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14:永久機関の恋心

 人は愚か。人は愚か。人は愚か。

 例え永遠に辿り着いたところでそれは変わらない。人という者の本質がそれである以上、時の長さという概念は関係ない。

 その男は永遠を手に入れた称号に、自らを神とし人も彼を神と呼んだが、あくまで彼が人であることを私は知っている。死なないから、永遠を生きるから神なのではない。

 奴は愚かだ。故に奴は人間だ。神などであるはずがない。

 その証拠にだ。その男は思い通りの女一人作り上げることが出来ないのだ。

 積み上げられたがらくた。壊されたオートマトンの女達。彼女たちは皆一様に男を嘲笑っていた。……そう、死して尚。この男の愚かさを知るという、その点で……この生きてはいない女達の方がこの男より余程賢い生き物だ。それなら神と崇められる男の本質を笑うこの女こそが神か?いいや、あくまで彼女は人形だ。


 さて、時間泥棒と歌姫の話に戻る前にもう一つ無駄話は如何?

 神と人の違いは何か?簡単に言うとそれは殺人という概念。

 人は人殺しを嫌う。私達悪魔が人を殺すことを何とも思わないように、人は獣を鳥を虫を魚を簡単に屠る。それは何故か?彼らが我々ではないから。つまり人が禁じるのは境界の内側での殺し。これは同属殺し、所謂共食いということで忌み嫌われている。罪を或いは罰を恐れ、法という概念に縛られているだけの者もあるだろうか。


 ……ちょっと口調が固くなり過ぎたわね。話の主人公が少年だからか、観察する私の言葉からも女らしさが抜けて来たのかしら。まぁ、堅苦しい文章はこの程度にしておきましょうか?せっかくの脱線だって言うのに、そんな気分になれなくなったら嫌だもの。

 要するに私が言いたいのは、この本の中。この時間泥棒の少年が暮らす世界には、神と呼ばれる人間がいるのよ。実際我々悪魔が存在するんだから神の否定は私もしない。だけどそこの世界にはいないと断言してあげる。

 だって私はそういう機械仕掛けの神の物語に興味がないの!そういう世界を見つけても余程のことがない限り観察しないし執筆したりなんかしないわ。

 かみさまーがでてきてーはいめでたしめでだし?クソファック!やってられない。悪魔はそういうの嫌いなの。お解り?私はあくまで人間の世界で人間が足掻いたり苦しんだり狂ったり大暴れしたりする姿にぞくぞくするの。だから一つの本の中で契約するのは基本的に一人と決めている。パワーインフレって面白くないし。私は人間の願いを叶えてあげる優しい神様じゃない。私は悪魔だから、私の目的のために力を貸すだけ。だから契約してすぐ願いを叶えたりしない。私が与えるのは願いを叶えるための手段。そこから彼や彼女がどう動くのかを私は観察したいわけなのだから。

 だからね、デウス・エクス・マキナなんてもってのほかよ。クソ食らえってわけ。

 だから私はその男が永遠の時間を持っていても神なんて呼ばない。彼は何でも思い通りに出来る訳じゃないんだもの。唯時間があるってだけ。それが神の証明にはならない。結局は唯の人間。そいつは唯の人間。吐き気がするくらいエゴ丸出しの醜い人間。

 私も悪魔だし両面性は持ち合わせているし?男心も女心も多少なりとは理解できるけど、気持ち悪いと思うことはあるわね。


 特に女女女、女の尻ばっか追いかけてる男はろくなのいないわ。特に酷いのが現実では追いかけないで頭の中だけでそういうことをする奴。その歪んだ情熱が生み出す物の醜悪さと言ったら、私はパス。そういうのが好きな同僚もいるけど私はパス。実際貴方もそういう男にねちねちと千年万年単位で付きまとわれてみなさいよ。私の気持ちが解るでしょうよ。

 女のことばっか考えてるからそうなるんなら、たまには男の尻でも追いかけて精神衛生守ったらいいんじゃないの?あら?人間の世界じゃそういう錯誤がまだあるのね。本当人間ってくだらない。どうしてそんなに小さな事に拘るのかしら。普通だと思っていることが私達悪魔から見えれば本当におかしなことなのに。え?脱線が酷いですって?あらもうこんな時間。それじゃあ気を取り直して、ごほん。そろそろ話を戻しましょうか?

