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24:太陽の月鏡

 「見てみてクロシェット!こんな格好はどうかしら?」

 「可愛いと思う」

 「でしょでしょ?こうしていると……本物の人間みたい」


 服飾ギルドの戸を開けて、鳩時計は次々と衣装を纏い、飾ることを楽しむ。

 現の窓ガラスに、鏡に映るようになった自分たちの姿。裏返った世界では、もう何かを擦り抜けることはない。この手で復讐を行うことが出来るのだ。衣装変えの目的も、そもそもはその布石。標的に気付かれずに近付くための案だった。それでも弾む心を隠さず振る舞う鳩時計に、時間泥棒は懐かしさを感じ始める。


(鳩時計、か)


 父は鳩時計を作るのが好きだった。世話になっていたあの老婆はどうしているだろう。あそこにも鳩時計があった。彼女には怨みがないから危ない目にあっていたら困るな。どうしよう。相談しようと少年は鳩時計を呼んでみる。しかし浮かれた彼女に此方の声は届かない。


 「マキナ……あのさ」

 「ほら、貴方はこれなんかどう?」

 「うわっ!何するんだ!」

 「ねぇ、どうしていつも帽子を被っているの?前髪と帽子で顔を隠して……」


 時間泥棒から奪った帽子を被り、鳩時計は首を傾げる。彼と自分を阻むものは何も無いと語るよう、顔を近づけ鼻先が触れ合う距離まで近付いて……赤い瞳で見つめ合う。

 私と一緒にいるのに、他のことを考えちゃ嫌。そんな我が儘も貴方を愛すればこそと、熱っぽい視線を注ぎ込む。それは同じ煉獄に囚われた者同士、いわば伴侶に隠し事は無しでしょうと訴えるようでもあった。


 「貴方が恥ずかしがり屋なのは解るわ。でもここは貴方の街。貴方と私の支配する街。誰も貴方を傷付けないし、貴方を悪く言ったりしない。貴方が永遠に幸せであるための街なんだわ!今更何を恐れるの?」

 「マキナ……」

 「私の可愛い駒鳥さん、貴方は私が怖いのかしら?」

 「どうして、そう思うの?」

 「貴方が貴方を知ることを恐れているから」

 「恐れてなんか居ないよ」

 「それなら聞こえる?クロシェット……」

 「え?」

 「耳を澄ましてクロシェット、ほら歌が聞こえるわ」

 「本当だ」


 ギルド街のどこかから、聞こえてくる歌がある。ぼやけているが、歌っているのは男だ。男の声が歌っている。許されない、許されない。許してくれ、許してくれと。歌を追いかけるよう歩けば、次第にその声は大きくクリアになっていく。時計ギルドを通り過ぎた頃には、歌声の主が誰かも明らかになる。


 「あの声……、あの時計工だ」

 「あれは許しを乞う歌ね。許してあげる?」

 「そんなわけないじゃないか。犯人が名乗りを上げたんだ。居場所も分かった!これから殺しに行こう」

 「ふふふ、クロシェットのせっかちさん!殺す道具がまだないわ。他のギルドを漁って武器を手に入れないと駄目じゃない」

 「ああ、そうか」

 「貴方はどんな風に殺されたの?貴方の父親はどんな風に殺されたの?奴らをどんな風に殺したいの?考えて。思い出して、貴方の復讐はどういう姿であるべきなのかを」


 素手で絞殺、撲殺程度で気が晴れるのかと問いかけられて、それは違うと彼は思った。


 「でもマキナ、奴らは時計になるんだろ?」

 「ええ、そうよ。そして今の貴方は時計工(クロノメーカー)、いいえ屍時計職人(ネクロノメーカー)!歌う貴方に直せない時計はないわ。私達には永遠がある。気が晴れるまで何度も壊して直して殺して直してあげましょう?思いつく限りの残酷な方法で、貴方を殺した奴らに復讐を!」

