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7:夜の町の墓場鳥

 「メディアノクスへようこそ」


 そう言って迎えてくれるのは、ここまで一緒に歩いてきた少女だけ。

 夕方の街から夜の街を越え、真夜中の街まで辿り着く。


「随分と、ここも寂しい街なんだな」


 呆気にとられた少年の口からはそう出たが、真夜中の街は寂しいの意味が夕方の街とは多少異なる。

 その名の通り辺りは薄暗いを通り越してかなりの暗さ。何故かというと家がない。これの何処が街だと言うのか。家がなければ灯りもない。夜の街には建物はあった。そこには蝋燭の明かりがちらちらと、街の至る所に飾られていたがここにはそれもない。少年の目の前に広がるのは生い茂る暗い緑。街の入り口は森へと続くその道だ。


 「クックロビンは随分不思議なことを言うのね」


 鳩時計がくすくす笑う。


 「どういうことなんだ?」

 「だってここは真夜中だもの。明かりなんかあるわけないじゃない。夜だからみんな眠っているのよ」


 少女がさも当然と言わんばかりにそう言うので、ここに自分より詳しい彼女がそういうのならそういうものなんだろうと納得せざるを得なくなる。


 「さぁ、行きましょう墓場鳥さん。メディアノクスは貴方を歓迎してくれる」

 「歓迎って言われてもなぁ……」


 鳩時計に手を引かれ、少年は暗い森の中へと踏み込んだ。確かに少女の言葉通り、森は歓迎してくれている。木々が左右にその身体をしならせ道を広げて2人を迎え入れた。


 「ねぇマキナ、本当に不思議なところだよな……梟の声も虫の声もしないなんて」

 「本当の夜というのはそういうものだわ」

 「そうなの?」

 「そうよ」


 右も左も見えないような夜なのに、少年は不思議と森の様子が見えていた。どうしてこんなに目が夜に慣れているのかわからない。わからないと言えば、他にもわからないことだらけ。


 「……マキナ」

 「どうかした?」

 「君は僕が時計だって言ったよな」

 「ええ。言ったわ」

 「それってどういう意味?僕が時計だって言うんなら、僕は……それに君もだ。僕らは誰に作られたんだ?」

 「それは私も知らないわ。私を作ったのは私の父様だけど、私の父様は貴方の父様じゃないもの」


 質問をしているはずなのに、そうすることで余計に疑問が増えていく。少女の返答は言葉遊びのようなものだった。


 「でも、メディアノクスはそれを知っている。ああ、着いた」

 「着いた?」


 少女が踊るようにくるりと一回り。開けたその場所へ少年を誘う。そこにあったのは家々などではなく、沢山の十字架の並んだそこは墓地。それを目にして、夜に人々が眠っているというその意味を、ようやく少年は悟る。


 「…………この中に、僕の名前が眠っているってことか」

 「そうよ。この中のどれかが貴方の眠る場所。貴方のお家」

 「それじゃあノクス……あの通り過ぎた夜の街にあったあの蝋燭は……」

 「あれが夜の街に住む人々。消えた人はメディアノクスの土の下へと来て眠るの。だけど貴方は夕暮れに迷い込んでしまった。貴方はきっと病死や寿命ではない死因」


 死には順序というものがあると少女は言う。朝から昼へ、昼から夕暮れ…そこから夜へ、そして真夜中へ。日が傾くように命は下っていくものなのに、死んでいる少年が何故眠らずに夕暮れの街を彷徨っていたのか。その死因には鳩時計も興味を持っているようだった。


 「日付はまだ新しいはず。この中で一番新しいお墓は……これだわ」


 少女に案内された先には真新しい十字架。木の杭を組み合わせて作ったような簡単なその墓が、自分のものだと教えられてもいまいち実感が湧かないものだと少年は思った。


 「…………でもこれ墓石じゃないし、墓碑銘もない」

 「大丈夫、掘り返してみましょう!」

 「え?掘り返す?」


 死体となって腐った自分を見てしまうのでは、そんな考えが頭を過ぎる。それでもまだ死んだばかりだと言われたような気もする。一日そこらでそこまで腐ることもないかとそれを少年は受け入れる。


