薬屋稼業
男が去っていくのを見送った後もまだ仕事は続く。
「おい、仲間が奴に噛まれた!金は出すから治してやってくれ!」
「これから洞窟を攻略してくる。体力増強の薬はないか?」
「こっちは筋力増強のを頼む!」
冒険に臨むもの、戦いで敗れたものたちが我先にと薬を求めてやってくる。
薬屋は冒険者にとっては必要不可欠の存在なのかもしれないと改めて思った。
僕は注文の薬をカバンから取り出したが、筋力増強の薬がなかった。
「・・・申し訳ありません。解毒薬と体力増強薬はありますが、筋力の方がどうも在庫切れみたいで・・・」
「ああ?!おいおい頼むぜ、こっちはこれから奴らに挑むつもりなのに・・・何とかならないのか?!」
「少々お待ちいただけるなら薬を調合致しますがどうします?」
「・・・あんたの薬は本物だ。その代わり、いい奴を頼むぜ」
「了解しました」
ああ、面倒くさい仕事を頼まれてしまった。
在庫の薬を販売するのはたいして手間も掛からないけど、調合を依頼されてしまった。
しかもけっこう効果が良い物をご所望らしく、そうなるとアレンジも加えなければならない。
まぁその分金は入るからおいしいと言えばおいしいんだけど。
薬屋の仕事は『薬の販売』のほかにも『薬の調合』という大事な仕事がある。
薬屋の大変なところは売る薬も自分達で作らなければいけないところであり、どちらかといえばこっちの方が大変な作業になってくる。
モンスターや植物から素材をとった後は、それを一定の割合で調合して薬を作っていく・・・というのが主な工程だけど、これが非常に神経を使う。
割合をミスれば爆発もするし、レシピだって既存の薬のものしかないから新薬を作る場合は一から材料の効果などを考えて爆発などにも細心の注意を払う必要があるからだ。
僕は爆発を起こしたことはないが、起きると聞けばやっぱり作業は念入りになってしまう。
・・・と、まぁそんな作業を経て、薬は生まれるわけである。
いつものように素材をカバンから取り出して、分量を計る。
この繊細な作業はもううんざりするほどやってきたから最近は間違えることもなくなった。
そしてここから調合をするのだが、その前にやっておくべきことがあった。
「ん?急に後ろ向いてどうしたんだ?」
「いえ、何でもありません。調合する素材を一つ取り出すのを忘れていただけですので・・・」
「そうか」
実際僕は忘れていたわけではないが、客には決まってそう言う。
なんていうか、客に見られながら薬を作るのはあまり好きじゃないからいつもこうしているだけなんだけど。
この異世界に来てから薬屋になった大きな理由は、自分が所持していた『調合』スキルが原因だった。
異世界に来てから間もなく、自分の持つ『調合』スキルに気付き、森に生えていた適当な草と動物の死骸を調合して、体力増強薬のハイクラス級を作り出してしまったのがきっかけだった。
この調合スキルは、簡単に言えば調合の成功率+効果を上げるスキルだが、僕の場合は調合スキルを最初から極めていたためこんな現象が起きてしまった。何故最初から極めていたのかはまだわかっていない。
さっき取り出した素材を今調合しても上手くいけばハイクラス、悪くてもノーマルクラスの薬はできるわけだけど、アレンジの約束をしてしまった以上その程度じゃ向こうも満足しないだろう。
と、なれば筋力増強のほかに何か効果を付けるのがいいかな。
薬の方針を決めるため、後ろを向いたまま客に話しかけた。
「ちなみにお客さん、奴らってどんな相手ですか?強いんですか?」
「ああ、かなり強いぜ。同業者が何人もやられているし、俺らも安全を確保するために10人パーティーで行くつもりだ。知ってるか?ライオークって奴なんだけどよ」
ライオークは簡単に言えば最近洞窟で目撃情報が増えたモンスターだったはず。
電気を帯びた牙による凶悪な攻撃力を持ち、冒険者を次々と葬っている「雷牙」と呼ばれる強力モンスター。
実物を見たことはないが、やられた冒険者に何人か薬を売っていたから僕もそれくらいは知っていた。
最近はこいつにやられた冒険者の客が増えていておいしい時期だったが、この客は勇敢にもそいつを討伐しに行くらしい。こちらとしてはありがた迷惑な話だが、せっかくの客に適当な薬を出したくはない。
後で彼らに死なれても目覚めが悪いし。
「奴らに重い一撃を与えて怯ませられればあの牙もへし折れると思ったからあんたの薬を買いに来たんだ」
「そうでしたか。ではもう少しお待ちください」
彼らの作戦は別に悪くはないが、やや攻撃を重視しすぎていると思われる。
やられた冒険者の身体を見ても、牙+電気のダメージがでかすぎて一発KOっていうケースが多かったし、見たところ彼の装備はけっこう重そうである。このままでは重い一撃を浴びせる前に彼らがやられるというのは薬屋の僕でも目に見えて明らかだった。
そうなると、方針は決まった。
筋力増強+耐電効果の薬だな。
カバンから耐電効果のある薬草を取り出して素材は揃った。
後の調合はこの薬だとすり潰せば大丈夫。そこに調合スキルの補正がかかり成功率や第2効果に関わってくるため、こんな面倒な作業でも僕がやらなければ意味を成さない。
3分後、薬は完成した。筋力増強+耐電のハイクラス級という文句なしの出来だった。
「どうぞ。筋力増強薬ハイクラスです。サービスで付属効果もつけました。」
「付属効果か、助かるよ!あんたのとこの付属効果は評判いいからなぁ」
「あまり期待されても困りますが・・・まぁ、好きなだけライオークの攻撃に専念して大丈夫だと思いますよ」
どうせこいつは攻撃に夢中で防御なんて疎かになるんだろう。
だけど攻撃受けても耐電効果あるから純粋に牙のダメージくらいしか受けないだろうし、まぁそのためにわざわざ耐電効果つけたんだけど、たぶんこの客の重装備なら牙のダメージならなんとか凌げるはず。
そういう意図があってこの効果を付けたのだ。
「まぁ何にせよ助かったよ。これで心置きなく狩りにいける」
「あ、金払ってください。請求書です」
「うげっ、予想通り高いな!何とかならんか?」
「無理です。そのかわり、効果は保証します」
「うぅ・・・・はい、サンキューな・・・」
「ありがとうございました~」
男は渋々金を払っていった。
今日は少し贅沢してもよさそうな額が溜まったので、収入としては充分満足だ。
外を見ればもう暗くなっているし、今日の仕事は終わりだな。
景気もいいし、酒場でも行って高い酒を飲みたい。
可愛い女の子とかいれば奢ってあげよう。
足取り軽く僕は酒場へと向かった。