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リオン編   戦火再び5

 その瞬間、熱いような痛みが襲う。後ろから剣で貫かれたのだ。


 意識がそれたのはホンの一瞬。でも戦場では、その油断が生死を分ける。

 わかっていたのに、僕はアースラ様のようには戦えなかった。


 命を魔力に変えて術を放った僕は、普段よりも全ての能力が下がっている。

 傷からは、血がドクドクと流れ続けた。


 でも、まだ倒れるわけにはいかない。

 血止めの呪文を唱え、必死で応戦していった。


 数度の小規模な破壊呪文に、一旦はアレス兵が怯む。

 その間に少しでも体力を回復しようとしたが、大技を2回も使った僕の体は、思ったようには回復しなかった。


 敵が再び僕を囲む。

 許容量を超えた魔力を使ったせいか、体がふらついて上手く姿勢を保てない。


 援護の弓矢が次々と飛ぶが、そんなものはなんの足しにもならなかった。


「ぐ……っ」


 僕の体が赤く染まっていく。

 体力が切れ、動きが鈍くなっていた僕は、兵士たちの剣を防ぎきれなかった。


 それからは、一方的な戦いだった。

 何人もの兵士に剣で切り裂かれ、激痛が襲う。


 飛びそうな意識を保ちつつも、何とか倒れないように足を踏ん張った。

 そうして血止めの呪文を唱えながら、ただひたすらに魔剣を振り回す。


 魔剣の刃はどんどん短くなってきて、今ではまるで短剣のようにしか見えない。


 魔力に反応するこの剣を見てもわかるように、僕にはもう、戦う力なんて残っていない。

 残っているのは、兄さんに対する強い想いと意地だけだ。


 ……使っておけば良かった。

 兄以外の者も助けようだなんて、思わなければ良かった。

 そんな考えが頭をよぎる。

 

 だって僕が倒れたら、王もアリシアも、どの道死ぬのだ。

 ならせめて、兄一人だけでも助けるべきだった。


『優先順位は、あくまでもエルシオン王が最上。クロス神官を指揮出来る主君を取られたら全てが終わる。クロス神官は情になど囚われてはならない』


 繰り返し、繰り返しクロスⅦがおっしゃっていたのに、アースラ様の教えを守りきれなかった僕。


 だからその罰に、すべてを奪われてしまうのだ。


 とうとう、僕の体は地に臥した。

 その瞬間を狙い定めるように、数本の槍が飛んできて僕の体を貫く。


 敵の将校らしき者が僕の前に歩み出て、血で濡れた体につばを吐きかけた。

 こんな屈辱を受けているのに、僕の体はもう、指一本さえ動かない。


「汚らわしき死神よ。よくも私の部下を何千人も殺してくれたな!」


 男が憎々しげに僕の腹を踏みつけた。口からは、大量の血がこぼれていく。


 でも僕は、絶対にこいつに屈しない。せめて兄さんの弟として恥かしくないように、誇り高く死んでみせる。


 僕は、唯一動かせる瞳で男を睨みつけた。

 男はそんな僕の抵抗を、あざ笑った。


「貴様も赤い血を流すようだが、本当に人間なのか?

 腹を割いて中を見てやろう」


 そう言うと、男は大剣を振り上げ、言葉通りに僕の腹を割いていった。


「はっ! これでも悲鳴一つあげないのか、魔物よ」


 将校は僕の髪を掴んで引き起こすと、高く掲げた。


「止めてくれ!! リオン!! リオンを返せっ!!!」


 兄の絶叫が聞こえる。


 もう、視力はほとんど残っていなかった。

 残っていたとしても、兄さんをこの瞳に映すために顔を上げる力さえない。


 血が流れすぎて……苦痛が酷すぎて、意識を保っていられるのが不思議なぐらいだ。


 でも兄の声だけは、はっきりと聞き分けられた。

 兄さんは今、僕を見ている。


 僕の最後をちゃんと。

 だから僕は、一人じゃない。


 ああ、兄さん……最後に兄さんの声が聞けて嬉しいな。

 どんなに傷つけられても流れなかった涙が、僕の瞳から一筋流れた。

 

 無残に腹を切り裂かれたと言うのに、僕は幸せだった。


 そうだ。僕の望みは、元からたった一つだったではないか。


 兄さんに大切に思われる事。ただ、それだけ。

 なら、その望みはもう、叶っているのだ。


 大好き兄さん。大好き。大好き。

 僕に世界を見せてくれてありがとう。優しくしてくれてありがとう。大事にしてくれてありがとう。


 ここで死ねば、僕の体はまたあの魔獣に取られるだろう。

 狡猾な魔獣に体を取られたら、今度こそ僕は元に戻れないかもしれない。


 でも兄さんは、いまだ有効な主従契約を使って、きっとこの危機をくぐり抜けることが出来る。

 魔獣はきっと『自分の器』である僕の体を壊したアレス軍に、激怒するはずだから。


 僕が受け持っている魔縛は、魔力の制御のみ。

 だから僕が死ぬことで枷は解かれ、魔獣はあの最強の術を使うことが出来る。


 たとえ敵が何十万いようと、高位魔族の放つ一撃にはかなわない。

 必ず奴らを滅ぼしてくれるだろう。


 でも魔獣は、主である兄さんを傷つけることだけは出来ない。


 そして兄さんを守るために張る結界がそれなりに大きいものであれば、城の人たちだって助かる可能性はある。

 

 それが……僕の体を使った最後の最後の……本当に最後に残した切り札。


 でも僕は信じている。いつかまた、時の果てに兄さんに会えることを。

 たとえ魔獣が『僕の姿』をしていても、兄さんは今度こそ僕を間違えない。


 きっと僕を、忘れず待っていてくれる。

 もしかしたら、王やアリシアだって……。



 ボ ク ヲ ワ ス レ ナ イ デ



 唇をわずかに動かして、僕は『最後の願い』を紡いだ。

 もう後悔は無い。


 魔獣の咆哮とともに、僕の意識は闇に飲まれた。


 


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