 「……父さんは、裏切られて死んだんだ。殺すなら、まずは心を打ち砕く」

 「この街の心臓である貴方がそれを望むなら、金時計は貴方の願いを叶えるわ。この街は回り始める。あはは!ほら見て!もう既に、回っているわクロシェット!」


 少年の決意に鳩時計が指差す空は、夕暮れの雲と太陽を置き去りに、景色を変えてくるくると、回り出していた。


 「うわ、酔いそう」

 「私達は時計だから平気よ。でも、生きている人間なら間違いなく酔うか転ぶかするでしょうね。これで時計の振りをしている人間も一網打尽よ」

 「なるほど……それは助かるな、ありがとう」

 「別に私は何もしてないわ。さ、クロシェット!私達には永遠があるのだから、先に武器の調達よ。そこの店が、武器ギルドみたいだわ!見たい場面があったなら、また同じ事をさせれば良いだけなのだし」


 鳩時計に急かされるまま、少年は仰々しい武器の立ち並ぶ店先に来る。その一つ一つをじっくり見て、死のイメージを思い浮かべる。過去をそこから見つけるように。

 父を自分を殺した武器は、どうやらこの店にはない。代わりに目に留まったのは……引き金の付いた形の弓だ。


 「何か欲しい武器は見つかった?」

 「うん……」

 「へぇ、弓矢かぁ……これは十字弓(クロスボウ)ね。うん!良いんじゃない?貴方に似合っていて格好いいわ!!狩人みたいで素敵っ!!エロスの弓矢で射抜かれたよう、私は貴方が大好きだしぴったりね!」

 「あ、あのさ……そんなに褒めても何も出ないよ」

 「うふふ、出てるけど?」

 「何が?」

 「貴方の照れた顔。帽子も前髪も、貴方を隠さない」


 素顔の顕わになった少年をじっくり見つめ、鳩時計は感嘆の息。


 「みんな、見る目が無いわ。時間泥棒が普通の有り触れた男の子だなんて」


 照れた貴方はこんなに可愛らしいのに。惚れ惚れと自分を見つめる鳩時計に、時間泥棒は嘆息してしまう。


 「誰がどう見たってマキナの方が可愛いよ」

 「それは、私がそう望まれて作られたから。本当の私なんて……何なのか解らない。作り物の身体、作り物の顔。嘘が歩いているのが私なんだから」

 「そ、そんな言い方しなくても……」

 「本当の事よ?私には嘘しかない。あるのは……一つだけある本当は……私にとっては心だけ」

 「心?」

 「ええ。創造主すら拒む私の自由意思!プログラムに支配されない自分勝手な私の個性!貴方が好きだって言う気持ちだけが、私にとっての本当なんだわ」

 「マキナ……どうしてそんなに、僕なんか」


 時間泥棒は、少女の好意に半ば困惑。囚われていたこの子を僕は煉獄から救っただけだ。それさえ唯の偶然だ。けれど彼女はそれを運命だと信じている。彼女の好意はありがたいけれど、自分たちの好意の間には温度差があるように思える。それを申し訳なく思うのだ。これだけ尽くされ、支えられ……いつも励まして貰っているのに、自分の心一つ満足に操ることが出来ない。


(僕は何かを忘れている……だから彼女を、心の底からまだ愛せないんだ)


 此方の心苦しさについてはちゃんとわかっているからと、理解を示す様子の鳩時計。彼女は強く頷き時間泥棒の手を引くのだ。親密に、寄り添うように手指を絡め、身体を寄せて腕を取る。


 「さぁ、クロシェット!貴方がまだ私を好きになれないっていうのなら、それは貴方が貴方を知らないからよ。貴方の記憶を取り戻し、私の想いに、私への想いに気付いてね?」


 あざといまでの好意表示。戸惑う心は殺せないまま、それでも彼女を可愛いと思ってしまう。

 外見は可愛く性格は明るく、沈んだ時は励まし、悲しいときは傍で代わりに泣いてくれる女の子。心の底から愛してくれて、どんなことでもしてくれそう。勿論、可愛いと思うし、嫌う理由はない。けれどその節々から感じる物は、違和感だろう。


(仕組まれている、気がする……)


 運命の出会いと言うよりは、誰かに糸を引かれているような感覚。思い出すのは夢で出会った悪魔のこと。


(彼女は僕を、煉獄に落としてあげたと言った。協力者がいる場所へと……)


 鳩時計にとっては運命の恋でも、自分にとってそれは仕組まれた出会い。彼女を救った者に彼女が惚れることを見越した上で、惚れさせた。此方が彼女の好意を弄び、利用しているような罪悪感。


(マキナを心の底から愛せれば、こんな気持ちも無くなるだろうか?)


