外伝 ヴァティールの独り言11
屈辱に満ちた永い眠りから目覚めたのは、ずっと後。
目の前にシヴァ王の面影を宿した少年がいた。
年は娘よりすこし幼い。
泣きはらした瞳は、赤く腫れていた。
それでもワタシの『今の容器』をかたく抱きしめて離さない。
泣き続ける少年の魔力はあれらによく似ていたので、すぐにシヴァ王かアースラの近しき者だろうと見当がついた。
憑依した方の少年の記憶を探ってみるとやはりそうで、もう300年もの月日がたっていた。
当然、人間であるワタシの娘も……もう、とっくに死んでしまったのだろう。
結局ワタシは娘のために何一つ出来ぬまま、あの子を死なせてしまったのだ。
……目の前にいるこの金の髪の少年。
ワタシの涙と魔力を絞って繁栄してきた、あの憎いエルシオン王家ゆかりの少年。
どうしてくれようか。
「……おい、ヴァティール。本当にちゃんと聞いているのかっ!?」
ハッと現実に戻ると、エルがイライラしながらこぶしで机を叩いていた。
そうだった。
今はブルボア王宮。
エルに説教されてる最中だった。
ちなみに思い出に浸っていたので、話は全く聞いてなかった。
コイツの説教はとても長いうえ、いつも同じ内容なので聞き流す癖がついてしまっているのだ。
「なぁ、ヴァティール。俺は何も難しい事を言っている訳ではない。
多少言葉が荒いのは我慢しよう。マナーがなってないのも我慢する。だから貴賓室から出ないでくれないか?」
「嫌だ」
即答するワタシに、エルの表情が歪む。
……おっ、泣くか?
いや、こらえたか。
「その体は弟のものなのだ。
貴賓室に篭っていられないと言うのなら、弟のようにきちんとしろっ!!」
「はいはい、わかったよ」
返事を適当にすると、エルはまたハァ、とため息をついた。
「ハイは一回っ!!」
ああ、ワタシの小姑は本当にうるさいなぁ…………。
しかしまぁ、ワタシだって大切なものを失う痛みは知っている。
ワタシはあの糞ガキ魔道士が大嫌いだが、エルにとって『大切な弟』であったろう事は理解している。
全部を譲ることはできないが、一部ぐらいはこの体の代償として聞いてやってもいい。
失う痛み……アッシャを失った苦しみは、この世全てを滅ぼしてしまいたいと願うほど深かった。
なのに、この世を呪いながら目覚めてみれば……目の前で泣く子供一人を殺すことさえ出来なくて、途方にくれたのを今でもはっきりと覚えている。
それからワタシはリオンにしてやられ、エルと行動を共にすることになる。
時々イラッときて軽く苛めてみたりはしたものの、エルが泣くとワタシの受けるダメージの方がでかくて、それ以上は無理だった。




