第一章 二節 力の片鱗
――アドレット邸・夜
ゼノはフィオに連れられ家に向かった。王が住まう城と比べるのはあまり意味がない事だが、フィオの住む家・・・もとい屋敷もなかなかの物でバロック風の外観を構築していた。内部も立派な外観に違わす豪華な造りだった、木材も黒炭が使われていた。
そんな屋敷で豪勢な食事を終えた後、数ある部屋の一室をゼノはあてがわれた。屋敷と同様で室内にはバッロク調の家具が置かれいる、窓は大きく取ってあり調度類も完璧の揃っておりベッドルームは別室・・・この優遇されすぎな部屋を目の当たりにしゼノは唖然としたのだった。
「広いな」
ゼノは椅子に座りながらため息混じりで呟く。雨風が凌げれば良いと言ったのだがまさかこんな部屋を提供されるとは思ってもいなかった。
「英雄と呼ばれる方々をお持てなしする様に作ったお部屋なので不自由は無いと思います。でも、何か不満があったら・・・」
「ないない、文句なんか出ないよ! それどころか使うの勿体ないくらいだ」
ゼノは改めて周りを見る。
「それに、フィオが主なんだ。英雄でもない俺に気なんか使わなくても良いんだぞ?」
「いえ、私が間違って呼び出してしまったんです。・・・契約はしましたけど、主とか使い魔とか気にしないで下さい。私もそちらの方が気を遣わなくてすみますから」
「フィオが良いなら・・・良いんだけどさ」
ゼノは苦笑しながら頭をかいた。立場的には仕えているのは自分なのだからここまで親切にしてくれなくても良いのにと思うがここは厚意を素直に受け取るこ事にした。
「そうそう、気にしなくて良いわよ。今日からここで一緒に暮らすんだから、気を遣いすぎる必要はないからね」
ゼノの前にはティーセットが用意されており、カップには琥珀色の液体が注がれていた。
「ありがとう、ターニャさん」
慣れた手つきで紅茶を注いだのはフィオの母親である、ターニャ・アドレット・・・普段屋敷にいないグレイブの代わりに管理を任されている。
フィオはターニャ似のようで髪と眼の色そして居るだけで周りの人を癒す雰囲気まで似ていた。
ターニャは優しい笑みを溢す。
「紅茶って言うのよ、飲めるかしら? 熱いから気をつけて」
ゼノはカップを手に取り、紅茶を一口啜った。カップもそうだが見た感じかなりの高級品のようだ。しかし、紅茶の善し悪しがわからないので正直な感想を言うことにした。
「何か変わった味だ」
「はは、初めて飲むのだから仕方ないか」
グレイブも椅子に腰を掛けゼノと同じ紅茶を飲んでいた。部屋には3人の他にもう一人小さな子供が座っていた、名前はウィル・アドレット。
フィオの弟でまだ五歳の子供だがゼノに興味津々の眼差しを向けていた、子供でなくてもゼノのような過去から来た人間に興味は抱くだろう。
グレイブはカップをテーブルに置いて手を膝の上で組んだ。
「話は変わるけど、ゼノ君は過去の時代の住人で『英雄の書』に載る事の無かった魔術師・・・で良いのかな?」
「そうだな」
ゼノは紅茶を飲みながら返事を返す、大まかな解釈なら今言った通りだった。
「それで酷い傷を負っていたようだけど・・・何があったんだい?」
「私も気になります!」
二人の言うとおりゼノは重傷と言える傷を負っていた、簡単にとは言えフィオに応急処置をしていなければ今頃こうして立っていられない程の大怪我だった。
