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境界線の英雄  作者: 三月弥生
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 第一章 三節 代表決定戦開始!!

ゼノ達が闘技場に向かった後、グレイブは部屋で現場検証をしていてた。

 半壊したウィルの部屋はしばらく使えないと言う事で部屋に入れないよう鍵を掛けしばらく放置する事になった、放置すると言ってもまだ部屋を破壊していった犯人が特定できないため証拠隠滅のために戻ってくる可能性を考え追尾魔法を組み込んだ結界を張って待ち伏せる事になったのだった。

「・・・・・・本当に何が目的で屋敷を破壊したんだろうね」

 グレイブは誰かに話し掛けるわけでもなく一人でそう呟いた。

 周りの兵士達は相変わらず現場検証の為、忙しそうに動いていた。情報収集の為に出歩いている兵士達の出入りも激しかった。

「グレイブ様!」

 そんな中、情報収集にまわっていた兵士の一人がグレイブの元へ駆けつけた。

「何か分かったかな?」

「はっ! 犯人の衣服と思われる一部を発見、回収しました」

 兵士は手にしていた紫色の布地をグレイブに提示した。

「これか」

「鑑定の結果、魔法衣の一部と判明しました。それも最上級クラスの物だそうです」

「最上級? それは犯人が大賢者クラスか英雄の中にいると言うことかな?」

「そこまでは・・・しかし犯人はそれだけの力を持った魔術師に違いないとのことです」

「そう・・・」

 グレイブは兵士の報告に疑問を抱き頭を悩ませた、今の報告が間違いの無い事実であるならば犯人は限定される。

 今の所、大賢者と言われる魔術師は五カ国でたった一人だけ・・・〈アーレア・フェーデ〉の準備の為に他の国に出向いている。英雄を犯人と仮定しても昨日感じた魔力はこの国の巫女達が呼び出した英雄達の魔力を遙かに超えていた・・・最初に感じた時は英雄の物だと直感したが、その後一気に膨れあがった魔力はとても『人間』が持つことが出来る物とは思えなかった。

 大賢者でも英雄でも足りない、この国を押しつぶしてしまう様な強大な魔力の持ち主は本当に『人間』なのだろうか・・・そんな疑問が頭の中を駆けめぐっていた。

「他にもご報告したいことが」

「何だい?」

 兵士は何か戸惑ったように口を開く。

「昨夜の爆発騒ぎの直後からなのですが、原因不明の奇病に冒されていた病人達が回復に向かっているとのことです」

「何だって!?」

「ご子息である、ウィル様はどうでしょうか?」

 兵士の言葉にグレイブはターニャにウィルを連れてくるよう声を掛ける。

「どうかしたの、あなた?」

「どうしたの、父様・・・」

 グレイブはウィルの肩を掴んだ。

「薬はちゃんと飲んだのかい?」

「え・・・の、のんだよ」

 ウィルの視線が泳いだ、嘘を付いている時に出る癖だった。これは本人であるウィルだけが知らないことだった。

「・・・飲んでないんだね、ウィル」

 グレイブが少し語尾を強めウィルに問いかける。ウィルも嘘を付いていると言うことがばれている事が分かって静かに頷いた。

「さっき、ゼノちゃんが飲ませてくれたってフィオちゃんが・・・」

「お兄ちゃんがのんでくれたんだ、もうのまなくて良いからって・・・」

「ゼノ君が?」

 グレイブは兵士が手にしている魔法衣の切れ端を見つめる、ゼノが着ていた服と同じ色だった。

 そして、脳裏にゼノとの会話が浮かんだ。今思えばゼノの言葉におかしな点がいくつかある事に気づく。


『そっか・・・でもよかったな異常が無くて』

『何がしたかったんだろうな、その男は・・・』


 何故、あの時『怪我』ではなく『異常』と言ったのだろう・・・怪我をしたとは言っていないがこの部屋の有様を見れば普通は『怪我』だと言うはずだ。『異常』と言ったのは怪我をしていない事を知っていたから・・・その言葉がウィルの病状を指したものだったとしたら。

 それだけではない、犯人の特徴は自分達でも調査中だというのに『男』だとハッキリ口にしたのだ・・・答えはもう出ていた。昨日の夜・・・この部屋で爆発騒ぎを起こしたのは他の誰でもないゼノなのだと。

