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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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思い付き短編

召喚術士と日本人と魔術学園

作者: 色輝

書き直した奴です。中身は戦闘もどき。


「明々《めいめい》赤く煌めけ黄昏たそかれの空」


 暗い森の中に丸く開けた泉のすぐそばで、一人の少女が滔々と言葉を紡ぐ。


「煌々《こうこう》藍に染まる黎明れいめいの空」


 少女の言葉に反応するように、満天の星の中にぽっかり浮かぶ巨大な満月に照らされ、蒼く輝きを放つ神秘の泉に重なるように浮かぶ、白銀の光を舞い散らす魔法陣。それが段々光を強くし、光の粒子を夜空に昇らせる。


「青く輝くは母なる海。緑育むは父なる大地。銀の月、金の太陽。たゆたうは白き生命の息吹き。全てを受け入れるは黒き世界の理」


 これ以上ないほどの輝き放つ魔法陣。少女は身の丈以上の杖を両手で構え、法衣と髪を踊らせる陣から起こる風に飛ばされないよう、ぐっと足に力を込めた。

 そして、朗々と語るそれの最後の呪文を、力強く唱えた。


「最縁の友、我が声より来たれ。我『アリス・ハルヴァート』の名の元に、開け異界の門! 我が生涯の相棒となりて過ごす尊きモノよ! 門を潜りて我の前に顕現し契約したもう」


 カッと目も眩む光を放った魔法陣から、七色の光の帯が天に伸びゆらゆらとオーロラのように、美しくたなびく。

 宙に溶けるような光の演舞に、しかし少女は見惚れる事なくただただその中央を見つめている。 ぶわっと溢れ迸る光の嵐は、ぱああんっ、しゃららんと涼やかな音色を奏で弾けた。残った魔法陣の上には、人影が。

「……え、何だ…?」


 呆然としていた人影は、次第に正気を取り戻しキョロキョロと辺りを見回し、狼狽した。

 そんな人影の様子を見て、少女は驚きに目を見開き硬直し、我に返るとがくりとその場に膝を突いた。


「何で人が…ッ! 誰の悪戯だよ!」


 がつっ、と地面に拳を打ち付けた少女の感情の篭った叫びに、人影はやっと少女に気付いた。


「あ、人? って俺、水の上に立って…!?」


 騒がしい人影―――たった今召喚した男に、少女ははあ、と溜め息を吐いた。

「……ていうか、誰さ…」


 がっくり肩を落とした彼女は、狼狽える男の方に足を踏み出した。




 ***

「ユーキ、準備出来た?」

「ん、ああ大丈夫だ。アリスは?」

「ふふん、抜かりなしっ」


 蒼いチュニックに革の軽鎧、黒い短パンにガーターで吊ったサイハイソックスと編み上げのロングブーツ。その上に瑠璃色の法衣を着て身の丈以上の杖を構えた少女――アリスが、むんっと拳を握り気合いを入れた。

 その様子にからからと笑ったのは、アリスのパートナーである東雲しののめ勇輝ゆうき。アリスに召喚された異世界の青年である。


「うはあ、緊張するな……」

「あは、ユーキのデビュー戦だもんね。まあ気楽に行こうよ。初めてだし、兎に角出来るだけやればいいさ」

「おう、頑張る」


 緊張すると言う勇輝だが、その顔に翳りはなく寧ろわくわくうずうずしている、と言った感じだ。

 今日から三日間、このリヒテンシュタイン魔術学園では学園の所有する周辺の森でサバイバル演習を行う。進級して最初の演習であり、召喚術士はパートナーと初めて行う行事であった。

 魔力量並びに資質の有無で限られた者だけが慣れる召喚術士。生涯のパートナーを得た彼等は、己のパートナーを自慢し合い、より優れていると牽制する。召喚術士の才能と資質から最も見合うモノが喚び出されるため、パートナーは召喚主の才能を知らしめる計りなのだ。