 「でも、掘り返して何かがわかるの?」

 「ええ。全てが解るわ」

 「それならやるけど……」


 2人で掘り返した墓の中には何もない。ぽっかりと開いた暗い穴が一つそこに横たわっているだけ。


 「何……これ?」

 「これは穴よ」

 「いや、それは見れば解るけどなんの穴なんだ?」

 「夢の穴」

 「夢の……穴?」

 「そう。完全な夢はなく、完全な現もない。忘れていても何かしら何処かで繋がっているものなんだわ。それがこの穴。ここに飛び込めば貴方は貴方を取り戻せるわ。行く?」

 「それは……」


 それは勿論。そう言いかけ、言い淀む。その穴はとても暗く、夜目の利く少年の目でも底を知ることが出来ない。二度も死ねないとは知っていても恐れを感じさせるには十分過ぎる。

 こんなに暗い先にある、自分の現はどんなものだったんだろう。

 思い出せない。それでも胸に燻る熱いものがある。それがこの身を焼き焦がすようでとても苦しい。それが怒りなのだとわかるのだ。その答えがきっとこの先にある。それを知ればこの苦しみから解放されるのだと信じたい。それでも、本当にそうなんだろうか?少年は迷う。


 「どうしたの?」

 「僕は……わからないんだ」

 「わからない?」


 墓穴を前に飛び込む勇気を持てない少年に、首を傾げる鳩時計。


 「今みたいに何も解らないまま、唯苦しいのは嫌だ。それがずっと続いたまま眠れないんだろう?僕は。ずっとそういう風にいなければならないんだろう?それでも僕はそれを知って今より楽になれるんだろうか?もっと苦しくなるのなら……僕はどうすればいいんだろう」

 「それなら簡単だわ」

 「簡単……?」

 「貴方は私を助けてくれた。だから私が貴方を助けるわ」


 震える少年の肩を強く抱き締めて、耳元で小さく少女が囁いた。


 「私は鳩時計。鳩は駒鳥の恋人なのよ」

 「え……?」


 突然の言葉に驚いた少年に冗談よと鳩時計、少女が笑う。


 「そういう歌があるんだわ。私が貴方の喪主になってあげる。貴方の望むような立派な盛大な葬式を挙げてあげる。貴方がどんな願いを望んでも、私はそれを叶えてあげる」


 だから何も怖いことなんてない。そう言って手を差しのばす鳩時計。それに応えかけ、それでもやはり少年は迷うのだ。


 「どうして君はそこまで僕を助けてくれるんだ?」


 助けたとはいえそこまで大したことはしていない。したつもりはない。だからそこまで好意的にしてもらうことに疑問を覚えるのだと少年は戸惑いがちに少女に告げる。


 「人は生きているか、死んでいるか。だから夕暮れの街はいつも寂しい」


 ぽつりと呟いた少女の言葉。それはこれまでの自身を物語るようだった。


 「貴方は私に似ているから。死んでいるのに生きている。死んでいるのに死ねずにいる」


 だから夕暮れの街に自分たちはいたのだと、悲しげに瞳を伏せて鳩時計がクゥと鳴く。


 「人は生きているか死んでいるか、真昼か真夜中にしか居られない。だから私の歌う歌はもう誰にも届かない。寂しい夕暮れの中に、唯虚しく響くだけ……ずっとずっとそんな日が続くものなんだって思っていた」


