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25:雨降る夜に、星降る夜に

 思えば、これが初めてのことだと思う。俗世から離れて長い。それでも幼い時分には、……街で見かける恋人達を見かける度に、それはどういうものかと考えたことはある。だけれども、そんな自分が想像したどれとも異なるはじめてのキス。それは魂まで凍り付くような……とても冷たい口づけだ。


(私は……)


 脳裏に響く、晩鐘の鐘。誘われるよう少女の意識は沈んで行く。


 *



 「ら……て、ら」

(私の、名前は……)

 「……すて、……てら」


 何も見えない闇の中、見上げた先には一番星。嗚呼、ここは夜なんだ。翳した手は見えない。べったりと両手に染みついた色がある。それこそがお前の罪だ。触れることさえ出来ない星が、覗き込むようこちらをあざ笑う。


 脳裏に響く、鐘の音。それから遠くで聞こえる明るい歓声。降り注ぐ祝福が、まるで歌のように辺りに高らかに歌い、辺りに漂う。


 「ステラ、どうかした?」

 「え、ええ。何でもないわ」


 呼ばれて気付く。ああ、うたた寝をしていたのか。目覚めた自分のすぐそばには、穏やかに笑う青年。こんな笑顔を懐かしく、そして……愛しく思うのは何故か。


 「何を笑ってるんだ?」

 「ふふ、だって」


 こんなことになるなんてね。女は笑ってみせる。


 「だって私ね、貴方のこと別にこんな風に思ってなんか居なかったのよ?」


 幼い頃、彼と私は友人だった。だけどそれ以上にライバルだった。少なくとも自分の方はそう思っていたのだと、彼女は語る。


 「それが今や、こんな格好」


 白いドレスを身に纏った女は、くすくすと微笑んで、愛しい人を振り返る。


 「ライバルか……でもそれって、裏を返せば意識してたってことじゃない?」

 「ふふ、そうね」


 負けたくないという気持ちが、彼のことを考えさせていた。それはきっと、嘘じゃない。


 「ねぇ、クロシェット……」


 幸せな気持ちでいっぱいだ。それでも何かが引っかかる。彼の顔を見ていると……何かを忘れているような気がしてならない。

 穏やかな笑みを浮かべた金髪の青年、その態度に問題はない。優しいし、愛しているのも嘘じゃない。


(それでも何か……忘れてる)


 「ステラ?」

 「……あの、こんなこと聞いて気分悪くしないでね?」


 今日は結婚式。それも終わって今は着替えに戻ったところ。幸せのまっただ中にありながら、水を差すような発言はいかがな物だろう。そうは思っても、心に残るしこりのような物が気になって仕方がないのだ。


 「私たち、ずいぶんと長いこと会ってなかったでしょ?」

 「そうだね。それでお互い気になり始めたんだったなー」

 「ええ……そう、だけど」


 彼との再会の場面を、どうしても思い出せない。代わりに浮かんでくるのは、息苦しさ。言い換えるなら強迫観念。私は脅されている。罪悪感に襲われている。でも、何を?


 「あの時のことか。なんだ、忘れたの?」

 「だ、だって貴方!ちょっと影が薄いじゃない!絶対そうよ!心躍るような出会いじゃなくて、段々と私は……」

 「いいよ、話してあげる。でもただじゃ嫌だなぁ」


 少しふてくされたように、青年はそっぽ向いた。その子供のような反応に、女は不安も忘れ笑い出す。


 「あはははは!もう、貴方子供みたい!で、何がお望み?」

 「君からキス一回してくれたら、機嫌を直そうかな」

 「はいはい。お子様はおでこでいいかしら?」

 「ええぇ!それはずるいよステラ!」

 「ほら、大人しくしてて」


 本気で狼狽える青年に近づき、女は口づけを贈る。


(あ……)


 そこで思い出すのは、前にもこんなことがあったということ。彼との再会。思い出すのは、こんな口づけ。今と同じ、氷の温度の口づけだ。


 「あっははは!馬鹿だなぁ、ステラ」


 床に倒れ動けない女を見下ろし、青年はケタケタ笑う。


 「馬鹿な女だ。これでお前は本当に、時計になったんだ!そうだ、お前も!!」


 青年の姿が変わる。彼の髪は金髪ではなくなっていた。それは幼い頃出会った彼の父親……そして自分が崇拝して止まないその偉大な人と同じ姿。神を冒涜するように、狂った笑みを浮かべた男が笑う。


(神、さま……?)