 そんな中、唯一の人間のパートナーである勇輝は、非常に目立っていた。


「やっぱ見られるなあ…」

「我慢我慢。珍しいし仕方ないよ。それに、ユーキは格好良いから」

「そ、そうかあ?」


 テレテレと頭を掻くユーキに笑いながら、アリスは広場に集まった生徒達の中に混ざった。術士毎に分かれているので、アリスの周りは召喚術士ばかり。その傍らには、それぞれ狼や猫、妖精や鳥など様々なパートナーがいる。人型はいれど、完全な人間は勇輝しかいない。

 キョロキョロ辺りを見回しながら、勇輝と話していると突然空気が変わった。ざわめき、黄色い声が上がる。嫌な予感がしながら皆の視線の先を見れば、案の定学園最強の術士『リーズベルカ・アーデルハイト・リヒテンシュタイン』がいた。


「げっ…」

「相っ変わらず派手だなあ、オイ」


 呻いたアリスの横で勇輝は呑気に呟いた。が、それも仕方ないだろう。何せ、リーズベルカは本当に派手、と言うか目立つ。

 蒼を溶かした長い銀髪は月光を梳いたようで、それより青みの強い瞳は月下の泉。左右完全対称の整った容姿に高い身長、細身ながら術士には珍しく鍛えられた揺るぎない立ち姿。そして魔力量を表す法衣の色が最高色の瑠璃である事も、目立つ要因。だが、何よりも、彼のパートナーが、どうしようもなく目を引いた。

 太陽の光を梳いた波打つ豪奢な金髪に、生命の色を宿すグリーンアイ。リーズベルカの隣に立っても霞まない美貌は兎に角輝いていて、身に纏うAラインの白いシンプルなドレスは動く度に優雅に揺れる。パッと見は人間のようだが、その発するオーラが人外だと告げている。彼女は、全ての精霊を統べる自然の王――精霊王。

 今ここにはいないが、空の王と海の王、大地の王をパートナーとして契約している。学園長の孫でもある彼が注目を浴びるのも、当然と言えよう。


 そんな彼は、入学当時から異様にアリスに突っ掛かっている。去年は自分に次ぐ魔力量で、パートナーを得てからはパートナーが人間だと言う事で。お陰で、アリスは周りから理不尽にやっかまられるし、散々な目に遭った。

 今も、こそこそと勇輝にしがみつき影に隠れようとするアリスに、悠然と歩み寄ってくる。自然アリスも注目を浴びてしまい、一層縮こまる。同級はまたかと言う顔をし、成り行きを静かに見守っている。変に野次を飛ばすと後が酷いのだ。


「ふん、それで隠れたつもりか? アリス・ハルヴァート」

「お久しぶりですわ、アリス様、ユーキ様」

 不遜な態度でアリスを鼻で笑うリーズベルカと、優雅な淑女の礼をする精霊王『エレメンタリィ』。勇輝はエレメンタリィに鼻の下を伸ばして見惚れ、ドスッとアリスに脇腹をど突かれていた。