「ああ・・・フォオに呼び出される直前まで戦ってたんだ、フリューゲルってやつとな。そいつ結構強くて、俺もフリューゲルと闘った時は弱ってたから封印するのがやっとだったけど」
そして封印し終わった後、妙な光に包まれ気を失い眼が覚めたら城の牢屋に幽閉されていたのだ。
「そのフリューゲルとは悪魔の類なのかな?」
「厳密に言えば違うけど・・・解釈は合ってる」
「封印はどれくらい持つ物なんですか?」
「だいたい二百年くらい、あとは・・・俺の時代の魔術師達が引き継いで封印してるはずだから解けてはいないと思うけどな?」
この世界にフリューゲルの魔力は感じられない、封印が解けていれば世界に何かしろ影響が出る。フィオ達がいるこの時代まで大きな騒ぎがないと言う事はまだ封印は続けられているはずだ、封印が解けていれば此処で紅茶など飲んでいられないだろう。
「フリューゲルか・・・この国に封印されている悪魔達の中にそんな名前の悪魔はいないから他国の管轄になるね。でも、封印は解けていはいないみたいだし心配はないだろう」
「なら安心ですね」
「しかし、二百年間の封印魔法・・・それ程強力な魔法が使えるなら『英雄の書』に名前が刻まれていてもおかしくないと思うんだが・・・」
グレイブの指摘は最もだった、フィオ達が生きている現時点で二百年にも及ぶ封印魔法を掛けることが出来る人間は大賢者クラスの魔術師か英雄くらいな物である。
ゼノの話が本当ならその強力な魔法を弱った状態で行使したなら確実に大賢者クラスの魔力の持ち主である、『大騎士』の位に就いているグレイブでも万全の状態で無ければ使えるかどうかも怪しい。それを使ったと言うのだからゼノの力はホンモノだと言うことになる。
「ねぇ、お兄ちゃん!!」
「ん?」
ゼノの前でグレイブ達が真剣に議論している中、ウィルがゼノの元へ寄ってきた。その輝く双眸は好奇心で一杯だった。
「たたかってる時って怖くなかった? あくまは強かった? どんな魔法使ったの?」
次々と出てくる質問にゼノは苦笑する、この年頃の子供は興味があるものに飛びつく傾向がある。王に仕える魔術師の家系でもそれは変わらないらしい。
(まあ、隠してるわけじゃないし・・・別に良いだろう)
ゼノはウィルの好奇心を満たしてやろうと話し始めようとした時、ターニャがウィルを嗜める。
「駄目よ、ウィルちゃん? そう言う事は御前試合が終わるまではゼノちゃんとフィオちゃんだけの秘密なんだからね」
「えー! ぼく、お姉ちゃんが英雄さん連れてくるって言ってたから楽しみにしてたのにー」
ウィルは頬を膨らませる、その横でゼノは表情を固めたまま紅茶を啜る。
(・・・危なかったー! 話すところだったぞ。まさかそこまでしなきゃならないとは・・・)
ゼノは冷や汗を流しながら紅茶と共に言葉を飲み込むことにした。フィオがレヴァントの事を知っていたので別に隠すことでもないと思っていたが・・・どうやら違ったらしい。
「ぼくだってお兄ちゃんと仲良くなりたいんだよ?」
「さっきののこと以外ならいいわよ」
「それじゃ、つまらないよ!! 英雄さんに会うだけでもすごい事なん・・・だよ?」
ウィルはふいに胸元を押える、顔色も少し青くなって来ていた。
「どうした、ウィル?」
足に力が入らないのかそのまま倒れ込む。
「!」
ゼノはウィルが床に倒れる前に身体を抱きかかえ眼を見開いた。外見的には息を荒くし苦しそうにしているが・・・それだけでは無かった。
(この感じ・・・まさか!)