「・・・昨日の夜、ゼノ君が来たのい?」

「なんで・・・」

「この部屋からゼノ君の服の一部が見つかったんだよ」

 もちろん確定はしていない。

 だが、グレイブの言葉にウィルは肩を震わせた。ウィルだけでなくその場にいたターニャとそれを報告した兵士もグレイブの言葉に動揺を隠せなかった。

「もしゼノ君が来たなら・・・何があったのか正直に話してくれないかな? じゃないとお父さんはゼノ君を捕まえなきゃいけなくなる」

ウィルはグレイブの言葉に驚いたのか眼を見開き口を開いたがすぐに閉じる。

「喋ってくれないのかな?」

「・・・やくそく、した」

「約束?」

「昨日のこと、喋らないって・・・やくそくしたんだ!!」

 ウィルはグレイブの手を払いのけ逃げるように駆けだした、普段ならしばらく走ったら倒れてしまうのだが倒れることなく廊下を走り抜け廊下の角を曲がっていった。

「走ってるわ・・・あの子。薬も飲んでないのに」

「・・・治ったのか、本当に」

 名のある治癒術師達に見せても治らなかった病がたった一晩で改善するものなのか・・・そんな疑問を感じるよりも先に視界がぼやける。

 グレイブの目尻には涙が流れており、それを指で静かに拭った。

「一体・・・何が起きてるの、あなた?」

「私も混乱しているよ、でもこれだけは言える」

 グレイブは笑みを浮かべハッキリと告げた。

「ゼノ君のお陰だよ!」

 グレイブはそれだけ言い残し闘技場へと向かったのだった。



 その頃、闘技場に向かったゼノ達はすでに到着しておりゼノは闘技場の中央でレヴァントと対峙していた。

 リングが無いため、場外負けは気にしなくて良いぶん気が楽だろう。

 フィオ達は観客席の最上段の特別観客席から王と共にそんな二人の様子を見守っていた。

「逃げずに来たようだな、少年」

「逃げる理由はないからな」

 レヴァントの挑発に乗ることなく冷静に答えるゼノ・・・。

「俺はあんたに勝たなきゃならない、だから来た」

 その言葉に揺らぎは感じられなかった。

(どうやら、本当に勝つつもりでいるらしいな)

 レヴァントはその言葉を聞きながらも余裕の笑みを溢した。

「・・・始めようぜ」

「良いだろう」

 二人の準備が整ったと判断した審判役の兵士が二人の元へ歩み寄り声高らかに宣言した。

「ただいまより〈アーレア・フェーデ〉代表決定戦第一試合、ゼノ対レヴァントの対戦を行います・・・・・・始め!!」

 ゼノは体勢を沈め、レヴァントは宝具『レーヴァテイン』を呼び出す。レヴァントが手にする宝具は城の中でゼノに突きつけた竜殺し殺しの大剣だった。その身の丈を超える刀身は数多の竜の血と魔力を受け続け黒く変色していたい・・・それだけ命をかけた闘いをくりぬけてきた証拠でもあった。

「手加減はせぬぞ!!」

 レヴァントの魔力が跳ね上がるのを感じたゼノは審判の腰に付いている剣に眼を映す。

「借りるぞ」

 ゼノは右手を振り払い中指の鎖を伸ばし剣を鞘から引き抜いた。

(対魔術師用術式・・・第一〈肉体強化〉、第二〈魔法障壁〉、第四〈治癒強化〉を解放。第三〈武器強化〉は斬撃用刀剣に接続・・・)

 鎖で絡め取った剣を手にするとゼノの身体が蒼い光に包まれ強大な魔力が放出される、その魔力はレヴァントに匹敵するモノだった。

 その光景は投影魔法によって空に映像として映し出されており、そこに映る二人の魔術師の姿に観客は歓声を、特別観客席にいるフィオ達は驚嘆の声を上げた。

「何よ、あの子!? レヴァントに匹敵する魔力だなんて・・・どうなってるの!!」

「あの少年は『英雄の書』に名が刻まれていなかったのではないのか?」

「そのはずですが・・・」

 リューネと王そして護衛の兵士は驚愕の表情を浮かべ、フィオは戸惑いの表情を浮かべていた。

「この感じは・・・昨日の・・・」

 ウィルの部屋の方から強大な魔力を感じ、慌てて起きた事を思い出した。あの時に感じた魔力は更に膨れあがったが・・・ゼノが放つ魔力はその時感じた魔力と同質のものだった。

