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7.死神

 俺たちはいろんな国を後にした。

 でも、どこに行っても、安住の地など無かった。


 王やアリシアたちを見捨ててここを逃げ出したとて、多分同じこと。

 故国を捨てたときの『惨劇』がまたこの地で繰り返されるだけだ。


 だったら必死で頑張り、良き国を造り出すのが正しい道なのだろう。


 リオンが平和な国を望み、そのために戦うというのなら……俺はそれを応援してやらねばならない。

 そう思うのに、作り笑いすら出来ない俺は、本当に情けない兄だと思う。

 

「……僕、この国が平和になったらご褒美が欲しいです」


 普段、何一つねだることがないリオンがぽつりと言った。


「何だい?

 今の俺なら相当高価な物でも買ってやれる。遠慮せずに言ってごらん?」


 少しかがんで目線を合わせてやると、リオンは戸惑ったように口を開いた。


「物なんか……でも僕、この頃よく、昔の夢を見るのです。

 夢の中の僕は今よりずっと小さくて、神官服を着ていて、訓練は毎日とても厳しくて……。

 だけど兄さんがあの扉を開けて、毎日僕に会いに来てくれるのです。

 僕はそれがすごく嬉しくて、とても幸せな気持ちになります」


 リオンが本当に幸せそうな微笑を浮かべる。

 当時の気持ちを思い出したのだろう。


「あの頃の僕は外の世界を何も知りませんでした。

 だから『人を殺すと兄さんが悲しむ』という事も知りませんでした。

 今はそれをよく知っているけれど、兄さんを守るためにはこの国を安全な場所にする必要があります。

 だから僕は戦わねばなりません。

 でも念願叶ってこの国を平和にする事が出来たなら、僕はこの国の神官になりたいのです。神官となって兄さんとこの国のために日々祈りを捧げたい……ダメでしょうか?」


 リオンの言葉に俺は、ちょっと困ったような曖昧な笑を浮かべた。


 まさかリオンの望みが『神官になること』だったなんて……。

 それは現実的に考えると、とても難しい。


 黙り込む俺に、リオンは言った。


「もちろん血塗れた僕が正式な神官職につけるとは思っていません。

 あの頃のように地下かどこかに、兄さんにだけわかる隠し部屋を作っていただいて、そこで僕は静かに祈り続けたいのです。

 そうしたら、もう僕は……『死神』と呼ばれる事は無くなるし、兄さんもそんな悲しい顔をしなくてもすみますよね?」


 リオンは心臓を押さえるようにして目を伏せた。


 この弟は、皆から『死神』と呼ばれている。

 『死神の姿を見たものは全て死ぬのだ』という伝説を作るほどの敵をリオンは殺してきた。


 それだけではない。今の世界でとうに廃れた強い戦闘魔術を使うこの弟は、城の内外でも奇異の目で見られる事が多い。


 でもそれはリオンのせいじゃない。

 あえて言うなら、俺のせいだ。無力な兄である俺のせいだ。


「……リオンは『死神』なんかじゃ無いよ。とっても優しい良い子だよ。

 俺がこの世で最も大切に思っている、自慢の弟だ」


 そう言ってふわふわの髪を撫でてやると、リオンははかなく微笑んだ。

 それが益々俺の胸を締め付ける。


 リオンの願いだけは、どんなにせがまれようと絶対に叶えない。

 地下神殿に再び閉じ込めて祈らせるなんて、ありえない。


 国が平和になったなら、今度こそ俺とリオンは当たり前の兄弟として平凡に幸せに暮らしていくのだ。

 それはきっと、そんなに遠い未来ではない。


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