 これから人を殺しに行くというのに、女の子一人の心を傷付けていることに罪悪感を感じてどうしようというのか。悪魔の力を得、自分が強くなったのか、弱くなったのか……時間泥棒はそれが解らなくなっていた。歌って走って逃げていただけの頃は、強さも弱さも関係なく……速さだけがあれば良かったのに。

 手に入れてしまった永遠は、走ったところで逃げ出せないし、その先に答えも置いては居ない。こうして寄り添いながら、彼女としっかり歩いて行く外に、道も答えもないのだろう。



 *


 「ロージュ!ステラっ!!!しっかりしろっ!」

 「如何なさいますかご主人様」


 帰宅したトゥールは時計と化した妻子の姿に固まった。その身体を揺するのは、妻そっくりの腕時計。


 「如何、とは」

 「私は人間一人分の寿命を得ています。それを与えれば彼女たちどちらか一人は元に戻せます。代わりに私が文字盤顔に戻りますが、その方が今後は動きやすいでしょう」

 「……」


 それは人を元に戻すための力のストック。ここで使えば自分にもしもの事があった時、対処できないと言っているに等しい。


 「つまり……他の人間を喰らえば、余裕が出来ると言うことだな」

 「流石はご主人様です。ご聡明でいらっしゃいますね」

 「知人に変人が居たからな。多少の非日常では俺は驚かん。犯人が……奴の息子なら、こんなことも起こり得る」


 口ではそう強がるも、心は納得し切れていない。質の悪い夢だと心の何処かで思っている。それでも狼狽えることが正しい判断とは思えないから、悪夢は悪夢なりに適応し、論理的思考を貫こうとしているだけ。それだって随分とファンタジーな話だ。時計が人になり、人が時計になるなんて。


(クロシェットは、クワルツを上回る才能を持つ。いずれ時代を支配するとは思ったが、それがこんな意味で成し遂げようとは)


 あの恐ろしいまでの才能を持って生まれた少年は、時計工になれず時間泥棒として殺された。果たしてこれは、存在理由を成し遂げられなかったが故の未練なのか。俺の罪悪感が見せる悪夢なのだろうか?


 「いや……まだ手はあるな。それかこれ達を喰った者から、時間を取り戻すか、か?」

 「ええ」

 「犯人は分かるか?」

 「この古めいた香り、かなりの年代物の時計です」

 「年代物、だと?この街でこの香りを持っている者と言えば……教会の鐘、でしょうか?」

 「教会の、鐘?」


 言われてみればおかしい。辺りはもう夕日が沈みかけている。それなのに晩鐘の音が聞こえない。そうだ、それ以前に……夕暮れが、長すぎる。ますます現実離れして来た。今、この時においてどこまで現実的な思考が意味を成すだろう?信じられるのは、自分が魂込めて作った愛する時計の精度。時計工は腕時計を振り返る。


 「腕時計、今は何時だ?」

 「まもなく19時です」

 「そうか……」


 季節を考慮しても、本来もう夜になって良いはずの時間帯。何故日が沈まないのか。それも時間泥棒も仕業なのだろうか?


 「まぁいい、適当な時計から時間を奪いに……」

 「ふぅん、あの貴方がねぇ……」


 屋敷を出ようとしたところで、扉から入ってきた者が居た。その女は赤いドレスを身に纏った、文字盤顔の……美しい歌姫。とても子持ちであるとは思えない、見事なプロポーション。顔が見えなくなった分、ついついそちらに目が行った。


 「そ、ソヌリ!」

 「妻子の心配をするなんて、随分立派になったものじゃない。どこかの馬鹿に爪の垢でもあげて下さらない?」

 「その顔……時計にされたのか?」

 「ええ、困っているのよ。こんな顔じゃ誰も私が私と解らない。あんなおかしな街、無事な人間も殆ど居ない。丁度困っていたところなの。私と取引するというのはどうかしら?」

