リオン編 明日を歩く1
それから1年近い歳月が過ぎた。
兄様……じゃなくて兄さんは14歳となり、背も益々伸びてかっこいい。
僕は元々使っていた『兄様』という呼び方の方が好きだったけど、コレは禁止となった。
僕ぐらいの年なら『兄さん』もしくは『兄貴』と呼ぶのが自然だと、アリシアにボロクソに言われたのだ。
まったく、あの女は余計なことしか言わない。
僕は元々のあの呼び方が、とても好きだったのに。
アリシアは僕に兄のことを『兄貴』と呼ばせたかったようだった。
更には「もっと男らしくしなきゃ」とか「兄離れしなきゃ」とか、余計なことばかり言う。
兄さんは『可愛い』のが好みだし、『兄離れ』なんて望んではいない。
当然だけど、兄さんはアリシアに抗議した。
『兄貴』なんて呼び方、冗談じゃない。せめて『兄さん』に留めるべきだと猛抗議した。
口のうまいアリシアに負けそうになって涙ぐんでいたけれど、何とか勝利をもぎ取り、以後僕は『兄さん』と呼んでいる。
その兄さんは、候補生を卒業した。今は親衛隊に所属している。
訓練所にはほとんど顔を出せなくなっていて、とても寂しい。
兄さんが15歳になるまでは、一緒にいられると思っていたのに。
14歳では就業出来ないにもかかわらず、王は兄さんの年齢を偽装し、働かせた。
……王自ら規則を破っても良いのだろうか?
地下神殿に居た頃は、規則は『絶対』だった。
ひどく違和感があったけれど、兄さんがそれを受け入れているところを見ると、良いのだろう。
しかし兄たち親衛隊員は『闘士』として闘技場で働かされた。
親衛隊の仕事は『王の守護』とクロスⅦから習ったような気がするのだが。
最初はとても心配した。
兄さんが怪我でもしたらどうしよう。
怖い目にあったらどうしよう。
でもそんな心配は無用だった。
挑戦者たちはみんな普通の人間だし、とても弱い。
クロスⅦみたいな強い人間がいたらさすがの兄でもかなわないと思ったけれど、王に見せられた挑戦者たちは魔力皆無の『弱々しい闘士』ばかりだった。
これならブラディたちとの練習試合より、更に安全だ。
それでも念には念を入れて、兄さんには小さな結界を張って送り出している。
挑戦者にもし魔道士がいても、魔術的危険はないはずだ。
兄は僕が魔道を使う事を隠したがっていたので結界のことは言わなかったけど、やはり聞ける願いと、そうでない願いはある。
その数ヵ月後、僕は唐突に親衛隊候補生を抜けて闘技場の売り子をすることになった。
ある日、王に打診されたのだ。
もしかしたら兄たちが抜けた後、新入りの候補生たちに次々と怪我を負わせてしまった事が原因なのかもしれない。
でも新入り達の怪我は軽いものばかりで、僕からすれば何がマズイのか良くわからない。
あれぐらいの怪我ならエルシオンでの修行時代はしょっちゅうだったし、城には治癒師がいるからすぐ治る。
手加減の腕もどんどん上達していたから、そろそろ無傷で倒せるかと楽しみにしていたのに……。
でも僕は、元々どうしても『親衛隊員になりたい』というわけではなかった。
兄の近くで今すぐ働けるのなら、売り子でもお掃除係でも何でも良い。
何なら看板持ってぼ~っと立ってる人でもいい。
新入り候補生たちは何故かいつも僕をおびえた目で見てきて失礼だし……僕だって別に無理に仲良くしてもらわなくて結構だ。
兄さんをチラ見しながら働く方が、ずっと幸せに決まっている。
 




