執事と秘書と店員
お店を出ると思っていたが、美春の手を手当てしなければいけなかったので、従業員が使う休憩室に連れて行かれた。美春は自分のせいで、お店や他の客にも迷惑を掻けた事で、凄く落ち込む。追い出されてしまった客だって、美春が転ばなければ何事も無く食事が出来ていたはず。周吾だって、美春の為に店のイメージダウンをしなくて済んだはずだった。
「周吾さん、ごめんなさい」
「なんで、謝るの。メイドのせいじゃないでしょ」
「だって、私が皆に迷惑かけて更にお店のイメージが・・・」
「あんな事で、店のイメージ壊れない。あんな客がいる事が恥だ」
オーナーとして当たり前の事をしただけ。と、半泣き状態でうっすら涙が溜まっている美春の、目元を優しく触れて涙をふく周吾。それでも、自分のせいで店に迷惑を掻けた事は事実なので、気分が落ち込んでしまう。何時までも落ち込んでいる美春に、周吾は面倒になったのか?溜息をされてしまった。不愉快に思ったのかもしれないと、美春は話を変える為オーナーだった事を聞いてみる。
「周吾さんって此処のオーナーさんだったのですね。知らなかったです」
「言わなかったから」
「こんな高いお店のオーナーさんなら、お金持ちで当たり前ですね」
「此処だけじゃない。他にも店は持っている」
対した事じゃないと話す周吾に、美春にとって別世界に生きる人なんだと凄く、遠くに感じた。
(やっぱりお金持ちって違うのね。何だろう?この、寂しい気持ち)
ズキンと、胸が痛み転んだ時に何処かぶつけたと思い、胸を押さえた。
「あの・・そちらの女性の手当てを」
二人の会話に入れず、店の従業員がずっと待っていた様子だった。
「俺がやる」
「そのような事、させられません」
従業員が美春の手当てを、周吾にさせられないと断る。しかし、周吾はいきなり不機嫌になってしまう。ただ、従業員はオーナーである周吾に御手を煩わせない為に断ったのだが、何か勘違いしてしまった周吾。
「なに?君は、俺のものに触れようとしたいの」
「はっ!?」
「図星なんだ。・・・でも、これは触れちゃ駄目」
従業員が驚いて動けない事を、図星として動けないと勘違いしている周吾。持っていた救急箱を無理矢理、奪って従業員を追い出した。美春の手当ても終わり、早々に店を出ようとする周吾に慌てて美春は、待ってもらう様お願いする。
「周吾さん待って下さい。お店の人に、ちゃんと謝りたいです」
「必要ない」
「あります」
面倒そうに立ち止まる周吾にお礼を言い、お店の人達は忙しく働いているので、責任者の人に謝った。周吾の元に戻れば『遅い』と、叱られる。それでも、ちゃんと待っててくれた事に感謝すれば今度は転ばない様に、ゆっくり手を繋いで歩いてくれた。
「ふふ。子供を心配するお父さんみたいですね」
「・・・」
複雑な気分なのか?それとも、父親だと言われたのが嫌だったのか眉間に皺を寄せている。
「周吾さん?」
「メイドは娘じゃない」
「当たり前じゃないですか」
「はぁー」
溜息をされてしまい、何がいけない事でも言っただろうか?と、悩んだが話すのが面倒になっただけかもしれないと、勝手に美春は思う事にした。そして食事も済んだので、次は何処に行くのか尋ねる。ある場所で人を待つらしく、車に乗って小さな公園のある傍に待機する事になった。五分程で周吾が買った車と、同じ車がやって来て美春達の前に停車する。
「周吾様、お待たせしてしまい申し訳ありません」
「そんなに待っていない」
周吾に対し、敬語で話し深々とお辞儀をして来る二人。二人共、品の良いスーツを着ている。
「此方が鍵でございます」
「お持ちだった御車は、すでに手続きを終了しました」
最初と最後に喋った人は、顔がそっくりだ。双子なのだろう。周吾に鍵を渡したら、周吾も車屋で借りた車の鍵を運転していた方に渡す。そして、美春に向かって最初に喋った男が話し掛ける。
「私周吾様のお父様で、宗大様の執事をさせて頂いている御剣航平です」
「私は周吾様の秘書、弟の航佑です。兄の補佐もしています」
「えっ!?あ・・えっと・・国枝美春です」
「どうか私達の事は、敬語など使わず普通にお話し下さい」