「おい、いつまで隠れているつもりだ。いい加減離れろ。それとも、俺に見せられないくらい不細工になったか?」

「んなっ…! こ、の…ッ」


 ギリギリ睨みながら、アリスは勇輝の後ろから出てリーズベルカの前に立った。

 それを満足そうに見たリーズベルカは、にやりと不敵な笑みを浮かべた。不敵と言うか、どちらかと言うと悪人っぽい。


「俺はエルで行くが、貴様はその人間とだろう」

「あ…当たり前でしょ。私のパートナーは勇輝だけだもん」


 ぎゅっと勇輝の腕に抱き付けば、リーズベルカは冷たい美貌に凍てつくような色を宿した。冷たい眼差しに晒された勇輝は、今にも泣きそうに固まった。


「……ふんっ。そんな男に何が出来る。非力なお荷物ではないか」

「勇輝は凄いんだからなっ。私の大切なパートナーをバカにするな!」

「なっ」

「おっ、おおおおいアリス…!」


 んべーっ、と舌を出して勇輝にしがみつき挑発するアリスに、リーズベルカは絶句し勇輝は狼狽えエレメンタリィは肩を震わせた。


「くっ……はっ、そこまで言うならその凄い所とやらを見せて貰おうか」

「ひぃ…っ」


 嘲笑うように勇輝を冷たく、底冷えする眼差しで睨んだリーズベルカに、睨まれた本人は情けない悲鳴を上げた。

 次いで、アリスを上から見下ろす。冷たさは消えているが、やはり不敵な挑発的な色は消えない。


「だが……人間を召喚するようでは、貴様には才能はないのではないか?」

「…っ…、うるさいっ」

「ふん……貴様のような凡人は、さっさと嫁いでしまえばよいのだ。それしか道はなかろう」

「ぬっ……あんたに言われる義理はないし、召喚術士を止めるつもりはない!」

「ああ、相手がいないのか。哀れな奴だ。…仕方ない、嫁ぎ遅れる前に、俺の所に…」

「君に嫁ぐくらいなら、その辺の男子に求婚しまくった方がマシだ」

「ぷふぁっ!」


 今噴き出したのは、エレメンタリィである。耐えられなかったらしい。

 即答されたからか、顔を真っ赤にし怒りに震えるリーズベルカの肩をバシバシ叩く様子は、先程までの優雅な淑女然とした姿からは掛け離れている。これがエレメンタリィの素である。


「うっふふふ! スパッと袖にされちゃいましたわねえ。くふっ。リーズベルカ様をこんなにコケにするのはアリス様だけですわ。アリス様素敵です!」

「は、はあ…」

「くっ……うるさいぞエル! おいアリス・ハルヴァートとそこな下男!」

「げ、下男…」

「ぶふおっふ!」


 傲岸不遜なリーズベルカはアリス達を指差し、宣言した。この際腹を抱えるエレメンタリィは無視である。


「いいか、貴様等など俺の敵ではない。下男、貴様の凄い所とやらを見られるのを楽しみにしているぞ? 精々必死に逃げ生き延びるがよい」


 傲慢に言い放ち、最後に嘲笑を残してからリーズベルカは去っていった。腕にエレメンタリィの首を引っ掛けずるずる引き摺りながら。

 瑠璃色の法衣を翻す後ろ姿を見送り、アリスは地団駄を踏んだ。


「っぐあぁ──! ムカつく! バカにして! 目に物見せてやる!」

「おおう、荒れてんなあ」

「私は兎も角、ユーキをバカにするのが許せない。ユーキは凄いのに。あんな奴、大っ嫌い!」

「あーあ……小学生男子め」


 憤慨するアリスを宥めながらリーズベルカの背に呟いた言葉は、誰にも聞き咎められる事はなかった。


 その後学園長の挨拶がされ、漸くサバイバル演習と言う名の、生徒同士の蹴落とし合いが始まった。



 ***


 広い森は、草原や崖があり、向こう岸が見えない巨大な川には幾つもの浮き島が浮かんでいる。ランダムで適当に転移された生徒達はバラけながらも、他の生徒を打ち倒そうと探し歩く。

 アリスと勇輝は、森から草原に抜け、戦う魔法科と精霊術科の生徒を尻目に移動した。


「戦うのか……」

「うん。自分以外敵だからね。徒党を組む事はあるけど、倒してバッジ奪わなきゃ、ポイント得られないから」


 法衣の左胸部分に取り付けられた金色の星。生徒達はこれを奪い合い、演習終了と同時に持っていたバッジの数がポイントに加算され、成績にも反映される。


「まあ、奇襲待ち伏せ罠は当然、弱い人から襲うし正面から殺り合うつもりはないから安心してよ」

「思ったより卑怯な戦法で驚きです」

「卑怯上等。正々堂々行って死ぬなら不意討ちして生き残る。当然だよ」


 学園の教師生徒が着る法衣は、魔力量に応じて色が変わるマジカイル布で出来ており、最高位の瑠璃を身に纏うアリスは学園でも折り紙付きの魔力量を誇る。魔力量が実力に直結する訳ではないが、瑠璃は桁違いだ。