 暗い瞳に覗かれて、覗き返した闇の奥。彼の瞳に映るのは、路上に転がった……冷たくなった一人の娘。


 「がっ……」


 女が我に返ってみた景色。今見た風景との既視感。

 動けない女の胸を貫く刃。抜き取られた心臓。それを高らかに天に掲げて、狂った男は笑っている。それでもさっき見たのは……雨だった。女はそう思う。

 冷たい雨の降る夜。どこかで誰かが殺された。地に伏していたから、彼女の顔は分からない。けれど、彼女の名前は分かるのだ。


(そうだ、私は……)


 彼女は、私はステラ。時計工の娘。私は殺された。私の心臓は……抜き取られた心臓は。どくんどくんとどこかから聞こえている。それでも心臓の抜き取られた身体には、死の冷たさしか分からない。


(ああ、そうだ私は)


 昔見た夢。よく思い出せない。それでも、とても怖い夢を見たの。目覚めたらいつものお屋敷。でもきっとあれは別の街。

 この街の私も、どこか別の街へと連れて行かれる。


 *



 私には一人、幼なじみの男の子が居る。

 彼は要領が悪く、人付き合いも下手。恥ずかしがり屋で初対面の人とはろくに会話も出来ない。そんな彼にも一つだけ、才能がある。いいえ、二つかしら?

 一つはとても逃げ足が速いこと。それからもう一つは……時計作りの才能だ。だけどそれを正しく理解しているのは私と私の父様と……それから彼の父様くらい?

 彼はその性格が災いして、学園でも正当な評価を受けられないで居る。いつも落第生扱いされているし、課題だって再提出ばかり。

 そんな彼のことを私が気になるのも、躍起になるのも仕方のないこと。彼は私が認めた、生涯のライバルなのだから。


(ねぇ、クロシェット……)


 みんなの笑う声がする。誰かの嗤う声がする。その囁きは、好奇に染まった悪意の瞳。


『ねぇ、聞いた?あの子また、時計弄りですって』

『女のくせに、機械触って楽しいの?』

『どうせあれでしょ?将来有望そうな時計工の卵の気を引くために』

『まぁ、最低な女ね!信じらんない!!』


 好きじゃない。あの子なんか、好きじゃない。

 そんな風に決めないで。私を何かと言わないで。どうして私があの子を好きにならなきゃいけないの?友達で居ちゃいけないの?


『こんなこと言いたくないけど、あいつ顔だけは良いでしょ?あと家もか。それがあんな微妙な子に色目使うのって、そういうことでしょ?』

『そっか。どうしてあんな落第生構うのかと思ったら……あいつの家も時計屋だもんね。時計屋の娘の目から見ても、彼は有望株ってことか』

『そういうこと、そういうこと!あ、来たわよ』

『きゃああああ!クロシェット君!!』

『あのねぇ、私達これ分からないの。こっちに来て教えてちょうだい?』


 どうせ分からないなら機械工学なんて専門選ばなきゃ良いのよ。玉の輿狙いで好きでもない学科に来る奴らなんか、相手にしなくていいのに。あーあ。ダメだ。

 彼は人見知りが激しいの。初対面の人とかまともに目も合わせられない。息を殺して生きている彼に、あんな調子で話しかけたら迷惑よ。

 テストで点がろくに取れないのは、緊張の所為よ。普通にすれば彼は普通に点が取れるもの。ずっとおじ様と二人暮らしだった彼は、人混みが苦手なの。近くに大勢の人間が居るのに慣れないのよ。あれじゃ、彼本来の力を発揮できないわ。


(嗚呼、なのに……)


 困った様子の彼は断れないまま彼女たちに手を引かれる。彼はああいうの、苦手なのに。可哀想。


『ちょっと、クロシェットが困ってるじゃない。止めてあげてよ』

『あ……』


 助かった。彼はほっと安堵の息を吐き、私を嬉しそうに見つめて微笑む。唯それだけのことなのに、どうして顔が赤くなるの?

 私はあなたなんか、あなたなんか。あなたは私のライバルなの!友達なの!それ以上でも以下でもないの!