ゼノは慌てて側に来たグレイブ達にウィルを預けた。
「驚かせてすまないね、ウィルは身体が弱くて少しでも興奮すると倒れてしまうんだ」
「大丈夫なのか?」
「心配いらないよ、薬を飲めば治まるから」
「ウィルちゃん、お薬飲みましょうね」
「・・・うん」
グレイブは苦しそうに呼吸を繰り返すウィルを抱きかかえターニャは二人の後を追った。
ゼノは二人の気配が消えたのを見計らってフィオに話しかける。
「ウィル・・・生まれた時から身体が弱いのか?」
ゼノは残ったフィオに言葉を掛ける、フィオも後を追いたがっていたがとりあえず確認しておきたいことがあった。
「いえ・・・二年前位からです、急に胸が苦しいっていって倒れたんです。それ以降痛みが酷くなっていくみたいで今ではお薬がないと痛みが治まらないんです」
「医者は何て?」
フィオは暗い表情で首を振った。
「原因はわからないんです。ウィル以外の方も罹っていて身体には何の異常もないのに胸を締め付けるような痛み、激しい動悸と目眩。それに呼吸が弱くなるんです・・・治療法が見つからなければ危ない方もすでに何人かいます」
フィオはその何人かにウィルも入っている事は口にしなかった。
「魔法でも駄目なのか?」
「はい、名高い治癒術師の方でも駄目でした。賢者様達もこの病を重く見て治療法を探してくれていますが・・・でも、まだ・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
フィオはグレイブ達が出て行った扉に何度も視線を移す、倒れたウィルの事が心配なのだろう。これ以上は引き留めておく事は出来なかった。
「あと寝るだけだから、フィオもそばに行ってやれよ」
「ありがとうございます、何かあったらメイドに声を掛けて下さい」
「わかった」
フィオは頭を下げ急いでウィルの元へ向かった、残されたゼノは窓から見える星空に鋭い視線を向ける。
(・・・アレは機能してる。魔力も感じない・・・でも、ウィルから感じたのは間違いなく奴の気配だ)
ウィルを抱きかかえた時、封印したはずのフリューゲルの気配がウィルの身体の中から感じた。封印が完璧に継続されているなら人間達に害を為すことは出来ないはずだ。
「封印が解けてるのは間違いないか・・・」
問題は封印が解けているのに何故世界に顕現していないのか、フリューゲルの魔力を感じないのか・・・。疑問だけが頭に浮かぶ。
ゼノとの戦闘で受けた傷を癒すために身を潜めているなら攻め込むべきだが居場所がまったく掴めない、何か別の目的があるのならそれを止めるべきなのだが・・・今のゼノではこのどちらも対処する事は出来なかった。
ゼノは左手の鎖を見つめる、左手に形成されている鎖は親指から手首まで伸びるこの一本だけである。
「・・・どうしたもんかな」
ゼノは空を見上げながらため息混じりにそう呟いた。
その夜・・・ゼノはフィオ達が寝静まった頃を狙い、部屋をこっそりと抜け出しウィルの寝室へと向かった。途中、メイド達の気配を感じたので物陰に隠れながらやり過ごした。
「ここだな」
ゼノは周りを確認してから音を立てないよう静かに寝室の中に入った、部屋の中にはウィルの他に誰もおらず好都合だった。
ゼノはウィルを起こさないよう忍び足でそっと近づく、症状がまだ治まりきっていないのか息が荒く額からは汗が滲んでいた。
「大人でもきついだろうに・・・よく頑張ったな」
ゼノはウィルの額に優しく手を置いた、熱は無いようだが息苦しさのせいか顔が少し赤かった。
「病気って言うよりは呪いなんだよな、これ」
「・・・のろ・・・い? なにそれ」
「・・・起きてたのか?」
「うん・・・」
ウィルは咳き込みながら身体を起こそうとする。
「寝てろ、そっちの方が楽だろ?」
「わかった・・・でも、お兄ちゃん何でここにいるの? お話しにきてくれたの?」
「それは後だ、今ここに来たのはお前を治してやろうと思ってな」
「治るの、ぼく?」
「ああ」
