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15:教会裁判

 さて、脱線もそこそこに話を戻しましょう。

 如何に悪魔と言えど、こんな面白い裁判を見ることが出来るのは数百年に一度あるか無いか。勿論物語を書き換えれば幾らでもこのような舞台は用意できるでしょう。

 しかし天然物の悲劇は、養殖されたそれとは比べものにならないくらい甘い香りを発し、我々悪魔の心を惹き付ける。

 私とて、興奮もします。そのくらい胸が弾むのです。乱雑な言葉を使うことが出来なくなるくらい、私は今歓喜し固唾を呑んでいるのです。


 何故なら本日の裁判はそっておき。聖者が死者を裁く裁判。時間泥棒が裁かれるという裁判。そのなんと奇妙なことか。

 奴は先日死んだはず。それが舞い戻った不思議な裁判。街中の人は教会に集まり、その世紀の裁判を望む。

 それは野次馬根性から、怖い物見たさ、話のネタに。そんな興味本位で集まった人間達ばかり。死んだはずの人間が今ここにいることを確かめるべく、粗探しをすべく今日ここに集まった。

 司祭としてもその大観衆の中、正義を示し二度とこのような罪が生まれないように裁くことを望んだ。そしてそれは二代目時間泥棒たる少女にとっても望むところだった。


 「被告人、まずはお前の名前を」


 女司祭の言葉に、時間泥棒はふっと笑った。


 「何がおかしいの!?」

 「いえ、僕が時間泥棒と名乗るとでも思っていたのでしょうか?その名が聞けるとお思いか?残念ながら死者は蘇らない。それこそ神の不在の証明だ」


 時間泥棒は、目深く被った帽子を空へと掲げ地に投げた。風に揺れる金髪。日に照らされたその色は、キラキラと大量の粒子のように明るく眩い。


 「なんだ、あれは……」


 帽子の中から出てきた長い髪の毛。それが何を意味するか、人々は即座に理解する。

 顔が違うのだ。不敵に笑った少女の顔を、誰もが覚えてしまう。

 誰からも顔を忘れられてしまう少年とは違う。死体を見たはずの人間達ももう彼の顔を思い出せない。それでも一つ解ること。それはこの目の前の少女ではあり得ないと!


 「前のはあんなに髪は長くなかった!それに少年だったはず!」

 「あれは、別人か!?」


 わざめく観衆。動揺、戸惑い、興奮、歓喜。晒される好奇の目にもめげず、時間泥棒を騙る少女はそこにいる。可哀想なほど狼狽えた女司祭の方が、まるで罪人のようだ。


 「あ、……あなた、なんてことをっ!時を盗んだ罪に飽きたらず、大罪を他にもっ!」


 それでも目の前に現れた大罪に、己の使命を思いだした聖職者。座り込んだ腰を上げ、時間泥棒の罪を糾弾。神の所有物に触れた罪。神から与えられた性を偽った罪。これだけ犯せば極刑も覚悟せよと白い指を突きつける。

 それでも少女は臆さない。けろりと笑って、観客達を魅了する。誰にも気付かれず、夜の街で歌っていた少女……太陽は彼女のその愛らしさを引き立てた。

 凛と響く声をはっきりと言葉にし。少女はそこに立つ。


 「生憎、二つじゃありませんよ聖女様」


 少女の明るい笑みは、それでも夜の影を宿す。謎を抱えた横顔に、人々は好奇心を擽られる。真実を、曝いて曝いて曝いてみたい。そんな執念に取り憑かれていく、また一人……また一人。


 「私の名前はソネット=ムーンフェイズ」


 いち早く少女の名前に反応したのは女司祭。


 「ムーンフェイズ?先日水に飛び込み自殺し魂を地獄へ落とした哀れな女の名もムーンフェイズではなかったかしら?」

 「ええ。彼女は私の母です。そして、先代時間泥棒……クロシェット=パーペチュアルの母でもある女です」

 「それではお前は……っ」

 「私は時間泥棒の妹。兄の仇を討つべく、真実を告げるために今日ここにいるにです!」

 「それでも性別を偽るなんて大罪っ、どうあっても我々教会は許せません!」


 仇討ちのために時間泥棒を騙った。酌量の余地はあるのでは?そう流される観衆に、女司祭は訴える。

 ここでそれを許せば、こんなことは後に幾らでも出てきてしまう。何事にも前例はあってはならない。唯の一度でもそれを許せば、それは永遠に見過ごされる罪。許してはならないものが許されてしまう矛盾っ!だからこそその一度を唯の一度でも許してはならないのだと女司祭はがむしゃらに、言葉を紡いでいく!


