リオン編 戦火再び4
「リオンーっ!!!」
兄の叫びを振り切るように、僕は城壁の上から身を躍らせた。
このぐらいの高さなら、風をまとえばどうということはない。
そのままふわりと着地し、エラジーを振り回して敵を切り刻んでいく。
確かに今の僕の力なんて、たかが知れている。
『完成体』でない僕は、アースラ様のようには術が使えない。
でも、数パーセントでも兄を助けることが出来る可能性があるのなら、僕に後悔
なんか無かった。
青一面だったそこに、僕を中心とした血の巨大魔法陣が出来上がる。
これは当然禁呪。
狼の代わりに、大勢の人間の生き血を使って魔力を補う強力な外法。生贄は、多ければ多いほど効果がある。
前に兄さん、それにブラディたちに、人間の血を使って魔法陣を描いたところを見られてしまった。
兄さんは僕を受け入れたけど、ブラディたちの反応こそが一般的なのだろう。
こんな外道な術を皆が見ている前で使ったら、兄がどうかばおうと、僕の居場所はもう無くなる。
これで、穢れた僕の帰れる場所は無くなった。
でも、立場を惜しんで戦うほどの余裕はもう無い。
まだすべての封印が解けてない未熟な僕が、アースラ様の、あの呪文を使えるとしたら、この悪魔のような方法しかないのだから。
最後の切り札は、憎き魔獣の名を織り込んだクロス神官最強の呪文。
「ライド・ヴァティール・エーシャ!!」
魔法陣から火炎が浮かび上がり、城門をこじ開けようとしていた兵士たちを蛇のように襲う。
千名近い兵士たちが『破城槌』と共に燃え上がり、炎の中でのた打ち回った。
でも、それだけだ。
……しまった。
想定より範囲が狭い。温度も低い。
やはり『今』の僕では、術を使いきれなかったのか。
あんなにも多くの贄を捧げたというのに……。
しかしあれだけのやけどを負わせたなら、あの兵たちは、放っておいても死ぬだろう。
『破城槌』も破壊した。
本当はこういう『瞬殺』でない無慈悲な殺し方は、アースラ様によって固く禁じられている。でももう、それを思う余裕も無かった。少しでも体力を回復させるために、死に切れぬ人々が燃え尽きるのを待たずに魔法陣を解いて再び剣を握り締める。
術は失敗した。
でも、魔力はまだ残っている。僕の命の炎を注いで、もう一度組み立てていけば良い。
あとは血が欲しい。
大呪文を成功させるための血が……人間の血が、もっと――――――もっと、もっと、もっと。
ひたすら敵を切り刻む。たくさんの血が流れ出すような方法で。
切られた相手は苦しいだろうか?
辛いだろうか?
でも、僕だって、苦しくて辛い。
たくさんの血を魔力に変えて、僕はもう一度術を放った。
爆炎が広がるが、ただそれだけ。千人焼くことが出来たかどうか……アースラさまの偉大な術とは比べ物にもならない。術は、今回も成功しなかった。
論理的には可能なはずなのに、何故なのだ……。
振り返って、ふと思い当たった。
城を守る結界のために割く力……そのぶん、上手く集中しきれていないのだ。
この技は、守護と表裏一体になっている。
結界を張っておかないと、巻き添えで城の人間まで死んでしまう。
でも、仮継承しか済ませていない僕の能力では、守護と攻撃を同時にこなすことは難しい。魔獣の力を十分引き出すことも、出来ない。
アースラ様であれば、国民を守りながら万単位の兵を焼き尽くせたと記録にあるのに。
以前やったように、『善の結界』を最強レベルに張って、細かく戦うか?
いや、膨大な魔力を消費した今となっては、それも難しい。
相手の兵はまだ十数万いる。小規模な結界しか張れなければ、結局は弓兵の餌食だ。
持続時間の問題もある。
『守護の力』を兄だけに限定して、もう一度魔獣の技を仕掛けるか?
多分、もう一度だけなら放つことが出来る。成功の確率も上がる。
しかし、これだけの至近距離。
王も城の皆も……兄以外は皆、死に絶えるだろう。
そのことが、ふいに怖くなった。
僕には兄しかいない。
そう思っていたのに、王とアリシアの顔が浮かんだ。
王は、いつも僕に優しくしてくれた。
働く楽しさも教えてくれた。
アリシアは、今でも嫌いだ。
でも、彼女はいつも僕の心配をしてくれて、地下神殿までも来てくれた。
『本当は悪い人ではないのではないか……』と、いつのまにか心の奥底で、そう思っていたのも事実。
ためらう僕の耳に、兄の叫び声が聞こえた。
「リオン! 戻ってこいッ!!」
もう聞くことは叶わないと、諦めていた、その声。
見上げると、一瞬、兄と目があった。
……戻っても、良いのだろうか?
そこにはまだ、僕の『居場所』があるのだろうか?
王は?
アリシアは?
やはり兄と同じように、僕の帰還を望んでくれているのだろうか?
迷いが走った。
兄以外の民を見捨てて、術をかけるか否かの。