ウィルは苦しそうではあったがその眼には喜びの色が浮かんでいた。
「ぼく、治ったらたくさんしたい事あるんだ・・・お外に出でみんなと一緒にかけっことか木登りとか。あとは川で水遊びとかしたいんだ・・・」
「やりたいことたくさんあるんだな」
「うん!」
この呪いのせいで激しい運動は控えていたのだろう、この年の子供は友達と一緒に外で遊びたいはずだ。治るとわかれば今まで出来なかった事をしたいと言い出すのは当然だった。
「治してやるけど・・・一つだけお願いがある」
「おねがい?」
「そうだ」
ゼノはウィルの横に座り困惑している瞳を見つめた。
「俺がここに来た事・・・内緒に出来るか?」
「なんで?」
「ずっと内緒にしろってわけじゃない、御前試合が始るまでの間だけで良いから内緒にして欲しいんだよ」
ターニャのあの発言を考えれば今のところ自分の力は対戦相手になるリューネ達には知られていない、今思えばグレイブに止められたのも御前試合には有利に働く。
つまり、対戦相手になる巫女や英雄達から『油断』というアドバンテージをえることが出来る。最初の一試合でしか使うことは出来ないだろうが総当りというルールを考えれば連続で試合をする事はないだろう、最低でも数日は間を置くはず。そうであれば今から消費してしまう分の魔力も回復できる、欲を言えば御前試合の期間中に魔力を万全な状態まで取り戻す事ができれば尚良い。
「そうすれば大好きなお姉ちゃんが優勝するかもしれないぞ?」
「ほんと?」
「ああ。こう見えて俺、強いんだぜ!」
「じゃあ・・・ゆびきりしよう」
「ゆびきり?」
ゼノはウィルが差し出した小指をじっと見つめる。
「やくそくする時するんだ・・・手だして」
ゼノは何をするのか分からなかったが黙って右手を差し出した、ウィルは差し出された右手の小指に小さな指を絡めた。
「これで良いのか?」
「うん・・・それ・・・でね・・・」
ウィルは開いている左手で胸を押える、倒れた時と同じようにフリューゲルの気配が大きくなるのを感じた。
「・・・っ! ・・・いたい・・・いたいよ・・・!」
ウィルは涙を流し痛みに耐える、その痛がり様は前よりも症状が悪化している事を教えていた。
「急がないとやばいか!?」
ゼノは指を解き右手をウィルの胸の上に置く、手のひらに伝わる鼓動は弱々しく今にも止まってしまうのではないかと思えた。
「今、治してやるからな」
「う・・・ん」
ゼノの眼が鋭さを増す、それと同時に右手に形成されている全ての鎖が一気にはじけ飛ぶ。鎖がはじけ飛んだのを合図にしたかのようにゼノの肉体を蒼い光が包み込み部屋の中を蒼光で照らした、解放されたその魔力はレヴァントの魔力を上回る程の強大な魔力だった。
「さすがに気付くか・・・」
フィオ達がこの部屋に集まってくるのが分かる、フィオ達の魔力を探知し時間が無い事を再確認する。自分の魔力とフリューゲルの力がぶつかり合えば、その余波で部屋が吹き飛ぶ可能性がある・・・巻き込むわけにはいかなかった。
「加減はしてられないしな」
ゼノは立ち上がり右手をかざし息を整える。
「・・・・・・我が血肉は鞘・・・我が魂は刃・・・・・・」
その言葉がそのまま形となるのようにゼノの背に剣の柄が姿を現す。背中だけでなく腰の後ろと両側、右手首の上部と左手首の下部・・・計六本の柄が形成される。そのどれもが刀身が無く柄の先は空間に波紋を立たせていた。
その波紋が強くハッキリと認識できる様になるにつれ部屋の壁に亀裂が走り大気が震え出した。
「・・・我が幻想を纏いて集え!!――」
ゼノは左手首の柄を握りしめる。
今度は左手に残されていた鎖がはじけ飛び、纏っていた魔力が一気に膨れあがり閃光がゼノとウィルをを包み込んだ。
その光は爆音と共に部屋の外壁を粉砕し、放たれた閃光は星々が輝く空を穿つように昇り光の柱を成したのだった。その輝きは夜空で輝くどんな光よりも美しかったが次第に薄れていき再び星達が輝きだした。