 そう……だからその男!最高の女を作り上げようとしているそいつ!そいつははっきり言って変態よ!


 自分に従順で?可愛くて?綺麗で?だけど自分のお願いは何でも素直聞いて?自分だけを心の底から永遠に愛してくれる?そんな女が欲しいですって?

 そこの同意した奴、気持ち悪い。あんた気持ち悪い。一回くらい女になってみなさいよ。やってらんないから。私は悪魔。悪魔はその辺さばさばと行くわよ。基本悪魔なんて連中ビッチは褒め言葉とかそういう世界なわけよ。だからそういう変態一途はこっちの世界じゃモテないわよ。

 私もねー、いっそ常時男悪魔になって女の子侍らせてる方が楽しいかもしれないと思った時期もあるけど、私そこまで生身の相手に興味ないんだわ。だからこうして遠い世界を観察してる方が余程有意義で楽しいってわけ。

 だからはっきり言うけど、私のある同僚は私達の世界じゃかなり変わり者。私はああいう男嫌いだわ。だからその男に似た系統のその神という男も私は大嫌い!

 なのにどうしてそんな嫌いな男の話をここで取り上げるんですって?それには浅いわけがあるのよ。

 私はそいつが嫌い。だからそいつに苦しめられた彼女にちょっと同情している。べ、別に同病相憐れむって奴じゃないわよ!私は普通の愛の恋には興味がないの!だからあの子とその子の行き先暗そうな愛にぞくぞくしてるだけよ!

 だって、鳩時計っていうあの子……普通の人間じゃないわよ。っていうか人間でもないわよ。

 そう、だから気になったの。だから彼女についてちょっと遡って色々見て来たの。彼女自身覚えていないことだから、それを彼女の視点で持ってくるのって難しそうだったから。

 歌姫の裁判長引きそうだし?時間泥棒の子達の話はちょっと、今回は止めて……鳩時計が作られる工程でも見てみるのはどうかしら?あれで時計工だなんて言うんだからお笑いだわ!


 *


 どくん、どくん。刻んでいる。刻まれている。少女は思う。

 その音はまるで時計のようだ。ああ、そうか私は時計なのか。そう思うと悲しくて、頬が涙を伝う。しかし彼女はそれが雨の所為なのかそうではないのかよくわからない。

 男だ。男が笑っている。血だまりに横たわる私の胸から何かを探るようがさごそと……そして音が遠くなる。私の時計が奪われたのだ。

 男の手の中に私の時計がある。それを掲げて男は愛おしそうに私の時計を見て笑う。抜け殻の私になんか何の興味もないように。


 *


 「ウェスペル。君の名前はウェルペル=マキナ。機械仕掛けの夕暮れ。それが君の名前だよ」


 目を開けた鳩時計に向かって、その男はそう言った。鳩時計はその意味が分からなかったので首を傾げた。

 それに対し男は、自分を何と呼べばいいのか解らなかったと思ったのだろう。「私のことはでお父様で構わない」……男は笑ってそう言ったけれど唯何となく、それがとても気持ちの悪いことだなと鳩時計は思った。

 彼はとても優しく笑っているのに、その笑顔に何故か嫌悪感を感じている。

 どくんどくんと、冷たい身体の中で時計の音がする。

 男に連れられ鳩時計は鏡を見せられる。そこにいたのは真っ白な髪と翼を持つ美しい少女。その顔に見覚えはなかったが、夕焼けのように鮮やかな赤い瞳……それが何処かで見たことがあるような気がして、頭が痛んだ。不思議なこともあるものだ。鳩時計はそう思う。

 鳩時計は理解している。自分が機械であることを。だから頭痛など感じるはずがないのだと言うことも。それでも何故か頭が痛い。そんな此方の様子を気付きもせずに、後ろから鏡を覗き込む男は薄ら笑い。顔はそこまで悪くないが、何処か陰気な優男。何か内に強大な物……コンプレックスを抱えていそうな男だと鳩時計は思った。