 「パーペチュアルという時計工の殺害事件は私の耳にも届いています。しかし、そこから何故お前の兄は時間を盗むなどと言う犯行に及んだのか!幼い子供が一人で生きていくのには辛い時代だとは私も思う!ならば教会に来れば良かった!私はお前達を支えたでしょう!まだその日のパンを盗んだくらいなら酌量の余地もあった!お前も同じ!何故時間を盗もうとしたのです!?」

 「聖女様。それはおかしい」


 司祭の言葉に少女もまた訴える。


 「父は兄は殺された。その犯人はこの街の中にいる。母は自殺をした。犯人は何処にもいない」

 「何が言いたいのです?」

 「自殺が地獄へ堕ちる大罪なのは何故ですか?」

 「それは人の命、時間というものは神から与えられた、貸されただけの物。それに手を付け自分でどうにかしようなど、人の身には過ぎたことだからです」

 「そうですか。それならおかしいですよね」

 「はい?」

 「父は殺された。犯人は捕まらなかった。神から貸された大切な時間を奪われた。それなのにそいつままだ生きている。兄も私も復讐のため!誰一人、殺さなかった!それでも兄は殺されて!私もこれから裁きを受けるのだとは、理不尽な世の中だ!」


 殺人も時間泥棒。神が定めた時間に狂いを生じさせる。その大罪を犯した人間が、何故裁かれないのだと時間泥棒は訴えた。


 「時間を盗む殺人に罪はないのか聖女様!時間を盗むことだけが罪ならば、なるほど、私はもう歌わない!しかし私は殺しに行くぞ!それが見過ごされる悪徳で、神から許された権利なのだと貴女がおっしゃるのならば!」

 「何て愚かなことを!殺人は罪!赤子にだって理解できるほど鮮やかな罪です!」

 「ならば聖女様、何故殺人は罪なのです?罪なのに何故、父と兄を殺した人間は今日も罰せられないのです?それは殺人が罪ではないということの証明ではないですか!」


 少女の言葉は間違っている。それが解っているのに、理屈のようなその言葉を上手くかいくぐることが出来ない司祭。

 神がそう定めた。それを告げれば何故それを裁かないと言われる。裁かないと言うことは教会が無能であると認めること。権力が大富豪に及ばないのだと認めること。教会の正義、その権威を広めるためにも今日ここで負けるわけにはいかないのだと女司祭は己を叱咤する。


 「それとも貴女は聖女様。金こそ全て!正義なのだと言いたいのですか!?」

 「そ、そんなことは断じてっ!」

 「ならば何故この街の大富豪っ!ピエスドールは裁かれないっ!私の兄を、父を殺したのはピエスドールの手の者だっ!金で罪が贖えるのか!?そうだろうな聖女様!教会には免罪符なるものがあるそうじゃないか!」

 「黙れ黙れ黙れっ!お前の言うことは全て神に対する冒涜だ!ええい!忌まわしき悪魔の子よ!今すぐその忌々しい口を閉じよっ!」


 自分は正論を言っているつもりだ。それなのに言葉を発すれば発するほど、彼女は墓穴を掘っているような予感が拭い去れない。


 「被告よ。お前の兄は時間泥棒。母は主から貸し与えられた自ら命を絶つという大罪を犯した。父たる時計工は正確な時計を生み出し、主から時間という概念を盗み出した!この全てが大罪だ!そしてお前もまた、主の時間を曝き盗み出したっ!」

