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16:時間革命

 金貸しと、二人教会を抜け出して……そこで少女は異変に気付く。

 二人を迎える街はとても静かで、夕暮れの赤を際だたせるような不思議な静寂。赤く染まった街は絵画のように美しく……祈りを捧げたくなるような晩鐘の時間。街にもたらされるのはそう、時計塔の鐘の音。それだけだ。

 一体誰があんな所の鐘を鳴らすというのか。あれが止まってから、鐘を鳴らした人間なんて、……後にも先にも時間泥棒唯一人。時間泥棒である少女が今ここにいるのなら、あの鐘を鳴らしているのは一体誰?少女は教会で決死の覚悟で女司祭に対峙したときよりも、今この時間が恐ろしいと身震いをする。夕暮れの美しさに眼を細めていた金貸しも、少女の様子がおかしいことに気付き、視線を合わせるために跪く。


 「ソネット……?」

 「ねぇ、レーヌ」

 「なんだいソネット?」

 「静かすぎるわ」

 「それはまぁ、教会に大勢人が集まったから……」

 「ううん、そうじゃない。変よ……時計の音が、一つも聞こえないの」

 「時計の音?」


 少女の言葉に金貸しも耳を澄ませて……なるほどと確かに頷いた。


 「確かに妙だ。私の腕時計まで止まっている。これは水晶時計だというのに」


 それは金貸しが未来に属する街から持ち込んだものだと言う。ならばそう簡単に狂うこともないし、ましてや時計が止まるにしても寿命には程遠いと金貸しは首を傾げる。


 「ソネット、少し歌ってくれないかい?」

 「どうして?」

 「ちょっと考えがあってね」

 「わかったわ」


 金貸しに乞われるがまま、少女は一曲披露する。彼女には解る。それを歌いきるまで何分かかるか。歌いきって少女も金貸しの言わんとしていることを理解した。


 「本当におかしいわ……」

 「ああ。夕日が沈まないのは妙だろう?君が歌っている間日を見つめていたけれど、あれはまったく動く気配がない。止まっているのは何も時計だけではないのかもしれない。この街には君以外の時間泥棒でも居たのかな」

 「時間泥棒……?」


 金貸しの言葉に、少女は思う。確かにそうだ。これは時間泥棒。言葉遊びではなく本当に、魔法のように鮮やかに……何者かがこの街の時を留めた。


 「レーヌ!私……」

 「時計塔に行くのなら一緒に行こうか。私にも気になることがある」


 今時計塔にいるのは誰か。それを確かめようとする少女の震えに気付かぬふりで金貸しは彼女に従い歩みを進めた。異変は二人が街の中腹まで至った頃に始まった。

 急に家々に灯りが灯り、窓の内側……カーテンには幾つもの人影が映される。その家々からは人々の笑い声が漏れてくる。それでもそれは、笑うことをまだ知らないような……笑い慣れていないような、何とも歪な笑い声。


 「きゃあああっ!」


 少女は思わず手を振るう。その勢いで手からは母の形見の指輪時計が転がり落ちる。


 「ソネット!?」


 悲鳴を上げた少女に駆け寄る金貸しに、少女は脅えた様子で指を指す。


 「貴方の腕時計もっ……!」

 「何?」


 金貸しが自らの腕を見れば、その歪な笑いがすぐ傍からも聞こえ出す。先程まで腕にしていた時計が消えて、代わりに一人の女が絡みついている。


 「お嬢さん、貴女は何者だ?」


 少女をこれ以上脅えさせないよう、金貸しは平静を装ってその女に聞いた。女は皮の服を身に纏い、金属のように冷たい髪の毛……そして彼女の腕には針の消えた金貸しの腕時計がある。

 物取りか?思わず彼女を睨み付けそうになった金貸しも、その女の顔を見て流石に言葉を失った。女の顔には顔がない。のっぺりとしたその顔はこれまで何度も見つめた腕時計の文字盤だった。


 「何者とはつれないお言葉ねご主人様。長年の伴侶の顔をお忘れですか?」


 女はそう言うや、金貸しに抱き付いてキスをする。それはあっと言う間のことで、少女も金貸しも動けなかった。金属質の冷たい口付けを、我に返った金貸しが引き剥がすも、少女は僅かに裏切られたような気持ちになって、金貸しに冷たい視線を注ぐ。


 「ご、誤解だソネット!」

 「う、五月蠅いわね!私には関係ないわ!」


 そうだ。関係ないはず。そう言い聞かせても何か妙な悔しさを感じてしまうのは、自分が汚い人間になったみたいで気に入らなくて、その怒りを鎮めようとするのだけれど、それが上手く行かなくて、ますます少女は不機嫌になる。

