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境界線の英雄  作者: 三月弥生
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 第一章 六節 君がくれたモノ・・・


 ・・・・・・一週間後。

 過度の疲労と魔力の消費で眠り続けたゼノが眼を覚ましたのは自分の部屋だった。フィオ達はすぐに眼を覚ましたそうだがゼノだけなかなか目覚めなかったので心配したと涙目になっていたフィオに説明を受けた、リューネ達も眼が覚めないゼノを心配して何度か屋敷に見舞いに来てくれた様でベッドの横にはお見舞いの果物が置かれ花まで飾られていた。

「心配かけてごめんな、前はこんな風に寝たりしなかったんだけど・・・ベッドが寝心地良いせいかな?」

 今までであれば、寝ていても気配を感じとりすぐに眼が覚めるのだが邪神との戦いが終わり気が抜けていたようだ。

「良いんです、こうやって眼を覚ましてくれれば・・・どこか痛いところはありますか?」

「うーん・・・背中が痛い」

 純粋に寝過ぎた為、身体が固まっていた。ベッドの上で軽く背伸びをする。

「こんな事になったけど・・・試合とかはどうなるんだ?」

「御前試合がしばらく延期になりました、今回の件で他の四カ国から状況説明を求められていて色々大変みたいです。お父様もここ最近お城に籠もりっきりです」

「そっか・・・まあ、あれだけの魔力を隠しもせず好き勝手に暴れられあたら隠す事もできないよな」

 自分も『六霆剣』を全て使って戦った、最後の一撃を放った時が最高潮だったに違いない。そうなってくるとどう考えてもこの状況の原因を作ったのは自分と言う事になる。

「俺から話した方が良いかもな」

 全部が全部信じてくれるとは思えないがあの戦いで感じた魔力が何よりも証拠になるだろう。それに、一週間寝たおかげで使い切った魔力は鎖二本分まで回復していた・・・いざとなれば力を見せれば納得するだろう。

「やめと来なさい、話がややこしくなるから!」

 部屋の扉が開かれると同時に果物が入ったバスケットを手にしたリューネとその使い魔であるレヴァントが部屋の中に入ってきた。

「おお、元気そうで良かった」

「何言ってるの? 貴方より軽い症状なんだから回復が早くて当然じゃない」

「少年も無事に眼が覚めてなによりだ」

 フィオは部屋に入ってきたリューネ達から見舞い品を受け取りに紅茶の準備をする。

「今日は何しに来たんだ?」

「さっき念話でグレイブさんから連絡があってね、家に来て欲しいって」

「今回の件で話があるそうだ」

「他のやつらは?」

「呼ばれたのは私達だけよ、何故か知らないけど・・・」

 リューネは両手を軽く上げる、グレイブの意図はわからないが今回の騒動が絡んでいるのは間違いない。

「お茶が入りましたよ」

 フィオは笑顔で紅茶を差し出す、二人の中の問題も解消されたようで一安心だ。

「ありがとう、アドレット」

「ありがたく頂こう」

 二人はフィオから紅茶を受け取る、ゼノにも同じ紅茶が手渡された。何度か飲んだがまだ紅茶の味に慣れそうにない。

「で・・・魔力は戻りそうなの?」

「とりあえず、二本分は戻った」

「まだ、全然じゃない!」

 自分としてはだいぶ戻ったのだがやはりリューネ達からすれば魔力が完全に戻っていないのは不安になるらしい。

「俺の魔力が完全に戻るには当分掛かる・・・でも、神と戦う心配は無い。魔力が完全じゃないからって焦る事ないさ」

「神様と戦う心配がないって・・・どういう事ですか?」

 フィオはリューネが持ってきてくれた果物の中からリンゴを取り出しナイフで皮をむきながらゼノに話しかける。

「フリューゲルの封印が解けていたから他の邪神の封印も解けてないか気にはしてたんだけどな・・・魔力を回復できたとはいえもう一人邪神がいれば正直きつかった」

 邪神達にとって弱体化したと言ってもゼノは最大の脅威であることに代わりはない、そのゼノを確実に倒す事ができたあの状況で攻めてこないのは封印がちゃんと機能しているからだろう。

