第一章 四節 神世の魔術師と顕現する邪神
眼に映ったのは見覚えのない天井だった、はっきりしない意識の中でゼノは天井を見つめた。
(ああ・・・ここはフィオの、屋敷か?・・・)
見覚えが無くて当たり前だった。そこはこの時代に召喚された自分の為にフィオが用意してくれた部屋だった。そして身体を優しく包み込む肌に感じる布地の心地よい感触に意識を傾ける。
(・・・ベッドの上、何で寝てたんだ俺・・・何で・・・・・・!!)
ゼノは御前試合でレヴァントと戦っていた事を思い出し急いで身体を起こした。
「そうだ!! 俺は・・・」
「きゃっ!」
すぐ側でフィオの声が聞こえた、ゼノが急に起きたため驚いたようだ。
「・・・えっ?」
「はわ・・・あぅ・・・あ・・・あの・・・」
フィオの手には白いタオルが握られていた、どうやらゼノの看病をしていたようだ。
「よかった。気づかれたんですね、ゼノさ!?」
フィオの顔が一気に赤くなる。
「フィ・・・オ?」
「ハ・・・ハイ。あの・・・その、ふ・・・服・・・を」
声を返すも手で眼をかくし視線を合わせないようにしているフィオに首をかしげるゼノ、服がどうかしたのだろうかと視線を落とした。
「服がどう・・・!?」
ゼノの眼に映ったのは包帯を巻かれた自分の裸だった、どうやら治療のために服を脱がされたようだが動揺しているゼノは服を着ていないという事実にただただ困惑していた。
(何で着てないんだ・・・いや、それより早く着替えを!!)
ゼノは掛けられていたシーツで身体を覆い慌てて立ち上がり着ていた魔法衣を探す。
「悪い! すぐに着替えるから、向こう向いててくれ!?」
「あ! 駄目です、ゼノさん。まだ傷が・・・」
取り乱しているゼノを落ち着かせようとフィオも立ち上がるがその時、ゼノの身体に激痛が走った。
「ぐっ!!」
痛みのせいで力が抜けたゼノはフィオに倒れ込むように崩れ落ちた。
「ひゃ!?」
倒れ込んできたゼノを支えようと足に力を入れる。
「ゼ・・・ゼノさん、大丈・・・・・・きゃあ!!」
さすがに小柄とはいえ力の抜けたゼノの身体を支えきれるだけの力を持っていなかったフィオはそのまま床に倒れ込んだ。
ゼノは起き上がろうとフィオは起こそうとした時、自然と眼が合ってしまった。二人とも顔を赤くして固まってしまった。
「す、すまん! 今・・・どくから・・・な・・・・・・」
ゼノはフィオからどこうとしたがそこで意識が遠くなっていくのを感じた。
「いいいえ、お気になさらず! ・・・・・・えっ?」
ゼノはフィオからどくのではなくそのまま覆い被さるように倒れ込んだ。
「はう!・・・ああの、ゼノさん!! 駄目です、そんなぎゅうって・・・いきなり・・・うぅ」 フィオは耳元にかかるゼノの吐息と触れている肌の感触に鼓動が早くなるのを感じた、同年代の男に抱きつかれればだれでも同じ状態に陥るだろう。
「・・・・・・あれ?」
しばらくその状態が続きゼノが動かないことに気づく。
「ゼゼノさん? あの・・・気絶してるんですか!? しっかりしてください!!」
フィオは慌ててゼノを起こそうとしたがその身体は重くどかすことも困難だった。
「う~ん! ゼノさ・・・お・・・重いです!」
魔法が使えればすぐに起こすことができるのだが・・・なにぶん治癒魔法しか使えないフィオではゼノを起こすのは困難を極めた、何度か声を掛けるものの反応は返ってこない。
「ど・・・どうしたら・・・」
ゼノを起こすことができない非力さと事故とはいえ抱き合っているという恥ずかしさに涙目になってきたフィオの耳に扉をノックする音が聞こえてきた。
「フィオ、ゼノ君の様子はどうだい?」
「えっ・・・」
声の主は父親であるグレイブだった、グレイブは抱き合っている二人を見る。その表情に驚いた様子は無かったがかなり気まずそうでそのまま扉を閉めようとする。
「すまない、邪魔したね」
「きゃあ――――! お父様、これは違うんです!! 助けてください!!」
その後、グレイブの手によってゼノをベッドに寝かせることに成功した。しばらくしてゼノが眼をさまし着替えをしてやっと落ち着くことができた。
ゼノとフィオは互いに頬を朱くしていたが何とか喋れるまで落ち着きを取り戻していた。
「ほんと悪かった・・・」
「いえ、私こそ・・・・・・」
そこで会話が途切れる、何度かお互いに話を振るのだが最終的にさっきの話に流れてしまい会話が続かないのだ。
事故とはいえゼノは罪悪感を感じ、フィオは恥ずかしさを思い出し喋れなくなるのだ。
「気にしなくても良いんだよ、ゼノ君。若いうちは色々な事を体験しなくちゃね」
「・・・・・・あんた、ほんとに父親か?」
グレイブは笑顔で紅茶をゼノに手渡した。
自分の娘が目の前で半裸だか全裸だかわからない男に押し倒された(様に見えただけ)のに、怒るどころかその行為を勧めるような発言を平然と言うのだから普通では考えられない人物のようだ。
「フィオは嫌じゃなかったろ?」
「へう!?」