「昨日の爆発はゼノさんが・・・・・・でも、どうして?」

 その疑問を問いかけたい少年は側にはいなかった。

 魔力の解放を果たしたゼノは剣を構えた。その姿に隙は無く一流の魔術師であることを知らしめていた。

「・・・驚いたな少年、この魔力・・・昨日の閃光は君が放ったのか?」 

 昨夜の魔力の高まりを探知しリューネの屋敷から外の景色を伺っていた時、雲を突き抜け天を穿った巨大な閃光が立ち上ったのを見た事を思い出す。

「だったら?」

「あれが少年の真の力だというなら私に勝ち目はないが・・・どうして力を押えている?」

「あんたには関係ないことだ」

「確かに・・・」

 レヴァントは苦笑を浮かべる、先程まで見せていた余裕は消え去り代わりにゼノの力に驚きを隠せないでいた。ゼノの魔力が更に跳ね上がるのも知っている。

 確かに今の力でも充分に戦えるだけの力はあるだろう、だが次の戦いの事を考えれば無駄な傷を負うリスクを冒す必要はない。そのために全力を出すのが当然だが、ゼノの表情を見る限りその力を使うつもりはないように思える。

「だが、このまま戦えば私が勝つぞ・・・弱っているのだろう?」

 魔力の総量は互角だが、ゼノの魔力の出力が安定していない。その証拠にゼノの肉体と剣を包み込んでいる蒼光が強くなったり弱くなったりしているのだ。

「・・・やってみればわかるさ」

「そうだな・・・」

 声と共にレヴァントは一気に距離を詰め大剣を振り下ろす、ゼノは避けようとはせず強化した剣を背後にかざす。その直後に衝撃が走りゼノは歯を食いしばり受け止めた。

「無詠唱で幻灯魔法が使えるのか・・・」

 ゼノの正面から距離を詰めていたレヴァントの姿がぶれる、背後には大剣を受け止められた事に驚いていたレヴァントの姿があった。。

「よく気付いたな」

「幻灯魔法で作った幻影には影がない、常識だろ!!」

 ゼノは大剣をはじき返し振り向き様に斬撃を放つ、レヴァントは弾かれた大剣から手を離し今度は槍を呼び出し斬撃を受け流した。そのまま流れるように後退し穂先で刺突を幾重もくり出す、一撃一撃が人体の急所を狙いすましたもので一撃でも食らえば致命傷になる。

 ゼノはその攻撃を全て捌ききった、剣と槍がぶつかり合う度に金属音が鳴り響き火花が散る。その動きは最早暴風を思わせるものだった・・・互いにその場から退かずに剣と槍を振るう、その光景を眼にする全ての観客は声を失いただ鳴り響く音に耳を傾けるしかなかった。たとえ同じ英雄でもこの戦い割ってはいることは困難を極める・・・ただ驚愕に息を飲むしかないだろう。

 彼らの前で繰り広げられる戦いはそれ程までに凄まじいものだった。

 迸る魔力の量が違う。激突する熱量が違う・・・何よりその動きが桁外れだった。

 ただの鋼で出来た剣と竜殺しの槍はそれぞれ魔力による強化で比類無き武具とかしそれがぶつかり合うだけで、これ程の破壊的な力が生まれる。

 踏みしめた足は地面を砕き、空を切った刃の余波は二人を二人の戦いを見ている離れた客席を守る障壁に亀裂を生みだし、ひとたびその場から足を離せば二人の姿は常人の眼では追うことすら難しい。

 高速の剣戟と紙一重の身体捌き・・・ここで繰り広げている戦いはすでに試合ではなく命をかけた決闘だった。

「ちぃっ!」

 その中で一際大きく火花が散った時、ゼノはレヴァントの剣を受けきれずはじき飛ばされた。

 ゼノは地面に剣を突き刺し勢いを殺し体勢を整えるがすぐに動くことは出来なかった。ゼノの魔法衣は数カ所の裂傷がありその下の傷から止めどなく血が流れていた、傷そのものは致命傷とは言えない箇所だが出血量が異常だった。

(第四の〈治癒強化〉は機能してる・・・血が止まらないんじゃなくて治癒出来ないのか)

 ゼノはゆっくりと立上がり剣を構えた、疲れはあるもののまだ戦うことは出来る。

「その槍の効果か? 傷が塞がらないのは」

「そうだ、私がこの槍を手放さない限り効力は続く・・・これも竜を殺した武器の一つだ。他にもまだ数種類ある」

「だから『竜殺し』か・・・」

 ゼノは治癒強化に魔力を回している意味は無いと判断し術式を解除した。ゼノの右手に再び鎖が形を成した。

「限界か、少年?」

「魔力を無駄に出来ない、あんたの槍で出来た傷に治癒強化の術式を掛け続けるのは無駄みたいだからな」

「賢明な判断だ」

 対峙する二人、先程とは打って変わり目まぐるしい高速戦闘から息が詰まるにらみ合いに移行した。

 ゼノとレヴァントの間に張り詰める空気は息を呑むものがあった。

 一番離れた場所にいるフィオ達でさえその空気を感じ取っていた、これでは敗北条件の一つであるギブアップはする事はないだろう・・・残るのは審判の判断と完全に相手を叩きのめす方法しか残っていなかった。