 召喚術士とは、パートナーに魔力パイプを繋ぎ、魔力を常に供給している。なので大半は自分の魔法に回せるほど残らず、中級以上は使えない。但し、瑠璃を冠する者は例外だ。アリスも上級だろうと問題なく連発出来る。

「……あ、黄色見っけ」


 こそこそ森の木の間から草原を覗くアリスの目に、薄い黄色の法衣の男が映った。漁夫の利を狙っているのか、戦闘を繰り広げる術士達のそばの岩影に隠れている。背の高い草むらで見えにくいが、その赤い髪は目立つ。


「法衣の色が実力を表す訳じゃない。現に私は、攻撃魔法は得意じゃないから」


 アリスは、そう言いながら高速で魔法陣を展開する。


「でもね、弱くても、ううん、弱いからこそ出来る方法もあるんだよ」


 更に展開し、複数の魔法陣を同時に維持した。


「強い人は奇襲とか不意討ちとか、思い付きすらしないからねえ」


 確かに、と頷きながら、勇輝は同意した。あの魔法戦に飛び込む勇気は、ない。


「日本は……俺がいた国は平和で、戦う事なんてなかったしな。確かに、力がないならしょうがないよなあ」

「でしょ?」


 うんうんと頷き、最後に同時に異なる魔法陣を三つ用意したアリス。これにより勇輝はこれが普通なんだと勘違いする。話しながら異なる魔法陣を幾つも維持するなんて、普通は出来ない。


「んじゃ行くよ。最初は私がやるけど、次からはユーキにも幾つか担ってもらうからね」

「おう。よく見てる」


 真剣な表情になった勇輝を確認してから、アリスは魔法を発動させた。

 まず、戦い疲弊した二人に奇襲を仕掛けたえものを見届け、二人を倒しバッジを奪おうと油断していた所に眠りの状態異常を起こす魔法を発動。が、状態異常の耐性を上げていたのか眠らず、それを見ても慌てる事なく今度は麻痺と眠りの混合をぶつけるも不発。

 未だこちらに気付かない獲物の真下に、土魔法で穴を開け下半身を飲み込み埋めた。騒ぐが、次に腕を土で拘束され、仰け反るように首と口と目も拘束されて天を仰ぐ体勢になった。倒れている二人も同様に拘束。

 アリスはダッシュで近付き、苦しそうにする男の胸からバッジを奪い、おまけで獲物の獲物だった二人からもバッジを強奪。直ぐ様戻り、森の中に消えた。





「アリスって、見た目にそぐわず結構鬼畜なんだな…」


 若干引きながらアリスを見る勇輝。彼はあの所業が恐ろしく見えたらしい。

 奪ったバッジは下着に付けていたアリスは、その態度に慌てながら弁解した。作戦会議も兼ねて念入りに隠蔽した洞窟で休む事にしたので、多少ゆっくり出来る。


「いやっ、でも相手を傷付けず制圧するなら状態異常は有効だし、突然体が動かず視界が利かないとなれば咄嗟に魔法を使うとかも出来ないし……ほら、安全でしょ?」

「制圧って言ってる時点で怖い」

「あうっ…。でもあれくらいは普通なんだよ? 寧ろ凄くスムーズに穏便に済んだんだから」


 胡散臭げな勇輝に、アリスは先程やった事を簡単に解説した。


「さっき私、いっぱい魔法陣用意してたでしょ?」

「あ、うん。でも使わなかったのもあったよな?」

「当然だよ。あれはね、無駄になる事を前提に展開していたから」

「え、何で?」

「奇襲だよ、何パターンか想定して動くのが普通だもん。もし最初ので眠っていたら他全部無駄だったでしょ? 抵抗されたら、気付かれたら、魔法を使われたら、また別の術士が仕掛けてきたら……色々考えなきゃ」