フィオはグレイブの言葉に硬直する。
「そんなわけないだろ? 好きでもない男に抱きつかれるような格好になったんだから嫌に決まってる!」
ゼノはため息をつきグレイブの言葉を否定した。状況が悪かったとはいえ裸の男に抱きつかれて喜ぶ女はい無い、むしろそんな女がいたら頭がおかしいのではないかと疑ってしまう。
「そういう事じゃないんだけど・・・・・・まあ、君達が良いならね」
「お父様!」
「はいはい・・・」
グレイブはフィオを宥めながらゼノに視線を移す。
「ところで・・・傷の方は良いのかい、ゼノ君?」
「えっ・・・ああ、大丈夫だ。フィオの魔法薬がちゃんと効いてるから、今は痛みも治まってきてる」
ゼノは自分の両腕に巻かれた包帯を見つめる、レヴァントとの闘いで一番ダメージを受けた両腕はほんの少しの痛みが残ってはいるものの動かせないわけではなかった。しかし、包帯を見た時に疑問が浮かび上がりその疑問を恐る恐る口にしてみた。
「・・・包帯もフィオが?」
「いえ! お父様に頼みました。・・・・・・その眼を瞑ってだと大変・・・なので」
「そうだよな」
ゼノは安心したように息を吐く。
「でも、よかったです。すぐに気がついてくれて・・・」
「そういえば・・・俺どのくらい寝てたんだ?」
ベッドルームの窓から見える空は暗くなってきており夕日が半分ほど沈んでいた。
「半日近くです、試合が終わったあとすぐに気を失って、その間も色々あったんですよ?」
「色々って?」
「リューネさんが謝りに来てくれたんです、酷い事を言ってしまって悪かったって」
フィオに謝罪させると言った事を思い出す、こちらが一方的に言っていたことだったので本当に謝ってくれるとは思っていなかった。
「じゃあ、俺も謝らなきゃな」
ゼノもリューネに高飛車女と馬鹿にしてしまったのだ。リューネが謝ってくれたのなら自分も謝らなければ不公平だろう。
「その事なんですが・・・謝らなくて良いそうです」
「・・・なんで?」
「ゼノさんが言ったとおりだって言ってました・・・気づかせてくれてありがとうって」
ゼノは腕を組み眉を寄せた。リューネが自身の短所に気づいてくれたのは良かったがこのままでは自分だけ嫌なやつというレッテルを貼られてしまう、こういう場合は喧嘩両成敗でなくてはいけない。
「あとであいつらの家の場所教えてくれ、ちゃんと謝らないと気持ちわるい」
「その時は私も一緒に行きます、原因は私ですから・・・」
「そっか、じゃあ頼むよ」
「はい」
フィオは優しい笑みを溢す、その笑顔に曇りはなく心からの笑顔だと思えた。
「他は、何かあったのか?」
「はい、次の御前試合の日時連絡とかゼノさんが壊した部屋の修復とかも・・・」
「・・・やっぱ、ばれるよな?」
「はい」
あの御前試合で魔力を解放した時にフィオに気づかれることはわかっていた。できることならこの時代の通貨を手にする事ができるまで話題に出してほしくはなかったがやはり弁償しなければならないだろう。
「あのな、ちゃんと働いて返すから待ってくれないか? この時代のお金もってないんだ」
「その事でしたら、大丈夫です」
「へっ?」
フィオは微笑みながらグレイブに視線を移した。グレイブもその視線に答えるようゼノに声を掛ける。
「君がウィルの病を治してくれたお礼だと思ってくれ」
「でも・・・」
「私の宝物である我が子の命を救ってくれたんだ、これでもまだお礼したり無いくらいだよ・・・・・・それでも気になるなら私の質問に答えてくれるかな?」
「俺が知ってる事なら」
「ありがとう」
グレイブは空になったカップをベッドの横にある小さなテーブルにおいた、ゼノとフィオも飲み終わっていたので一緒に置くことにした。
「で、何を聞きたいんだ?」
「君とレヴァント様の試合、見せてもらったよ」
「見に来てたのか」
「部屋を調べていて君が犯人だとわかったからね、君がどんな魔法を使ってウィルを治療してくれたのか知りたかったんだが・・・驚いたよ。まさか我が国で最強と謳われたレヴァント様を倒すなんて」
試合内容はレヴァントが押していてたが最後に見せたあの魔法剣・・・あれを手にしたゼノの動きは眼で追うことができず、しかもたった一撃でレヴァントを切り伏せたあの魔法剣はあらゆる魔法書やどんな文献を見ても載っていない未知の魔法だった。
「あの剣でウィルを直してくれたのかい?」
「ウィルの呪いを切ったのは『白霆剣・白皇』だ、『炎霆剣・紅蓮』じゃない」
「あの詠唱にあった『六霆の剣』の一本・・・ということかな」
「ああ、ちゃんとした術式名は『六霆剣』だけどな」
ゼノの身体の回りに出現した六本の柄・・・その内の一本でレヴァントを倒したのはこの眼で見ている。
「呪いというのはどういう事だい、ウィルは病気じゃ・・・」
「それなんだけどな・・・俺も戸惑ってるんだよ」
「戸惑う・・・どういう事ですか?」
「フィオに聞いただろ? 二年前に大きな事故とか無かったかって」
「朝のことですか?」
