6.明日を歩く
闘技場には王の手の者が控えていて、ある程度の水準を超えた挑戦者は勝っても負けてもスカウトする。
資金集めだけでなく、人材集めも兼ねていて合理的だ。
輝くばかりのセコさは否めないが、客観的に見てアルフレッド王の聡明さは大したものなのではないだろうか?
外見は凡庸だし、学者のような飛び抜けた頭の良さがあるわけでも無い。
それなのにやることは無駄がなく、最小の投資で最大の利益を上げていく手腕は見事としか言いようがない。
部下にも慕われているし、ちょっとセコくてアコギでカッコつけなところを除けば理想の王であるように思われる。
後で聞いた話だがアルフレッド王は少年時代、俺たち兄弟の故国エルシオンに数年間留学していたそうだ。
とてもビックリしたが、どうもそのへんも王の国造りに関係しているらしい。
アルフレッド王は身分低い妾妃から生まれている。
しかし王子の中では、長子かつ優秀だったらしい。
それは今の王を見ても納得できる。
王は当時の正妃たちから何度も命を狙われ、困り果てた当時のブルボア王がわが国エルシオンにアルフレッド王を逃がしたということだった。
王が目指すのはエルシオンのような豊かで平和な国。
あの国を目指すなら『八百長試合』はイカンだろうと思うのだが、まあそこは柔軟に考えるしかない。
アルフレッド王が留学していたのは俺が生まれるずっと前の事なので、もちろん面識はない。
王が自国に帰って間もなくブルボア王国は崩壊したので、その後、故国エルシオンとの付き合いも一切ない。
そのせいか、俺の素性は今のところバレてはいないようだ。
先日ふと王が、故国エルシオンの話を振ってきた。
俺は素性がばれるのが怖くてほとんど聞いていただけだったけど、懐かしい故国の話に惹きこまれた。
父母や叔父エドワードの若い頃の話、そして当時子供だったアルフレッド王の驚き。
エルシオンはブルボアと違いとても豊かで、人々は小国からきたアルフレッド王にもとても優しくしてくれたそうだ。
それまで王は、食事に手をつけるのも恐ろしく、夜はぐっすり眠れたためしが無い有様だったらしい。
しかし、エルシオンに行ってからは何故かすべての人々の善意を信じ、心から安らぐことが出来たのだという。
王の変化はおそらく『善の結界』のせいなのだろう。
その楽園はもう、存在しない。
俺が―――――壊してしまった。
エルシオンから遠く離れたとしても、楽しかった思い出は王の拠りどころの一つであっただろうに。
そう思うと、とても申し訳ない気分になる。
エルシオンで暮らすうちに祖国の権力争いがすっかり嫌になったアルフレッド王は、父君に頼み込んで世継ぎの座を弟に譲り、自身は辺境の城に住まう公爵として慎ましく暮らしたそうだ。
しかしその結果、幼い弟が王位を継ぐこととなり国は乱れ、革命が起こった。
経緯は少し違うけど、俺と立場が似ているような気がしないでもない。
……ただ、俺とは決定的に違うところがある。
アルフレッド王は自分を慕う者たちと再び国を興すため決起した。
もちろんそれはたやすい事ではなかったろう。
今でも正式に国を興すまでにはいたらず、ずっと他の2大勢力と睨み合ったままだ。
俺はもう、王となって国を再興する事はほとんど諦めていた。
けれどこうやって着々と頑張っているアルフレッド王を見ていると、時々胸がざわめく。
アルフレッド王は特に武勇が優れているわけではない。
カリスマ性があるわけでもない。
でもどんな失敗も笑って受け流し、しぶとく逞しく前進するその様は確かに『王としての器』が備わっているように見えた。
どうして俺は、アルフレッド王のようにはなれなかったのだろうか?
家族も国も地位も……何もかも失ったのは同じなのに。
いや、たった一人でも身内が残った俺はむしろ恵まれている方なのだろう。
俺にだって王国を再建しようと誓った日があった。
でも、それに伴う犠牲にひるんで諦めた。
俺が建国のために動いたら、きっと大勢の人が死ぬ。
リオンにだって、再び人殺しをさせることになるだろう。
アルフレッド王のような手腕は俺にはない。
今までよかれと思い、判断してきたことは全て裏目に出た。
国民を死なせ、家族を死なせ、アリシアの母を殺し、そのほかにもいっぱい殺して今俺は生きている。
王となり、人の運命を変えてしまうのが怖くてたまらない。
きっと俺は大勢の人を殺してしまうだろう。
殺してしまったあと、さほど心が痛まなくなってきている自分も怖くてたまらない。
戦うリオンの闇を直視するのも怖い。
……それでもいつの日か、アルフレッド王のように起つ日が来るのだろうか。
それともずっとこのままなのだろうか。
またわからなくなった。
俺は一体どうしたいのだろう。