 「目は青い方が良いと思ったんだが、意外と赤も悪くなかったな」


 鳩時計に誰かの面影を見るように、男はそんなことを言っていた。


 「それで、お父様は何のために私を作られたんですか?」


 気持ち悪いと思いながらも鳩時計は言葉を紡いだ。その声に男は満足げに頷いて、また妙なことを言い出した。


 「さぁ我が娘!笑っておくれ!」

 「嫌です」


 鳩時計は満面の笑みでそれを丁重に断った。答えは簡単。気持ち悪かったから。


 「素晴らしいっ!!」


 何故かそれに男は喜んだ。確かに鳩時計の笑顔は愛らしい物ではあったが、それでここまで男が喜ぶ物か?


 「君には……お前には感情がある!これまでの屑共とは違う!ああっ!遂に完成したのだ!私の最高傑作!自動人形!最上の美しさと永遠の命っ!我が伴侶に相応しいっ……世界最高の女が誕生した!」

 「何の話ですか?」

 「お父様はもうお終いだ。今度からは語尾にハートマークを付けて新妻のようにあ・な・たと呼んでくれ!」

 「嫌です、気持ち悪い」


 鳩時計の言葉に男は絶句。まさか拒絶されるとは思わなかったのだろう。愚かなことにこの男は自分を中心に世界が回っているとでも思っていたのか。


 「良いですかお父様。私は今生まれたばかりです。赤子も同然です。そんな私にそんな事を語る貴方はおかしいです」


 出産後すぐ妻の傍で父親が我が子を口説き始めてあまつさえ襲おうとでもしてみなさい。何時の時代でもそんなことはじめたら嫁に半殺しにされるに決まっています。とは鳩時計の言葉。

 つまり貴方は今半殺しにされてもおかしくないことをしようとしたのだと反論する娘に、父であるその時計工はやれやれと肩をすくめた。


 「一から口説き落とせと?それでは生身の女と変わらないじゃないか」


 面倒臭いと言わんばかりの男の態度に、鳩時計は苛立った。その当然最初から自分がこの男に惚れていなければならないという理不尽な設定に腹を立てたのだ。

 身体は機械かもしれない。だけどそんな理由で私は愛する人も自由に選ばせては貰えないのか。感情なんて無意味な物何故この男は作りたがった?私が苦痛なだけではないか。

 そう思うと鳩時計は無性に腹立たしくなる。

 機械は人ではない。だから人権がない。当然のように。当たり前のことが当たり前ではない。だから従順にこんな気に入らない男の永遠の慰み者になれと?嗚呼、気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪いっっっ!


 「仮に私に感情があるのだとしても、それが貴方を愛する理由にはなりません。第一私には貴方が何なのかさえ知りません。そんな相手をいきなり愛せるほど私は不良品ではありません」

 「それなら話が早い。ついておいで。私の偉大さを知ればお前もすぐに私の虜になるだろう」


 歩き出した男に続き、機械だらけの部屋を出て、長い回廊を抜けた先……そこはあまりにも高い場所だった。


 「ここは……?」


 そこは天空に聳え立つ塔の上。遙か下方にはぐるりと円に囲まれた無数の町がある。その円はまるで時計の文字盤。町は時計。ぐるぐると回って回って……寂れて壊れて死んでいく。


 「お前はこの世を統べる男の伴侶になれるんだ。光栄に思うと良い」

 「何なんですか、貴方は」

 「昔はしがない時計工。時計を作り続けた甲斐あってか、今は神と呼ばれる職に就いている。どうだい?惚れ直しただろう?」

 「いいえ、全然。全く興味が持てません」


 女心の解らない神はそれから幾日も幾日も機械人形を口説く。けれど彼女は頷かない。その内痺れを切らして来た男。


 「ええい!何がそんなに気に入らないと言うんだ!」

 「私は基本的に年上より年下の男の子の方が好きです。自分より一回りも二回りも年上を恋愛対象になんておぞましくて出来ません」

 「この分からず屋がっ!もうお前など知らん!」

 「きゃあっ!お父様!?」

 「お前は今日から正真正銘、鳩時計にしてくれるっ!」


 少女の白い足首に無骨な足枷、鎖。それを部屋へと繋ぎ、その部屋を一軒家へと男は変えてしまった。男はその家を時の狭間へと放り投げ、また長い永い時を機械乙女作りに費やすのだった。