フィオはゼノからウィルの病気の原因がその頃に起きた何かに原因があるかもしれないと聞かれた事を思い出す、あの時は実際に見てみないとわからないと言うことでグレイブに話を聞こうとして御前試合に出場することになったのだ。
「やっぱり二年前に起きた土砂崩れが原因なんですか?」
「ああ」
「土砂崩れと言うと・・・土砂の中から出てきた六角水晶があったな、あれが原因なのかい?」
「・・・その中に、フリューゲルを封印したんだ」
「何!?」
「ゼノさんが封印した悪魔が・・・その中に?」
ゼノは小さく頷いた。
しかし、発見された水晶には何も封印されてはいなかった。封印魔法の痕跡すら残っていなかった・・・そのため、その当時は商人の落とした品物だと結論づけたのだが・・・。
「弱まった封印を完全に破壊して復活したんだろうな。そいつがウィルの魂を少しずつ刈り取ってたんだ、他の奴らも同じだった術式のはず・・・とりあえず今は呪いにかかってないだろ?」
「確かに・・・症状が改善したと報告は受けてるけど一体どうやって?」
ゼノはまず、ウィルの呪いについて簡単に説明していく。
「ウィルの呪いの大本はフリューゲルの魂に直結している、イメージ的には俺の手の鎖みたいな物で魂をつないで魔力も一緒に奪っていくんだ。術式を見た限りじゃその繋がってる一番太い鎖・・・つまり魔力と魂を削り取り込む術式を断ち切れば良い、奪われた魂はフリューゲルを倒せばウィル達の所に戻ってくる」
「それで完治・・・というわけだね」
「そう言うことだ」
ゼノは左手をフィオ達に見えるようかざした。手には鎖が付いていなかった。
「こっちの鎖は俺の魔力の総量計みたいな物でウィルの時は2割くらい回復してたんだ・・・呪いを解除するのに全部使っちまった、レヴァントの時にあと少しで一本分くらいは戻るはずだったんだ。けど、『六霆剣』を解放したから魔力はそんなに残ってない・・・せいぜい優秀な魔術師一人分ってとこかな」
「魔力が底を尽きかけている・・・と言うことかい?」
「正確に言えば・・・でも、人間相手なら充分戦えると思うぞ?」
グレイブは頬に冷たい汗が流れるのを感じた、隣いるフィオもゼノの言葉に驚き眼を見開いていた。
(あれで半分以下の魔力だというのか・・・!)
昨日の夜に感じたあの強大な魔力でも全力にほど遠い、ましてレヴァントとの試合で見せた魔力はそれよりもさらに少ないという事実に言葉を失う二人。英雄クラスの魔力を放つだけでも偉業だというのにさらにその上がある。
ゼノの表情や声音に嘘は感じられない、ゼノにとっては当たり前のことを口にしているだけで嘘はどこにもないのだ。
「今はフィオの魔法薬のおかげで傷を治して貰ってるからその分の魔力を節約できる、もう一日くらい魔力を使わないで寝てればそれなりにかいふくするだろ」
「本当に英雄ではないのかい?」
「ないない! 『英雄』って呼ばれた事なんてないぞ、どっちかって言ったら怖がられてたからな」
ゼノは笑顔で否定して見せたが瞳には寂しさが隠っていた。
「こんな馬鹿みたいな魔力を持ってたから、戦いの切り札としてしか思われてなかっただろうし・・・英雄どころか化け物って言われてたよ」
ゼノの持つ本来の魔力は『人間』という器では扱いきれるはずのない物だった、しかしゼノはその扱いきれるはずのない強大な魔力を宿し扱うすべを手にしていた・・・一歩間違えれば世界を滅ぼせるほどの魔力を。
「何人か俺の事を理解しようとしてくれた奴もいだけど・・・それでも駄目だったな」
城の牢屋で見た夢。あの地獄のような光景を思い出す、あの光景を生み出すのは他の誰でもない自分なのだ。こんな化け物のような自分でも理解し歩み寄ってくれた者達もいたが神と自分の戦いを目の当たりにした時、彼らの瞳に映っていたのは仲間としての自分ではなく人外の化け物としての自分だった。
「フィオ達も怖かったら言ってくれ、なるべく力を使わないようにっ!?」
ゼノの言葉を遮るようにフィオがゼノの両手をぎゅっと握りしめる。
「ゼノさんは化け物なんかじゃありません! 私達と同じ人間です!!」
フィオの眼はほんの少し潤んでいた、ゼノの話を聞いて涙が出るのを堪えているのだろう。
「ゼノさんはウィルを助けてくれました、それに私なんかの為にボロボロになるまで戦ってくれて・・・私を護るって言ってくれたゼノさんが化け物のはずありません!!」
フィオの脳裏に映るのは血まみれになりながらもレヴァントに立ち向かったゼノの姿だった。庭園では自分の事の様に怒ってくれた・・・治癒魔法しか使えない自分を認めてくれた・・・人の為に怒れる人が人間ではないと言って良いわけがない。。
「私はゼノさんと出会えてよかったと思ってます・・・、私を護るって言ってくれた時すごく嬉しかったです!!」
「えっ!? あの距離で聞こえたのか!」
「投影魔法で映像を流していたからね、どんな小さな音でも拾えるよう術式も組み込んであるから」
ゼノの顔が一気に赤くなる。試合の時、口にした言葉を思い出す。