「それにこっちの世界で封印した邪神はそんなに多くないし、やっかいな中級偽神以上のほとんどは『幻神世界』に閉じこめてる・・・だから戦う心配は無いよ」

「じゃあ、もうあんな事は起きないんですね」

「それは保証する!」

 ゼノは自信満々で胸を張った、その仕草は子供っぽく戦いで見せていた凛々しさは何処にもなかった。

「ところで・・・俺からも二つ、話したい事があるんだけど良いか?」

「なんですか?」

「その・・・悪かった!」

 ゼノはリューネとレヴァントに向き直り謝罪の言葉と共に頭を下げた、頭を下げられてたリューネ達はいきなりの事で戸惑っていた。

「何で謝ってるのよ?」

「ほら、城の綺麗な庭で高飛車女って悪口言っただろ・・・その時の事まだ謝ってなかったからな」

「フィオから聞いてなかったの? 謝らなくて良いって・・・」

 あの時の自分は魔術師としての価値を使える魔法の多さでで決めていた、自分は確かに嫌な女だったのだ。

「御前試合での貴方の言葉と姿に気づかされたわ、小さな事にこだわって大切なものを見失ってた自分に・・・だから貴方が謝る必要はない。むしろ感謝したいくらいよ」

「それでも謝りたかったんだ」

 ゼノはもう一度頭を下げてから顔を上げた。そんなゼノの姿にリューネはため息を吐く。

「良いわ。許してあげる・・・原因は私にあるから妙な気分だけど」

「恩に着る! お前ほんとは意外と良いやつなんだな」

「意外とは余計よ!」

 ゼノ達は互いの蟠りをはらす事ができほっとした。これから先・・・代表として選ばれれば助け合わなくてはならない関係なのだ、不安材料は少ないにこした事はない。

「リンゴどうぞ!」

 フィオは皮をむき終えたリングをみんなに配る、新鮮で蜜がたっぷりだった。

「あと一つはなんなの?」

「ああ、ウィルの事なんだけど・・・」

 フリューゲルを倒した事で魂は戻ってきているはずだ。

「元気にしてるか?」

「はい! すっかり元気になって今日もお友達と外に遊びに出かけました、今頃は近くの川に水遊びにいってると思いますよ」

 元気になったらやりたい事がたくさんあると言っていたが、すでに実行に移すとは中々行動力があるようだ。

「他の患者さん達も快復して日常生活を送っているそうです」

 ゼノはほっと胸をなで下ろした、魂が解放されたのはこの眼で見たのだが何かの手違いで事態が解決していなかったらと考えていたがその心配も杞憂に終わったようだ。

「これで問題は全部解決したって事で良いよな?」

「はい!」

 この時代に召喚されてからゆっくりと過ごせた時間はほとんど無かった。眼が覚めた時は城の牢屋でそのまますぐに使い魔としての契約、ウィルの呪いを解いてレヴァントとの御前試合・・・そして邪神フリューゲルとの死闘。

 数日間の間に色々な事が起きすぎた。

 世界の危機が訪れたと言うのに世界は今、ゆっくりと平和な時間を進めている。

「全部、ゼノさんのおかげです! ウィルの事も御前試合の事も・・・それに世界の事も」

「自分でまいた種だけどな、俺が自分の時代にいる間にフリューゲルを倒し切れてればこんな事にならなかっただろうし・・・フィオ達に怖い思いをさせる事もなかったはずなんだからな」

 その事を考えればこっちが謝罪しなくてはならない立場だ、フィオが自分を呼び出してしまったと言う点を考慮しても自分の不始末でしかないのは変わらないだろう。

「でも・・・そうじゃなかったら、ゼノさんと出会えなかったですから。私としてはそっちの方が問題というか・・・」

「何で?」

「何でって・・・」

 聞き返されるとは思っていなかったためフィオは頬朱く染め口ごもってしまう、感の良い者達ならこれでだいたいの事は理解できるのだがゼノは全く気づいていない様子で首を傾げている。