「思ったよりやるわね、あなたの使い魔・・・でも押してるのはレヴァントよ」

 リューネの言うとおり軽傷であるもののゼノの方が多く傷を負っていた、レヴァントに至っては服が数カ所切れているだけで傷にはなっていない。このまま長引けば不利になるのはゼノの方だった。

「・・・ゼノさん」

 しかし、リューネの言葉はフィオには届いていなかった。フィオの視線は映像に映し出されているゼノに向けられていた。

 ゼノの力には正直驚いていた、自国で最強と言われたレヴァント相手に一歩も退かない戦いを見せるゼノの姿は凛々しく勇ましいものだったがそれでも願わずにはいられなかった。

「・・・勝てなくても良いです、どうか・・・無事に戻ってきて下さい」

「アドレット、あなた・・・」

 リューネは苦しげな表情を見せるフィオの横顔に優越感に浸っていた自分が愚かに思えた。

 なぜならフィオが本当にゼノの事を心配していたからだ。

 『英雄召喚』はすでに息絶えた偉大なる魔術師に再び生を与え、その力を振るわせる召喚魔法・・・契約を交わした時から英雄達は巫女の下僕として生きることを決められている。レヴァントもその事は承知し自分達を道具として扱うよう主であるリューネに告げていた。

 だから、リューネは自分の思うがままにレヴァントに命令を下していた。ここにいるのは生きた人ではなく人の姿をした道具なのだと、自分の名を世に知らしめる手段の一つなのだと・・・だがそれは間違いなのだと知っていた。知っていてもそう割り切らなければこの戦いに参加する事が出来なかった、国に住む者達の未来を決める戦いに敗北は許されない。

 その重圧をレヴァントに背負わせたのだ、負けても自分の責任にならないよう・・・呼び出した英雄の能力が劣るものだったのだと、それだけですんでしまう事を知っていたから。

 それは他の巫女も同じだと思っていた。しかし、フィオだけは違っていた。自身が呼び出してしまった少年の傷つく姿に心を痛め無事に戻ってくる事を願うその姿は少年を道具としてではなく一人の人間として向き合っている彼女の姿に魔術師として人としてあるべき姿を見たような気がした。

 たった一人の人間と向き合う事も出来ない者が大勢の人間の未来を救うことが出来るはずもなかった。

「・・・何よ、これじゃ勝負付いたようなものじゃないの」

 リューネは俯き誰にも聞こえないよう小さく呟いた。

 その時、観客達から声が上がった。リューネは慌てて顔をあげ映像をみた。

「行くぞ・・・少年」

 レヴァントは槍を掲げゼノ目掛けて投擲を放つ、それはゼノに影響を与えていた槍の効果が切れた事を示していた。

 ゼノは竜殺しの槍がレヴァントの手から放たれた瞬間、治癒強化を再び解放し槍を薙ぎ払った。宙を舞った槍は大剣と同様レヴァントの手を離れその形を保てなくなったのか霧のように霧散した。その一方傷を癒したゼノはレヴァントへと飛びかかる、疾風のごときその動きに衰えはなくレヴァントの死角へと回り込み剣を打ち込んだ。

 その動きに遅れることなく今度は大剣を呼び出したレヴァントは両腕に力を込め振り上げる、放たれた一撃は先に打ち込んできたゼノの剣を押し返す。それどころか魔力によって強化された剣にヒビをいれそのままゼノを吹き飛ばした。

「くっそ!」

 ゼノは空中で体勢を整えようとしたがそれより早くレヴァントはゼノの頭上へと飛びかかり剣を振り下ろした。

「!」

 ゼノは咄嗟に剣を盾に斬撃を受け止めるがそのまま地面へと叩き付けられる。

 その衝撃で地面は砕け爆音と共に土煙が上がりゼノの姿は見えなかったが、煙がはれない中で鎖が巻き付けられた剣が凄まじい速さで飛び出してきた。剣は大剣の一撃に堪えられなかったのか亀裂が入った部分から折れていたが魔力の輝きによりまだ武器としての特性をギリギリで留めていた。

 しかし、レヴァントは大剣ではじく事なく柄をつかみ取り鎖ごとゼノを引き寄せた。煙からでてきたゼノは額から血を流していたがレヴァントを見据える深紫の瞳から戦意は消えていなかった。

