7.幸せの行方
俺はブラディとアッサムを叱咤しながら階段を登っていった。
その階段にも死体が積み上がっている。
王の説明では『ヴァーユ』頭目は最上階……4階の特別室に泊まっているはず。
状況から考えてそいつが生きてるとは思えないが、俺はその部屋のドアをゆっくりと開けた。
「うわぁぁ!!!」
ブラディとアッサムが悲鳴をあげる。
中は貴賓室らしく豪奢でシャンデリアの明かりが目にまばゆいほどだった。
そこにリオンはいた。
ただしその姿は、ブラディたちを怯えさせるに十分だ。
柔らかだった金の瞳は獣のような毒々しい紅に変化しており、とても人間とは思えない魔気を宿している。
そのうえ服どころか髪まで血まみれだ。
リオンは死体から流れ続ける鮮血を使って床に大きな魔術文様を描いていた。
高そうな服を着たその死体には首がなく、多分『ヴァーユ』の頭目なのではないかとぼんやりと考えた。
「兄様ごめんなさい……」
リオンは悲しそうに呟き紅い瞳で俺を見上げた。
そうだ。こんな事が昔にもあった。
あの時も悲しそうな、あの紅い瞳で俺をじっと見つめていた。
リオンは魔獣の力を開放して戦ったのだろう。
だからこんな姿になってしまったのだ。
「……今、血の捕縛呪を描いているから……もう少しで『僕』に戻るから……待っていて下さい」
そう言いながらリオンは再び血をすくっては床に描いていく。
張り詰めた冷たい空気の中、俺は言葉もなくその様を見つめていた。
文様を描き終えたリオンが立ち上がって歩み来る。
瞳の色はもう元に戻っていた。
しかし服に染み込んだ血がそこからしたたり、大理石の床に不気味な跡を残す。
「兄様……」
昔なじんでいた呼び方でリオンが吐息のように俺の名を呼ぶ。
「兄様…………」
求めるようにもう一度呼んで、弟は俺を見上げた。
大きな瞳からぽたぽたと涙がこぼれ落ちる。
あの時もそうだった。
そして俺はリオンを信じなかった。
忌んで恐れて化け物と罵った。
まさにあのときの再現だった。
「……化け物……」
ブラディが小さく呟く。
その言葉にリオンが息を呑む。
「違うっ!!」
俺は大声をあげた。
「俺の弟だ!!
化け物なんかじゃないっっ!!!」
しかし俺の叫びに応えるものは誰もいなかった。
ブラディもアッサムも引きつった顔で目の前の異様な光景に立ち尽くしていた。




