リオン編 転機3
「い、命だけは助けて下さい!!
俺は違うんだ!! こんな事やりたくなかったのにぃ!!
死ぬのは嫌だああぁ!!!」
男はごつい体に似合わない弱気さで、見苦しく命乞いを続けた。
「そういう事は、あの世に逝ってからお仲間に仰ってくださいね……」
僕に言われたって困るし。
善良な僕は、うんざりしながら男に刃を突きつけた。
またゴミ掃除をしなければならない。
その時、
「待った!!」
と、アリシアが叫んだ。
僕は凄くビックリした。
子供の僕らに人殺しをさせておいて、後ろで微笑み……母親の死体にすら罵詈雑言を浴びせるような邪悪女が、僕の殺しを止めるだなんて。
こんなどうしようもない女だが、実はゴミにも情けをかける、『兄様のような美しい心』を持っていたのだろうか?
もしかして奇跡が起きて、神と母親の愛に気がついて真人間に立ち戻ったのだろうか?
そう思った瞬間、慈悲とは真逆の言葉が飛んだ。
「その男、役に立つわ」
「「まさか」」
僕と兄様の声がハモった。
もう僕はクロス神官ではない。
命乞いをする臆病な男まで殺す必要など、よく考えたら無いが、見掛け倒しなその男が何かの役に立つとは到底思えない。
「馬鹿ねえ。こういう小心者の方が手下として使うならいいのよ。
ラフレイムに入ってから適当に見つけるつもりだったけど、入る前に見つけられるなんてラッキーね。
やっぱり日ごろの心がけがいいと、こういう幸運にめぐり合うのかしら?」
ウフフと笑みながら、アリシアが嬉しそうに言う。
……少しでも見直しかけた、僕が馬鹿だった。
悪党としての『心がけ』が良いだけだったのに。
「ほら私たち、美女と美少年で、どう見ても可憐で弱々しそうじゃない?」
いやそんな事はないだろう。
世間知らずで、いかにも善人な僕と兄様だけならともかく、面の皮一枚で岩石をも砕けそうなくせに厚かましい。
あの『命乞い男』も密かにふるふると首を振っているが、厚顔なアリシアは見なかったフリをして続けた。
「この男なら張りぼてとして利用できるわ!
悪党面だし、がたいは良いし、一緒に歩かせたらそれだけでかかる火の粉の量が違うわよ?」
火の粉?
今までの経験から考えると、それはどうも、悪党どものことを差しているようだった。
なるほど。それはアリだな。
美しくて高貴な兄様は、立っているだけでも目立つ。
また悪党どもが、兄様を捕まえて売り飛ばそうとするかもしれない。
少しでも危険が回避できるなら、ここはアリシアの言う通りにする方が良いだろう。
僕たちはそいつの命を助ける代わりに、僕たちの『テシタ』とすることで話をつけた。
男の名前はマイケルだったが、邪悪女が「そんな弱そうな名前。けっ!」と言ったため、ウルフという名前に改名された。(もちろん無理やりだ)
僕的には、親族からもらったであろう大切な名前を勝手に改名するなんてありえないと思ったが、どうせあの女に見込まれた以上、あの男の命はそう長いものではない。
アリシアはあの男を利用するだけ利用したら、最後は母親同様、盾代わりにでもしてゴミのように捨てるだろう。
だからと言って僕は男に同情はしない。
奴も兄様に剣を向けた連中の仲間には違いないのだから。