『・・・・・・フィオが泣かなくても良いように俺は俺の全てを掛けて、フィオを護る!!』
その言葉が脳内で繰り返される、しかもエコーまで掛かる。穴が入れば入りたいという衝動に駆られたが穴は無かった。
「ふっ、深い意味は無くてだな! その・・・あの、俺の怪我を治してくれたお礼って言うか・・・!」
「だ、大丈夫ですよ? 私も好きって言うのは、個人ではなくて人柄としての話で・・・」
「そうだよな!」
ゼノとフィオは互いに朱くなりながらも誤解がないよう説明をする。
しかし、グレイブはフィオの言葉に指摘を入れたくなった。
(人柄って・・・思いっきりゼノ君の事好きだって言ってるようなものだろうに)
幸い? ゼノは気づいていないようだが、それはそれで残念な気持ちになった。父親としては安心すべき事なのだろうが・・・応援したくなるのもまた事実だった。
「えー・・・二人だけの世界に入っている所で申し訳ないだが、話を戻して良いかな?」
「良いぞ!!」
「そうですね、話がずれてしまいました!」
グレイブの『二人だけの世界』と言う言葉を否定する余裕もないのだろう、二人は慌てて握りあって手を離した。しばらくはこのネタでからかえそうだった。
「それでフリューゲルとは何者なんだい?」
その言葉にゼノの表情が一変する、何処までも静かに冷たい瞳をグレイブに向ける。
「・・・人に仇なす存在、生ける災厄。境界線の向こうに封じるはずだった邪神の一人だ」
「邪神・・・だって?」
「ああ、俺の時代には居たんだ。まあ、今は境界線にある結界も機能してるから邪神達がこっちの世界に来る事はないし『幻神世界』も墜ちてくることもない」
自分達がいるこの『種族世界』と魔を宿す天上の神々がいる『幻神世界』の間にある境界線に結界を施しているため向こう側から干渉してくることはできない。
「すまない・・・話が見えこないんだが・・・」
「私もです」
フィオもグレイブの言葉に頷く、自分が召喚した少年が嘘をついているとは思えないがそれでも嘘だと疑いたくなるよな話だった。
「そうだろうな・・・普通は、いきなり神様が居るだとか世界がどうとか言われてもすぐには理解できないさ」
ゼノは表情を崩し苦笑した。
「簡単に言えば世界を滅ぼそうとした神を封印するか倒すか・・・それが俺のやってきたことなんだよ、境界線も見えるもんじゃないし気にしなくていい。今は・・・」
復活を遂げた邪神をどうにかしなければならないのだが、今のゼノにそれだけの力は戻っていなかった。レヴァントとの試合が無ければフリューゲルと戦えるだけの魔力が戻っていたはずだった。
「ゼノ君・・・君は一体・・・」
「俺はゼノ・テオブロマ・・・始まりの神と一緒に『世界終焉』を止める為に邪神達と戦った――」
ゼノが自分の正体を告げようとした時、夕日を隠すように巨大な黒い柱が空へと上った。その瞬間、フィオとグレイブは胸元を押さえた。
「何ですか・・・これ? 魔力・・・?」
「こんな禍々しい魔力は初めてだ・・・」
フィオ達が感じている強大な魔力・・・もはや強大と言えるのかも危うい程の魔力があの黒い柱から感じられた。
その魔力はこの国全てを覆い尽くしかねないほど強大で重く・・・まるで深海に足を踏み入れたような冷たさを放っていた。
「なんて魔力だ、魔力が弱いものはこれだけで気を失ってしまうぞ!」
「・・・力を使い切るのを狙ってたな」
ゼノは額と両腕の包帯を引きちぎり窓を開ける。
「ゼノさん!?」
「行ってくる、早くあいつを倒さないと死人が出る」
「待て! 一人で行くつもりかい? その身体では無理だ。ましてや君の魔力は・・・」
尽きかけている・・・そんな状態で勝てるわけがないのはグレイブでなくてもわかることだった。
グレイブは押しつぶされそうな重圧に耐え立ち上がる、フィオも何とか動くことはできるようだ。
「でも、戦えるのは俺だけだからな」
「君一人では無理だ、・・・せめてレヴァント様達に協力を求めて――」
グレイブがそこで声を止めた、なぜなら念話で連絡を取ろうとした英雄達の魔力がすでに黒い柱の中に存在していたからだ。
「まさか・・・」
この異変に気づいた英雄達はグレイブの念話よりも早くレヴァントは闘技場に向かったようだ。他の英雄達は御前試合の途中であるためすでにあの黒柱の中で復活した邪神と闘っていたようだ。しかし、そんな勇敢な英雄達の魔力はどれも小さく今にも消えそうだった。
「そんな、こんな短時間で・・・」
「・・・フィオ達はここにいろ。ここなら戦いに巻き込まれる心配はないし、動けるならみんなの看病をしてくれ」
「ゼノ・・・さん」
ゼノは苦悶の表情を浮かべるフィオに優しく微笑む。しかし、その表情は青白く今にも消えてしまいそうな・・・そんな印象を感じさせる笑みだった。
「安心しろ。絶対に勝つ!!」
ゼノは窓から飛び出しそのまま黒い柱に飲み込まれた闘技場へと向かった、道の途中で倒れている一般人や魔術師に気づくが今はかまっていられなかった。