「・・・・・・これで、ひとまず大丈夫だろう」
ゼノは額に浮かんだ汗を拭う。ウィルは気を失っているのかゼノの声に反応することはなかったが、その呼吸は落ち着きを取り戻し苦悶に満ちていた表情は嘘のように穏やかな寝顔を見せていた。。
「あとは・・・フィオ達に気付かれないように戻らなきゃな」
ゼノは壊れた外壁を眼にし頭を抱える。ウィルに黙っているように約束させた一番の理由・・・それは壊れた外壁の修理代を払う事が出来なかったことだ 、いくらウィルを呪いから解放したとは言えすでに住まわせてもらっているのだ・・・部屋の外壁を壊してしまった時点で恩を仇で返してしまったようなものだった。
ゼノは眠っているウィルに一言、声を掛ける。
「おやすみ、ウィル・・・」
ゼノは外壁から飛び降りその場を後にしたのだった。部屋に戻る途中でフィオ達が眼にした惨状に悲鳴の声を上げるのが聞こえた。
ゼノは罪悪感を感じながらやっと一日を終えたのだった。
次の日の朝、ゼノはなにくわぬ顔で部屋を出ると鎧を身につけた兵士達が忙しそうに走り回っていた。
(ああ・・・やっぱり、騒ぎになるよな)
ゼノは極力冷静を装いながら兵士達の後を追った、兵士達が向かった場所はやはりウィルの部屋だった。部屋の前にはグレイブの姿もあった。
「おはよう、グレイブさん」
「ああ! ゼノ君、おはよう・・・昨日は騒がしくしてしまってすまなかったね」
昨夜の爆発の事を言っていることはすぐに分かった。
「何かあったのか? 昨日は疲れてそのままぐっすりだったからわからないんだけど」
「そうかい? かなり大きな音も出たし、それに強大な魔力も感じられたと思ったんだが」
「はは・・・面目ない」
ゼノは内心では動揺していたが表面上はあくまで自然に振る舞っていた。ここで少しでも言葉を濁したり会話に間が開けば感づかれる可能性があるので、できる限り平静を装う事に努める。
「で、何があったんだ?」
「どうやら誰かが屋敷に入り込んだらしいんだが・・・これを見てくれるかい?」
グレイブは扉を開け室内の様子をゼノに見せた、室内は昨日の夜・・・破壊した状態で保存されており壊れた外壁の向こうには街の風景が広がっていた。
「壊れてるな・・・」
「そうなんだよ、ここで寝ていたウィルも・・・何が起こったのか分からないらしい」
「そっか・・・でもよかったな異常が無くて」
「本当にそう思うよ、しかし・・・一体何が目的で屋敷に侵入したのかが分からない。一様物取りの線で調べているんだが、何か盗まれた様子もない・・・」
「何がしたかったんだろうな、その男は・・・」
「全くだよ・・・」
ゼノは険しい表情を崩さなかったが背中に冷たい汗が流れるを感じた。
(・・・ああ、やり過ぎた! このまま騒ぎが大きくなったらやばいけど、正直には言えないし・・・どうすれば良いんだ!?)
ゼノは眉間に皺を寄せ事態の収拾をはかれないか腕を組み考える、ただ敵と戦うだけならこんなに悩む必要はないのだが・・・・・・。
そんな困惑の表情を浮かべているゼノに走り寄ってくる小さな子供がいた。
「おはよう、お兄ちゃん!」
「ウィル!?」
ウィルはゼノに飛びかかるように抱きついてきた、勢いよく抱きついてくるウィルからはもう呪いの気配は感じられなかった。
「大丈夫そうだな」
「うん、元気になった!」
ゼノはウィルの頭を撫でながら人差し指で自分の口元を押える、それがなんなのかウィウも分かっているようでゼノと同じように笑いながら指で口元を押えた。
「おはようございます、ゼノさん!」
フィオは軽く息を切らし駆寄ってきた、どうやらウィルを追いかけてきたようだ。手にはゼノが飲んだ魔法薬よりも更に濃い緑色をした液体が入った小さな小瓶が握られていた。
「走っちゃ駄目ですよ、また倒れるかもしれのに!」
フィオは息を整えウィルの目線に合わせるようにしゃがみ込んだ。
「お薬の時間だから、ちゃんと飲みましょうね?」
「お薬のみたくないよ」
「でも、飲まないと治らないですよ。我慢してください」
