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リオン編   決別2

 僕は、師が最後に何を叫んだのか、覚えてはいない。


 あれは『僕が知らない言葉』だったし、ただの断末魔……意味の無い言葉だったのかも。


 はあはあと肩で息をしながら、目の前の動かなくなった『人』の傍でずっとたたずむ。


 生まれてから兄様に会うまで……ずっとこの方だけが、僕にとって『人』だった。


 ぽたりと涙が落ちた。

 僕はきっと、悲しいのだ。


 クロスⅦは兄様と違って、僕を抱きしめたり頭を撫でたりはしなかった。

 優しく名を呼ぶことも、親しく話すことも。


 でも、けっして酷い人ではなかった。


 少なくとも、この年まで僕を守り育てて下さったのは、この方だった。

 知識を下さり、技能を下さり、その身をもって『魔道』と『神官』の道を教えてくださった。


 僕はクロスⅦの遺体を起こすと、ぎゅっと抱きしめた。

 この方は、抱きしめられた時の温かさを知っているのだろうか?


 いや、きっと知らない。


 僕と同様、物心つかない頃からこの閉じた白い世界に封じられてきたはずのこの方は、以前の僕と同様に『幸せ』という言葉さえ知らないに違いない。


 どれほど勉強しても、あれらの言葉は結局書物に出てくることは無かった。

 きっと、僕とクロスⅦの住まうこの狭い世界には存在しない言葉なのだ。

 

 クロスⅦを抱きしめていると、その体から流れ続ける赤い血が僕の体を濡らした。


 あの方の血は、とても温かだった。

 思えばあの方の体の温かさを感じ取ったのは、これが初めてなのではないだろうか?


 それがこんな形だったことが、とても悲しい。


 生きている時に温めあえたなら、こんな結末にはならなかったのではと今になって思う。


 どれぐらいそうしていただろう。

 クロスⅦの体は、すっかり冷たく、硬くなってしまっていた。


 これが完全な死だということを僕はよく理解している。

 供物に捧げた狼たちも、このような変化を遂げたからだ。


 僕はクロスⅦの体をなるべく傷つけないように運んだ。

 遺体をこれ以上傷つけたくは無かったからだ。


 クロスⅦはよく、こうもおっしゃっていた。


「もし結界が破れて敵と戦う日が来たとしても、いたずらに敵を苦しめるような殺し方をしてはいけない。死体を辱めてもいけない。

 それが偉大にして心優しきアースラ様の教えだ」


 ……と。

 

 元々クロスⅦは敵ですらなかった。でも兄様を守るためには殺すしかなかった。

 

「エルシド王子は禁忌を破った危険な王子だ」


「このままではお前まで罪人となるだろう。そうならぬよう、王にお伝えして王子は殺していただだく」


「次の王にはヴィアリリス姫を」


 そうおっしゃった師を刺したのだ。

 それも、僕のもとから去っていこうとする後を追い、後ろから。


 あの方は苦しんで亡くなられたのだろうか?


 魔剣を発動させた気配を感じ取った師は、僕の方を振り向いた。

 狙いがそれて、一撃では殺すことは出来なかった。

 それでも、僕は二撃、三撃目を繰り出した。


 魔獣の力はすでに僕が継承していたし、師は一撃目で重傷を負ってらしたので、僕が勝者となった。

 でも、嬉しくなんかない。師は僕にとって大切な方でもあったから。

 

 ———————もっと僕に力がありさえすれば。

 せめて苦しめるような死なせ方だけはしなかったのに。

 

 兄様と会っていたことがばれたら、相応の罰を受けねばならない。

 そんなことは、最初からわかっていた。


 『自分の王』を守ることだけがあの方のすべて。


 あの方がルールを破った僕を許すことは、けっしてない。

 でもそれは……僕だけが被ればよい罪だと思っていた。


 まさか次代の王たる兄様にまで、その咎が及ぼうとは思ってもみなかったのだ。

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