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28:時の在処

「答えろクロノメーカー……どこにあれを隠した!」


 怒鳴り声に、男はゆっくり目を開ける。こうして仮初めの身体を動かすのは、何世紀ぶりだろう。


「……やれやれ、寝起き早々物騒なことを言う子がいたものだ」


 頭がはっきりしている。砕いてバラバラにした魂を、集めて文句を言いに来るのは……あの子以外にあり得ないとおもったのだが。失望を覚えながらも男は相手の問いに耳を傾ける。


「お前が作った永久機関を、どこに隠した!?」

「永久機関か……そんな物が何故必要か?君は私同様、もう永遠を手にしているように見えるのだけどね」

「……」

「つまり、動機はまったく同じと言うことか」

「嗚呼、そうだ」

「そうだなぁ……永久機関なんて物、あると言えばあるし、無いと言えば全くない。その場合はどこにも無い」

「謎解きをしに来たのではないのだが?」

「そんなつもりはないさ。唯の真理だよ」


 男とて、勿論そんなつもりはない。しかし滅びない街時計は無い。それならば、永久機関など存在しないも同じ事。この子が求めているのは、無理難題であり、途方もなく果てしない問いかけなのである。

 だから男も眠っていたのだ。できる限りの手を打って、その成果が現れるまで放置することを決めたのだ。


「私達は永遠を手にしているかもしれないが、永遠の定義とは何か。それはあまりに果てしない。これまで大丈夫だってこれからどうかだなんて誰も証明できない。仮にその時計が千年動いたとしよう。ならばそれは千年時計だ。明日壊れるかも知れない。明日壊れなくてまた千年動いたとしよう。それは二千年時計であって永久機関とは言い難い。一世紀生きるか生きないかの人間からすれば、それは永久機関と呼べるのかも知れないが、正確にはそうとは呼べない。ならばどうする?仮に世界が滅ぶまで動き続ける物が永久機関か?ならば時計を作った翌日に世界が滅んだとしよう。そうなったら大変だ。あっちこっちに永久機関が存在していたことになる」

「……名高き時計工様に至っては、永遠に飽きてずいぶんと話し相手が不足していたようだ」

「君は随分暴れてくれたようじゃないか。これくらいの嫌味は許してほしいな」

「最初の時間泥棒……」

「……ん?」


 相手が質問を変えてきた。


「彼の魂は、どこだ」


 思わず男は笑ってしまう。そう来るかと笑ってしまう。


「私が何故、街時計を作ったか解るかい?何故悪魔と契約したか解るかい?表面的な話では無いよ。もっと奥の裏の裏の話だよ」

「言葉遊びをする趣味はない」

「ははは、そう言うな。其方も永遠には厭いているのだろう?少しは愚か者の戯れ言に付き合ってくれ。さて……そうだな。地獄が地獄を呼ぶように、煉獄もまた煉獄を呼ぶ。お前だけでは無い。気が狂わんばかりの果てしない時を、私もまた待っていたのさ」


 目を見開いて、その場に膝をつく訪問者。ジャラジャラと言う無数の鎖音。カラカラと転げ落ちる、いくつもの懐中時計。止まってしまった金時計。死んだ街時計から拾い集めたのだろう、ガラクタの山。


「私の分身とは訳が違う。あの子は旅人さ。留まることを知らない、それが許されないが故の孤独な魂。街時計が幾ら無数にあろうとも、あの子たる永久機関は常に一つ」

「ならばっ、今はどこにあるんだ!?」

「物事には順序という物がある。まずは一番最初の金時計のことから教えてあげよう、可愛い、可愛い金貨卿?」


 *


 それは……永遠こそが至上の幸福だと信じ、永遠を求める人間が多い中……永遠が不幸だと気付いていて、それでも永遠に手を伸ばした愚かな男の物語。

 昔々、世界の何処かに始まりの男が居た。その男は悪魔に魂を売った。それは死後?いいや生前に。男はある悪魔と契約したのだ。久遠を司るその悪魔が、悪夢をも司ることは男も知っていた。しかし他にどうすることも出来なかったのだ。


