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8:姫駒鳥と金貸し女王

 太陽の下で歌うなんて初めて。

 兄さんはいつもこうして生きていたんだね。


 寝坊ばかりしていた私は何も知らなかった。朝の空気がこんなに澄んでいること。朝焼けの美しさ。空を飛ぶ鳥たちを見て感じる物悲しさ。

 そのちょっとの寂しさを打ち壊してくれる鐘の音。思いきり鐘を鳴らして、みんなに朝を届けてあげる。

 辛い昨日はもうお終い。新しい今日へようこそ。今日も一日頑張って、生きよう?

 人のためにそうやって朝日に祈る。

 奪われた時間を取り戻してあげるから、その取り戻した時間を自由に生きて。

 それが父さんと兄さんの目指したこと。

 大切な人と話をする幸せ。愛する人と過ごす幸せ。空いた時間の中で、そんなささやかな幸せを見つけに行こう。

 それは私には手に入らない物だけど、取り戻された時間の中、幸せそうに笑う人達の笑顔が好きなの。

 兄さんがやっていたことはやっぱりこんなに素晴らしいこと。

 兄さんは、人に時間を届けていたんじゃない。幸せの欠片を届けていたんだわ。


 夕暮れの時刻にもう一度時計塔に昇り、鐘を鳴らして今日の仕事はお終い。

 一日中街の中を駆け回ることってこんなに疲れるのか。足が筋肉痛。ゆっくり休まないと。だけど遅刻は許されない。朝日よりも早く私は目覚めなければならないんだから。

 さて、そろそろ家に帰ろうか。兄さんの所に寝泊まりするにも、こっちに持ってきたい荷物がまだまだある。いい加減あの金貸しも私を忘れている頃よ。帰ってもきっと大丈夫。前に夜中に帰ったときだっていなかったし。大丈夫……大丈夫。


 *


 「ああああああああああああああああああああああああああああああああ嗚呼嗚呼あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!何て勿体ないことをっ!!」

 「げ、……金貸しレーヌ」


 扉を開けて帰宅した、母と暮らしたその家で……少女を出迎えるのは金貸し女王と呼ばれる青年。彼は帽子を被る少女を見つめ絶句。肩口で切りそろえられ、結えなくなった少女の髪を見、わなわなと両肩を震わせている。


 「髪をそんなに短くするなんて正気なのかいソネットっ!!せっかくの君の綺麗な髪が……」


 そう言いながら、がしっと少女の肩を掴みまじまじと彼女を見つめ……黙り込む青年。それに少女は訝しげに彼を見上げる。


 「な、何よ」

 「いや、セミロングもこれがなかなか……実に良いっ!その服に着られている勘がまだ拭えないボーイッシュな男装に新たな市場の開拓が巻き起こりそうだよ!!というわけで私の所で働こう!是非是非是非ともそうするべきだよ!」


 これはこれで好みで気に入ったらしい金貸しは、少女の手を引き連れ出そうとするが、少女は扉にしがみつきそれに抵抗。


 「男装娼婦なんか私はやらないわよ」

 「いや、絶対儲かるって!これは素晴らしいインスピレーションだよソネット!男女構わず顧客に出来る素晴らしい商売になりそうだ!逆もありかもしれないけどね!いや、背徳ほど金になるとはよく言った物だよ、最近ただの娼婦はマンネリ化してきた感があったからね。きっと大ヒットするに違いない!」

 「だからやらないって言ってんでしょ。ていうか何で勝手に私の家に棲み着いてんのよ。貴方青カビか何かの一種?それとも蛆?自然発生する生き物なの?いい加減邪魔だから退いて。ていうか消えて。ていうか何で私の家に常駐してんの?警察のお兄さん呼んでくるわよ」