 そんな孤独を終わらせてくれた。同じ境遇の時計である少年の訪れを誰より歓迎しているのだと少女は微笑む。


 「だから私は貴方に会えてとても嬉しい。私は貴方をもっと知りたい。貴方を貴方の名前で呼んでみたいと思うの」

 「マキナ……」

 「夕暮れの街だって2人なら寂しくないわ。貴方が寂しいときは私が貴方のために歌うから」


 葬儀を挙げて現への怒りを断ち切ってから、例え眠れなくても一緒に楽しく暮らそうよ。鳩時計がそう言ってもう一度手を伸ばした。


 「……ありがとう」


 それに今度は向き合って、握り替えして応える少年。少年は残された方の手の袖で両目を拭う。

 少女の言葉に気付かされたことがあった。何も思い出せないけれど、怒り以外の心を彼女が起こしてくれた。自分はずっと寂しかったのだ。夕暮れの街の中を歩いているような感覚を、ずっと前から知っているようなそんな気がして。誰かが傍にいて笑っていてくれることが、こんなに幸せなことだったのかと気付かされた。


 「行こう、マキナ。僕も君に呼んで貰いたい」


 どんなに暗いその穴の底だって、2人なら怖くない。迷わず手を繋いで、一緒に飛び降りる。


 *


 「……ここは」


 なんだかとても懐かしい。不思議な場所だと少年は思う。

 立派でもなく広くもない小さな薄汚れた部屋だけど、不思議と温かい空気がそこにはある。2人を迎えるのは、沢山の作りかけの時計達。


 「可哀想だな、こいつらは……まるで僕らみたいじゃないか」


 未完成の時計を見つめる内に、それをどうにも出来ない自分の無力さを覚える少年。胸の内から湧き上がる得体の知れない無念さに嘆息すれば、少女がそれを否定した。


 「そう?そんなことはないわ」

 「どうして?」

 「だってこの子達笑ってる。それに眠っているだけよ。きっと良い夢を見ているのね」

 「そう……なのかな」

 「きっとこの子達は自分の父様を信じて愛していたんだわ」


 少女が誰かを褒める。それが誰かは解らない。それでもどうしてだろう。少年はその言葉に気恥ずかしい気持ちになった。


 「べ、別の場所も見てみよう。何か見つかるかもしれない」


 それを誤魔化すように扉をすり抜けると、隣の部屋の床を掃いている1人の老婆。


 「……誰か、来た?何してるんだあの婆さん」

 「部屋の掃除をしているみたいだわ」

 「こっちのことは見えてないんだな」

 「それはそうだわ。私達は違う時間に生きていて死んでいる時計だもの」

 「マキナの言うことってよくわからないないろいろ」

 「ごめんなさい」

 「いや、ちょっと慣れた」


 苦笑し合う2人の傍で、老婆は口を尖らせる。


『まったくどうしてどいつもこいつも年寄りを残して逝っちまうんだい。この婆不幸者達が』


 その横顔、老婆の目の縁にうっすらと涙が浮かんでいるのに気付いて少年ははっとする。今の言葉がまるで自分に投げかけられたような気がしたのだ。

 次の部屋に手がかりを探しに行こうと言う鳩時計に腕を引かれながらも、老婆から視線が離せずにいる少年に、此方が見えていないはずの老婆が小さく呟いた。


『店の残り物をついいつもの癖で余らせちまう。クロシェット……またあんたがふらっと帰ってくるような気がしてね』

 「ば、婆さん……」


 大きく目を見開いて涙を流す少年に、鳩時計の少女がその顔を覗き込む。


 「どうしたの?」

 「そうだ。僕は……いや、俺は……そうだ。俺はそんな名前だった。ここは……ここが、俺の家だ!」


 バタバタと家の中を走り回る少年は、間違いないと何度も口にし涙を流し続ける。やがて少年はポケットに手を伸ばして、そこに何もないことを知り……涙の勢いが増していく。


 「ごめん……父さんっ、父さん……俺、また奪われた!父さんの……っ時計っ!!」


 作業場の扉を潜り……とうとう泣き崩れ落ちた少年の身体を抱き寄せて、少女が静かに頷いてその嗚咽の声を聞く。


 「大丈夫。奪われたのなら取り戻せばいいだけ。そうでしょう?」

 「俺は悔しいよ。何も言えない。何も伝えられない」


 見えるのに見て貰えないこと。聞こえるのに聞かせられないこと。人と時計は違うから、言葉も思いも伝わらない。そもそも自分は止まってしまった時計だ。生きている人間と関わることなんか出来ない。