「これ以外、どうしようもない」


 男は金時計に自らの時間……すなわち魂を入れた。男が生き続ける限り、金時計は動き続ける。男が永遠を手にさえすれば、その魂を原動力に金時計は動き続ける。


「愚かだな」

「そうは言ってもね」


 正確な時計。止まらない時計。そんなモノ、どれだけ心を砕いて作っても、何の保証も無い。先のことなど誰にも解らないのだ。

 本当の永久機関なんて悪魔の手でも借りなければ作れるはずが無い。そうだ。悪魔に魂を売り、その眷属に。男も半ば悪魔となることで……存在してはならない時計はこの世に生まれてしまう。嗚呼、勿論卵と鶏の話になろう。

 悪魔のことなど詳しくもない、時計作りしか芸の無いその男の下に悪魔が自ら出向いたのだから、元々男には恐るべき才能があった。そう形容しても良いだろう。男の作る時計こそが、その世界を壊すことになると、その悪魔は最初から知っていたのだ。悪魔はほんの手心を加えたに過ぎない。指輪時計に鳩時計。悪魔の力を借りずとも、男達は恐るべき時計を幾つも作り上げている。つまり悪魔は、保証書程度の存在なのだ。永遠を約束した証書と言えよう。

 悪魔に男が求めたのは、紙切れ一枚程度の奇跡。目には見えない永遠。その代わりに強いられたものは、不平等なほどの苦痛であるが、男はこの上ない笑顔のまま、二つ返事で契約を受けた。そんな男に、偉大なるその悪魔は興味を越えた畏怖さえ覚えていたことだろう。


「少なくとも普通の寿命で死ねる僕の家族は死ぬまで幸せでいられるよ」

「そんな僅かな時間のために、無限に等しい苦痛を受けるか?我としては好都合だが」


 悪魔に金貨を求めれば良かろう。悪魔に幸福を求めれば良かろう。しかし男は誠実なまでに時間を求めた。悪魔に永遠という保証を貰い、最高の時計を作り上げた。仕事を完璧にこなし、最愛の家族の幸いをそこに願った。ほんの数十年。一世紀にも満たない、妻と我が子の幸いのため、それから果てしなく続く永遠の檻に男は喜び囚われた。男は愚かだった。悪魔にその幸いの保証を求めなかった。


「だってさ、エフィアルティス」


 喜びや悲しみ、そんな全てを分かち合った旧友を呼ぶかのように、男は悪魔を呼んだ。


「これで俺は、やっと胸を張ってあの子達の父親になれるよ。彼女の夫に戻れる」


 愛しい者のために何が出来るか。果たして何が正解か。世界がそれを金だと言っても、男は時間と答えて笑う。身を削り心をすり減らし、自分が薄汚れてボロボロになっても良い。そんな惨めな男が笑えるのは何故か。悪魔には理解が出来ない。


「俺が、何かしてあげられることが嬉しいんだよ」


 見返りを求めない。自分を犠牲にしても、まだ愛しいと思える。そんな存在の幸せを、自分の不幸で購えるのなら、これが買わずに居られるか!……男は道ばたに石でも投げ捨てるよりも簡単に、己の命を差し出した。

 結局の所、彼は恵まれた才を持ち……頼ると言うことを知らなかったのだ。全ては自分が心を捨てて、悲しいまでに誠実に物事に打ち込めば、結果が付いてくることを知っていたから。だからこそ、彼は妻と我が子の気持ちに気付かなかった。普通の人間が考えなくとも解るようなことを、彼は理解するまであまりに長い時を費やすことになる。


 *


「……あれ?」


 男が再び目覚めた時、そこは高い塔の中。どうしてこんな所に来たのだろう。窓からは何も見えない。随分遠くへ来てしまった。別の国にでも連れてこられたか?