 「あはははは!ソネットは面白いことを言うんだね。君の第一のファンであるこの私が、君の新しい職場を知らないわけがないじゃないか」

 「変態!ストーカーっ……!!」


 金貸しは、少女が新しい時間泥棒であることを知っている。それを口にし脅しをかけて来たのだ。時間泥棒が警察何か頼れるはずがないだろうと。


 「貴方、最低だわ!」

 「犯罪者を守ってくれる公的機関なんてあり得ないんだよソネット。つまり君が今の仕事を続けるのなら君は犯罪者だ。故に私の犯罪行為を咎めることも逃れることも出来ないわけだよ」

 「……それで?何の用なの?」

 「そう邪険にするのはよしてくれ。これでも私は君を心配していたんだよ」

 「それは私じゃなくて商品としての私でしょ」

 「君がそう思うのなら否定はしないよ。でも今すぐそんなことは止めるんだ。君に何かがあってからじゃ遅い。いや、君の博愛精神は実にすばらしい物だとは思うけれどね。それじゃあ金にもならないし、敵ばかりが増えていく。最後は君も君の兄さんと同じような目に合うのが目に見えている。だからそんなことは止めるんだ。私は君にそれを言いに来たんだよソネット」

 「別にそんなこと貴方に心配される筋合いはないわ」


 この悪徳高利金貸しが、他人のために言葉を作るはずがない。あったとしてもそれは詐欺の前触れ。少女は頑なに彼を拒絶する。そんな冷たい態度の少女に金貸しは溜息一つ、肩をすくめる。何て言ったら信じて貰えるんだろうと思い悩むような苦悩の色が僅かにそこには滲んでいた。


 「……いいかいソネット。君のやっていることは誰の得にもならないことだ。君の兄さんのしたことで、誰が救われた?誰も救われない。そして彼も救われない。そして今君がそんなことをしたら彼は余計に報われないとは思わないのか?」


 慎重に言葉を選んでの説得を始めた金貸し。しかし少女は靡かない。


 「そんなことより勝手にうちのお茶沸かして優雅に啜るの止めてくれない?」

 「あれ、今結構良いこと言ったのに。ああ、これね。安いだけあまり美味しくないね。でも愛らしい君が目の前にいるだけで粗茶も至高の一品に変わるようだよ」

 「あ、そう。で?」

 「借金の差し押さえで君の家のものは全部私の物になったんだ。君のお母さんの保険金だけじゃ払いきれなくてね」

 「数時間オーバーで保険金でも足りないって、貴方のところどんだけあくどい商売してんのよ」

 「返済期限は昼だったんだけど、こっちにお金が来たのは夕方だったからねぇ。利息だから仕方ないよ」

 「ていうか……なんか私の下着とか服がごっそり消えてるんだけど」

 「勿論差し押さえたんだよ。気に障ったかい?」

 「これで気に障らない人がいたらちょっと驚くわ。それから貴方の家放火して来てもいい?」

 「なるほど。それが君の私への燃えたぎる抑えきれない愛情表現というわけだ。うん、そういうことなら仕方ない。家なんか幾らでも建てられるしね。日に一度くらいなら焼いてくれても構わないよ」

 「たった今燃やしたいのが貴方の家から貴方に変わったわ」

 「可哀想にソネット。私のためにそこまで思い詰めてくれていたなんて」

 「ええそうね。貴方のせいで私凄く可哀想だわ」

 「それが君望みなら何でも叶えてあげたいけれど、流石にそれは出来ないな。君が更なる罪を犯す前にそれを止めてあげるのが君を愛する私の役割だろう」

 「………………は?」


 どさくさに紛れて聞こえた言葉に少女は両目を見開いた。その反応に金貸しは少しだけ眼を細める。


 「ここ何日か、私はずっと考えていたんだ」


 その目は優しげな色を宿していて……今にも泣き出しそうで、そんな目を向けられる理由が分からず少女は動揺してしまう。


 「夜にいつもの広場に行っても君はいないし、家にも帰らない。もしや君が度重なる不幸に屈して身投げでもしてしまったのかと本当に心配していたんだ」

 「…………レーヌ」


 心配していたという言葉は彼の本心なのかもしれない。少女はそれを僅かに認める。


 「今日まで私はずっと考えていた。何故私はこんなに君が気になるのか!君が死んでしまったのではないかと思ったとき、ようやくその理由が分かった!ソネット、私は君を愛しているんだ!!」