 レヴァントは引き寄せたゼノの頭上目掛けて斬撃を放つ、ゼノは魔法衣の袖に隠していたい折れた刃先を一瞬早くレヴァントの眉間目掛けて放つ。そのため、レヴァントは剣を振り下ろしながらも放たれた刃を躱す・・・しかし体勢が崩れてしまったため大剣の速度が僅かに衰える。

「今度はこっちの番だ!」

 ゼノはその一瞬の隙を見逃さなかった、ゼノの中指と剣を繋ぐ鎖はその長さを倍にしレヴァントの剣に巻き付く。竜殺しの大剣でもゼノの鎖は断ちきれずその刃を封じられた。ゼノは切れることのない鎖で封じた剣に右足を絡ませそのまま流れるように左で放った蹴りを顔面へとたたき込んだ。

「があっ!」

 例え武器を振るう事は出来なくても強大な魔力で強化された肉体はそれだけで充分な武器となる。そのためほんの一瞬ではあるが脳しんとうを起こしたレヴァントの視界からゼノの姿が消える。

「ぐっ・・・何処に!?」

 そして自分の身体が動けないことをすぐに察知した、剣に巻き付いていた鎖はその長さをましレヴァントの肉体をも縛り上げていた。鎖に気を取られたがすぐに自身の背後にゼノがいることを理解した。

「もらった!!」

 ゼノは気合いと共に拳を放った、その一撃は不安定な足場でありながらレヴァントを苦悶の表情へとかえるに足りる一撃だった。その拳は肉を潰し骨を砕きレアヴァントを地上へと打ち落した、その衝撃はレヴァントの一撃を超えるものだった。

 さっきとは反対の状況になったがゼノは追い打ちをかけることはせず巻き付けた鎖を戻し折れた剣を構える。

(・・・思ってたよりきつい、さすがに英雄って呼ばれるだけのことはある)

 ゼノを包む魔力の揺らめきが大きくなる、対魔術師用術式が維持できなくなってきていた。額から流れる血の量もひどくなっていおり、視界も出血のせいでブレ始める。

「ハア・・・ハア・・・」

 ゼノの疲労は明らかだった。追い打ちを掛けなかったのではなく出来なかったのだ、治癒術式を組み込んだ鎖もいつの間にか右手に戻っていた。

「・・・大したものだな」

 煙の向こうに強大な魔力を感じた、それはレヴァントとはまったく別の魔力。その異質な魔力は二人の魔力を越えるものだった。

「力を隠し弱った状態でこれか・・・・・・恐ろしいものだ。だが、命を掛けた闘いで全力を尽くさぬのは弱さでしかないぞ!!」

 ドオオォォン!! 

 爆音と共に煙を貫いた閃光は地面を抉りながらゼノへと飛翔した、ゼノは咄嗟に剣の腹で受け止めるがその勢いと威力に押され地面を滑るように外壁へと激突する。ゼノが受け止めたモノのその威力は客席の障壁を破壊するほどの威力だった。

 幸い障壁と相殺する形になったので観客に被害は出なかったが、観客も障壁側の観客席から慌てて離れる、近くにいた者達に関しては顔を青ざめさせ中には腰が抜けたてなくなった者に手を貸して避難している者達もいた。

 そんな中でレヴァントは煙の向こうにいるゼノに声を掛ける。

「これが私に『竜殺し』の称号を与えた宝具の一つであり所持する者の中で最強の宝具・・・魔銃『リンドブルム』だ、討ち果たしてきた竜の魂を喰らい弾丸として放つ・・・威力は見ての通りだ」

 レヴァントの手には曲銃が握られておりそのストックは竜の骨で銃身は竜の血を混ぜ込んだ鋼でそして銃そのものを守るために竜の鱗が銃全体を包み込んでいた。

「・・・それがあんたの切り札ってわけか」

 煙の向こうから静かに歩み出るゼノ。弾丸を受けたゼノの身体は肉体強化と魔法衣のおかげで軽い打ち身で済んでいたが弾丸を受け止めた両手は皮膚が焼けただれ血が溢れていた。

 直撃していたら勝負は決まっていただろう。

「今のが私の全力だ、これでも本気を出す気はないか?」

「・・・・・・・・・・・・」

 ゼノは静かに眼を瞑り対魔術師用に解放した術式とは別に機能している術式の運用率を確かめた、昨夜の休息もあり鎖の形成まであと少しの所まできていた。しかし、今の状態ではレヴァントの銃撃を凌ぎ切る事はできない。

(あと少し・・・あと少しで奴と戦えるだけの魔力が戻る、あと少し何とか持ちこたえないと・・・)