「早く帰らないと」


 焦燥感が男の足を速めさせ、男は長い螺旋階段を降りていく。いよいよ外へ出る時になり、男は塔の外へと足を踏み出した。


「あれ……?」


 しかしその先は……また塔の中。最初に目覚めた部屋の中に再び足を踏み入れる形になる。それを何度も繰り返し、男はようやくここが何かを理解する。そして、死の眠りから意識を目覚めさせ、自分の死を思い出した。


「嗚呼そうだ」


 身体には傷などない。それでも鈍い痛みを思い出す。


(契約で、俺は死なないと思ったのだが……こういうことだったのか)


 悪魔は男の肉体が死なないなどとは一言も言わなかった。男に与えられた永遠は、魂の永遠。そして魂が生み出した、生前と何ら変わらない風貌の仮初めの身体。

 自分はここで何をすべきか。どうしたらここから出られるのか。悪魔に尋ねようとも、悪魔はもう姿を見せない。釣った魚には興味などないのだろう。自分がここに縛られているだけで、悪魔には魔力が流れていくカラクリなのだから。仮にこの声が届いたところで教えてくれるはずがない。

 男は塔の中を隈無く見て回り、何か役立ちそうな物は無いかと歩き回った。地下室まで降りたところで、男はある物を見る。突如立ちこめた霧。その向こうに見慣れた景色。懐かしい生まれ故郷。あの街だ。そこで金時計を片手に歌う少年の姿。


「クロシェット……」


 寂しい、悲しい、悔しい、許せない。たったひとりの家族を失った少年は、悲しい目をしていたが……それでも強く歌っていた。人を殺さない、逃げて戦う復讐。こんな時代にあっても強く生きようとする我が子に、男は涙した。

 もしも正しい時間があったなら。貴族共に搾取されない時間が合ったなら。僕には何日?何時間?何分だけ本来僕が保っていたはずの時間があっただろうか?その時間が合ったなら、僕は何をしただろう。あの子に何を話しただろう?泣いてしまって何も言えないかも知れない。だけど一秒でも長く、僕はあの子の傍に居たかった。一回でも多く、あの子に愛しているよと抱き締めたかった。だけど僕は何をしていた?

 あの子のためと言いながら、いつも時計作り。あの子が居てくれたから、多くに見捨てられても僕は笑っていられたのに、僕はあの子に何もしてやれなかった。それがこんなにも、悔しくて堪らない。

 僕はここに居る。まだ眠れず、消えることも出来ず、僕は僕のまま存在している。それでも君に、何一つ優しい言葉をかけられない。支えて助けることも出来ない。君の幸せを願うことくらいしかできない、無力なものだ。


 手を伸ばし、触れてみようとしても、この手は彼をすり抜ける。自分で自分に触れられるのに、互いに宿している時間が世界が違うのだ。彼は此方を視認することさえ出来ていない。悪魔の力によって、現世の情景がこの地下室に映し出されているだけなのだから。

 男の嘆きが怒りが、心地良い音色となって悪魔に捧げる魔力に変わる。ここが永遠の檻なのだと思い知り、それでも願い通り……家族の幸せを見届けられるなら、耐えられようと男は信じた。しかし、それも長くは続かない。


 時間泥棒は、幸せになどなれなかった。自分と同じ。我が身を捧げて、誰かの幸いを願った。そのために犯した罪のため、優しいあの子は殺されてしまった!!


「エフィ……アル……」


 愛しい者が皆殺された後の世界など、見続ける意味もない。

 地下室を去り、一人塔の上……鼻を啜り泣き続ける僕の前に、再び悪魔は現れた。もう旧友を見るような目で、見ることも出来ない。


「……あの子は、どこに」


 優しいあの子は天に昇れたのか?それとも……あんな酷い目に遭ったのだ。世界を憎み、地獄へ落ちてしまったか?それを問いかければ、悪魔は横に首を振るだけ。


「これを見ろ」

「これは……」


 悪魔が手にしたのはあの金時計。僕が塞ぎ込んでいる内に、時計は多くの人の元を渡り歩き、終焉を目に焼き付けたのだと言う。


「全てが終わった後、これだけが残っていた」

「それには、僕の魂が入っていたのではないのか?」


 装うことも止め、僕は聞く。


「それならばお前はここになどいるはずがない。これは魂を一つ捕らえるだけの物」


 僕の魂が塔へ移動したことで、空になった金時計。その中に、入り込んだ魂があるのだと悪魔は言う。


「だが、貴様も我が眷属。となれば貴様が作った物がこうして……煉獄となるもそう奇怪なことではない」

「その子を……どうするつもりだ!?」

「貴様は我と契約したのだ。貴様の全ては我の物……となれば当然貴様の子も我の管理下に」

「あっ!」


 掴まれていたはずなのに、時計に意思があるというのか?悪魔の手から逃げるよう、窓の外へと時計は躍り出る。直後、地面に叩き付けられバラバラとなった金時計。それでもまだカチコチと、永遠が刻まれる音が聞こえて……


