7.戦火
内臓を垂れ下がらせたリオンが、将校の腕に吊り下げられたまま……ニタリと赤い目で笑っていた。
いや違う。
アレはリオンではない。
まさか……。
「さがれ下郎共。我が名は魔獣ヴァティール。
人間の分際でよくも『我が器』を穢してくれたなァ?」
魔物がそう言った瞬間、リオンの髪を掴んでいた将校の体が四散した。
「あァ。こんなにしてしまって……」
ヴァティールがこぼれた自分の内臓を腹につめて、傷をなでていく。
すると傷はふさがり、見かけだけは、普通の人間の姿となった。
刺さっていた槍も、ヴァティールが触れただけで霧散していく。
「さァ、次は誰に責任をとってもらうかなァ?」
ヴァティールが、ぐるりと辺りを見回す。
「う……うわああ、この……化け物!!!」
一人の兵士がヴァティールに向かって切り込む。
続いて数十人が。
しかしそれより、ヴァティールの手のひらから火炎が生まれる方が早かった。
いつか見た、死体を焼くために出したあの炎とは桁違いに大きく、禍々しい黒い火炎。
リオンが放った炎が児戯に見えるほどの、遥かに規模の大きい魔炎。
それが切り込んできた兵士たちを飲み込み、更に円を描く様にどこまでも広がっていく。
「あーはははははァ!! 良く燃えるな人間は!!
汚い人間など、皆燃えて消し炭になってしまえッ!!!」
ヴァティールのいる場所と城を除く、全ての場所を業火が焼いていく。
「な……何なのあれ…………」
気丈なアリシアが、腰でも抜けたようにぺたりと座り込む。
眼下には地獄のごとき光景が広がっていた。
城を取り囲んでいた十数万人の兵士が火の海に飲み込まれ、姿さえ残さず蒸発した。
炎が引いてもなお、地面には鎧が液化したものが広がっており、ごぽごぼと音を立てている。
「まだ虫がいるなァ」
街道の方を指差して、ヴァティールは呟いた。
「死ね。虫けら」
ヴァティールの手のひらに生まれた赤い光が膨らみ、雷となって街道を進むアレス帝国兵士を襲う。
此処からでは遠くてどうなったのかよくわからないが、街道を埋め尽くしていた青はもうそこに無かった。
ただ城の前で笑い続ける、ヴァティールの声だけが響いていた。