ゼノは黒い光に向かって飛び込んだ。
『神聖空間』・・・神にとって最良の戦場を生み出す、神のみが使うことのできる神威魔法の一つ。それはどれだけ優秀な魔術師が集まろうと生み出すことができない魔法、どれだけの英雄が力を注ごうとも発動すらできな奇跡・・・その中にゼノは何の迷いもなく飛び込んだ。
黒い光を抜けた先には闘技場の面影はなく広い荒野が広がっていた・・・その大地の上でレヴァントを含めた英雄達と巫女達が横たわっていた。王や他の観客達は別空間に隔離されたようだ。
「大丈夫か、レヴァント!!」
「少年・・・何故、来たのだ・・・」
レヴァントは折れた剣を支えに立ち上がろうとするも力が入らないのか動くこともままならない。他の英雄やリューネ達も生きてはいるようだが酷い傷を負っていた。
「逃げろ・・・アレは人間では、勝てない・・・」
「知ってる、前に戦ったからな」
「な・・・に?」
ゼノは作り出された荒野の空に向かって言い放つ。
「わざわざ来てやったんだ、姿を見せたらどうだ・・・フリューゲル!!」
レヴァントから離れるように歩き出したゼノの前に長身を黒衣で包んだ男が突然姿を現した。
「久しいな・・・ゼノ・テオブロマ、会いたかったぞ」
「俺は会いたくなかった」
「そうだろうな、その脆弱な力を維持するだけで精一杯のお前では殺されに来たようなものだからな」
フリューゲルは笑みを溢した、その表情は自分の優位を確信しゼノをどう殺すか・・・それを考え楽しんでいる笑みだった。
フリューゲルの笑みを見ているだけで心が折れそうになるのをレヴァントは感じた。
それほどにフリューゲルとの間には力の差があった。
「忘れたのか? その俺にお前は封印されたんだぜ」
「・・・二千六百年の長きわたり封印され続けた屈辱を忘れるわけがあるまい」
「そんなに経ってたのか、ビックリだ」
ゼノは表情を変えず淡々と会話を続ける、フリューゲルが喋るだけで放たれる魔力はそれだけで傷ついた身体にダメージを与える。実際、ゼノの後ろにいるレヴァントは歯を食いしばり放たれる魔力に耐えていた。
「昔話をする為に復活したのか? とっとと始めようぜ」
「そうだな、貴様を殺し我が名声を再び世界に知らしめよう・・・遙か昔に墜ちた神たる我が名をな!!」
膨れあがるフリューゲルの魔力にゼノは眉をひそめながらも右手の鎖を全て解放し『六霆剣』を召喚する。その手には揺らめく炎を放つ『炎霆剣・紅蓮』と電が迸っている『雷霆剣・紫電』が握られていた。
「行くぞ! ゼノ・テオブロマ!!」
「いちいちフルネームで呼ぶな! フリューゲル!!」
ゼノとフリューゲルの姿が一瞬ぶれたと思ったら紅い火花と紫の閃光が空を駆けた。そのたびに甲高い音が鳴り響きそれと共に衝撃波がレヴァント達に押し寄せた。
二人の戦いはレヴァントでも眼で追いきれず何が起きているのかわからなかったが、ゼノが不利である事はわかっていた。
鳴り響く甲高い音に混じり殴りつける音が混じる・・・。
フリューゲルは素手で自分達を完膚無きまでに叩きのめしたのだ、一切の魔法を使うことなく魔法障壁と魔力を付与した肉体だけで・・・・・・。しかも魔法障壁に関しては何重にも展開しており自分達ではその魔法障壁を一枚も貫通することはできなかった。
自分達が持つあらゆる魔法、所持している数々の宝具・・・その全てが通用しなかった。
ゼノの力が凄まじい事は御前試合で戦った自分が一番に理解している・・・あの時に振った紅蓮の他にある全ての剣を使えたとしても神と呼ばれる存在を倒す事ができるとは思えなかった。せめて空を穿つ光を放ったあの時の魔力が戻っていれば・・・・・・。
しかし、レヴァントはゼノの力を思い浮かべた時ある事に疑問を抱いた。
「・・・・・・あの剣は、魔法でも宝具でもなかった」
ゼノが手にした剣が魔剣の類ならその剣から放たれる魔力の波長が違うはずだった、それは魔法でも宝具でも同じ事で自身の魔力を元に精霊の力を宝具の性質を引き出す物なのだ。
その際に発っせられる魔力は術師とは異なる魔力の波長でなければおかしいのだ・・・だが、ゼノの剣から感じた波長はゼノの魔力と同一の物でこの世界に存在する魔法理論から外れた物だった。
今思えば・・・ゼノには不可解な点が多すぎた。
「『英雄の書』に名前のない英雄・・・・・・私を遙かに凌駕する強大な力をもった魔術師」
レヴァントの思考の中で様々な疑問と憶測、ゼノの言葉。それらが一つに繋がっているような予感が大きくなる。
――英雄ではない少年。
――強大な魔力と年に不釣り合いなほどの卓越した戦闘技術。
――魔法理論を無視した力。
――自身を神と呼ぶ存在の出現。
これらの疑問がレヴァントの中で一つの可能性を導き出した、それは遙か昔の出来事であり真実であるかも疑わしい伝承・・・それを確かめる術も知る者もいないお伽話。
だが、目の前で起きている現実はその導き出した可能性が限りなく真実であり答えであると確信している自分を感じる。
レヴァントは自分の血で汚れた口を小さく動かし呟いた。