「くっ!」


 金色のまばゆい光。男が目を伏せ、再び開けば、何もなかったはずの塔の外、幾つもの丸い文字盤の街が現れる。


「こ、これは」

「盗んだ時間を、吐き出したのだ」

「時間を、吐き出す?」

「時を盗み続ける内に、同化したのだろう。時計こそが奴の魂。時間泥棒こそが金時計。バラバラになったパーツ一つ一つがそれであり、それこそが世界と言えよう」


 金時計が映し出し、作り上げたもしもの世界。無数の街は、時間泥棒の後悔だ。どうすれば良かったのかと問いかけるように、無限の姿で現れる。

 壊れてしまった金時計の欠片は、粉々になった真っ新な魂。その欠片を宿した女性が、全ての街時計に一人ずつ存在している。会えばきっとわかる。運命をなぞるように、歯車は回り出す。かつてあったことを繰り返させるために。

 その女性との間に時間泥棒を作らせて……時間泥棒の魂、金時計のパーツを回収する。そうすることで時間泥棒は完全な姿に近付いていく。


「それを拾い集め、金時計を再び作り上げたなら……時間泥棒は再び貴様の前に現れるだろう。最後の言葉を、伝えるために」


 悪魔は嗤い、僕は途方に暮れても終われない……無限とも永遠とも思える煉獄に閉ざされた。


 *


「今回の時間泥棒のように、始まりの世界は時が流れた。時計工は大富豪に殺され、時間泥棒が現れて……僕はこの煉獄から、彼が……僕の家族がみんな不幸になって死んでいくのを見せつけられた。クロシェットは私刑で殺され、ソヌリは入水自殺。ソネットは……教会で火刑」

「外に出られない身では、バラバラになった金時計を組み合わせることなど出来ない。……だからなのか?」

「ああ、そうだ。だから僕も自らの魂を砕いて、街の数と同じ分身を作った。そして彼らを街時計へと送り込んだ。多くの街の僕が死に、上に置いていた僕の所へ魂が戻ってきた。その僕を君が壊したことで、全ての魂が本体である僕へと戻る。だからこうして目覚めることも出来たわけだな」

「……つまり同じ方法で、時間泥棒は……甦るのだな!?全ての時間泥棒を殺せば、……“兄さん”はっ!!」

「……君はそれでいいのかい?あの子は、クロシェットの生き写しだ。多くの彼が殺されることで、彼には多くの部品が流れ込んでいる。ほぼ、彼と言っても良い」

「……違う、あれは兄さんじゃない!!本物の兄さんなら、私を忘れていない!私が解らないはずがないっ!!あれは失敗作だ!!私に気付いてもくれなかった!!」


 魂を完成させる。それは、時間泥棒が全ての記憶を取り戻すと言うこと。


「何が正しいことなのか。僕にはそれが解らない」


 ここで訪問者に楯突けば殺されるだろうか?いいや、永遠を手に入れているのだからそれは無意味だ、終われない。それなら一言言っておくべきだろう。男は……“僕”は口を開いた。


「あの子にだってわからなかったから、あの子はこんなに多くの街を作った。いくつものもしもで、死んでからもずっと……それこそ永遠に考えている。あの子も才に恵まれていた。それこそ僕以上に……だから短い生では解らなかったんだ、僕よりもきっと……人の心が、自分の心が」


 幸せとは何か。そんな簡単なことすら彼は、まだ知らない。知らないままに、殺された。可哀想な子なんだよ。そう呟けば、訪問者も言葉を閉ざす。


「ところで永遠を手に入れた君は、それが何か解っているのかい“ソネット”?」


 あまりに永く、生き過ぎた。可哀想な訪問者は、そこでにたりと歪んだ笑顔を僕へと向けた。


「ふふふ、それは勿論……!“お父様”?」


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