 あなたを好きになるなんて……外の言葉に惑わされたみたい。私は唯の女なのだと、認めるに等しい。私は絶対にあなたに敵わないと……口にするようで。それはあなたに負けたみたいで、悔しいのだ。


(あの子から……好きだって言うなら、考えるけど)


 彼のご両親の話は私もちょっと憧れる。私の父様と母様の出会いは面白くも何ともないから。

 このご時世、女の身は窮屈だ。社会的身分が明らかに上である男の人を、跪かせた時……彼女はどんな気持ちになったのだろう。父様を……何人もの男を袖にした歌姫が、結婚したいと思った理由は何故だろう。


(私には、よくわからない)


 恋とか愛とか、何なのだろう。周りが言うよう、私が彼を好きならば……それは本当に私の心なのだろうか?それが誰かの定めたプログラムではないと果たして言い切れるのだろうか?

 私は女だから、男の人と友達になれない。私は女だから、男の人を好きになるのが当然。周りのそういう言い草が嫌で嫌で堪らない。私は今、何を考えているの?何を思っているの?私の心は、私の身体に引きずられてはいないか?私の本当の心は、何処にあるのか。


(私は……誰?私は、何?)

『ステラ!』


 知ってる。それは私の名前。正確には愛称。


『ありがとう。助かった』

『あなたが抜けてるのよ』

『うっ……』

『折角おじ様が無理して入れてくれたんだから、ちゃんとしないとダメでしょ?ほら、制服もちゃんと着るっ!』


 首のリボンが曲がっているわと直してやれば、私からも彼は目をそらす。そいうことをされるとこちらも気まずくなって、意識する。


『そ、そう言えば!この前の課題大丈夫?ああいう奴らに邪魔されてない?ちゃんと提出した?』

『ああ。それなら大丈夫、もう帰ってきたよ。ていうかステラ、クラス違うのに詳しいな』


 苦笑する彼が私に見せてくれたのは……


『な、なにこれ』

『鳩時計』

『見た、まんまね』

『?』


 彼の父親は、私の父様が認める生涯のライバル。その子供同士である私達も因縁のライバル……であって欲しいのに、いまいち彼の成績は振るわない。


『あのね、クロシェット。あの課題は如何に新しい時計を作るか。新時代を担う時計工として柔軟で斬新な発想力をどう表現するかって話なのよ?』

『そうは言うけど、作りたい物作った方が楽しいじゃないか』

『課題に楽しいも楽しくないもないわよ』

『だって、課題が終わった後の時計って家に持って帰るんだろ?』

『それは、そうね』

『それじゃ、実用性のある物か人にあげて喜ばれる物の方が正解さ』

『ちゃんとした時計を作れば良いのに、そうすればあなたはもっと……』

『父さんが、好きなんだよ鳩時計』

『あ……ごめん、なさい。私、気付かなくて』

『いいよ、気にしてないし』


 彼は父親のためにこれを作ったのか。私の父に金を借りてまで自分を学園に入れてくれた父への思いを、いつも忘れられずに彼は居るのか。


『クロシェット……たまにはおじ様に会いに行ったら?きっと寂しがってるわ。父様には私が言って置くから。今日と明日の家での父様の指導はお休みに……』

『嫌だ』

『どうして?』

『立派な時計工になるまで父さ……ごほん、親父には会わないって決めたんだ』

『まぁ、言うことは立派ね。じゃ、どうするの?これ郵送するの?しておけばいい?』

『いや……ステラの部屋、なんか殺風景だったろ?』

『し、失礼ね!……きゃっ』


 押しつけられた、その荷物。どういうことかと顔を上げれば私の先で彼が笑った。


『だからそれ、ステラにあげるよ』

『これ……私に?』


 言われてみれば、時計本体のデザインが全体的に可愛らしい。確かにこれは女の子向けかもしれない。


『私のために……作ってくれたの?』

『いつも助けて貰ってるし、そのお礼だよ』


 否定しない彼の言葉に、私が戸惑う。また、顔が熱くなる。

 部屋に飾った鳩時計。文字盤には十二宮を表すマーク。一時間毎に扉から現れるのは、星座に纏わる別の人形。闇に光り出す幻想的な小さな銀河。だけど昼間は鳩時計。鳩と星座が入れ替わるのは夕方、朝の五時。日の出と日の入りをイメージしてのことだろう。