 「……ええ、そうですね私は一つ罪を犯しました。しかし貴女の言う罪は何一つ、私は罪とは思わない」

 「なんと面の皮の厚いっ……」


 ギリと歯噛みした女司祭に落とされる声。それは少女の物とは別の声。


 「そこのお嬢さん。ちょっといいですか?」

 「金貸しレーヌっ!お前のような汚らわしい男が、神聖なる法廷に足を踏み入れる何てっ!って何ですかその格好はっ!」


 現れた金貸しの姿に、人々は声を失う。街を牛耳る金貸しは、美形の男。そのはずだった。しかしこれはどうしたことか。ドレスに身を包んだ優美な貴婦人がそこにはある。


 「私は金貸し女王。いつ私が男だと言ったかい?それとも教会のお嬢さん。貴女は寝所で私を確かめたことでもあったかい?」

 「け、汚らわしいっ!そんなことあるわけがないでしょうっ!」

 「ああ、そうだろうとも!だから貴女はまんまと騙された。私の衣服と書類上の情報で真実を測った。全てはそれが誤りさ」

 「レーヌ……」

 「こんな格好は懲り懲りだったんだけどね。私の駒鳥のためなら仕方ない」


 金貸し女王は大きな袋を持ち、彼女は惜しみなく金をばらまき道を作る。人々は金欲しさに彼女に道を空けていく。そうやって時間泥棒の隣まで進んできた金貸し女王。


 「さて教会のお嬢さん。私は私は街の外からやって来た金貸しだ。そんな私の身元を保証する証書。それを発行してのは果たして誰か?ああ、そうだ!それは神だ。つまり貴女の崇める人は性別を偽ることを許可して居るんだよ、金さえ積めばね」

 「う、嘘です!皆!このようなものの戯れ言に耳を傾けてはなりません!」

 「この世は須く金こそ正義!金こそ全て!」

 「黙れ金貸しっ!」

 「いいや黙らないさ。歌姫ソネット!時間泥棒ソネット!可憐な彼女の歌は、そんな風に生きてきた私の人生を常識を塗り替えた。この世でこの金よりも価値ある商品!それを今から皆さんにお見せしよう!それで決して腹は膨れない。だが、あなた方は本当の幸福を知ることが出来るだろう」


 歌ってご覧なさいと微笑まれ、時間泥棒は強く頷く。


 「私が恋したのは……小さなクックロビン」


 その歌は一言で言うなら恋の歌。これまで中身の伴わなかった少女の歌に、初めて心が宿った。

 少女が太陽の下で、それも時間泥棒ではなく歌姫の歌を歌うのは初めてのこと。それでも少女が歌えたのは、二つの心があったから。

 時間泥棒のことを知って欲しい。兄は何のために歌い、そして殺されたか。それを人々に教えたかった。自分が恋した相手はこんなに素敵な人だったのだと伝えたかった。それは決して許される恋ではなかったけれど、人を愛する気持ちはなかったことには出来ない心。


 「気付けば何時だって、傍にいてくれた……」


 歌詞が重なる。名も名乗らず、姿を見せず……それでも何時も自分を守ってくれていた兄への好意。そしてもう一人。こんな所まで追いかけてくる金貸し。そうだ。ある意味この金貸しも傍にいてくれた。思えば最初の客は、時間泥棒ではなく……この金貸しだったのだ。客としてカウントしていなかっただけで、最初に歌を聞いてくれたのは金貸しだった。

