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2.その日

「ねえ、もうすぐ霧雨月でしょ?

 結婚式は『弟くんの誕生日』にしない?

 私、リオンにも祝福してほしいなぁ……」


 つわりでベットに臥せっていたアリシアが、ふと呟いた。


 そういえばアリシアは、リオンが生きていた頃、自分にまったくなつかないにもかかわらず、毎年誕生日プレゼントを渡していた。


 どちらかというとキツイ性格の彼女だが、根は優しいのはよく知っている。


 そしてアリシアは、自分の母親の埋葬を手伝い、冥福のための祈りをあげてくれたリオンにはそれなりに感謝していたらしい。


『弟が守っていたから俺たちを殺せなかった』と、かつて彼女は言っていた。

 でも……本当は『良心が邪魔をして殺せなかった』というのが、正解なのではないだろうか?


 俺はそう思う。


 彼女も若い頃は生き延びるために他を犠牲にしてきたが、それは彼女の本意ではなかった。

 時代の被害者であるだけで、人間らしい環境に身をおけば、このように人は優しく善良で在れるのだ。


「リオンの誕生日か……アリシアがいいのなら、俺もそうしたい。

 本人は、もう呼べないけれど……」


 アリシアがリオンにプレゼントをあげていたのは、もう何年も前の事なのに、彼女はちゃんと、弟の誕生日を覚えていてくれた。

 そうして気遣ってくれる。


 俺にとっては、何よりも嬉しい事だった。


 ああ、アリシアの言うとおり……もうすぐ霧雨月が来る。

 誕生日の主は、もうずっといないけれど。


 渡せなかった何年分ものプレゼントは、全部引き出しにしまってある。

 でも、今年は何も用意していない。

 リオンが生き返る可能性も無いのに、プレゼントだけを用意するのはむなしかった。


 部屋にはアリシアのものが段々と増え、リオンの遺した服や私物は『俺の判断』で、城の倉庫に移動させた。


 たとえこの部屋が変わっても、俺のリオンを想う心は変わらない。

 やっと、そう思えたからだ。


 リオンが大事にしていたあの古ぼけた小さなぬいぐるみだけが、今や俺に弟の名残を伝え、大人しく棚の上からこちらを見ている。


「それでね、この子が生まれたら『リオン』って名前をつけるの」


 アリシアは、お腹を撫でながら言った。


「おいおい。まだ男の子と決まったわけじゃないだろう?」


「そう? 私は男の子って気がするけど……」


 アリシアは目を瞑って、お腹を撫で続けた。


 俺は身内をすべて失ってしまったので、自分の子供が出来るというのは嬉しい。

 子供が生まれたなら、リオンにあげるはずだった、ありったけの愛情を注いで幸せにしてあげたいとも思う。


 だけど正式に結婚する前に、俺はアリシアに確かめなければならないことがあった。

 

「……なあ、今のうちに聞いておきたいのだけど、お前、本当に俺で良かったのか?

 子供も出来たし、同情でも結婚してくれるのはありがたいけど、お前……別に好きな奴がいるだろ……?」


 恐る恐る聞くと、アリシアはクスッと笑った。


「なぁんだ。気がついていたの?

 別に浮気なんかしてないけど、そうね、一番好きな人は別に居るわ。

 ……エルこそ良かったの?

 私は人をいっぱい殺しまくった上に、好きな人が別にいる、悪魔のような女よ?」


 アリシアが、笑いながら聞き返す。


「俺はお前がいいな。一緒に居て楽だし。

 それに俺は罪深いから、穢れていない女は怖いんだ」


「そうね、私もよ。だからエルがいいわ」


 アリシアはそう言って身を起こし、俺を抱きしめた。


「私が好きだったのは……ヴァティール様。

 だけどそんな気持ちが無い時に、一度お断りしちゃったし、ヴァティール様、いつまでたってもちびっ子の姿のままなんだもの。

 アプローチなんてしたら私、変質者容疑で捕まっちゃうわ?」


 アリシアは俺を抱きしめたまま、クスクスと笑った。


「う~ん……やっぱりヴァティールだったのか。

 少し複雑な気分だが、永遠の11歳児じゃ応援もしてやれないし……まあ俺で我慢しろ。

 今まで通り、ヴァティールはお前の『良いパパ』でいいじゃないか」


「そうね。私、パパの顔知らないから、時々ヴァティール様が本当の親のように思えるときがあるわ。

 もちろん恐れ多くて、ヴァティール様にそんな事を言ったことはないけどね。

 ヴァティール様……いつか本当の自分の体が取り戻せるといいわね」


「ああ。アースラが隠したんじゃ、中々難しそうだけどな」


 いつかそんな日が、本当に来るといい。










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