 鳩も鳩で毎時違う顔で現れる。朝方は眠たそうな顔。昼は楽しそうで、夕方は疲れたような顔になる。次はどんな仕掛けが現れるのか見ていてわくわくする。それを飾ると、不思議と部屋が明るくなるみたい。


(ああ、認めたくない。でも、だけど……)


 私は彼が気になっている。それは認める。認める、だけど……


『ステラ、クロシェットは一緒じゃないのか?』


 部屋にこもる私に、父様が声をかけてくる。カーテンと窓の外。吹き付けるような大雨の日に、私は彼を置き去りにした。

 原因はその前の日。どうせ同じ屋敷住まいなのだ。課題の提出で居残りもなくなっただろう。久々に一緒に帰ろうと思った。だけど彼は用事があるという。

 そして、一緒に行こう……でもない。彼は先に帰っていてと言う。

 彼が私の誘いを断るなんて、初めてだ。理不尽な怒りを抱えた自分の姿を、家の者には見せたくなかったんだと思う。待ってても良かったのに、迎えを呼んでも良かったのに。彼の言葉になんだか無性に腹が立って、私は寄り道をして帰ることにした。買い物で憂さ晴らしをしようと思った。だけどその時……私は見てしまったのだ。

 それは奇しくも夕暮れのこと。昼と夜が入り交じる街の中……どこか幻想的なその風景は、あの時計を思わせる。そう、現実味がないその場所に……黒いドレスの女の子。

 彼はその子に見惚れるように、魂を抜かれたように彼女を見入る。ここにその子がいることを知っているような様子から、彼女を見に来たのだと分かる。

 彼のそばに走って行って、その目を両手で覆いたい衝動に駆られたのを覚えている。あの瞬間の怒りと戸惑いを、私は忘れられない。

 それ以上何も見たくなくて、逃げるように屋敷に帰った。そのすぐ後に彼も帰ってきたから誰も不審に思わなかったみたい。


『ステラ……』


 翌日……不機嫌な私に気付いて、暇を見つけては彼が……戸惑いがちに何度も声をかけてきた。だけど私は何も返さなかった。

 私は信じられなかった。私は彼も……私のことを少しは好きだと思っていた。勘違いとか

 思い上がりじゃないと……思っている。それでも彼は、あの子に恋をしてしまった。私を裏切ったのだ。私の父様を袖にした、彼の母様のように!!今のあなたはさぞかし良い気分なんでしょうね?帰り道、自分が濡れても傘を差し出す彼。優しい彼の手を振り払い、睨んでしまう。


(好きじゃない。好きじゃない……そう思ってきたのに!!)


 私は彼に、負けたのだ。負けてしまったのだ。そう思うと悔しくて、涙があふれた。


『あなたなんか、大嫌いっ!!何処へでも行けば良いじゃない、馬鹿!!』


 心にもない言葉で、私は彼をその場に置き去りにした。そして一人屋敷に帰った。それでもまだ彼が帰らないと聞き時計に目をやる。もう遅い時間だ。まだ帰らないなんて……

 もしかして彼の身に何かあったのではないか。


(クロシェット!)


 夜更けにこっそり屋敷を抜け出し、私は彼を探して歩く。

 酷いことを言ってしまった。私は彼に好きになって貰うような努力、何もしていない。だから彼が他の子を好きになっても仕方ないのに。自分の心を認めることが嫌で、逃げてきた私なのだから……勝ち目などないのだ。それを理解しても彼を諦められない。私はやっと、私の心を理解する。


(どこ!?どこにいるの……?)


 彼が見つからない。ついには私は街まで逆戻り。夜の街は、いつもとは違う。まるで別世界。きらびやかで妖しげな光……光が照らす影はより深く。来ては行けない場所に迷い込んでしまったような気持ちになる。

 屋根に守られた繁華街。雨の音は遠ざかり、霧が辺りに立ちこめる。だけど彼は、そこには居ない。


(クロシェット……!)


 あなたは今どこに居るの?またあの子に会いに行ったの?