「まあ、これからも共にいるのだから・・・少年もいつかわかる時が来るだろう」

「レヴァントはわかるのか?」

「私も人生を謳歌し生涯を閉じた、その点では少年よりも大人と言う事だよ」

「わからん! 教えてくれよ?」

「こういう事は自分で理解できなきゃ意味がないのよ」

 リューネは苦笑混じりで笑う。

「じゃあ、良いよ。自分で考える」

「そうしなさい」

 ゼノは口をへの字にして腕を組んだ、この様子ではフィオの恋心を理解するにはだいぶ時間が掛かりそうだった。

「待たせたね、リューネ君達はもう来ているかな?」

 再び部屋の扉が開きグレイブが部屋に入って来る、眼の下にクマのような模様が浮かんでいた。全身もどこかくたびれた印象が漂い普段の覇気が感じられなかった。

「眼が覚めたんだね、ゼノ君・・・心配したんだよ」

「俺も・・・今、グレイブさんがすごく心配だよ」

 足取りは弱々しく今にも倒れそうなグレイブを見た正直な感想だった。フィオの話とグレイブのこの様子ではほとんど寝ていないのは簡単に想像できた。

「ずっと寝てないのか?」

「あたり・・・いやー、各国の代表の方々に納得してもらえる言い訳を考えててね。ついさっきその話がまとまったばかりなんだよ」

 グレイブは欠伸を堪えながら話を続けた。

「それでリューネ君達に来てもらったのは他でもない、今回の件について何だけど」

「私達だけなのは何か問題がおきたからでしょうか?」

「そうじゃないよ。ただ、今回の件は御前試合に強力な悪魔が乱入してその討伐を英雄全員で行った・・・と言う事になったから」

「邪神の事は隠蔽すると言う事ですか?」

「神の出現という事実は色々な事を考えなければならないからね」

 グレイブはベッドの上にいるゼノに視線を向ける。

「ゼノ君、私達のいるこの世界・・・『種族世界』に封印した邪神は何人かな?」

「フリューゲルは倒したから・・・あと五人だな、封印は機能してるからこっちから解かない限り復活はしない」

「ありがと、そうなると問題は三つと言う事になるね」

「問題・・・ですか?」

 フィオは何度か瞬きをする、リューネも怪訝な顔をしているがゼノ達は問題がなんなのかをわかっている様子だった。

「一つ目の問題は、今回の真相が他の国に知られれば邪神の封印を解き国の戦力としてしまうかもしれないと言う事だよ」

 ゼノの証言からも魔術師であれば誰でも邪神の封印は解く事が可能であることが理解できる。戦況を考えるとこの中立国のフリーデンが侵略上どの国でもネックになるのだが『神』と言う別次元の戦力を手にすれば『英雄召喚』に頼る必要もない、邪神の存在が戦力バランスを一気に傾けてしまう。

「他の国は邪神の危険性を知らない、いたずらに封印を解いてしまえば私達人間に打つ手はない」

「お言葉ですがグレイブ様、彼がいれば問題ないのでは? 確かに邪神達は危険すぎる存在ですが現に私達は彼と共に邪神を退けています」

 危機的状況に陥ったがゼノのあの圧倒的な力なら今封印が解かれても対応できるだろう、それに魔力が尽きたらまた魔力供給で対応すればいい。

「そう簡単ではないのでしょう」

 レヴァントがリューネを窘める。

 グレイブはレヴァントに頭を下げ話を続けた。

「そこで二つ目の問題、ゼノ君の存在だ。彼は邪神を倒す事ができる唯一の人間だ・・・真相を知られれば必ずゼノ君にも何かしろ危害が及ぶかもしれない、それに魔力が完全であるならまだしも複数の封印を解かれ邪神が復活してしまえばゼノ君でも危ない」

 ゼノが魔力を完全に回復するにはまだ時間が掛かる、現時点で真相を知っているのはごく一部の人間だけだ。真相を隠しきれなかったとしてもゼノが魔力を完全に取り戻すまでの時間を稼ぎたい・・・。

