5.その日★
駄目だ。
俺の言葉は、リオンには届いていない。
どこかが壊れてしまったようなリオンの狂気に、冷や汗が流れた。
しばらく考えて、俺は魔剣を受け取った。
それを取り上げる意図で。
「なあリオン……こんなのは間違っている。止めよう……。
すぐにアリシアの血止めをしてくれ。まだ息がある」
リオンは、俺を恨めしそうに見上げた。
「また僕を騙すのですね……。
死にゆく僕の、たった一つの願いさえ踏みにじり……今また、兄様を信じて渡した魔剣を騙して取り上げる。
兄様は……昔はこんな方ではなかった。
いつも優しくて、温かくて……僕は本当に、兄様が大好きだった。
でも……こいつらが兄様のそばにいたから…………兄様は僕を忘れ、変わってしまった!!
絶対にっ! 許さないっ……!!!」
掲げられたリオンの手には、あの日ヴァティールがアレス軍に使った『黒い魔炎』が宿っていた。
あれが放たれたなら、この国は本当に滅んでしまう。
しかし前にリオンが使おうとした時には、上手く発動しなかったはず。
どうして今になって、リオンがアレを使えるのだ。
見つめる俺に、リオンがふと微笑んだ。
「僕が20歳の誕生日を迎え、正式にクロスⅧとなった時……アースラ様から受け継いだすべての能力の封印が解けると……前に言いましたよね?
ヴァティールは僕を押さえ込んだと思っていたみたいですけれど、偉大なるアースラ様の祝福が、僕を目覚めさせてくれました。
これからは、あの下賎な魔獣の『すべての力』が僕のものです。
僕と兄様を引き裂こうとする奴はすべて殺すし、城も国も、何もかも破壊して、僕は兄様を取り戻します!!!」
黒き炎をまとい、笑いながら手を広げる様は、さながら魔獣。
その唇から、呪文が紡がれていく。
国を滅ぼす、呪いの言葉が。
「…………っ…………やめろッ!!!」
俺はリオンを抱きしめた。
強く。強く。強く。




