リオン編 慟哭4
悲しみにくれる僕だったが、チャンスは不意にやってきた。
一時的に解縛命令を受けたとはいえ、魔獣は兄を主契約者とした『魔縛』を完全に振りほどいたわけではない。
そんな不完全な体で広範囲に雨を降らすと言う大技をやってのけたことにより、僕に対してかけた方の『縛』に小さなほころびを作ってしまったのだ。
しかし魔獣は気がついていないようだ。
アースラ様がお遺しになった文献にある通り、大雑把な性格なのだろう。
僕は精神を集中して『ほころび』を足がかりに術を破るべく、慎重に呪文を練っていった。
そんな時、再び甘い香りがした。
なんだろう?
とても魅惑的な香りだ。
外界に目を向けると、人間の死体が一つ転がっていた。
ヴァティールと再融合するまで、僕は血の香りを甘いと感じることなど無かった。
だって僕は『人間』だから。
魔獣とは違う。
でも何か、感覚が変だ。
自力で魔獣との再融合と魔縛を果たしはしたが……クロスⅦが正式な手順で施して下さったものとは、明らかに違うやり方である。
そのせいで、魔獣の影響を強く受けすぎているのかもしれない。
元神官としてあるまじきことだ。
人間の魔道士と魔族。
どちらも魔の力を使うが、決定的に異なるのが材料であり燃料だ。
魔道士は動物の命や己の血を使う事はあっても、人間の命までは使わない。
魔族は動物の命や自然の気から魔力を得る事も多いが、どちらかというと『人間の命』の方を好んで使う。
人間の命の方がより力の源と出来る上に、魔の者にとっては美味だからだ。
僕やクロスⅦは『善の結界』を張るのに、新鮮な血液を使ってきた。
神官魔道士は人間。
だからもちろん、使うのは動物の命。
エルシオン国民を害する狼。その血を使ってきた。
狼の……無ければ、どんな動物のものでも良いから『使える命』が欲しい。
簡単な魔道なら生贄無しでも出来るけど、僕の力量で超高度魔法を発動させるためには『どうしても』必要なのだ。
でも、ここには狼はいない
あるのは新鮮な『人間の死体』だけ。
魔縛に縛られた僕だけど、狼の血がありさえすれば、もう一手詰め『縛』を振りほどくことが出来るというのに。
……この血。
魔獣が見つけたこの『新鮮な死体』の血を使ってはいけないだろうか……?
人の血を使って魔道行為を行う。
それは禁忌。
繰り返し、繰り返し、教本に出てきた忌むべき行為。
でも僕は兄様のためなら、禁を犯してもいい。
それに、あれは人ではなく……神聖なるエルシオン王国を侵した『害虫』なのだ。
魔獣が死体を引きずりながら、兄様のところに戻っていく。
まだだ。
まだ呪文を深く織り込めない。
魔獣に気づかれないよう、深く狭くほんの小さなほころびから絡め取らねば。