「えー・・・苦いのいやだよ」
だだを捏ねるウィルにフィオは苦笑しながら薬を飲むよう頼んでいた。ウィルの呪いはゼノが解いたため薬を飲む必要はないのだが・・・ここで飲ませない方が良いと言うのもおかしな話だった。
「・・・俺が飲ませてやろうか?」
「えっ? ゼノさんがですか?」
「ああ、同じ男の頼みなら飲んでくれるだろ」
ゼノはフィオから魔法薬を受け取りウィルの手を握った。
「ここだとグレイブさん達の邪魔になるから廊下にでような」
ゼノはウィルの手を引き廊下へ出た、それと同時に魔法薬の蓋を開け一気に中身を胃に流し込んだ。フィオからは死角になっているため見えてはいないはずだ、流し込んだ薬はウィルが飲みたくないというのが理解できるほど苦かった、弱冠だが涙目になる。
「お兄ちゃん!?」
「もういらないからな。ほれ、持ってろ」
ゼノは空になった小瓶をウィルに持たせた、その直後フィオが廊下へと出てきた。
「よく飲んだな、偉いぞ!」
「もう飲んじゃったんですか!?」
「うん・・・がんばった」
ウィルは戸惑いながらもフィオに小瓶を渡した。
「じゃあ、ご褒美の飴をあげましょう」
フィオはスカートのポケットから小さな飴を取り出し、ウィルの口に入れる。
「美味しい?」
「うん・・・あまくておいしい」
「よかったな、ウィル!」
ゼノは涙を拭いながらばれずにすんだ事にでホッと胸をなで下ろす。
「ありがとうございました、ゼノさん」
「世話になってるからな、薬を飲ませるくらいは手伝うよ。・・・ところでさ」
ゼノはウィルの頭を撫でながらゆっくりと立ち上がる。
「ウィルが病気になった時に、何か大きな騒ぎとか事故とか・・・そういう事なかったか?」
「急にどうしたんですか?」
「俺のいた時代だと、こういう流行病の原因は意外なものだったりしたから」
「そうだったんですか?」
「ああ、関係ないと思っててももしかしたらそれが原因かもと思って」
「二年位前の事ですか・・・・・・」
フィオは頬に手を添えて二年間の事を思い返しているようだ、ゼノの無理矢理な口実をおかしいとも思わず真剣に考えてくれていた。
「災害でも良いんでしょうか?」
「何かあったのか?」
「はい、ゼノさんが気になっている頃だと東の大国との国境で酷い土砂崩れがあったんです。道が完全に埋まってしまうくらいの土砂崩れで、二国間で協力して土砂の撤去をしたそうです」
「それで?」
「お父様がその指揮を勤めていて、その時の話だと撤去していた土砂の中から砕けた水晶が発見されたそうです」
「!」
ゼノは一瞬眼を大きく見開いたがすぐにフィオの言葉に耳を傾ける。
「すぐに封印に使われた物なのかどうか調べたそうです。でも、何かが封印されていた形跡は無かったらしくその水晶も特別な物でもなかったそうなので問題なしと判断されたそうです・・・私が思い当たるのはこれくらいですけど、何か分かりましたか?」
「・・・うーん、実際見てみないとわかんないかな」
「そうですか・・・すみません、お役に立てなくて」
「こっちこそごめんな、何か期待させちゃって・・・」
ゼノは苦笑を浮かべるがフィオの話で確証を得てしまった。
(・・・その時にフリューゲルの封印が解けたのか、ならウィルの事は説明がつくな)
二年間の間に大勢の人間から魂と魔力を少しずつ魂を奪い取り力の回復を計っていたようだ。
昨夜、ウィルの中から感じた気配は間違いなくフリューゲルのものでありウィルの魂を少しずつ削っていたのだ。呪いを解除したことでこれ以上魂を奪われる事はないだろうが魔力はすでに取り込まれているはず・・・そしてなにより、破壊された呪いをとおして宿敵がいることを理解したはずだ。
かつて封印を施した魔術師の存在を・・・。
「正確な場所は分かるか?」
「お父様なら憶えてると思いますよ、聞いてみましょうか?」
「ああ、頼む」
フィオがゼノを連れグレイブがいる半壊したウィルの部屋へ向かおうとした時、ターニャの声が聞こえてきた。