 一方捨てられた鳩時計とは言えば、夕暮れの街に迷い込み、囚われの身。鎖は機械仕掛けで長くなったり短くなったり。彼女が外に出られるのは一時間に一度。その間の三十分に一度。長さは違えど日に四十八回。助けを求めて外に出るも、人々に彼女は見えない。違う時を生きているのだ。

 朝から夕方、夕方から夜……グルグルと回る円盤のような世界。回っているのが自分なのか世界の方なのかも解らなくなる。どうせ何も変わらない。それが解っていながら日に四十八度、助けを求めてしまうのは……あくまで父に抗うためだ。

 いつか助けてくれる誰かを諦めるなら、あの男に縋る他に無くなる。おぞましさと嫌悪感しか感じない相手の愛を受け入れるしか無くなる。そんなのは嫌だと鳩時計は何度も何度も扉の外へと助けを求める。それでも同じ台詞は飽きるもので、次第に鳩時計は歌うようになる。歌は時間を忘れさせてくれる。悲しい永久機関は、自ら死ぬことも出来ない。それが出来ないように作られている。だから死という発想がない。退屈な永遠を唯ひたすらに、いつか出会うであろう誰かを待ち続ける。

 そうして、遂にその日が来た。相手が如何に平凡な少年であっても惹かれずにはいられないほど永い時を彼女は待っていた。だからこそ、彼女は彼にどうしてと問われても困るのだ。

 鳩時計が時間泥棒に協力するのは至極当然の流れだ。彼女にとって待ち望んだ人。その人の願いは何でも叶えてあげたい。それが自分の幸せから、遠離らない限りには。


 「大好きよ、クロシェット……」


 鳴り響く晩鐘は、教会の鐘。まるで祝福の響きのようだと鳩時計は笑う。永遠の愛を誓わせて、愛しい人に口付ける。


 「貴方となら生きられる。私は永遠を」

 「ま、マキナっ」

 「何?照れてる?クロシェットったら可愛い!」

 「そ、……そうじゃなくて」

 「そうじゃなくて、何?」


 彼が答えられないのをいいことに、鳩時計はまた少年に口付ける。鳩時計は知っていて話していないことがある。それはあの歌姫のことだ。あの歌姫と時間泥棒の結びつきはあまりに深い。彼が彼女を思い出すようなことがあってはならないと、鳩時計は直感していた。ようやく待ち望んだ人。それを奪われては敵わない。


(人間なんかに、生きている人間なんかに、クロシェットは渡さない)


 彼は死んでいる。私と同じ、生きてはいない。だから解り合える、通じ合える、何もかも。今の内に、何も思い出せないくらい、私を好きになって貰う。思い出したとしても私を選んでくれるくらいに私を好きになって貰う。じゃないと嫌。じゃなきゃ嫌。

 あの子は生きてる。まだ誰とでも出会える。だけど私にはこの人しかいない!この人でなければ嫌!

 鳩時計は強く強く、そう思う。この激しさ、この身勝手さ。それが心のある機械の証。完全なる不完全。定められた人ではない、人を強く求める心。それが自分に語りかけてくるようだ。

 お前はちゃんと生きている。確かにいるんだよ、と。

人間の心臓を時計に組み込む時計神。ろくでもねー男です。

生身の女は自分を裏切る。だから機械の女を作ろう。

しかし機械的な女には滾らない。限りなく人間のような機械が欲しい。

それが完成したと思ったら、それは身体は機械ってだけで反応は生身の女と同じ冷たい態度。そんな踏んだり蹴ったり。


鳩時計側からすれば覚えてないとはいえ、自分殺されて時計にされたんだから愛せるわけがないだろうって話。

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