 「ご主人様!あれは……」

 「う、五月蠅い!お前は下がっていろ!」


 何かを言いかけた腕時計をはね除けて、時計工は歌姫の方へと走る。

 あの至高の歌姫が、俺を頼ってくるなんて。だから言っただろう。あんな男より俺の方がずっと良いと。


(ソヌリは俺がクワルツを、クロシェットを殺したことをしらないのだ。だからこうして頼ってきた!!)


 最高の女が自分に謙る景色に、時計工の気分は高揚。悪夢が良い夢へと変わる。彼はこれが現実であればいいとさえ思い始めた。


 「わかった、話を聞こうか。部屋で話そう」

 「ええ」

 「ご主人様!お待ち下さい!!貴方は時計を!貞淑な妻のように、私を生涯の伴侶として真心込めてお作りになったはず!!その私を置いていくのですか!?」

 「五月蠅い黙れ!時計風情が!!俺の妻を気取るなら、俺に口答えをするなっ!主人の邪魔をするな!いいなっ!!」


 歌姫の肩を抱き、居室へと入る時計工。縋る腕時計を蹴り飛ばし、戸を閉め内鍵をかけ拒絶する。椅子に座らせ向かい合い、同じ高さで見つめ合う。

 女の顔は文字盤。誰かに裏切られ時計にされてしまったのだろう。この様子だと、時計になっても時計は歩いて動けるようだ。それなら妻子もまもなく目を覚ます。そうなる前に是非とも事に及びたかった。


 「良いの?あの子は。私は一緒でも構わないのだけれど」

 「問題ない。あれがいてはおちおち満足に話も出来ない。それで、取引とは?」

 「貴方、昔私が好きだったでしょ?」

 「……」

 「だから、と思ったんだけど。私はどうなっても良いから、家族を取り戻す手伝いをして欲しいだなんて。私の娘を助けてくれるなら、私の時間を貴方の奥さんか娘さんにあげても良い」

 「行方、知れずなのか?」


 娘、か。夫でも息子でもない者の話にほっと安堵の息が出る。けれど相手はその反応に違う解釈をしたようだ。申し訳なさそうに歌姫は席を立ち上がる。


 「でもそうね、奥さんと娘さんを大事にしている貴方にこんな話を持ちかけるべきじゃなかったわ。ごめんなさい、この話はなかったことに……」

 「まて、待つんだソヌリ」


 時計工は、立ち去ろうとする歌姫の肩を掴んで離さない。そのまま勢いよく背中から、すっぽり彼女を抱き締めた。あの男に随分苦労させられたのか、細い手だ、指だ。その指にはあの忌まわしい……指輪がない。とうとうあの男を見限ったのだ!!

 あの男に絶対に勝てないと思っていた俺が今、勝利するかも知れない。この女を手に入れれば、俺は逆転することが出来る。時計作りでもう永遠に敵わないなら、せめて女を巡る争いだけは勝利したかった。もう何でも良い。あの男に勝てるなら、どんなことでもしてやろうと思った。


 「君は今、昔と言ったが……今もだと言ったら、どうする?」

 「だ、駄目よトゥール、そんな……」

 「今言ったのはお前の方だ。私を好きにしろと!」


 無理矢理彼女にキスをした。相手が文字盤であることも忘れてキスをした。そして思い出したのだ。文字盤顔とキスした人間が、どうなるか。


(しまった!)