 溜息を漏らして、部屋を出て行く老婆の背中。それに手を伸ばそうとも、その手はすり抜けてしまう。


 「俺はいつもあの婆さんの世話になっていたのにさ……一度だってちゃんと素直にお礼も言えなかったんだ。いっつも生意気な口ばっかり聞いていてさ……」


 俺は大丈夫だよとも、今まで楽しかったよとも言うことは許されないのだ。それが死んだ人間には。その無念さに打ちのめされる。どうして自分は死んでしまったのか。その理由を思い出させる時間泥棒という言葉。


 「俺は馬鹿だ。何であんなことをしてたんだろう。時間泥棒だなんて。そんなことするより婆さんの店でも手伝ってやった方が婆さん嬉しかっただろうにさ」


 父親の跡を、その遺志を継ぎたくて。そんな独りよがりの行動じゃ、結局何も救えない。窓の外から聞こえる声は時間泥棒への嘲笑。失われた懸賞金への不満の声。

 今日寝坊してしまったのも仕事に遅れたのも、それで給料差し引かれたのも死んでしまった時間泥棒のせい。それでも昨日までの働きに誰も感謝などはしない。だって時間泥棒は泥棒つまりは犯罪者。

 他の手がかりを探そうと、少女に手を引かれて……街の中を歩くほどに、心が打ちのめされていくのを少年は感じていた。


 「俺は何で……時間泥棒なんか、やっていたんだろう。自分で自分がわからないよ」


 唯生きるだけなら他にも方法はあったはず。楽に生きる方法も、賢く生きる方法も。

 厳しい世の中で食うにも困る生活で、それでもそんな泥棒家業をどうして始めたのか。その理由を思いだしても、その頃の情熱がどうにもこうにも思い出せない。

 結末が解っているから思いだしたから。それがますますわからない。どうしてそんなことを続けられたのか。


 「貴方は死んで時計になったんじゃなくて、生きながら時計になったのね」

 「時計が作れないなら時計になればいい。そう……思ったんだろうな」


 自分のことではない誰かのことを語るように、少年は客観的にそう零す。そんな少年の言い方に、少女は小さく首を振る。


 「人は人だから人を愛する。時計は時計だから人には愛されない。利用されるだけ」


 仕方ないことだと少女は言う。それでもやるせない気持ちはまだ癒えない。


 「どうしてだろう。生きていた頃はそれでもいいと思えたんだよ。俺の自己満足で親父の無念も晴らせて、それで人のためにもなるなら……それで罪人にされても構わないって。悪いことをしていないのにそれを罪だという偉い奴らが悪いんだって、胸を張って歌って逃げて……そんな風な生き方に何の疑問も抱かなかった。あの頃はこんな苦しい心を俺は持っていなかったんだ」


 俯く少年のその顔を覗き込んで、両手を掴んで振り回す鳩時計の少女。無理矢理力づくで気持ちを振り切らせて、にこりと笑って足早に前へ誘う。


 「クロシェット、街はもういいわ。次の手がかりに行きましょう?行くべき場所は思いだしたのよね?」

 「……ああ、そうだな。………あ」

 「クロシェットって言うのよね?やっと貴方を名前で呼べる。こんな風に誰かの名前を呼べるなんて、本当に何年ぶりかしら」


 少女が本当に嬉しそうにそう語るものだから、少年も少しだけ心が浮上する。


 「マキナ……」

 「何?」

 「あのさ、……大富豪の家は、反対方向」

 「ええ!?そういうの早く言って!!」

 「ごめん」


 慌てて道を引き返す少女の姿に、少年は小さく吹き出した。


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