 それでもいい。それでもいいから!早く帰ってきて。無事な姿を見せて。いつもみたいに……微笑んで。

 雨の音が聞こえる方へ私は向かう。打ち付けるような雨音が、叫ぶような風音が、私を呼んでいるようで……誘われるように走り出す。

 踏み込んだ路地裏。何も聞こえなくなるような、激しい雷鳴。土砂降りの雨。全てを洗い流すようなその雨の中、彼が横たわっている。


『くそっ!くそっ!くそぉおおおお!!!』


 雨音に負けじと響く、その悲鳴。泣きながら男は魂の苦痛を叫ぶ。平等ではないこの世界を神を呪うよう……高らかに天を睨んで。雷により、再び一瞬明るくなったその場所で、叫んだ男の正体を見た。


(あれ……?あれは、クロシェットのクラスの……)


 そうだ。あの男は彼の担任だ。人柄良い、優しい先生だと聞いている。だけどあの、別人かと思うほどの取り乱しようは何だ。


『認めん!私は認めんぞぉおおお!!お前のようなガキがっ!こんな物を作れるはずがないっ!!こんな短時間で!こんな精巧な時計ををぉおおおお!!』


 彼が大地に何かを打ち付ける度、水の飛び散る音がする。水にしては、やけに重い。辺りに飛び散るそれが肉片だと気付き、私は凍り付く。

 彼の才能を理解してしまったあの男は、嫉妬の余り彼を手にかけたのだ。


『い、嫌ぁあああああああああ!!!!』



 それから私はどのくらい逃げただろう?よく覚えていない。何度も転びながらも屋敷まで逃げ帰ったのは確か。その後すぐに、犯人は無事に捕まった。それでも私は罪悪感を忘れられずに生きていた。

 雨が降ると思い出す。私に傘を差し出した、彼の姿を。あの時私は、どうして彼にあんなことを言ってしまったのか。


『クロシェット……』


 鏡の前で、日々大人びていく私。彼より背が高くなってしまった私。そんな姿に罪を見る。

 何回忌だろうか?彼が居なくなってからの時の流れは余りに遅く、余りに早く……もはや私に正確な時間は分からない。例え時計が真実めいた数字を指し示して居るのだとしても……それは私にとって本当ではない。


『お嬢様、一人で街を歩くなど危険です』

『今日くらい、一人にさせて。そのくらいの自由も……来年からはなくなるのだから』


 黒いドレスで私も彼に会いに行く。その帰り道、私の嫌いな雨が降りだした。もう、私に傘を差し出してくれる人は居ない。そう思うと、無性に悲しい。

 時計作りの情熱をも失った私は、時計工にはなれない。元々女の身だ。父様は新たに彼以外の跡取りを見つけた。私はその人と結婚することになるだろう。私には、自由も意思もない。彼を失った、私には……

 俯いて歩き出した、屋敷への帰路。何を思ったのだろう。私は彼の死んだ場所へと足を進ませる。そこに彼が居るはずもないのに、馬鹿みたい。


『っ!?』


 それは突然。私は背後から刺された。天候はあの日のように荒れ狂い、事件の再来を嗤うよう。でも、私を刺したのは別の人間。

 その人は、私が一人になるのを見計らっていたのだろう。


『ふ、ふ……ははははははははははっ!!!俺の苦痛を思い知れトゥール!!お前の可愛い一人娘が、死んでしまったぞ!!あははははははは!!』


『大切にすると!幸せな暮らしをさせてやると!!お前の言葉を信じた俺が馬鹿だった!!俺のそばに置いておけば、こんなことにはならなかったのに!!』


 冷たい石畳に転がり、私はその人を見る。泣きながら、その男は壊れた笑い声を出す。優しかった面影はもはやそこにはない。瘦せこけて、うつろな目をした男が、私の心臓を空に掲げて笑っていた。


『さぁ、神よ悪魔よ!!これが憎きあの男の娘の心臓だ!約束通り、俺を外に出せ!もっとだ!他の街のこの娘を、殺し尽くすまで俺の怒りは、渇きは収まらない!!』



女司祭=ステラちゃん=時計工トゥールの娘。

クロシェットの幼なじみ。


そして心臓が鍵。別の街のステラの正体が……あの子になるわけです。

クロシェットはトゥールの所に預けられて養育されてもやっぱり命を落とすらしい。

時間泥棒が生き延びる街時計はまだ一つもないようです。

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