「神世の魔術師・・・『神殺し』なのか・・・・・・」
ゼノが『神聖空間』の中でフリューゲルと戦っている頃、フォオはグレイブと共に闘技場へと向かった。ウィルやターニャ達は動ける状態ではなかったのでそのまま残してきたがフィオ達も状況を少しでも好転させる為には動くしかなかった。
「ゼノさん、大丈夫でしょうか?」
「いや、まずいね・・・」
フィオの言葉にグレイブは躊躇うことなく正直なところを話した。風の魔法で飛んでいるため歩くより確実に早いのだが、自分達が駆けつけてもたいした戦力にならないだろう。
「魔力を解放したようだが、もう小さくなり始めてる・・・魔力の変動からするとおそらくゼノ君しか戦っていない」
「そんな・・・」
「生きてはいるようだが・・・相手が『神』ではいくら英雄の名を持つ彼らでも太刀打ちできない」
ゼノ以外の魔力の減少は感じられない、動く事ができない程のダメージを負っているのだろう。
「『神』を倒せる可能性があるのはゼノ君だけだ」
「はい、そのために私達が行くんですよね!」
「ゼノ君は怒るかもしれないけど・・・今はこれしか方法がないから。良いね、フィオ?」
「はい」
フィオは唇をかみしめ震えに耐える、肌に伝わってくる冷たい魔力が身体を心を恐怖で染め上げていくのを何とか耐える。
絶望的な状況でも戦いに望んだゼノはもっと辛いはずだと自分自身に言い聞かせる。
「そろそろ入るよ?」
「はい!」
二人はそのままの速度で黒い光に飛び込んだ、二人の目の前に広がったのは荒れ果てた大地だった。
大地にいくつもの大穴があき、炎が燃え盛っている瓦礫が辺りに散乱していた。山だったものは吹き飛び山頂どころか麓が何処にあるのかもわからない程・・・無惨に破壊され、空には煙が立ちこめ作り出された空間に充満していてた。
「ここは闘技場ではないね、空間そのものを作り出す魔法なのか・・・だとしたらなんて相手だ」
「ゼノさんは何処に?」
「この空間にはフリューゲルの魔力が充満している・・・探すのは困難かもしれないな」
二人は大地に降り立ち、眼で周りを確認する。何か音が聞こえるのだが遠く離れた場所からなのか方向が特定できなかった。
「お父様、あそこに誰か倒れてます!!」
「ゼノ君か?」
二人は晴れた煙の先で倒れていた魔術師に駆け寄った、倒れていたのはゼノではなくレヴァントだった。
「レヴァント様!」
「他の皆さんもすぐ側にいます!!」
二人は急いで全員を一カ所に集め重傷と思われる順に治癒魔法を掛けていく、全員かなりの痛手であったが命に別状はなさそうだった。
「大丈夫ですか?」
フィオはレヴァントに声を掛ける。
「・・・私よりも主を・・・・・・彼女も酷い傷を・・・」
「もう終わりましたから大丈夫です!!」
レヴァントは痛む身体を起こし横にいるリューネを見て驚いた。
彼女の傷はすでに治癒しており傷跡も残っていなかった、名だたる治癒術師でもこれほどの回復速度を持つ者がどれだけいるだろうか。
ここにきて治癒魔法を鍛錬してきた少女の実力が発揮された瞬間だった。しばらくしてレヴァントの傷も完全にふさがり戦闘ができる程に回復した。
「驚いたな・・・あれだけの傷がこんなに早く治るなんて」
「ずっと、治癒魔法を鍛錬してきました・・・私にはこれしかできなかったですから」
フィオは額に浮かぶ汗をぬぐい他の英雄達に取りかかった。
「でも、ゼノさんの御陰で自信が持てたんです。こんな私でも誰かの役に立つことはできるんだって・・・」
傷を治した時、ゼノは満面の笑みを向けてくれた。今まで誰かの傷を治したことはなかった・・・たいていは自分達で治してしまうから頼まれることもなかった、そんな自分は魔術師としての道を歩いても意味がないのではないだろかと思い続けてきた。
治癒魔法しか使えない落ちこぼれ。親の七光り。子供にも劣る魔法センス・・・・・・。何の取り柄もないと思っていた自分にゼノは道を示してくれた。
『――傷ついた人間の痛みと苦しみを癒してやれるフィオの方がよっぽど優秀だろうが』
あの時の言葉が自分の心を救いを歩くべき道を教えてくれたのだ、治癒魔法しか使えないならどんな病気でも怪我でも治せる治癒術師になればいい。そうすれば誰も傷ち痛みに苦しむ事はない、誰も悲しい思いを辛い思いをしなくてすむ様になる・・・きっと笑顔で笑ってくれるようになる。
自分を理解してくれたあの人の様に・・・・・・。
「だからここに来たんです、私の力で皆さんの傷を癒すために」
「そうか・・・感謝する、フィオ殿」
「いえ、それよりゼノさんは?」
「少年ならフリューゲルと名乗った神と交戦中だ・・・奴を私達から引き離すために離れた場所で戦っているはずだが・・・」
「場所はわからりませんか?」
「すまない・・・この空間に入ってから魔力を探れなくなったのだ、あの凄まじい魔力に感覚がつぶされてしまったのだろう」
レヴァントは静かに立ち上がる。