「ははあ〜……」


 感心したように頷く勇輝に、ふふんと得意気に鼻を鳴らしたアリス。感嘆の眼差しが嬉しいようだ。

 魔法陣を描くだけだって魔力を消費するから、普通はやらない。膨大な魔力と、魔力消費を半減させるレアスキルを持つアリスならではの方法だ。それを知らない勇輝がまたまた勘違いを重ねていくのだが、幸か不幸かそれを指摘する者はいなかった。

「色々考えてんだなあ」

「弱いからね。力がない分知恵を絞らなきゃ生き残れないの。世の中弱肉強食なのだよ、ユーキくん」

「ははーっ、勉強になりましたアリス先生!」


 ふざけ合いながら、勇輝がやる事を告げる。まずは色々試してみようと、獲物を探すために洞窟から出た。

 魔物もいるのでそれは避けながら、暫くして金髪の少女を見付けた。


「ん? あれ、見た事あるな」

「そりゃそうだよ。魔法体術科のアリア・ムーア、よく食堂で男子と喧嘩してるし」

「ああ、そうだった。あの騒がしい奴か」


 ふむふむ頷く勇輝は、あの妙に喧嘩っ早い女か、と呟いた。

 アリア・ムーアは一人で、周りを気にしながら歩いている。武道家なので気配には敏感だろうと、魔法で視力を強化しながら見ている。


「じゃあ、行くぞ」

「ん」


 緊張する勇輝は大きく深呼吸してから、右手を上げた。その手には、いつの間にかペンが握られている。

 ペン先はマジックのように丸く、光の灯っていないランプのように白い。持ち手は少し太めで、蒼から白へのグラデーションで羽根を模した形になっている。やたら可愛いファンシーなデザインは、勇輝には似合わない。

 勇輝が構えるとペン先が光り、蒼い光の尾を引きながら空中にサラサラと文字を書いた。


『催眠』

「――と書いて、《さいみん》と読む!」


 ピッと書き終えた文字を読んだ瞬間、ばらりと文字がほどけた。バラバラになった文字はサラサラと空気に溶けるように崩れ、アリア・ムーアの中に吸い込まれた。その瞬間、アリア・ムーアの体が崩れ落ちた。


「よっしゃ!」

「おお〜、凄い」


 ペン先に光が点った瞬間から魔力が引き出され、状態異常対策は万全であろう相手を問答無用で眠らせるだけあり、なかなか魔力を喰う。が、スキル様々である。勇輝の能力はかなり燃費が悪いが、レアスキルのお陰でそれほどでもない。

 そそくさと近付きバッジを奪ってから、素早く離れる。先程もそうだが、極力顔を見られないようにしている。下手に恨みを買って付け狙われるのはごめん被りたい。


「流石ユーキ! 一発だね!」

「へへっ、上手く行って良かった」


 きゃいきゃい騒ぐ二人。実際、実力者であるアリア・ムーアから奪えたのは凄い事だ。バッジは、元々の持ち主の成績により得られるポイントが違うので、これは大きい。

 因みに、自分のバッジは絶対に法衣の胸に着けていなければならないのですぐ分かるが、他のはアリスのように別の場所に隠す。それを探さなかったのは、万が一捜索中に目が覚め戦闘になっては困るし、他の者に見付かる危険性があるからだ。最初の獲物がアリスに倒されたのも、他のバッジを探していたからだし。

「よしっ、次も頑張ろう!」

「おうっ! この調子でガンガン行こうぜ!」


 むふんっ、と調子に乗るが、そういつまでも上手く行く訳がなかった。




 隠れながら、丘にやって来た二人。そこで二人は、紫の法衣を着た召喚術士の男と出会でくわした。魔力は上から三番目、パートナーはサーベルタイガーと、かなりの実力者である上級生だ。一年生以外は強制参加の演習で嫌なのは、上級生と戦う機会もある、寧ろよく狙われる事だ。