 ゼノは静かに息を吐きゆっくりとレヴァントを見据えた。

「期待してるとこ悪いが・・・これが、今の俺の本気だ」

「・・・そうか、あくまで奥の手は隠しておくということか。それは戦略としての判断か?」

「・・・どうかな」

 ゼノは砕けた剣を捨て傷ついた拳を握る、痛みに耐え握った拳から血が滴り落ち震える程の痛みが指先に走る。

「隠しておきたいのなら隠しておけ・・・だが、素手で受け止められると思うな!!」

 魔銃を構え狙いをゼノに合わせる。

装填竜魂弾ドラゴジェッタ・バレット!!」

 魔銃の銃口に弾丸となった竜の魂が次々と収束していく、ゼノは一瞬だけ背後に視線を配りすぐに宙へと飛び上がる。

「逃げても無駄だぞ、少年!!」

 凄まじい速度で打ち出された弾丸は甲高い銃声を闘技場内に響かせゼノへと射出される、銃を知らないものはいない。弾が尽きれば銃は使うことができなくなるのは常識であったが魔銃を握るレヴァントの表情は変わらず、弾切れを気にしていないのか何の躊躇いもなく引き金を引き続けていた。

 使い切れない程に刈り取った竜の魂。このまま撃ち続けてもゼノが力尽きる方が早いことを知っているが故に切り札たる魔銃をみせたのだろう、ゼノを狙い追う銃口は離れることなく竜の弾丸を撃ち続ける。

「弾切れは無しか、やっかいな宝具だな!」

 ゼノは撃ち出される弾丸をギリギリの所で避けていくが次第に避けきれなくなってきたのか弾丸が当たり始めダメージが蓄積していった。レヴァントもゼノの一撃で致命傷とまではいかなくともそれなりにダメージはあるはずだが、それを考えても二人のダメージは比を見るより明らかだった。

「いつまで保つかな?」

「くっ!」

 引き金を引くレヴァントの指の速度がさらに上がる、ほとんど同時に引いているようにしか見えないその連射速度は確実にゼノを追い詰めていく。

(くそ! 魔力を溜めるどころの問題じゃないぞ・・・このままじゃ確実にやられる)

 ゼノの頬には額から溢れ落ちる血と汗が滝のように流れていた、出血量も時間が経つにつれ酷くなり弾丸を避け続けていることで体力と魔力の消費が一気に加速する。

 レヴァントが放つ弾丸はいつゼノを捉えてもおかしくなかった。

「このままじゃやばい・・・どうする!」

 ゼノは残っている魔力で勝つ術を考えるが相手は英雄と呼ばれた魔術師・・・思いついていればすぐに実行しているとはいえ、このままでは確実に敗北する。

 そうなればフィオがまた他の巫女達からまた罵声を浴びることになる、負けるわけにはいかなかった。

 ゼノはほんの一瞬だけ特別席にいるフィオを見た、フィオは眼に涙を浮かばせ何か喋っているようだが銃声で聞き取ることはできなかった。

 ――それが致命的となった。

 フィオが涙を浮かべた姿を見て動揺してしまったのだ。時間にすれば数秒もないだろう・・・たったそれだけの時間でレヴァントはゼノの背後へと飛び上がり魔銃を構えていた。

「余所見をしている暇はないだろう?」

「しまった!!」

 ゼノはその場から離れようとして動きを止めた。

 避けられないのではなく避けることができなかった、何故なら背後にフィオ達がいたからだ。射線上にいるためレヴァントからフィオ達の姿は見えておらずなんの躊躇もなく魔銃の引き金を引く。

「待っ・・・!」

 ゼノの声をかき消すように銃声が鳴り響き弾丸が放たれる、ゼノは残っている魔力の全てを肉体強化にまわし銃弾を弾き続ける。

 焼けただれた手の皮は熱量に耐えきれずに焼かれ放たれた衝撃を受け止め続ける骨は軋み悲鳴を上げる。放たれた弾丸はゼノの手によって被害が出ないよう闘技場の地面に落ちていくがそれでも防ぎきることはできず爆炎と黒い煙がゼノを包み込んだ。