「今回の件をふまえて私達にもできる対応策を検討する時間も欲しい、ゼノ君だけに戦わせるわけにはいかないからね」

「それは同感だ、邪神達と戦う事はできなくても少年の魔力を節約するためにも我らが動く必要がある」

「確かにそうね」

「そうしてくれると俺も助かる、魔力が戻れば消費の心配もしなくて済むしな」

 左手の鎖が全て形成できれば上級偽神が相手でなければさほど影響はない。

「最後の問題は何なんですか、お父様?」

 グレイブは二つの問題を話した時には見せなかった苦しい表情を浮かべた。

「三つ目もゼノ君に関する事なんだが・・・フィオにも関係があるだよ」

「私にですか?」

 グレイブはその問題について話そうと口を開くのだが躊躇っているのかなかなか話し始める事ができないでいた。そんなグレイブを思ってかレヴァントが代わりに口を開く。

「三つ目の問題はフィオ殿が少年の主と言う事だ」

「それが・・・何かいけなかったんでしょうか?」

「・・・先ほどの続きになるが真相が明るみに出れば少年の存在もまた表に出る。そうなれば少年の力を狙いその主である君に手が伸びるだろう」

 ゼノに勝つ事ができる魔術師は英雄であるレヴァント達全ての魔術師を含めても存在しないだろう。だが、その主であるフィオを拉致する事でゼノの力を利用することができるという可能性が残っているのだ。

「フィオ殿を手中に収めれば少年はきっと言うとおりに行動するだろう、そうすれば邪神の封印を解くという危険を冒さなくても世界を支配する力を得る事ができる」

 仮にゼノがフィオと世界を天秤に掛け世界を選んだとしても、フィオが死ぬ事で召喚されたゼノは契約から解き放たれ自分の時代に強制召還させられる・・・その後、邪神の封印を解かれてしまえば国々の思惑など関係なく世界は復活した邪神達の手によって滅ぼされる事になる。

「・・・・・・そんな」

 フィオの顔色が一気に青くなる。フィオ自身・・・まさか自分がそれほど重要な立場に立っているとは思いもしなかっただろう。しかし、レヴァントが示唆した問題は確実にゼノの弱点となり世界を救う鍵と言える。フィオの表情が曇り始めたときゼノの声が部屋に響いた。

「大丈夫だ! フィオは俺が絶対に護るからな!!」

「・・・ゼノさん、ありがとうございます!」

 ゼノの言葉に安心したのかフィオは明るい表情を見せる。グレイブ達もその様子に安心し話を続ける。

「とにかく、これらの問題に対処する為にもゼノ君の力が必要だから、御前試合も中止と言う方向で」

「では、代表はどうなるのですか?」

「代表者は王と私、あとは英雄の方々を交え相談した結果・・・レヴァント様とゼノ君に決定したよ」

「だから私達だけここに」

「そうなるね! 実力を考えての選考だけど、あえてゼノ君を代表に選んだのは変に隠し立てするよりも表に立ってもらった方が疑われる事は少ないだろうと考えての事だから」

 英雄の他に強大な魔力を所持している魔術師がいる事を知られてしまえば確実にその人物に注目が集まる、そうなれば隠し通すのは不可能だろう。国として説明を求められばそれを避ける事もできない。

「だから、ゼノ君・・・『六霆剣』はできるだけ使わないように!」

「その点は心配しないでくれ、アレは切り札みたいなものだし邪神にしか使わない・・・」

 加減ができるとは言え人間相手に使うのは危険すぎる、下手をしなくても命を奪いかねない程の力を秘めているのだから。

「この件についてはこんなところだね・・・今のところ、ゼノ君や邪神の情報は漏れていないから安心してくれて良い」

「そうですか・・・良かった」

 フィオは胸をなで下ろした、一緒に話を聞いていたリューネ達も安堵の表情が広がる。

「あとは、〈アーレア・フェーデ〉の日程が決まるまでゆっくりと身体を休める事だ」

「それは大丈夫だ、もう充分休めたよ」

 一週間も寝ていれば身体の方は充分回復できた、あとは魔力が戻れば万事解決と言ったところだろう。

 そんな中、リューネが何か気づいたようにグレイブに声を掛ける。

「グレイブ様、彼も代表になったのなら『称号』がないとまずいのではないですか?」

「・・・あー、それもあったね。すっかり忘れてたよ!」

 グレイブは苦笑いする。

「代表者になった者の英雄としての名を各国に提出するんだったね・・・」

「称号ってのがないと駄目なのか?」

「一様、公平を期すために英雄としての名を提示する事でそれなりに対応策がとれるからね・・・そうすればお互い全力を尽くしたと言う事で不要な争いを避ける事ができるんだよ」