「……人間のパートナー。貴様、アリス・ハルヴァートだな」


 召喚術士はエリート意識やプライドがやたらと高くでかく、傲慢な者が多い。そして、そういう者に限って、


「リーズベルカ様に歯向かう愚か者め…! 大した実力もないクセに生意気な!」


 ――圧倒的な強者に、心酔する。

 弱者は蔑み、同レベルはどう蹴落とそうかと牽制し、強者は認めず、圧倒的強者には理想を重ね憧れを抱く。

 そんな人間は、やたら憧れの人物が構う人間が気に食わない。魔力量だけなら、アリスはリーズベルカに並んで瑠璃を纏うほどで認めざるを得ない。だが、パートナーが見た目は非力な人間。リーズベルカとは別の意味で前代未聞、前例がないパートナーだ。悪目立ちし、周りは彼女を見下す。謂わば、隙が出来たのだ。


 それをよくよく理解しているからこそ、アリスはすぐに身構え、まだ理解していない勇輝は、身構えつつもアリスよりも楽観視していた。


「どうやってリーズベルカ様に取り入ったのやら。その体でも使ったか? 薄汚い売女め」

「なっ…! てめえ! 何をッ、」

「ユーキ!」


 冷たい軽蔑の眼差しをアリスに向ける男に、勇輝が激昂するもアリスに止められ続きを飲み込んだ。


「アリス…!」

「いい。言いたい奴には言わせておけ」

「はっ、図星で返す言葉もないか。貴様が俺と同じ、高貴なる選ばれた召喚術士だなどと思いたくもない」


 嫌悪を隠しもしない態度に、先に勇輝がキレた。

 ペン先を今度は赤く光らせ、素早く文字を書く。


『光線』

「――と書いてえ! 《こうせん》と読むッ!! 行けえッ!」


 文字が光り輝き、どろりと崩れ光と混じり合い、サーベルタイガーに跨がった男にレーザーが放たれた。

 だが、いち早くそれを察したサーベルタイガーにより避けられ、レーザーは地面に穴を穿ち消えた。綺麗にぽっかりと周りの土を崩さず開いたそれは、レーザーの威力を物語っているが、当たらねば意味がない。


「ちっ!」

「ほう? 不思議な力を使うな。だが所詮はその程度。クズのパートナーは所詮クズだ。―――格の違いを見せてやる」


 そう言ってサーベルタイガーから降りた男は、パートナーに命令しこちらに攻撃を仕掛けてきた。

 勇輝は硬直し、それに気付いたアリスは直ぐ様防御魔法を展開し勇輝を引っ張った。


「ユーキ逃げるよ!」

「っは!? いやでも!」

「バカ! 相手は五年生だよ、流石に分が悪い!」


 魔法が得意とは言え、実戦経験もないし、所詮は二年生。魔法だけなら今は四年生のを自主勉強しているが、やはり熟練度は低い。何より、戦闘慣れしていない勇輝は正面からの戦闘では確実にお荷物だ。奇襲に徹底していたのも、徐々に慣らそうと思っていたからだ。