 そんな少女の葛藤を見透かすように腕時計は、ますます金貸しにくっついた。


 「大丈夫ですよ。すぐに私はその小娘よりも美しい女になります。その女は物言わぬ時計になるでしょうけれど」

 「私は別に美しい者が好きだというわけではなくて!」

 「レーヌ……」

 「つまりご主人様はその少女が美しくないと言うことをお認めということですのね」

 「え!?いやそう言っているんじゃなくて、揚げ足を取るのは止めて頂きたい!」

 「ご主人様はお優しいですから、そういう言い方をしてしまうのも無理はありませんわ」

 「そうではなくて、私は唯彼女が好きなだけなんだ!どうしてこんなことになったか解らないが時計風情が私のことを知った風に言うんじゃない!」


 心底嫌そうな顔で金貸しは腕時計を払い落とした。その衝撃で顔にヒビが入った腕時計は、文字盤を押さえさめざめと泣く仕草をし、恨み言を口にする。


 「酷いですご主人様。私はこれまで貴方のために朝な夕なずっと時を数えてお役に立って来ましたのに」


 ここまで言われると少女も些か時計が哀れになって、金貸しを仰ぎ見る。


 「レーヌ……ちょっと言い過ぎじゃないの?」

 「君より大事な者が私にあるとでも思うのかい?」

 「あ、そう……」


 金貸しの熱い眼差しに、さっと視線を逸らしつつ……少女は僅かに顔を赤らめた。その様子を見た腕時計は文字盤を真っ赤に染めて怒り狂った。


 「許せない許せない許せない!今度は貴方の番よ!今日からこの街は時計が人間になって、人間が時計になるのだから、私が貴方の……お前の主!お前は私のために動き愛でられればいい道具!」


 腕時計の宣告に何やら金貸しが言い返そうとしたところで、金貸しはその場に倒れ込む。慌ててそれを助け起こした少女が見たのは、心臓の音が止まった金貸し女王。その時を奪うように、腕時計の顔には針が戻って……文字盤は美しい女の顔になる。その美しい貴婦人は気絶したままの金貸しをひょいと担ぎ上げると鼻歌混じりに微笑んだ。


 「ちょ、ちょっと!そいつを何処へ連れて行くつもり!?」


 そのまま何処かへ歩き出そうとした女を呼び止め、少女は叫んだが、女は振り返らない。


 「これから私の家に飾って可愛がって差し上げるのよ」


 うっとりとした声で腕時計は戯言を溢す。


 「時計からのキスは人間を時計に時計を人間に変えてしまうの。貴女も気をつけなさいな」


 その戯れ言に少女は思い出し、先程放り投げた指輪時計の行方を探る。そしてその先に蹲る女を見つけた。恐る恐る近付けばその女性には見覚えがある。

 顔は宝石をあしらった文字盤だが、その髪型、その衣装には見覚えがある。確か若い頃の母を描いたという絵によく似ていた。


 「か、母さん!?」


 若く健康だった頃の母に似た、美しい女。女の左手薬指には……やはり投げ捨てたはずの指輪時計がしてあった。ならばこの女は指輪時計なのだろう。そうは思っても、二度と会えないと思っていた母に会っているようなもの。少女は混乱してしまう。


 「痛いじゃない、ソネット」

 「ご、ごめんなさい」


 声まで母の物だった。条件反射で謝って、少女ははっと我に返る。振り向けばもう金貸しは腕時計に連れ去られている。追いかけるにもこの場を脱することが出来なければどうにもならない。この指輪時計も何を企んでいるか解らない。警戒をして、少女は時計から距離を取る。そんな少女に向かって、指輪時計は手を差し伸べた。


 「さ、もう家に帰りましょう」

 「え……?」

 「夕飯は何にしましょうか?好きな物を作ってあげるわ」


 これは夢だろうか?そうだ悪夢に違いない。夢なら覚めろと自分の頬を抓ってみても、宝石顔の女はまだ手を差し伸べ続けている。


 「本当に……お母さん、なの?」

 「そうよ?」

 「それなら教えて!一体どうなってるのこの街は!」

 「……」


 母を自称する以上、そう問われれば答えざるを得なくなった指輪時計。彼女は仕方ないと嘆息がちに言葉を漏らす。


 「時間革命よ」

 「じ、時間革命?」

 「時間泥棒がこの街から時間を盗んだ。その盗んだ時間を死んだ時計達に与えた。時計は蘇り、人は死に絶える。だからお前も時計になって私と一緒に暮らしましょう?」

 「い、意味が分からないわ!」


 金貸しは腕時計に半殺しにされたようなもの。あれが時計になったと言うのなら、金貸しはどうなるのか?ずっとあのまま?それともその内顔が文字盤になって、誰か生きている人間から時間を奪うことでこうして人間擬きになるのだろうか?


 「聞き分けのないことを言うんじゃありません!お前もあんな風になりたいの!?」


 指輪時計が指し示すのは教会の方向だ。向こうでは生きた人間達が、文字盤顔の人間擬き達に連行されて工場へと連れて行かれる所だった。


 「あれって……何なの?」

 「彼らはこれまで我々時計を酷使してきました。その報いに電池となって働かされるのです」

 「で、電池?」

 「時計工場で死ぬまで働かせられるのです。それこそ消耗品。不眠不休でそうなります。彼らの命と引き替えに、工場は動いて……新しい時計が生を受けるのです」

 「し、正気なの!?時計に人間が搾取される!?そんな馬鹿な話誰が……」


 少女はそう言いかけて、指輪時計の言葉を思い出す。先程この時計は確か……時間泥棒と言わなかったか?


(時間泥棒……お兄ちゃん!?)


 死んだはずの兄が生き返ったとでも言うのだろうか?時を止めた彼が、時計になって甦ったとでも言うのだろうか?そんな馬鹿な話があるものか!

 少女は指輪時計の手を振り払い、何時までも沈まない夕焼けの坂を走る。目指す場所はあの時計塔。鐘を鳴らした犯人が、彼であるはずがないと……そう否定して貰うことを願って。少女が近付いたことに警鐘を鳴らすように、時計塔は冷たい鐘の音を降らせた。

店先で見つけた鳩時計が異様に可愛かったので、また時間泥棒書きたくなりました(どんな動機よ)

最初はソネットを教会裁判で殺すつもりだったので、それ以降なかなか考えまとまらなかったため、随分ご無沙汰してしまってましたね。すみません。

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