 各国での代表を決める時とは違い、英湯の正体を公にする事でなんの言いがかりもなく勝負を決する事ができる。それに対戦相手の英雄が格上であれば戦いを棄権することもできる、そうする事で英雄達自身の身も安全が確保できる。『英雄の書』に名前が刻まれているとはいえ戦闘に向いていない英雄達も存在する。

「俺だと『神殺し』になるのか?」

「駄目に決まってるでしょ!?」

「・・・そりゃそうだよな」

 ゼノの正体を隠すために動いているのにあからさまに名乗れば誰でもわかってしまう、そうなればゼノだけでなくフィオまで危険にさらされる。

「戦い以外は頭が回らないのかしら?」

「・・・面目ない」

「称号を付けるにしてもどのようなものにすればいいのか・・・」

 称号はその英雄たる魔術師の偉業を称え与えられる物だ、もしくは英雄達がもつ宝具になぞった物を付けるのも一つの手であるのだが・・・ゼノの場合どちらも正体が露見する可能性がある。

 各自腕を組んでゼノの称号を頭の中で考える、。

「そんな難しく考えなくても適当で良いんじゃないか?」

「英雄として戦うのだ、そうもいかないだろう」

「じゃあ・・・任せる」

「とは言え・・・なかなか思い浮かばない物だね」

「そうですね」

 称号に使える材料が少ないのではしょうがない、それぞれで案を考えてはいるがゼノに似合う称号がなかなか思い浮かばない。グレイブ達が頭を悩ませている中、フィオが静かに手を挙げた。

「はい、フィオ!」

「えっと、思いつきになるんですけど・・・二つの世界の間にある境界線をそのまま称号にすれば良いんじゃないでしょうか?」

「それじゃ、ばれるんじゃないのか?」

 ゼノの指摘は最もだった。境界線の存在は今の時代の人間達は知らない、ゼノの時代にしかない知られていない世界の狭間。そんな称号を付けてしまえば勘の良い者達ならいずれ気づくだろう。

「それも考えたんですが〈アーレア・フェーデ〉は国の領土を掛けた決闘です、境界線という言葉を国境に当てはまれば違和感は無いと思います」

 国と国の境界を国境と言うし分野や用法により様々な用例がある、基本的には 事物や領域などを分ける境目の事を示す言葉でもある。

「名前を刻まれていないのもその言葉の曖昧さのためと考えればなんとか通ると思うんです」

「・・・確かに、国境を護る魔術師の数は全ての国を合わせれば途方もない。ゼノ君の存在がその魔術師達の思念から生まれたとすれば必要以上に探られる事もない・・・なにより、その発生が特殊だからこそ前例がない新たな英雄として認められる」

 グレイブの眉間から皺が消え代わりに笑みがこぼれる。

「フィオの言うとおり、これなら何の問題もない!」

「・・・境界線の英雄、か」

 ゼノはフィオが考えてくれた称号を何度か口にする、その様子はまるで言葉を噛みしめているように見えた。

「・・・駄目ですか、ゼノさん?」

「駄目じゃないさ。でも、何か照れくさくて・・・・・・」

 ゼノは目の前にいるフィオ達を見つめた。

「俺はずっと一人で戦ってきたから、誰かに認められて名前を呼んでもらった事もそんなになかったし称えられた事もないからさ」

「ゼノさん・・・」

「だからこうして俺の名前を呼んでくれるフィオ達が俺の為に考えてくれたんだなって思うとなんだか嬉しくて」

「当然ですよ、だってゼノさんはもう私達の家族なんですから」

「家族?」

「はい」

 フィオはそっとゼノに近づき両手を優しく握りしめた、グレイブ達はその様子を黙って見守っていてた。

「ゼノさんがどんなに凄い力を持っていたとしてもゼノさんはゼノさんです・・・それは変わりません、それにゼノさんがいなければ私達はこうして生きてはいなかったですし私達の為に戦ってくれた事はとても嬉しかったです」