「加勢に向かいたいところだが、あの少年の邪魔になるだけだろう・・・しかし、神世の魔術師『神殺し』があんな少年とは思いもしなかったが・・・」
「『神殺し』・・・ゼノさんの事ですか?」
「そうだ」
レヴァントは治療を終えたフィオに向き直る、辺りを警戒しながらゼノについて話始めた。
「少年が『英雄の書』に名を刻んでいなくて当然だ・・・今では忘れ去られた神々がいた時代の魔術師なのだ。『英雄の書』が生み出されるよりも遙か昔のな」
「ゼノ君はフリューゲルを邪神だと言っていましたが?」
「そうだ、私も幼い頃に聞いたのでな・・・お伽話の類だと思っていたよ」
かつてこの世界には始まりの神と終わりの神と呼ばれる二人の神がいた・・・彼らはこの世界に人間という種を生み出し次々と人間に続く種を造り世界に放った。世界は気が遠くなる程の年月を掛けて進化し安寧を手に入れ二人の神によってその世界は見守られていた。しかし、その内の一人・・・終わりの神が世界を終わらせようと邪神達を生み出した。理由はない、ただ見守る事に飽きたという理由で世界に滅びを与えようとしたのだ。
その理不尽としか思えない神の意志に逆らうように、人間達の中で希望が産声をあげた。人の身でありながら神々に匹敵する魔力を宿した少年が生まれ、彼は神を殺すことができる六つの刃を手に邪神達を討ち倒し境界線の崩壊をくい止め世界を救った・・・・・・。
「そして世界を救った後、封印から逃れた邪神達を倒すために旅に出た彼は消息を絶った、そして長い年月をかけて彼の存在はお伽話として伝えられるまで風化したのだ」
「つまり、それは・・・」
「おそらく、フィオ殿がこの時代に召喚してしまったのだろう」
「じゃあ、本当にゼノさんがその神世の魔術師なんですか!?」
「そうでなければ説明が付かない・・・」
「では、何故・・・フィオが召喚できたのです?」
グレイブはフィオを見つめる。
「娘は確かに高い魔力を持っています、ですがそれだけでは書物に名が刻まれていないゼノ君を呼び出す事などできるはずがない」
「・・・これは単純な思いつきなのだが、少年とフィオ殿が似ているからかもしれない」
「私と・・・似ている?」
「少年は邪神達を討ち倒し世界を救った・・・だが、その一方で他の人間達に恐怖を与えたのも事実なのだ」
人でありながら神を殺したゼノは『人間』にとって畏怖の象徴でしかなかった、人では絶対に踏み入る事のできない領域を容易く侵し人では触れる事もできない存在に刃を向け切り伏せる・・・・・・偉業にして異形。それほどの異形ができるのは人ではなく、人の姿をした化け物。
その光景を目の当たりにした人間達が取る行動は考えなくてもわかっていた。
「・・・人々は彼を遠ざけた、『神殺し』という異形の名を与え神を殺す化け物として扱ったのだ」
「そんなの・・・あんまりです!!」
「・・・大きすぎる力は、それを止める手段がなければ恐怖の対象でしかない。彼の側に立とうとした者達もいただろうが・・・その力を持つ少年は孤独だったはずだ」
力を持つ者の苦悩、同じ目線で同じ場所で心から理解し合える者がいなかった。いたとしてもそれは敵である神々だけだっただろう。
だが、その唯一の理解者と呼べる神でさえ敵として襲いかかってくる。ゼノに手をさしのべる者はいなかったはずだ。
「理由は正反対ではあるが、フィオ殿も孤独を感じていたのではないか?」
魔術師として才能を与えられなかった少女。それは魔術師である者達全てが眼を背けたくなるほどの悲劇、拭えない劣等感と無力感に嘆き続けどれだけ努力しても才能ある者には届かない現実・・・それは心を孤独にする。
同じ魔術師からは蔑まれ親しき者達には届かない現実を見せられる。
励ましの言葉と共に同情の眼差しを向けられる。
精一杯の努力を固定しながらも更に切磋琢磨を求める非常な期待。
これら全てが才能無き魔術師達の心を弱らせ孤独にさせる。望んで孤独になる者、望まぬ孤独を押しつけられる者・・・どちらでも結果は同じなのだ。
「・・・・・・・・・・・・」
「同じ孤独を知るフィオ殿だからこそ少年を召喚できたのかもしれない」
ゼノの強者であったが為の孤独、フィオの弱者であるが故の孤独。立ち位置は違っても見ているものは同じ・・・ただ、誰かの笑顔が見たい・・・たとえ一時のものだとしても。
その同じ願いが、同じ想いが・・・二人を引き合わせたのかもしれなかった。
「君達の願いが起こした奇跡・・・と考えているが、この状況では感傷に浸っている時間もないようだ」
「えっ?」
レヴァントは視線を空へと移した、そこには青空が広がっていたがフィオ達も異変に気づき始めた。
遠くで響いていた音が次第に大きくなっていく・・・戦っている二人がこちらに近づいてきていた、二人の姿は見えなかったが空で魔法の応酬が見て取れた。
爆炎が舞い上がったと思ったらその直後に雷が天を走り雲を切り裂く、純粋な力のぶつかり合いで大気が揺れ迸る魔力は再び魔法に姿を変える・・・次々と変わる光景に眼を奪われる三人。