二人が振り向くと慌てた様子で走って来ていてた。
「フィオちゃん、ゼノちゃん! 大変よ!?」
ターニャは二人の元へ駆寄り息を整えた。かなりの距離を走ったらしく深呼吸を何度か繰り返した後、やっと二人に話し掛けた。
「さっきお城から手紙が届いたのよ、御前試合の日程が決まったそうよ!」
「本当ですか! 見せてください!!」
フィオはターニャから手紙を受け取った、その手紙に眼を通したフィオの表情がどんどん青くなっていく。
「こんなに早くですか! いくら何でも早すぎます・・・一体どうして?」
フィオがゼノを召喚してからまだ一日しか経っていないというのにすでに試合の日程が組まれたようだ。
急な日時決定にフィオは動揺を隠せなかった。
「日程は何時なんだ? 俺、字が読めないんだ・・・教えてくれ」
「それが・・・」
フィオは言い淀み困惑した、手紙に書かれている日にちを言葉に出来ず手紙を持つ手も震えていた。
「ゼノさん、落ち着いて聞いて下さい」
「ああ」
「・・・今日です」
「今日?」
「それもこれからすぐに始めるそうです、対戦相手は・・・リューネさん達です」
フィオの声は震えその表情はすでに負けが決まっているようなものだと言っているように暗く険しものだった。
「最初の相手が高飛車女の英雄か・・・」
ゼノは左手に眼を向ける、そこには昨夜まであった親指の鎖は何処にもなかった。
リューネ達と闘うことは願ってもない事だったが、魔力を消費してしまっている今は出来る事なら避けたかったと言うのが本音だった。
「運が良いのか、悪いのか・・・・・・」
「悪すぎますよ!」
フィオは手紙を折りたたみターニャに手紙を返した。
「とにかく急いで準備をしますから、ゼノさんはお部屋で待っててください!」
「分かった」
フィオはすぐに自分の部屋へと走り出し、ゼノも部屋に戻る事にしたがグレイブが声を掛けてきた。
「試合かい?」
「ああ、今からだってさ」
ゼノはターニャが持っている手紙を指さす。
「ゼノ君、魔法は使えるのかな?」
「まあ、それなりに・・・とりあえずは簡単に負ける気はないよ」
グレイブはゼノの言葉に笑みを浮かべる。傷はフィオが治したのは知っているが魔力は基本的に純粋な時間経過で回復するモノだ、ゼノの話を聞く限りではかなりの魔力を宿した魔術師だという事はわかった。
一日程度しか休む事が出来なかったとはいえ、魔法が使えるまで魔力が回復した事に安堵した。
「そうか・・・時間があれば私も応援に行くから頑張るんだよ」
「ありがとう。・・・でも、今のはフィオに言う事なんじゃないか?」
「そうだけど、直接戦うのはゼノ君だから間違ってはいないだろう」
使い魔として召喚された英雄達が戦い合い雌雄を決する・・・その戦いで勝利すればその英雄を召喚した魔術師は高い魔力と魔術師としての実力を認められ〈アーレア・フェーデ〉の代表として選出され民衆から称えられる。
ゼノが勝てばフィオを落ちこぼれと呼ぶ者達もいなくなる。
「だから、頑張ってくるんだよ」
「あまり無茶しないようにね、ゼノちゃん」
「お兄ちゃんなら大丈夫だよ」
ターニャやウィルも応援の言葉を掛けてくれた。
「責任重大だな・・・」
ゼノに緊張している様子はなく小さく笑みを浮かべながらグレイブ達と別れ、部屋に戻った。フィオが迎えに来る間・・・部屋の窓から試合が行われるであろう闘技場を見つめる。
この街の中でかなりの大きさを誇る建造物であるため何処にいても眼についてしまう。
(今は試合に集中しなきゃな、フリューゲルの事は気になるが・・・仕掛けてこないって事はまだ時間はある・・・って思いたいが)
ゼノは一抹の不安を抱えながらフィオが迎えに来るのをただ静かに待ち続けたのだった。
1話1話が長いので大変だと思いますがめげずに読んでいただければ幸いです!
投稿した作品を何度も確認したのですがそのまま載せているので誤字脱字があるかもしれません、その点はご容赦くださいね~