 今なお時間泥棒への想いは消えない。それでも感謝の気持ちは生まれる。歌うことで彼は満たせると言った。ならば歌おう。少女は思う。

 金よりも素晴らしい歌になるように、誠心誠意、魂込めて……全ての気持ちを歌に込めよう、歌を歌おう。そして彼女は歌いきる。振り向いた先で、金貸しが笑っていた。


 「最高だよ、ソネット。やはり君は私が見込んだ最高の歌姫だ」

 「な、なんとおぞましい歌をっ!よくもこの教会で響かせましたねっ!!」


 対する女司祭の顔は怒りに震えていた。歌の意味を彼女も感じ取ったのだ。


 「実の兄への思慕を歌うなど、どこまで神に背くつもり!?嗚呼っ!おぞましいっ!」

 「時に教会のお嬢さん。貴女は吟遊詩人という物をご存知で?」

 「はぁ?何をいきなり」

 「彼らは手の届かない場所にいる、高貴な人のために恋の歌を歌ったとのことですよ。このお嬢さんもまた同じ。もはやどうすることも出来ない恋のために、その恋を囀り、可憐なこのお嬢さんは生涯を費やすつもりだ。私はそんな神聖な彼女をとても愛おしく思う」

 「き、気持ち悪いわ!お前も女の癖にっ!」


 拒否反応を顕わにする聖職者を、金貸しは朗らかに笑い飛ばした。


 「人を愛したこともない人間は、本当に人を愛することは出来ない。教会のお嬢さん、貴女は人としてこの時間泥棒に遙かに劣っている。貴女の愛は押しつけに過ぎない。唯の自己満足だ。私は私の思いが受け入れられなくとも、彼女を思うこの心を持てたこと。それが生涯の宝だ。金しか愛せなかった私が得られた崇高なる魂だ!」


 こんなものはもう要らないと、金貸しは抱えてきた荷物の中身を風に乗せてばらまいた。人々は歓喜の声を上げ、金貸し女王を讃え始めた。


 「さぁ、皆様方!どうしようもない恋のために、神の時間を曝いたこの可憐な歌姫!そして自らの拒絶の精神のために罪人を選り好みし、弱い者虐めをして彼女を罪人と祭り上げたこの聖女様!果たしてどちらが罪人か!?」

 「狡いわ!卑怯よこんなのっ!金で人を釣るなんてっ!」

 「何を。私は捨てただけさ。私に金など必要ないと思わせた彼女こそ、あなた方にその金を与えたのだと忘れるな!それは時間泥棒からの祝福だ!」


 金貸し女王万歳!時間泥棒万歳!辺り一帯で上がる賛歌。女司祭の声はそれに掻き消されていく。教会の聖職者達も目の前を飛ぶ金にとうとう負けて拾い始める者まで出始める。もう収拾が付かない。女司祭の言葉など、誰も耳を傾けない。


 「助けて貰っておいてこんなこと言うものじゃないけどレーヌ、こんな勝ち方私の理想じゃないわ」

 「まぁ、そう言わないでくれソネット。彼女は君の処刑の準備までしていたそうだからね。観客が君の味方に付いたところで見せしめにそれは執り行われたことだろう。でなければ私も静かに君を見守ったさ」


 金貸しは時間泥棒の手を引いて、歓声飛び交う人の凱旋を潜る。


 「あ、そうそう。さっきはあんなことを言ったけれどね、私は執念深いよ。そう簡単には諦めないと思ってくれ給え」

 「……貴方らしいわ。でも似合ってるじゃないレーヌの癖に。そういう格好」

 「私としては嫌いなのだけれどね。神なんて物に勝手に色々境界敷かれるのは」

 「でも、助かったわ」


 少女は笑う。肯定されたのだ。

 死んだからと忘れる必要はない。思い続けることが何も悪いことではないのだと、同じく諦めの悪いこの金貸しから、教えられたのだ。

 しかし真正面からの礼の言葉は予想していなかったのか、金貸しは惚けてみせる。


 「さぁ、何のことだろう」

 「そうね、何の事かしら?」


 時間泥棒も笑った。兄が死んでから、初めて心の底から彼女は笑えた気がした。

時間泥棒は

鳩時計→兄→←妹←金貸し女王

な相関図なんですが、つい兄妹じゃなくて鳩時計と兄、金貸し女王と妹をくっつけてしまいたくなるのは作者がNTR属性萌えだからなんだろうか。はよソネット兄ちゃん諦めろよと言いたくなる心を抑えて執筆。

ここで振り向いたら話の流れが変わるがな。振り向かないキャラクターなんだソネットは。

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