「・・・これが同じ魔法なのか? 規模が違いすぎる!」
「あの戦いに割って入る力はない・・・少年が負ければ世界は滅ぶ」
「ゼノさん・・・」
一際大きい爆発が起きた時、空から二振りの剣が落ちてきた。
澄み切った氷で造られたような蒼い剣と緑を体現した様な翠の剣・・・この二振りの剣からも凄まじい魔力が放たれていたが地面に突き刺さると同時に姿が光の粒子となり消えていった。
「落ちてくるぞ!!」
空で蠢く煙の中から吹き飛ばされたように落ちてくるゼノの姿が見えた、轟音と共に大地にぶつかった衝撃で煙が舞い上がりゼノの位置を知る事ができた。
「ゼノさん!!」
フィオは立ち上る煙をその瞳に映しゼノの元へと駆け出そうとした。
その時、何の気配もなくフリューゲルが姿を現した。纏っている黒衣は所々破けており、その隙間から見える肌にもわずかだが傷を負っていた・・・ゼノとの戦いで少なからずダメージを負ったようだがフリューゲルに疲れの色はなかった。
「また・・・ゴミが増えたか」
「・・・・・・っ!?」
駆け出したフィオの足から力が抜け、その場に座り込んでしまった。
「・・・っ・・・ぅ・・・!!」
――違いすぎる。
その言葉がフィオの脳裏に浮かんだ、目の前にいるのは『神』・・・。自身の魔力と比べるのも烏滸がましいと思えるほどの絶対的な魔力、象と蟻・・・いや、字義通りの神と人と程の力の差に足が震え立つ事すらままならない。
「・・・ほお、この短時間でそこに転がっていたゴミ共を復活させたか。優秀な魔術師のようだが・・・それでもゴミに代わりはないか」
フリューゲルはフィオの後方にいたレヴァント達に視線を向けた。
「我は今、気分が良い。・・・喜べ、、痛みを感じる前に灰にしてやろう・・・」
フリューゲルの手に殺気の込められた魔力が集まっていく、その魔力は炎へと姿を変えあふれ出す熱と炎の揺らめきは無慈悲にその力を増大させていく。
「フィオ!!」
「フィオ殿!!」
グレイブとレヴァントはフィオを抱きかかえフリューゲルから距離を取るもののすでに遅かった。
「イグニス・ゼロ」
放たれた炎は大地を抉りフィオ達を飲み込んでいった、全てを燃やし尽くす炎の奔流は激しさを増し空間の果てまでその勢いを止める事はなかった。その奔流が抉った跡には灰も残らず土が溶け溶岩とかしていた。
「・・・まだ、動けたか。ゼノ・テオブロマ」
その溶岩と化した大地の上で蒼い光を放つ剣を構えたゼノが立っていた、ゼノを起点として広がる地面の上でフィオ達は無傷で座っていた。
「間に・・・合った、な」
ゼノは蒼い刀身を地面に突き刺し傷ついた身体を支えるも大量の血を吐き出す、その身体には生きているのも不思議と思えるほどの傷を負っていた。いくつもの魔法を受け形容しきれない傷を負い身に纏う魔法衣も半分近く形状を失っていた・・・。
「諦めろ、今の貴様ではどう足掻こうとも我には勝てぬ・・・楽になったらどうだ?」
「・・・ハア・・・ハア・・・」
紅く染まった口から漏れる呼吸は弱々しく、フリューゲルの問いかけに答えるだけの余裕も残っていなかった。支えにしている剣の刀身もその形を保つ事ができなくなってきている。
「答える力もないか・・・ならば、楽にしてやろう!」
フリューゲルは勝利を確信し笑みを浮かべながらゼノの元へゆっくりと歩み出した、その姿はまるで命を刈り取る死神のようだった。
ゼノは顔を上げるも動く事ができずにいた。
(・・・くそ、身体が・・・重い・・・・・・術式も・・・消えかけてる・・・)
意識を集中しなければ術式が解ける、そうなれば再び術式の解放どころか立つ事すらできず崩れ落ちてるだろう。
「灰は灰に。塵は塵に。夢は夢に。幻は幻に・・・」
フリューゲルの右手は魔力によって強化される、その右手はゼノの命を奪うには充分な力を持っていた。
「神に背きし哀れな子羊に一時の恐怖と永遠の安らぎを・・・」
ゼノの目の前で止まったフリューゲルは笑みを強め静かに右手を振りかぶる、この距離では避ける事はできない。傷ついた身体では防ぐ事もできない・・・赤子の首を捻ると同位である程ゼノの心臓に右手を突き刺す事は簡単な事だった。
「さらばだ、ゼノ・テオブロマ!!」
振りかぶった右手は加速しゼノの心臓を貫いた・・・がそこにゼノの姿は無かった。
「・・・・・・何のつもりだ?」
ゼノが立っていた場所には小さな魔法陣が描かれていた。
「ゼノ君達は転移魔法で離れた場所に飛ばしました、ここに残っているのは・・・」
「私達だけと言う事だ、神よ」
「貴様等・・・」
レヴァントとグレイブはフリューゲルを挑発するようにわざとらしく笑みを浮かべる。
「少年は私達にとって最後の希望・・・貴殿に殺させるわけにはいかない」
「あなたの相手は私達がいたしましょう」
「醜く生にしがみつくゴミ共が・・・・・・良いだろう、お前達がどのような策を用意しようと死の運命はかわらん。恐怖と絶望をその身に魂に刻んでやろう!!」
二人は怒りをむき出しにした邪神と対峙したのだった。