 突然の告白に、少女は言葉を失ってしまった。それもそのはず。今の今まで憎い男として敵視してきた。そんな相手から想いを告げられることになろうとは。


 「解ってしまえば簡単だった。君に危ないことをさせたくない。君の歌を私だけの物にしてしまいたい。君が他の人間のために歌を歌うのが耐えられない。私のためだけに、私の傍で歌って欲しいんだ、ソネット……」


 少女は熱意の宿ったその言葉に、縫いつけられたように身動きが取れなくなる。まるで標本になって気分だった。金貸しは、そんな動けないの頬を優しげに撫で囁いた。


 「…………優しい君が時間泥棒を続けたいというのなら、私が君を支援しても良い。私の力があれば、君の活動を犯罪行為から外させることだって出来る。いや、君の代わりに他の人間を時間泥棒として活動させてもいい。その間君は二度寝をしても三度寝をしても良いんだよ。好きなだけゆっくり眠ってくれて良い。昼だろうと夕方だろうと夜中に目覚めようとも私は文句は言わないよ。君が私の隣で私のために歌ってくれると言うのなら、私は今まで溜めてきた、金だって惜しくはないんだ」


 街に真実を取り戻すことを他の人がしてくれる。安全な場所で自由に贅沢に暮らす。ひもじさとか寒さからも解放される。独りぼっちになってしまった自分を必要として歌を聞いて喜んでくれる人がいる。それは絵に描いたような幸せだ。差し出された手を握り替えしたなら、目も眩むようなハッピーエンドの中を生きられる。

 それでも視線を自分の手へと落とした少女はそこにある時計に気付く。母の形見の指輪時計。


(…………兄さん)


 言えなかったのだ。最後まで。言えなかった想いがまだこの胸の内にある。

 罪なら既に犯しているのだ。彼を好きになってしまったことが既に大罪。それを逃れて生きること、……それこそ誰も救わない。

 時間泥棒への想いを捨てきれぬまま金貸しの手を取ったなら、それはこれまであくどいことをしてきた金貸しが……今誠実な言葉をくれたというのに、それは真摯な返答ではなくなるだろう。

 時計を通したのは左手の薬指。もう誰も好きにはならない。時間泥棒として生きていく。そのための覚悟をそこに託したのだ。時間泥棒を止めて、他の生き方を選んだら、きっと後悔するだろう。この心は満たされない。幸せになんてなれないのだ。例え貧しくとも、報われなくとも、想いが届かなくても……彼が自分を助けてくれたように、同じ道を歩くこと。それが唯一彼と自分を繋ぐものなのだと少女はそう信じている。


 「……レーヌ、私は貴方を誤解していた。それは認めるわ」


 少女は向き合う男に小さく頭を下げる。


 「貴方はただの金の亡者でも変態でもなく……貴方も唯の人間だったのね」

 「ソネット……」


 それが了承の言葉と受け取ったらしい金貸しは、穏やかな笑みを浮かべるが……顔を上げた少女の方は酷く曖昧な笑みで応える。


 「あのねレーヌ、私は時計じゃないの。人間なの。貴方と同じ唯の人間なの。それが貴方には解る?」

 「当然だよ。私は君を道具とも奴隷とも思っていない!君は他の女達とは違うんだ!」

 「……だけど貴方はわかってないわ」


 金貸しの言葉を哀れむように少女は見る。


 「閉じこめられて誰かのためだけに歌うのって、金持ち達の時計みたいだわ。私はそんな生き方は嫌。窒息して心が死んでしまうような生き方は嫌。歌も時計ももっと自由でもっと多くの人のためにあるものなんだと私は思う」