二人に突然自己紹介をされ、慌てて美春もお辞儀をしながら挨拶をした。しかし、兄の航平が敬語など使わなくて良いと言ってくるので、美春は困ってしまう。
「いえ、流石に年上だと思う方に敬語無しは・・・」
「周吾様の大事な方。美春様が気にする必要ありません」
「え?」
では。と、周吾から渡された車屋の鍵で美春達が今まで乗っていた車に乗り込み、去って行った。
「周吾さん今のは、一体」
「執事と秘書」
そんな事聞きたかったのでは無く。何故、自分が周吾の大事な人として双子の航平と、航佑に周吾と同じような扱いを受けたのかが知りたかった。美春は一様、メイドであって周吾は雇い主。今の所、真面目にメイドとして仕事しているわけでは無いが、ある意味双子と同僚だ。勘違いしているのでは無いか?と、違和感を感じた。ぼーっと去って行った方向を見ていると、周吾が頬を抓ってきた。
「痛・・何するのですか!?」
「いつまでも、あの二人の事を目で追っかけて見つめているメイドが悪い」
「何ですか、それは」
確かに二人の事を考えていたが、目で追っかけて見つめて等いない。周吾は、時々こうして意味が分からない事を言うので、少し悩んでしまう。ずっと、その場にいる訳にもいかないので、美春達も新しい車に乗り込んだ。周吾の乗っていた外車に比べ流石、一番大きくて広い車を買っただけはあり、凄く広い。しかし何処かで小さい車に乗っていて、急に大きな車に乗ったら運転が怖いと、聞いた事がある。
周吾は、急にファミリーカータイプの車に乗り換えて大丈夫だろうか?運転免許も無い、美春はちょっとした疑問だった。
「その辺の、下手な人と一緒にしないで」
挙句、口に出ていたみたいで軽く怒られる。
行先も分からないまま、周吾の運転する車に黙って乗っている美春は、正直つまらない。あれから、周吾は黙ってしまい話し掛けても、無視されてしまうからだ。些細な会話だが、二人で出掛けているのだから、もう少し楽しんでも良いのでは無いかと思う。只のメイドが口出しする事ではないので、言わないが少しだけでも努力して会話してくれてもと、そう思っても罰は当たらないはず。
三十分程走って辿り着いた場所は、美春でも分かる高級店が立ち並んでいた。貧乏人は、足を踏み入れられないような場所だ。周吾は目的の店があるようで、さっさと進んで行ってしまう。辿り着いた店は、今日開店したばかりの様で、店の前には沢山の花や、お祝いの言葉が並べられている看板が置いてあった。中に入ると、とても綺麗なお姉さんが迎えてくれる。
「いらっしゃいませ」
姿勢がとても良く、お辞儀の仕方も完璧。笑顔が営業用では無い、自然の笑みで少しだけほっとした。
「似合う服、何着か着させて」
「わかりました。さあ、此方にどうぞ」
有無を言わせず、周吾に店員へ突き出されてしまった美春。優しく呼ばれて、悪い気はしないので素直に従ったのが最大の過ちであった事を、後で後悔する事になった。
「お客様、とてもお似合いです。こっちも、どうでしょう?」
「あの、流石に疲れて・・・」
「何言ってるのですか!もう、開店日からこんな可愛いお客様、担当なんて感激ですよ」
店員に、あれこれ服を着せ替えられてしまっていた。まるで、着せ替え人形の様に美春は只、店員の進められる物を黙って着る羽目になる。いい加減こんな高い服など似合わないのは、分かっているので帰りたい。だが、店員がそうさせてくれないので、半泣き状態になりかけている。
「お客様達、凄く仲の良い兄妹ですね。一緒に買い物なんて、その年では中々出来ませんよ」
「違いますよ。兄妹じゃ・・」
「彼氏さんですか!素敵ですね。でも此れは、彼氏さんに気を付けてもらいましょうね」
此れと、言う店員に何を言っているのか分からなかった。色々着させてもらい、最後にストールを首に巻いてくれる。『此れで、目立ちませんよ』と、美春に言う店員に本当に意味が分からないまま、ストールを巻いたまま周吾の元に戻った。周吾が美春をじっと見た後、ボソッと話す。
「あの店員、勝手な事してくれたな」
何やら独り言を、ぶつぶつ言っていて美春には聞こえなかった。
中途半端な終わり方ですみません・・・。