「はっ、無様に逃げるか! まあいい、この俺から逃げられるものなら逃げてみろ! はははっ、バッジを差し出し跪いて許しを請うなら、許してやってもいいがな!」

「っ誰が!」


 あまりにも傲慢な言い方に、硬直が解けた勇輝が赤い光で文字を書く。


『爆発』

「――と書いて! 《ばくはつ》と読む!」


 文字がすいっと宙を滑り、相手の間で止まりキュッと一瞬縮み、次いで凄まじい爆音を立てながら爆発した。


「ぅあっ!?」

「ひきゃあっ!?」


 あまりの威力に引き起こした本人すら驚いた。そして、先に正気に戻ったのもアリスで、自分がやった土煙を呆然と眺める勇輝を引っ張った。


「行くよ!」

「えっ!? 倒したじゃん! バッジは…」

「あの程度で上級生がやられる訳がない!」

「こ、ンの……ッ! 愚民がああああっ!!」


 まさにその通りで、寧ろ怒り狂いより危険な状況になった。防御魔法や妨害魔法を駆使し、勇輝も『矢』を書いて飛ばすがあまり効果はなく、追い詰められた。

 まだ演習は始まったばかりだからと魔力消費を抑えていたが、出し惜しみしている暇はなくなった。


『飛翔』

「――と書いて《ひしょう》と読む! アリス!」


 息を切らしながらも能力を発動した勇輝が、アリスの脇に腕を差し込み持ち上げ飛んだ。長い雫型になった『飛翔』の文字が背中から生え、二人は空に逃げた。


「ちょっ、空はダメだって! 目立つし慣れてないとろくな動きが出来ないから格好の的に…!」

「でも今そんな事言ってる場合じゃないだろ!」


 継続する力の場合は魔力がガンガン消費されるらしく、アリスは自分の魔力がどんどん抜けていくのに冷や汗を流した。

 後ろから飛んでくる魔法を何とか相殺か防ぐか逸らすかしながら、二人は川に浮く島の一つに降りた。茂みはあるので、そこに飛び込めば見えない。途中でアリスを足で掴み、『光学迷彩』を発動し姿も見えなかったので、降りた場所は分からないだろう。


 二人はバクバクと激しく暴れる心臓を押さえ、ぐったりとした。息を乱しながら、互いに無言で暫くは回復に専念した。


「っはぁ……つ、疲れた…」

「ひゅー…ひゅー…げふっ」


 勇輝も、初めての戦闘らしい戦闘に精神が磨り減ったが、魔力の急激消費にぐったりするアリスは重症だった。レアスキルから、一度に大量の魔力を一気に消費するなんてした事がないし、最後の光学迷彩は酷く魔力を持っていった。


「や、やっぱり……文字が多いと、魔力辛…い…っふ」


 効力は勿論、文字の多さも消費魔力に関わるらしく、まだまだ能力を使いこなせていない、レベルが低い状態ではかなり堪えるようだ。


「つか……上級生って強いんだな…」

「ん……ふう。そりゃ、この演習やこれ以上にキツい事を、何年もやってるからね」

「なるほど」


 それだけで納得した。実際、アリスが勇輝に合わせたペースでやっているから勇輝は知らないが、他のところでは徒党を組んで裏切った裏切られた、同時に襲撃され大怪我を負った、罠に嵌めて魔法を叩き込んだ、などは普通にある。思いも付かないような熾烈な争いが起こり、すでに教師陣や仕込んだ魔法陣(致命傷を負ったら強制転移する)が動いている。


 改めて慎重に行こうと褌を締め直し、気合いを入れた。


「調子には乗らない」

「慎重に行く」

「欲張らない」

「魔力節約、エコ!」


 よしっ、と決め動き出す。


「……なあなあ、ちょっとだけエレベーターやっていい?」

「え、あれ? いや、さっき決めた事もう反故にすんの?」

「いやだって、学園の外に出るの初めてだからさあ」


 むう、と悩むアリス。確かに、学園内は危険がいっぱいで、学園外はもっと危険がいっぱいだから今まで外には出さなかった。が、今は外では最も安全な丘に来ているし、少しくらいならいいか、と思った。


