4.人の心
ヴァティール様さえいらっしゃったら、だと……?
俺の心にどす黒い怒りが走った。
みんな、本当にそう思っているのか。
確かにヴァティールは強い。
ヴァティールさえいれば、わが国は安泰だ。
でもこの国がまだ国としての形を持たず、ならず者の集団の一つであった頃から一緒に戦ってきたのは『ヴァティール』じゃなくて『リオン』だ。
全身が真っ赤に染まるほど返り血を浴びて、それでも愚痴一つ言わず頑張ってきたのは俺の大切な弟なのに。
「……エル? どうした、怖い顔をして」
ヴァティールに話しかけられハッとする。
「い、いやなんでもない。
ただ、このところ平和だったのに、アレス帝国が動き出したとすれば厄介な事になると思ってな」
「ああ。確かに。奴ら今回はワタシの魔力を探知してまっすぐにここに来た。
アレスの王族はおそらくワタシの存在を知っている。
300年前、糞アースラに引っ張って行かれて何度も戦わされたからな。
多分アースラを真似て、ワタシを魔縛しようとでも思ったんじゃないかァ?」
ヴァティールが腕を組みながら言う。
……そうか。
何故急にアレス帝国に目をつけられたのか不思議に思っていたのだが……おそらくリオンが『魔獣の力』を使って他組織の奴を狩りまくっていたのがバレたのだ。
最初は『王子』である俺を探していたが、奴らの真の狙いは『魔獣』の捕縛。
そうとわかっていたら、俺はリオンに魔法戦など絶対にさせなかったのに。
「ははッ! 心配しなくてもワタシがあんな奴らに捕まるものかァ。
どんなに数が多かろうが、たかが人間の魔道士だ」
その『たかが人間の魔道士』であるアースラやリオンに捕縛されたことがある魔獣は、思いっきり胸を張った。
「なっ、何だエル、その痛々しいモノを見るような目はッ!?
ワタシは実際、楽勝したではないかッ!!
でもなァ……奴ら、ワタシには全然かなわない事がハッキリしたから、次は別の方法でくるぞ?」
「……別の方法?」
「そうだ。かなわない相手と戦っても、意味なんかないだろう?
それなら次に狙うのはァ……」
「王の私かヴァティール殿の主人のエルだな」
アルフレッド王が、ヴァティールの言葉の後を続ける。
「その通り。魔法陣を湖に開いた魔道士は、まだアレス城に居るはずだ。
次は直接ウチの城の中に魔法陣を開いて兵を送り込んでくるぞ?
転移出来る数はそう多くはないだろうが、王やオマエの部屋のど真ん中に送り込む事だってあれだけの術者なら可能だ。
糞アースラ程じゃないが、厄介な相手だ」
「何だと!! 何とかならないのかヴァティール!!」
そう叫びつつ、既視感を覚える。
どこかで俺は、このセリフをヴァティールに言ったことがある。
そうだ……。
あれは、奴隷にされていたエルシオンの民を解放しようとしていた時だ。
陽動に使った炎が想定より燃え広がり、俺はヴァティールに助けを求めた。
あの時、ヴァティールの魔力は大半が封じられていて、雨を降らすのでさえやっとだった。
「……それは今のワタシなら何とでもなるさァ。
ワタシが城を包む結界を張ればいい。今は魔力だけは全て解縛されているからなァ。
ただし、ワタシは結界を張るのは苦手なんだ。
元々の体はとても頑丈で、攻撃を防ぐための結界など、全く必要なかったからな。
糞アースラには色々と練習させられたが……今のところアースラの助け無しじゃ半径300メルトル以内を守るのが精一杯だ。
……というわけで、また城に戻るぞ。
アリシアも、今よりエルと居られるようになるから嬉しいだろォ?」
魔獣が、誰もがすっかり忘れていた設定を口にした。
「は? はい!! もちろん嬉しいですわぁ!!!!!!」
アリシアもすっかり忘れていたようだが、例の『ご所望事件』を思い出したようで即答する。
「しかしお前ではリオンのふりをするのは無理だ。いったいどうするつもりなのだ?」
「だからァ、大丈夫だと言ってるではないかっ!!
……それでもそんなに心配なら『リオンは前の戦いで頭を打って人格が変わってしまった。』とでも言いやがれ!!!」
ヴァティールががなりたてる。