 そう思った時にはもう遅い。急激な眠気が襲ってくる。それでも頬を奥歯で強く噛み、辛うじて意識を保つ。その先には、あの日と寸分違わぬ美しい顔の女が居た。歌姫ソヌリは永遠を司る女神のように、その美貌を華を今に湛える。

 動けなくなった時計工の傍ら、にんまりと……ほくそ笑む姿さえ背筋が震えるほど、妖艶。ああ、嵌められた。この女に踊らされた。何たる屈辱。しかし此方のプライドを叩き折るよう、女は長いキスをする。魂を吸い取るようなそのキスに、身体の力が抜けていく。文字通り、魂を……寿命という時間を吸い取られている。このままされていれば、死ぬのだと思う。


(ああ、くそっ……)


 女なんかに良いようにされるのは気に入らない。手玉に取られるのは癪だ。それでももうどうでもいいやと思ってしまう。このキスで死ねるならそれも幸せだと思う。こんな美しい女に看取られて死ぬのだ。そう思うと時計工の心は酷く昂ぶった。その時だ……すぐ近くから、懐かしい声が聞こえたのは。


 《楽しそうだね、トゥール》

(クワルツ!?)


 忘れるはずがない。それは己が殺した友人の声。懐かしい声が、扉の向こうで笑っている。腕時計はどうしたのだろう?彼女の声は、もうしない。


 《俺から金時計を奪って、クロシェットを奪い殺して……ソヌリまで》

(ち、違う!俺はこんな風にお前に勝ちたかったんじゃない!!)

 《そう?昔は俺のソヌリを随分と馬鹿にしていたよね?歌姫なんか夜の女だって》


 友の笑い声に、賑やかになっていく屋敷。外から何者かが、時計達が侵入してきたのだ。

 時計になった今は、時計の家族の悲鳴が聞こえる。


(嫌!助けて!助けて父様!)

(ステラっ!!)


 妻も何か言ったようだが、娘の悲鳴には劣る。時計工の意識は完全に其方に向いた。


 《お前の娘は時計になったんだ。時計は機械。人である時計達に、好きなように使われる》

(き、貴様ぁあああ!!あの子に何をするつもりだ!!)

 《お前がこれまで見下した、全ての女と同じ道具になって貰うのさ。それが俺の女に手を出した、お前にとっての報いだろう?》

(や、止めろ!あの子は何も悪くない!!)

 《それはそうだ。でも思い出したら?うちの子も、何も悪くはなかったんだよ。クロシェットを、お前は殺した!俺の大事なあの子を、お前が殺したんだトゥール=ルビヨン!!親の罪は子に贖わせる!さぁ、連れていけ!!》


 *


 「黄金の魔法は……鐘の音を響かせる。晩鐘は祈りを打ち返し響く」


 音のない黄昏に、大富豪は目を開けた。目を開け見つめる先は夢、まやかしの中真実を見抜く瞳をもって、街時計を嘲笑う。


 「鐘時計が目覚めたか……」

 「ええ。全ては計画通りに」


 夢の中には椅子があり、そこに彼は腰掛ける。見つめる先に、卓上にはミニチュアの街時計。街は絡繰り仕掛けのオルゴールであり、悲鳴のような不協和音を奏で始めた。その中一番強く響いているのは鐘の音。教会から消えた鐘が街を歩き回っては音色を響かせている。その滑稽な様子に大富豪は忍び笑い、補佐を務める者を招いて街時計を見せた。


 「時に第三領主様、彼女が貴女の存在に気付いたようですよ」

 「あら、ピエスドール様。まぁ、それはそれは」


 小気味よく、少女の面影を残した悪魔は笑う。くくくと上品に気取り昂ぶり。

 ここはある男の夢の中。大富豪と呼ばれる者の夢の中。その絡繰りだって全てを紐解けばとても単純なこと。


 「今更気付くなんて片腹痛いですわ!お馬鹿なイストリア!最初から気付くべきでしょうに。この私が実の兄妹の恋愛物に顔を出さないわけがないじゃありませんか、おほほほほ!」


 女悪魔は同僚悪魔を嘲笑う。


 「金貸し女王の持つ腕時計は、別の街の貴方が……いいえ大元である貴女が彼女の先代に渡したのでしょう?」

 「なるほど。貴女はあれがトゥール作であることを見抜いたか」

 「ええ。あの水晶時計は、彼が友人を殺した後彼を悼んで作った時計。そこに宿った第四魔力と第五魔力が魔力の受け皿として、触媒として機能した。永久機関とは呼べないけれど、魔術の滅んだ時代であれだけの物を作れるのだから確かに彼は有能ですわ」