「しょうがないなあ。やったらすぐに移動だからね」

「よっしゃ!」


 喜ぶ勇輝に笑みをこぼしながら立ち上がり、二人は手を繋いだ。


「じゃあ行くぞ」

「うん」


『上昇』

「――と書いて、《じょうしょう》と読むっ」


 ばらりと解け、次いでとろりと溶けた文字は二人の真下で大きく再構築され、ぐんっ、と一気に上昇した。

 勇輝の能力と違い、魔法で簡単に見破られるが気休め程度に幻術で姿を消し、ぐんぐんと雲の近くまで浮かび止まった。


「ひゃああ〜っ!」

「すっげえーっ!!」


 上からの光景は絶景だった。一面濃い緑の絨毯には、青い線が走り、所々薄い緑や茶色などの模様が浮かんでいる。


「うはあっ、流石異世界! 赤やら白やら紫やらまであるのは、ちょっと違和感があるな」

「え、ユーキの世界にはないの? 白樹とかオオアカダケとか紫苑草とか。あれはその群生だよ」

「へえ、植物? どんなの?」

「んーとね、白樹は葉も枝も幹も樹液も白くて薬の材料になるよ。ただ白樹の樹液が好物の魔物の縄張りだから危険だね。オオアカダケは、そうだね……ユーキの倍くらいはある背丈の真っ赤な食肉キノコだよ。紫苑草もユーキくらいの高さで、毒を液体と粉として分泌しているから危ないなあ」

「異世界こあい」


 ぶるぶる震える勇輝に笑い、アリスはぎゅっと抱き付いた。


「大丈夫、何かあっても私が必ず護るから。安心しな!」

「おうふ……普通俺の台詞なんだけどな」


 やたら男前な台詞に苦笑しながらも、俺もアリスを護るよ、と内心告げた。言葉にするのは恥ずかしいが、この年下の女の子を護ると、もう帰らないと決めた帰れない世界に誓った。


 どうなるかは分からない。だが、二人でなら何だって乗り越えられる。そう思った。





「あ、因みに最近分かったんだけどさあ、これパートナーが読むと燃費も良くなって、よりパワーアップするみたいなんだよね」

「へえ、そうなんだ? 確か能力は本能で理解してるんだよね?」

「そそ。でもなんか所々霞がかっててまだ全部は分からないんだけどさ。兎に角、アリスが読むとパワーアップするから覚えような、日本語」

「………えっ」

「日本語は漢字以外に平仮名と片仮名もあるから、一応そっちも覚えような」

「えっ」

「因みに、日本語って他の国の人にとっては言葉は結構簡単だけど、文字はすげー難しいらしいけど、頑張ろうな」

「えっ」

「持ってて良かった電子辞書。漢字は千文字以上あるけど、まあ大丈夫だよな」

「えっ!?」






 その後、演習は最後まで乗り切った。あまりバッジは取れなかったのにも関わらず、トップ100に入り目を剥いたが、結果を見て納得した。演習中結局遇わなかったリーズベルカが、断トツ一位だったのだ。


 余談であるが、学園の男子の殆どが何故か執拗なまでに徹底的にボロボロにされ、途中で脱落していた。脱落者曰く、「鬼神だ……凍てつくような無表情の怒れる氷河の鬼神が降臨した…!」だそうな。

 特に、サーベルタイガーを引き連れた紫の法衣の五年生は、喋る事も出来ないほどだった。…余談であるが。




お粗末様でした。読んでいただきありがとうございました。



アリス・ハルヴァート

主人公。魔力量はピカ一。魔法以外の成績は可哀想。普通に可愛い平凡な子。『魔力消費半減』と、気付いてないが『魔法多重展開』『収束』のレアスキルを持っている。リーズベルカに敬意は欠片も持っていないが、実力だけは尊敬してる。


東雲勇輝

アリスに召喚された。普通ならこっちが主人公。召喚主に恵まれた。普通に格好良い平凡な日本人。漢字を書いて読んで意味に合った事象を起こせる。ちょっとビビり。


リーズベルカ・アーデルハイト・リヒテンシュタイン

世界最強。魔力も世界一。性格以外は完璧。非の打ち所のない絶世の美貌。精霊王と空の王と海の王と大地の王がパートナー。レアスキルも色々持ってるらしい。召喚術士にありがちな傲慢な奴だが、才能と努力の上で威張ってるので他よりマシ。実はアリスの一つ上。


エレメンタリィ

精霊王。全ての精霊を統べる自然の王。絶世の美女。しっとり淑女に見えて素は笑い上戸。



大体こんな感じです。


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