 真っ直ぐに見つめ返されながら紡がれた、拒絶の言葉。それにこれまでで一番重いため息を吐いて金貸しは言う。


 「…………まだ、表には出ていない情報だ。大富豪はクロシェット君の死亡を知っているから君のことをまだ気に留めていない。君の活動が長く続けば目障りだと思うようになるだろうけどね。だけど富豪より君に関心を持っている奴らがいる。危ないのはそっちの方だ」


 時間泥棒を敵視してきたのは時計を奪われた大富豪。時計を取り戻した大富豪は、少女のことを気に留めていない。他の時計で時間泥棒をしても正確な時間を歌うことは出来ないと高をくくっているのだ。

 だからしばらくは大富豪は敵ではない。唯街の混乱を愉快げに眺めているだけだと言う。

 勿論時間泥棒は死んでいるので、懸賞金も消滅。少女が今まで歌った中で人から追われることは一度もなかった。


 「それなら一体誰が……?」


 他に時報行動を憎むようなものの心当たりが他にない。少女は首を傾げる。それに金貸しは、教会だよと呟いた。少女が触れたのは、信仰の定義。唯の人間が自分の所有するもののように我が物顔で時を語ることは神に背く行為なのだと教会は考えているのだと言う。


 「教会が時間泥棒について調べ始めた。君はクロシェット君ほど足は速くない。逃げ切れるとは思わない。教会は時間泥棒にお冠さ。死んだはずの人間が甦るなんて、奴らの信じているものを覆すことだからね。それも犯罪者が甦るなんて、絶対に認められないことだろう」

 「ソネット。もう一度言う。こんなことは止めるんだ。君が死ぬようなことを君の母さんが、兄さんが望むかい?違うだろう?君には生きて幸せになって欲しいと、そう思うんじゃないか?」


 金貸しの与えられる情報は、まだ諦め切れていない。絞り出すような縋り付くようなその言葉。少女の身を案じつつ、未練をそこに匂わせる。


 「確かにクロシェット君はある意味ではこの街の救世主だよ。だけど教会は認めない。彼らは時間について時間は神様って奴の所有物だとお考えだからね。君たちの思想とは真っ向から対立する立場だよ。このまま君が時間泥棒を続けるのなら、君は裁判に掛けられることになる。君の犯した罪は多大だ」


 例え何も盗まなくても、君は罪人だよと金貸しは言う。


 「まず第一に、君は私の心を盗んだ」

 「殴って良いかしら?」


 少女に睨まれ金貸しはこほんと咳払い。ようやく真面目な顔つきに戻る。


 「まず第一に、君は時間を盗んだ。そして第二に、死者を騙り性別を偽った。この2つのことから君の歌った時間はまず真実として疑われる。そして第三に……君は動機を尋ねられたときに答えるだろう事。それは奴らが許すはずもない大罪だ」


 「君は何もしていないけれど、裁かれる口実を幾らでも持っている。裁判に掛けられれば極刑に処せられることも起こり得る。奴らは少なくともそう攻めてくる。その時君には味方がいない。貧しい君は弁護人を雇う金もないだろう?君に不利なまま裁判は続いていくよ。私は君のような子が魔女だの悪魔だのとあの狂信者共に侮辱されるところ見たくないんだ」

 「…………」


 金貸しの脅しは命まで及んだ。この誘いを断ることは死へと歩き出すこと。生きたいと思うなら、死にたくないと願うなら、この手を取って共に生きよう。彼はそう言っている。


 「ソネット、君は兄さんへの想いを封じて忘れるべきなんだ。それが君にとっての救いだ。私がその手伝いをしよう。ゆっくりでいい。少しずつ、そうする努力を続けよう?」


 少女は考える。生とは何か。死とは何かを。

 これまでそんなに長く生きて来たわけではない。それなのにもうそんなことを考えなければならない時期に差し掛かっている。

 死を想像すれば、それはとても恐ろしい。ほんの数日前に、惨い兄の遺体を見たばかり。

 時計を握りしめていた手が地面へと落とされて、体中がボロボロ。あちこちに銃弾で貫かれた穴がある。流れ出す血が服を別の色に染めていた。自分もあんな風にされてしまうのだろうか。脅える心が僅かに決意を揺るがせる。


(でも……)


 人はいずれ、いつかは死んでしまうもの。何時死ぬか。どう死ぬか。それが大事なことなんだろうか?


