表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
141/451

5.戦火

「リオン!!」


 今度は止めることが出来なかった。

 リオンは一瞬のうちに城壁の上から身を躍らせた。


 そのままふわりと着地し、エラジーを振るって周りの敵を悪鬼のごとく切り伏せていく。


 青一面だったそこに、リオンを中心とした血の魔法陣が出来上がった。

 おそらくは禁呪。

 人間の血を大量に使った、大魔法陣。


「ヴァティール・ライド・エーシャ!!」


 魔法陣から禍々しい火炎が浮かび上がり、城門をこじ開けようとしていた兵士たちを襲う。


 『魔獣』の名を冠した魔術の威力は絶大で、千名近い兵士たちが一瞬で炎に飲まれる。

 破城槌も巨大な炎に包まれて燃え上がった。

 あれではもう使い物にならないだろう。


 しかし魔法陣の方も数秒ともたず解けてしまう。

 術は失敗だったのか!?


 炎術に身を焼かれて転げまわる者たちを押しのけるようにして、一旦ひるんだアレス帝国兵が円形にリオンを囲む。

 その数は数千。


 炎術を警戒してなのか、距離は少しある。

 リオンは許容量を超えた大魔道を使ったせいか、肩で息をしている。


「馬鹿ね!!

 ボーっとしている場合じゃないでしょ!!

 さっさと援護しなさいよッ!!!」


 アリシアの切羽詰った怒鳴り声に、俺は長弓に矢をつがえ次々と放った。

 他の者も、ハッとしたように同じくリオンを援護する。


 この位置なら、矢は届く。

 王子時代に仕込まれ、その頃よりはるかに長身となった俺の最大射程距離は400メルトル程。他の者もその半分弱なら充分届く。


 もちろん精度はさほどではないが、威嚇にはなるし、リオンと敵兵の間にはそれなりの距離がある。

 下手でもさすがにリオンにはかすらないだろうし、運が良ければ密集している敵兵に当たる。


 少ない手数では、雨のように矢を降らすところまではいかないが……リオンが回復できるまで、少しでも時間を稼がねば。


 息を整えたリオンは一角から敵陣に突っ込み、もう一度『魔獣』の名を冠した大魔術を発動させた。

 数百の兵が炎に飲まれたが、先程よりは威力は無い。


 立っているのもやっとのようなリオンを、再び兵士たちが遠巻きに囲む。


「何をやっている! 奴に回復の時間を与えるな!!

 即刻に討ち取れッ!!」


 敵将の雷のような声が響き、兵の一部がリオンに向かって突っ込んでいった。


 リオンは荒い息を吐きながら、魔術と魔剣を交互に使い敵を倒していく。

 しかし、いくら倒しても敵兵は減らない。


 それどころか、すぐ側の街道に別の帝国軍数千の姿が遠くまで見えた。

 数時間もしないうちに彼らは此処にたどり着くだろう。


「リオン! 戻ってこい!!」


 混戦状態ではあるが、リオンは耳が良い。

 俺の声なら聞き分けるはずだ。

 そして魔術を使えるリオンなら、城壁を越えて帰城出来るかもしれない。


「リオン!!」


 祈るように叫ぶ、俺とリオンの視線が一瞬……合ったような気がした。

 それは、その直後の事だった。


「ぐ……っ」


 リオンの体が赤く染まっていく。

 後ろから襲ってきた兵士の剣を、弟は防ぎきれなかった。


 体力はとうに切れ、動きは鈍くなっていた。

 でも、それ以上に――――――俺の声に気を取られて上手くさばけなかったように、俺には見えた。


 それからは一方的な戦いだった。

 何人もの兵士に切り裂かれ、剣を突き立てられ、それでもリオンは倒れなかった。


 声をかけたいのに……俺が叫べばリオンの邪魔になる。

 必死に声を押し留め、ただ目の前の光景を凝視する事しかできなかった。


 リオンは血止めの呪文を唱えながら、ひたすら魔剣を振り回す。


 魔剣の刃はどんどん短くなって、今ではまるで懐剣のようにしか見えない。

 魔力に反応するあの剣の様子からして……もうリオンに戦う力なんて残っていない。


 とうとうリオンの体が地に臥した。

 その瞬間を狙い定めるように数本の槍が飛んできて、小さな体を串刺しにする。


 敵の将校らしき大男がリオンの前に歩み出て、血で濡れた体につばを吐きかけた。


「汚らわしき死神よ。よくも私の部下を何千人も殺してくれたなッ!!」


 男が憎々しげにリオンの背を踏みつけると、リオンの口からは大量の血がこぼれた。


「貴様も赤い血を流すようだが、本当に人間なのか?

 腹を割いて中を見てやろう」


 そう言うと将校は、倒れたリオンの髪を掴んで高く掲げた。


「止めてくれっ!!

 リオン!! リオンを……返せぇぇ!!!」


 俺の叫びに、将校は振り向いた。

 そして俺に良く見えるようリオンの体をこちらに向けると、一気にリオンの腹を切り裂いた。


 リオンの唇がわずかに動く。



 ボ ク ヲ  ワ ス レ ナ イ デ



 それっきり、リオンは動かなくなった。


「うわああああああああああああ!!!」


 リオンを追って飛び降りようとする俺の体を、ブラディとアッサムが羽交い締めにする。


「離せ! 離してくれッ!!」


 振りほどこうとしても、それは叶わなかった。

 他の数人も加わって俺を押さえつける。


 ふと、大魔道士アースラの言葉が聞こえたような気がした。

 あの時、アースラは言ったではないか。


「呪われろ」


「これから永遠に生き地獄を這いずり回るがいい」


 アースラが心血を注いで造った美しい国を、俺は壊した。

 俺が捨ててきた故国・エルシオンの民の中には、リオンのように無残に殺された者もきっと大勢いたに違いない。


 その事実から目を背けて、俺は『弟と楽しく暮らすこと』に重きを置いて過ごしていた。


 これが……彼の言う『罰』なのだろうか……?

 国を滅ぼし、再興も忘れた愚かな王子。


 だから、『罰』を与えられたのだ。


 どこに逃げようと、エルシオンを踏みにじった俺を……きっと『呪い』は追ってくる。平安なんて、永遠に訪れない。


 俺は『国を滅ぼす不吉の王子』としていつまでも生き続けなければならないのだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