「ゼノさん!!」

 その光景にフィオが悲鳴を上げる。

 フィオの声に応えるように目の前に拡がる黒煙の中からボロボロになったゼノが地面に吸い込まれるように落ちていく。

「・・・レヴァントの勝ちね、あれじゃもう戦えないでしょ」

「ゼノさん・・・ゼノさん!」

 フィオは涙を流しながら祈るように手を握りしめた。リューネはそんな彼女に声をかけた、言葉は悪かったがその声には真摯に二人を心配する声音だった。

「心配しなくても終わりよ・・・ささっと、あの子の所に行きなさい。あんなにボロボロじゃ誰がどう見ても結果は分かりきってるわ、・・・審判も止めるでしょうしね」

 リューネは静かに立ち上がり視線を合わせずフィオに手を差し出す。

「ほら・・・いつまで泣いてるの! 行くんでしょ!?」

「はい!」

 フィオはリューネの手を取り椅子から立ち上がった、ここで泣いていてもゼノの傷を治すことはできない。すぐにゼノの元へ駆けつけなければ・・・・・・。

 フィオ達が傷ついたゼノの元へ向かおうとした時、また歓声が響いた。

 勝者となったレヴァントに賞賛の声を上げているのだろうとリューネとフィオは空に映し出された映像を見て・・・言葉を失った。

「嘘・・・でしょ・・・」

「そんな・・・あの傷で」

 二人の眼に映ったのは観客の賞賛に答えるレヴァントの姿などではなく、震える足で立ち上がったゼノの姿だった。

 頭から流れる血と砂で汚れた銀髪をなびかせ、疲労とダメージで傷みきった身体で立ち上がり息は過呼吸と思えるほど荒く・・・銃撃を受け止めた両手は焼け焦げ纏っている魔法衣の袖は焼け落ち、あらわになった両腕も酷い火傷を負っていた。

 その状態でもゼノの眼には強い意志が宿っていた、まだ勝つ事を諦めていなかった。

「もういい! もういいんです、ゼノさん!! もう戦わなくていいんです!!」

 フィオはできる限りの声でゼノに呼びかける、しかし離れた観客席からでは他の声にかき消されゼノの耳に届くことはない。

 届くことがないとわかっていてもフィオは声を掛け続けた。

 そんな中、レヴァントはゆっくりと銃を構える。狙いはもちろんゼノに合わせていた。

「・・・何故、立ち上がる。その身体ではもう戦えないだろう?」

「泣かれると・・・思って、なかったからな」

「何?」

 ゼノはゆっくりと顔を上げる、その表情は苦悶に満ちていたが傷の痛みからではないようだった。

「英雄でも・・・ない、俺の為に涙を流してくれる女の子がいる」

「それが何だというのだ?」

「思い出したよ、俺が戦う理由を・・・・・・・・・」

「・・・何を言っている?」

 ゼノの魔力はほとんど底を尽きかけていた、蒼い光も今はにじむ程度しか見えなかった。

「俺は、・・・誰かに笑って欲しかった。俺に笑顔を見せて欲しかっただけだったんだ・・・それが俺の戦う理由なんだ」

「・・・ではあの少女の笑顔の為に?」

「ああ・・・少なくても『今』はそうだ、ここは俺にとって平和な時代だ。・・・戦う事も戦う理由もなくなったと思った・・・でも、フィオが泣いてる。あいつの泣き顔なんか見たくない・・・・・・フィオの笑顔が見たいんだ」

 出会った時に見せてくれた笑顔は今でも覚えている、こんな自分に向けて笑ってくれたフィオの笑顔は心を包み込んでくれるような・・・優しい笑顔だった。

(その笑顔を見せてくれたフィオが泣いているんだ・・・負けるわけにはいかない!)

 ゼノは右手を静かに掲げる、右手に残っている最後の鎖に意識を集中すさせる。

「俺はフィオの使い魔だ・・・だから、フィオが泣かなくても良いように俺は俺の全てを掛けて、フィオを護る!!」

 最後の鎖に亀裂が走り砕け散る。それはウィルに掛けられていた呪いを払った時と同じだった。

「やっと、本気になったか」

「先に言っておく・・・見せてやれるのは一瞬だけだ」

「それで充分だ」

 消えかけていた魔力が一気に膨れあがる、纏っていた蒼光も輝きを取り戻す。

「・・・・・・我が血肉は鞘・・・我が魂は刃・・・・・・」

 鍵としての言葉を紡ぎ想いを形と成す・・・剣の柄が姿を現し、ゼノは掲げた腕で背にある柄を握りしめる、波紋の鞘に隠れた刀身を頭の中で思い描き魂で形造る。

 その波紋から溢れ出る紅い輝きがゼノを照らす。

「・・・我が幻想を纏いて集え! 神を討ちし六霆ノ剣!!」

 ゼノは声と共に背の柄を引き抜く。その瞬間、紅く輝く刀身が姿を現す。

「『炎霆剣・紅蓮』!!」

 その剣から溢れた光は一気に沈静化しその輝きを刃に変えた、紅を纏った刃からにじみ出る光は静かではあったがその名の通りの特性を体現していた。

「その身に業火を宿して燃え盛れ、そは全てを焼き尽くす幻想なり!」

 紅蓮の刀身から溢れ燃えさかる炎は大気を燃やし周囲の土が焦がす。その炎が揺らめく度にゼノの魔力も急激に上昇していく、その光景を眼にしただけで重圧に押しつぶされるような錯覚を感じるほどに・・・。