 どうせあの男は裁判にはいかない。仕事の方が大事でしょう。何の興味もないはずだ。本物の時間泥棒の死を知る人間は、あんな茶番に釣られない。だからこそ、時計ばかりのギルド街に居て、あんな末路を辿ったわけだ。


 「私も永遠には興味がありますわ。永遠を作り出す実験は私にとっても生涯学習めいたこと。金貨卿、これからも是非頑張ってくださいましね。日時計の男が神ならば、貴方は確かに王ですわ。神をも利用し組み込む貴方は、月のようですね」

 「ふっ、貴女は面白いことを言いなさる。しかし永久機関はこの手に戻った。まもなく私の願いが叶う……」

 「けれどまだ魔力が足りません。そのためにはどうすればいいか、お解りですね?」

 「ご心配なく。全ての仕掛けは施した。あとは機械がなるように、時を導くことでしょう」

 「あら、そうですの?」


 それなら良かったと悪魔は笑う。精巧な絡繰り仕掛けの男を通じ、そこから遠くを見据えるように。裏で糸引く物に向かって。


(振り返ってみれば、あれが伏線だったんですのね。何の意味もないと思っていたのに)


 イストリアの脚本は行き当たりばったりだ。それでも彼女は過去の頁を振り返り、そこから手掛かりを拾い、伏線として昇華する。より残酷な本に仕立て上げるためなら何でもする。


(久遠を司るお兄様に近付くためにも、私は永久機関を完成させる。この世界を永久機関に変える。私はお兄様と同じ力を司る悪魔になるのよ)


 私には歌姫ソネットの気持ちが痛いほど良く解る、悪魔はうっとり頷いた。愛する人に愛されたいから、愛する人が愛している人に自分を重ねて投影する。それを自己投影と認識する者はあまりに多い。それはかなり一方的な愛だ。結局の所相手を愛しているのではなく、愛されたい自分を愛しているに過ぎない。

 私が思うに、自己投影という物は愛されたいからする物じゃない。愛したいからする物だ。愛して貰えないなら愛する人と同じ物になりたい。そして身も心も同一化する。それも一つの愛の形。


(あの指輪時計がその典型的なものかしら?)


 ギルド街へと思いを馳せて、夢現の魔女はほくそ笑む。


(駒鳥を誰が殺したの?雀と貴方は言うかしら?)


 だけど違うわ、だけど違うわ。貴方を殺したのは……その雀の名前は何と言う?彼女の名前は、彼女の名前は貴方の愛する鳥の王。神の雌鳥、鷦鷯。

 黄金の魔法は、性別も偽れる。街に君臨する大富豪など、彼女が作った機械人形。父に出来ることを、娘が出来ないはずもないのだ。才能が及ばなくとも、永い時はそれを可能な限り可能に近づけるものなのだから。


 「貴方の駒鳥は、オリジナルの時間泥棒はまもなく貴女の元に帰りますわ。この夢現の悪魔、アムニシアが約束いたします!悪魔の名と魂に誓って!」

 「ふっ……それは嬉しいな。だが、そのために」

 「ええ、そのために……この街のあなたには、そろそろ死んでいただきませんと。心苦しいですか?」

 「くくく、何を愉快なことを仰るので?今更私が何を恐れると言うのです悪魔様?愛した人のため、愛した人の亡霊を、殺し続けた私に向かって……」

 「ふふふ、そうでしたわねピエスドール……いいえ、ソネット様」

鐘時計さんは、人の過去、罪悪感を曝いて色々な人を演じて悪さをしているようです。

というわけで、鳩時計と時間泥棒がいちゃついている陰で、指輪時計が復讐代行してたり、大富豪の正体暴露という展開が起こっている回。


ソネットは、「兄以外の男は愛せないから性別偽って男装の麗人になる」と金貸し女王に。

「他の誰かを愛せないから、ずっと兄さんを愛し続ける」ってなったオリジナルのソネットが大富豪。おっさん大富豪は大富豪ソネットが作った機械人形。

アムニシアさんは兄妹の恋愛事には喜んで契約しにいらっしゃいます。そういう悪魔ですから。

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