「でも、俺は他人だぞ? 出会って知り合った時間も短い・・・」

「私はゼノさんと一緒にいたいんです。私だけじゃありませんお父様もお母様もウィルも・・・みんなゼノさんの事が大好きです、家族になる理由なんてそれだけ充分ですよ!」

「そう・・・なのか」

 ゼノは戸惑った。今まで生きてきた中で人からこんな言葉を掛けてもらった事など一度もなかった・・・遠ざけられ声すら掛けてもらえなかった。そんな人生を歩んできたゼノにとってフィオの言葉はゼノの心を優しく包み込んでいく。

「はい! これからは私が側にいます。楽しい事も、悲しい事も、幸せな事も、辛い事も分け合っていきましょう!」

「・・・ありがとう、フィオ」

「どうしたしまして!」

 ゼノは泣きそうになるのを堪えフィオに頭を下げた。今はフィオの笑顔と言葉だけで戦ってきて来たのは間違いじゃなかったと思えた。

「・・・えっと、もう良いかしら?」

「何でしょう、リューネさん?」

 リューネは頬朱くし大きくため息を吐いた。

「二人だけの世界に入ってたでしょ!? さっきの台詞だってまるでプロポーズじゃないの!!

「えっ! ・・・いや、ちちが……」

 フィオは頬を両手で押える、頬だけでなく顔全体が真っ赤になっていた。

「ぷろぽーずって・・・なんだ?」

 ゼノは首を傾げる、キスの時と同様で言葉の意味を理解できていなかった。そんな我が子の反応がおもしろいのかグレイブがすかさず説明しようとする。

「プロポーズというのはだね・・・」

「言わなくて良いですから!?」

「むごっ!?」

 フィオは慌てて実の父親の口を両手で塞いだ、かなりの力が込められているらしくグレイブは痛みに顔を歪めていた。

「・・・・・・?」

「ゼノさんも気にしなくて良いですから!」

「あ、ああ」

 ゼノもフィオの剣幕に押され思わず頷く。今のフィオから発せられる威圧感は邪神よりも重く感じられた。

 フィオは何度か深呼吸を繰り返し落ち着きを取り戻す、グレイブも押さえつけられていた口を撫でて痛みを和らげていた。

「年頃の少女達は難しい物だな」

「・・・俺もそう思う」

「まあ・・・話がそれたけど、ゼノ君は良いかな?」

「称号の事だろ」

「はい、境界線の英雄・・・でどうでしょうか?」

 フィオは不安げにゼノを見つめる。

「そんな顔しないでくれよ、フィオ」

 フィオの悲しげな表情を見るたびに心が重くなるのを感じる。自分見たいのはそんな顔じゃない。

 ゼノはベッドから静かに立ち上がりフィオの前に何の迷いもない眼差しを向ける。

「フィオがくれた称号・・・ありがたく使わせてもらうよ!」

「・・・はい!!」

 ゼノの言葉にフィオの表情が明るくなる、その自然と溢れる笑みに心が安らぐ。

(やっぱり・・・フィオは笑ってる顔が一番似合ってる・・・)

 遙か遠い過去で戦い続けた場所で叶う事の無かった願いが今、眼の前にいる少女が叶えてくれた。気が遠くなる程に嘆き願ったものがやっと、やっと・・・見る事ができた。

 心からの笑顔を見せて欲しいと言う願い、その笑顔を護りたいと言う想い・・・。全てが叶った場所に呼び出してくれたフィオにはどれだけ感謝しても足りないだろう、自分を救ってくれた少女に今度は自分がその恩を返す番なのだ。

 きっとそれがここにいる理由、それが運命だったのだと思えるこの瞬間を心に刻み込む。そして胸に芽生えた新たな願いと想いを言葉にしよう、それが『今』を生きる為の第一歩・・・。

「俺はこの時代で生きていく、みんなと一緒に・・・フィオを護る為に」

「ゼノさん」

 ゼノは目の前に広がる未来の世界に力強い眼差しを向ける、フィオがくれた自分の証を忘れないように喜びと決意を込めた声で高らかに名乗りを上げる。。

「俺は『境界線の英雄』・・・ゼノ・テオブロマ、フィオの使い魔だ!!」

「はい!!」

 ゼノの深紫の瞳に映るのは、共に邪神との戦いをくぐり抜けた初めての仲間と自身の全てを掛けて守り抜くと決めた少女。フィオの喜びと幸せに満ちたかけがえのない笑顔だった・・・・・・。




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