「これほどか・・・これほどの力を持った魔術師と戦えるとは感慨無量だ、少年!!」

 レヴァントは喜びに満ちた表情で死闘を共にしてきた魔銃を構え直す、その銃口にはすでに弾丸が集まり始めていた。

「今こそ力の全てをぶつけ合おう! 少年!!」

 レヴァントが歓喜の声を上げ銃の引き金を引こうとしたその瞬間、ゼノの姿が消え鮮血が吹き出る。その血は間違いなくレヴァントの物だった。

「・・・何・・・・・・だと・・・」

「言ったはずだ」

 その声はレヴァントの背後から発せられた。

 そこに居たのは紅い刀身が消えた剣の柄を手にしたゼノだった。

「一瞬・・・だってな」

「ふ・・・・・・」

 レヴァントは膝から崩れ落ちるように倒れたのだった。

 倒れた英雄の表情は満足げだった。

「まさか・・・この私がたった一撃で破れるとは・・・」

 レヴァントとは仰向けにになり空を見上げる、傷から血が流れるが構わなかった。

「油断は無かった、いつ何時打ち込まれようと受け切り撃ち返す自信はあったが・・・ただ見えなかった」

 身体には力が漲り心には勝利の意志が満ちていた・・・それでもゼノの動きを眼で捉える事も反応することもできなかった、幾多の闘いを死闘をを切り抜け英雄と呼び称えられた。自他共にフリーデン最強の魔術師として生涯を生きた・・・ゼノの力はそんな自分を遙かに超える物だった。

「強いな・・・少年は」

「そう・・・でもないさ、俺の方がボロボロだ」

「はははっ・・・確かにそうだな」

「あんたも充分強いよ・・・さすが英雄だ」

「今は皮肉にしか聞こえんよ」

 ゼノとレヴァントは互いに小さく笑い合った。そして・・・レヴァントの右手から魔銃が消えた。

「私の負けだ・・・少年」

「そっか。・・・なら、俺の勝ち・・・・・・だ」

 戦いが終わり緊張が解けたのかゼノはそのまま地面に倒れ込んだ、術式も消え右手には全ての鎖が戻っていた。意識も薄れていく中、誰かがゼノの名前を呼んでいた。

「ゼノさん!!」

「おお・・・フィオか、・・・・・・勝ったぞ」

 側に駆け寄ってきたフィオに声だけで返事を返すゼノ、薄れていく意識では身体を動かす事はままならなかった。

「そんな事より、はやく・・・はやく傷を治さないと!!」

 フィオはローブの中から魔法薬を取り出す。

「飲めますか!?」

「口に・・・れて・・・れ」

「ゼノさん!!」

 フィオは急いで薬をゼノの口に流し込んだ、何とか完全に意識を失う前に飲ませることができた。

「にが・・・」

「大丈夫ですから・・・もう大丈夫ですから喋らないでください!」

「ああ・・・寝るよ、お・・・すみ・・・・・・」

 ゼノはそれだけ言うと静かに寝息を立て始めた、すでに魔法薬の効果で出血も治まっていた。

「よかった・・・ゼノざん、本当に・・・・・・」

 レイリアは血で汚れることなどかまわずゼノを抱きしめた、その光景に一緒に付いてきたリューネとその横で倒れているレヴァントが苦笑する。

「申し訳ない・・・負けてしまいました、主よ」

「見ればわかるわ・・・お疲れ様、レヴァント」

 リューネはレヴァントの傷に手を翳す、治癒魔法を掛けるが隣にいるフィオのようにすぐに効果は現れなかった。

「ほんとあの子の言う通りだわ・・・」

「主?」

 リューネは憂いを帯びた表情を見せた、ゼノの言葉を思い出しているのだろう。

「私よりアドレットの方が全然すごいわ・・・」

 小さく微笑みレヴァントの治癒に集中するのだった。

 その隣で、フィオは抱きしめたゼノの温もりに安堵した。あれだけの傷を負いながら戦うことを止めようとしなかった時はどうすればいいのかわからなくなったが・・・今はただ感謝したかった。

 自分の為に戦ってくれた事に・・・。

 自分と契約を交わしてくれた事に・・・。

 そして、自分と出会ってくれた事に・・・・・・。 

 フィオは頬を朱く染めながら静かにそしてゆっくりとゼノを抱きしめる力を少しだけ強めた、少しでもゼノの温もりを感じていたかった・・・・・・。




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