(違う。そんなの違う!)


 大事なのは、どう死ぬかではなくどう生きるか。どう生きたかだ。人々は時間泥棒の死に様を嘲笑った。馬鹿だ馬鹿だと大笑いした人間ばかり。

 それは彼の過程をこれまでの生き方を全否定すること。そんなのは認められない。認めたくない。

 それでも結果で生き方を選んだのなら、自分も兄の過程を否定してしまうことになる。そんなことは嫌だ。


(例え幸せに死ぬことが出来たとしても、その過程の生き方が納得出来ない物ならば、私はどうやって兄さんに顔向けすればいい?どんな顔で兄さんを見ればいいの?)


 目も合わせられない。申し訳なくて、情けなくて。

 そういうのも嫌なのだ。どう死んだとしても、ちゃんを顔を上げて報告したい。私は頑張ったよと言うのだ。誰からも認められなくても、そこで彼によく頑張ったねとたった一言褒めて貰えるならば、そんな生き方を貫くことにも耐えられる。私は十分報われる。全ての犠牲を肯定できる。そんな風に生きたなら。


 「ねぇレーヌ、歌姫がどうして歌を歌うのかわかる?」


 すぅと息を深く吸って少女は微笑む。金貸しへ。


 「歌いたいからよ。そこに歌があるからとかそんな理由じゃないわ。それは歌のせいじゃない。歌う人間のせいなんだわ。だから人の行動って言うのは何だってもっと我が儘で利己的なものなのよ」


 それを突き詰めれば、そこには誰かのためとか金のためとかそんなものはなく、ただ歌いたいという欲のために歌うのだ。


 「……私は時間泥棒。死ぬまで時間を奪うだけ」


 それはそこに時間があるからではなく、そうしたいからそうするのだ。人のための博愛精神であり素晴らしい美徳なのだとこの金貸しは少女を讃えたが、そんなことはない。恋は盲目ということで、そういう風に解釈なされているだけだ。

 少女が時間泥棒を始めたのも、続けるのも、結局の所自分のためであって自己満足の塊だ。自分の心を満たすため。そのための行動が、誰かの役に立つのなら、確かにそれは素晴らしい。だけどそれは決して誰かのために行われていることではない。だからそんな生き方にも不満を感じたりはしない。

 時間泥棒を止める気はない。強くそう言い切った少女に金貸しは目眩を抑えるように額に手を当てた。


 「君はまだ死を理解していない。だからそんなことが言えるんだ。……それを目の前に突きつけられたなら、君も理解してくれるだろう。……いいかいソネット。金の力は偉大だ。私なら君を教会の檻の中から救い出すことが出来る。君への判決を覆すことも出来る。どうかそれだけ覚えておいてくれ」

 「ええ……別に私は貴方を怨まないわ」


 金貸しのやりそうなこと。それは少女も理解していた。遅かれ早かれその時が来るのなら、それは早くても仕方ない。

 そうすることで少しは彼の大好きな金が彼の所へ行くのなら、それはそれで良いのかもしれない。彼の手を取れなかった事への詫びのような物として受け取って貰っても良い。


 「…………ソネット、これは君のためなんだ。許してくれ」


 悲しげに目を伏せてそう言い残し、金貸しは立ち去る。それを静かに見送って少女はこれが最後になるかもしれないと、母と過ごしたその部屋で眠りにつくことにした。




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