姿は一見すると妖精に近い中性的な感じだが、持つ魔力のせいか弱々しい儚さはない。
こいつが神だと名乗れば、それを信じてしまう奴は多いだろう。
しかし大神官候補生として幼い頃から修行をしてきた私は知っている。
悪魔とは、天使の姿をして現れるものなのだと。
「リノス神に仇なす妖魔め! シヴァから離れろっ!!」
叫ぶ私に今度は妖魔が首を傾げた。
「リノス神?
…………あ~~~、もしかしてリノっちの事かァ?」
「り……リノっち………………?」
驚愕に目を見開く私にかまわず、魔物は言葉を続けた。
「別にリノっちに仇なんか、なしてないぞ?
仇(?)なしているのは主にリノっちの物凄く強い嫁さんだ。
う~ん。10年ぐらい前に夫婦喧嘩のあげく泣きながら南の国に逃げていくリノっちの後ろ姿を見たのが最後だったと思うのだが……」
「いい加減な事を言うなっ!! このクソ妖魔っ!!」
私は渾身の力で怒鳴った。
「いい加減な事じゃない。奴は嫁さんが強すぎたせいか『人間との神様ごっこ』にはまっていたのだが、それが嫁にバレて『いい年して情けないっ!! オマエはちっちゃい子供か、恥さらしッ!!』と蹴り出されたんだ。
全く……馬鹿なくせに森のニンフと浮気はするは、変な趣味はあるは……あれでは嫁が怒ってもしょうがない。嫁の方が可哀想だ」
魔物はガラス細工のような美しい顔でやけに人間臭く「ふう」とため息をついた。
「アースラ、この『神様』が俺たちを狼から助けてくれたんだよっ!」
シヴァが顔を輝かせる。
それと対照的に妖魔が眉間にしわを寄せた。
「ちょっと待て……やっぱり神とか呼ぶな。好きに呼べとはいったが、周りに聞かれたら頭がおかしいと思われる。主に私が」
そう言って妖魔は辺りをうかがうように首を動かした。
「神様……じゃないの?」
「違うなァ。年寄り連中は『人間に出合ったらとりあえず<魔獣>とでも言っておけ』と勧めるけど、そう名乗ったら100%逃げやがるし……。
かといって、好きに呼ばせてたら勝手に『神』扱いされる始末。
子供の頃ならともかく、私の年齢ならそろそろそういうのは卒業しないとマズイんだよ」
そう言うと妖魔はまた「はぁ」とため息をついた。
「真名は人間には教えられない。
でも呼ぶなら……そうだな『ヴァティール』とでも呼べ。過去に名を馳せた魔獣の名だ」
『ヴァティール』はにっこり笑うとシヴァの頭をわしわしと撫でた。
それに対してシヴァも嬉しそうだ。
あいつ……妖魔の分際で、なんてシヴァに馴れ馴れしいのだろう。
王族の頭をなでるだなんて!!
我が従兄弟は正真正銘の馬鹿だが、良く言えば天真爛漫なので、臣下からも友人からも好かれていた。
それでも一応は世継ぎ王子。ここまで馴れ馴れしい奴は今まで居なかった。私を除いて。
「シヴァ! 騙されるな!! 離れろっ!!」
叫びながら我が従兄弟を妖魔から取り返す。
「……ったく。助けてやったのに可愛くない餓鬼だなァ。心配しなくても親のところまで送ってやるさ。親はどこに住んでいるのだ?」
ヴァティールと名乗ったその妖魔は無神経に聞いた。
「…………居ない」
「え?」
「戦で死んでもう居ないっ!! 父上は国民を救うため……神降ろしの儀式を猛火の中でやり続けて亡くなった。母上だって……」
「そ、そうか。それは悪いことを聞いた。何か騒がしい気はしてたんだ。でも、戦だったとは」
魔物はオロオロとして私に詫びた。
でもその後、すぐにニッコリと笑った。それはそれは嬉しそうに。
「なら、この森で暮らさないか?
もう人間の子供は飼わないと決めていたが、お前らは今まで見たどんな子供より綺麗だし、ひと時飼ってみるのも楽しそうだ。
前の子供はうっかり死なせてしまったが、今の私なら十分に知識もある。
うんと可愛がってやるから、ワタシに飼われてみないか?」
ニコニコしながら吐き出された言葉の意味がよくわからなくて、一瞬フリーズする。
でも、フリーズしている場合では無いとすぐに気がつき青ざめる。
トップのイラストはフリー素材を使用して描いています。
R・かな様ありがとうございます。




