リオン編 友達7
僕は皆がいる方向とは逆……森の奥に、兄様の手を引いて行った。
いくら兄様だってわかったはずだ。
あんな場所に居ては、兄様の命が危うい。
エドガーさんが突如豹変したように、他のエルシオンの民たちだって、いつ兄様を殺そうと動き出すか知れたものではない。
兄様は危険をかえりみず、そしてあんなに無礼な魔獣に頭を下げてまで皆を助け出したのに……。
クロス神官も代々の王も、多大な努力により臣民を守ってきた。
でもエドガーさんはその恩など無かったかのように振る舞い、兄様のことを殺そうとした。
僕のことも閉じ込められたまま、ただ奉仕して一生を終えるのが当然の『生贄』だと認識していた。
友達なんて、所詮物語の中にだけ出てくる架空の存在なのかもしれない。
言葉では『信じている』だのなんだの言っても、自分に都合が悪くなったら、殴り殺す。
外の世界は本当に怖い。
兄様はしばらく黙りこくっていたけれど、やっと口を開いた。
「……わかった。お前と行こう。
でもその前に、これを火の番を代わってくれたご婦人に渡してもらえないだろうか。
朝になったら、路銀として皆に配るようにって」
兄様は今後の暮らしが貧しくなるであろうことを僕に詫びながら、肌に巻いていた小さな袋を取り出した。
中には『さきん』というものが入っていて、これがあれば僕らは楽に暮らしていけたらしい。
でもそれを失えば、兄様はたちまち困ることになるのだろう。
わかっているのに……それを国民たちのために差し出した。
兄様。あなたという人はどこまで優しいのか。
まだ王位を継承していない兄様がご存知かどうか定かではないけれど、王族には生まれつき特定の呪文を唱えた時にだけ浮き出てくる『アースラ様の隠し印』がある。
その力により『善の結界』の作用を全く受けない。
術者や為政者が結界の影響を受けては仕事にならないからだ。
だから兄様の『優しさ』や『想いの深さ』だけは昔から本物だ。
今も昔も、変わることなくお優しい。
でも、この国に兄様の情けを受ける資格のある者など居はしない。
どんなに慈悲をかけても、また踏み台にされるだけだ。
それでも僕は、兄様のお言いつけに従った。
兄様があまりにつらそうな顔をなさったからだ。
『アースラ様の隠し印』の存在はエルは知っています。
地下神殿の扉を開けるために使った紋章がそうです。




