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5.死神

 暗殺隊が侵入した建物の近くでしばらく待機していると、大きく火の手が上がった。


 リオンは祖であるアースラ同様、炎術を得意としていたので、火の手があがること自体は珍しくない。

 しかしその日は明らかに様子が違った。


 火は広範囲に燃え広がり、リオンを除く隊員たちだけがバラバラと脱出してきたのだ。

 そして救助の準備をして待っていても、弟だけが姿を見せない。


 先に脱出して来た隊員たちの手当をしながら聞くと、弟は不利な戦況から隊員たちを逃すため、ただ一人炎の中に残ったらしい。


 ……そんな馬鹿な!!


「リオンっ!!」


 止めようとする皆を振り切って、俺はリオンを捜すために走った。


 くそっ!!

 あいつら……リオンを置いてさっさと逃げやがって!

 しかも自分たちだけがのうのうと手当を受け、俺に聞かれるまで報告さえしないなんて。


 いくら指揮官の命令があったとて、一人ぐらい残って弟の手助けしようとは思わなかったのだろうか?


 確かに弟はあいつらに恐れられていて、深い交流などはない。

 暗殺隊と言っても金で雇われているだけの者たちだから、リオンより自分を優先するのも仕方ない。


 でもいつも、あんなに守ってもらっているくせに……!!


 リオンは元々『国の守護者』として育てられていた。

 そのせいか、妙に律儀なところがあるように見える。

 敵は皆殺しにしたとしても、部下である隊員だけは全員、手を尽くして守ってきているのだ。


 あれだけの成果を出しておきながら、今日という日まで、一人の死者すらも出していない。


 王はそのことを喜んでリオンを褒めていたが、その分弟の負担は相当なものだったろう。

 それなのに、隊員たちは弟ただ一人を『盾』として残し、言われるままに逃げやがったのか……。


 俺は炎の中、必死に弟の姿を探し求めた。

 たとえ自分が生きながら炎に焼かれることになってもいい。

 前はあれほどに恐ろしく思えたが、どうせ俺は生き返る。


 だから……弟のためになら耐えてみせる。


 でもリオンだけは無事に助けなければ。

 あんなにも『悲しい死』に追い込んでしまったことのある弟だけは。


「……リオンっ!!」


 隊員たちが言っていたその場所に、リオンはまだいた。

 辺りにはおびただしい数の死体が転がっており、すでに判別もつかぬほど燃え上がっている。


 リオンはこんな数を相手に一人戦っていたのか……まるでこの広い施設中の敵すべてがここに集まったとしか思えないような数を見て、俺は息を飲んだ。


「リオン!!」


 呼びかけても反応はなかった。

 ぐったりとしていて、もう顔を上げることさえ出来ないらしい。


 燃えにくい繊維で編まれた服を着ていたため無事ではあったが、それでも服の一部を火が舐めている。


 その炎をあわてて消すと手に鋭い痛みを感じた。

 多分かなりのヤケドを負ったことだろう。

 でも、そんな事に構っちゃいられなかった。


「リオン、リオンっ!! しっかりしろっ!!!」


 抱き上げて叫ぶと、うつろになった瞳が一瞬輝きを取り戻して微笑んだ。

 そしてそのまま気を失った。


 俺はリオンを抱え、命からがら脱出した。

 でも、こんな危険なことを弟にさせ続けるのは、どうしても我慢ならない。


 隊員たちは後ろめたそうにしながらも『弟に対する感謝』を俺にのべたが、リオンを見捨てて逃げたその口で何を言っているんだか。


 俺はリオンの病室に行って、暗殺隊を抜けるよう強く諭した。

 それでもリオンは頑として首を縦に振らなかった。


 そうやってリオンがしばしの療養をしているうちに、他の隊員たちは国を捨てて逃亡してしまった。

 あの時リオンを見捨てたように、組織を捨てて逃げ出したのだ。


 くそっ。

 俺たちだって……本当は……逃げたかったんだ……。


 『危ない』なんてことは最初からわかっていて、リオンにこんなことはさせたくはなかった。

 人を殺すことだって。


 でも俺たちは歯を食いしばって踏みとどまった。

 この組織の皆が故国の人たちのように無残な死を遂げることがないよう、あんなに幼いリオンまでが必死に戦った。


 それなのに『大人』であるあいつらだけが、ためらいもなく逃げるなんて……。


 きっと奴らは『こんな危ない橋を渡り続けるのは、大金と引換でも御免だ』とでも思ったのだろう。


 それとも俺が奴らを激しく責めたからなのか?

 ……それはもう、今となってはわからない。


 でもこんなのは理不尽だ。

 どうしてこんなことになってしまったのだろう?


 リオンが療養室にいる間、俺はずっとリオンのベットのそばにいた。

 火傷そのものは、治癒師による数度の術で治るだろう。


 でも、怖い思いをしたことの『心の傷』まで治せるわけではない。


 あどけない寝顔を見ているうちに涙がこぼれた。

 本当に、どうしてこんなことになってしまったのだろう?


 もしかしたらリオンは……地下神殿に閉じ込められ『全国民の犠牲』となって祈り続けていた時よりも酷い状態に置かれているのではないだろうか。


 あのまま地下神殿に居さえすれば、少なくとも弟は誰かに『忌まれる』ことなどはなかった。

 毎日毎日人を殺し続ける事もなかったし、自分自身の命を危うくする事だって無かったはずだ。


 そこまで考えて俺はハッと気がついた。

 最初に『逃げた』のは俺たちの方だった。


 アレス帝国の動きがおかしかったのに、知っていて逃げた。

 俺たちが逃げたって、父王たちがなんとかするだろう……そう思って逃げた。


 結局俺だって、やつらとそう変わりはしなかったのだ。


 でもリオンは違う。

 最後まで国を捨てることをためらっていた。

 それなのに、俺が無理やり連れてきた。


 今の状態が魔道士アースラの言う『罰』だというのなら、俺だけを痛めつけて欲しかった。

 俺だけに罰を与えて欲しかった。


 リオンには罪なんかない。


 俺はもっとよく考えて動くべきだった。

 この国に来てからだって……リオンが俺にしか懐かないことを嬉しく思っている場合ではなかった。

 ずっと『俺だけのリオン』でいて欲しいと願ってはいけなかった。


 外の世界に連れて行くなら、俺が最優先してやらなければならないことはただ一つ。

 ……リオンに大勢の友達を作ってやること。

 兄離れさせてやる事だった。


 そうすればここまで俺だけに依り……俺を守るために『危ない仕事』を続ける事はなかったろう。


 俺だけを慕うリオンはとてもかわいらしくて愛しくて。

 そばに居てくれるだけで心が満たされた。


 全ての事情を知って慕ってくれるのも、不死を同じくするのも、この世にたった一人。この弟だけ。

 血の繋がった身内も今は弟だけ。


 俺はこのままで良いと思っていた。

 口では『弟にも友達を』と心配した風に言っていたが、本心じゃなかった。


 弟に仲の良い友達が出来ないでいて欲しいと……ずっと俺だけのリオンでいて欲しいと願っていた。


 それがいけないことだと気づいたのは本当にたった今で、今更どうすることも出来ない。


 もう取り返しはつかない。俺は馬鹿だった。

 本当に……馬鹿だった。


 


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