第五話
お、重いなんて言わないでよね!!
さて、彼女はどこに行ったのだろうか? まだ遠くには行ってないはず。
「……いた」
案外早く見つかった。家から歩いて数分の公園にて、一人でブランコに座っている。
暗い表情をしていて、何だか胸が締め付けられた。
「……先輩」
命ちゃんは力無く笑った。
「すみません。用事だなんて嘘ついて」
「いや、いいよ」
オレは隣のブランコに座った。
命ちゃんはというと、軽く漕ぎながら体を揺らしていた。
すっかり暗くなった夜の公園は、何だか怖かった。
「……何か、あった?」
彼女の心に、問いかけるように、オレは尋ねてみた。まあ、答えてはくれないだろうけど。
「…………」
やっぱり。
「ま、嫌なら言わなくていいけど」
「……言います」
とても小さな声だった。近くにいないと聞こえないくらいに。でも、オレはしっかりとその声を聞いた。
「私、怖かったんです」
「……何が?」
今もなおブランコを漕ぎ続ける命ちゃん。
「さっきの……、先輩のご両親とお友達の会話を聞いていて……、自分の知らない何かがあって……」
「…………?」
「……すみません。ちょっと分かりにくいですよね」
確かに、何が言いたかったのかは分からないけれど、とにかく、怖かったのは分かった。
「何て言うか……、そう。温もり……ですかね」
「温もり?」
「はい、私の家にはそんなの無くて……」
「…………」
こういう時、オレは何を言うべきなのか分からない。優しい言葉をかけるべきなのか、それとも励ましの言葉をかけるべきなのか……。
「……複雑な家庭だったんだな」
……こんなことしか言えないオレって、情けない。
もっと良い言葉があっただろうに。
彼女は何も答えなかった。
「親御さんは……?」
気まずい空気を打破すべく、オレは命ちゃんに話しかけた。
……もっと、別なそらし方とかあるだろ……。こんなこと、今、聞くかよ……。
「……」
彼女は何も言わなかった。
彼女の表情は見えない。
気まずい空気はいまだに流れ続けている。
「……死にたい」
「…………」
小さい声。しかし、充分過ぎるほど、心に響いた。
痛い…、心が。
「私、行きますね」
すとん、と立ち上がり、オレに背を向けた少女。
オレはその寂しげな背中をただ見つめることしかできなかった。
大きなため息が出た。
情けないな、オレは……。
暗闇の中、オレはそんなことを痛感していた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
その後、遥香に報告したところ、思いっきりバカにされ、挙げ句の果てにはかかと落としを食らった。そして遥香は、「アンタはどこまでバカなのよ……」とオレに言い残し帰って行った。
そんなの、オレだって分かってるさ……。
彼女の力になれなかったのが、悔しい。
……もしかしたら、彼女の死にたがりは家庭的な要因なのか? だとしたらオレはどうすれば?
今夜は、なんだか眠れそうにないな……。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
この日の授業は、ほとんど頭に入ってこなかった。秀明にも心配されたし……。
なんだか、命ちゃんに会うのが気まずい。無神経にも、あんなことを言ってしまったし……。
「なー、どうすりゃいいかな?」
とりあえず、近くにいた秀明に話しかけてみた。彼は「何がだよ?」と一言、プレーンに答えた。
オレは昨日あったことを話した。すると。
「そりゃあ……、お前が悪い」
ズバッと一言、逆に気分が良いくらいだ。
「ですよね……」
はあ、とオレはため息をついた。
「ってか、今からでも謝れば?」
「簡単に言うね」
「それしか、ないだろ?」
「まあ、……そうだけどさ」
謝らなきゃいけないのは分かっている。しかし、どう言えばいいのやら……。
「ま、頑張れ」
秀明はそういうものの、本当に何て言おうか。
……結局、最後の授業が終わるまで何も打開策は出てこなかった。もちろん、授業は聞いてない。……後で誰かからノート借りようっと。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
先輩って、思ったより空気が読めないんだ……。
ため息がこぼれた。
なんだか、あんまり会いたくないな……。
とりあえず、私は帰りの準備を始めた。もうホームルームは終わって、クラスのみんなは三々五々と帰って行ってる。
天気は、あまりよくない。早くしないと雨が降りそうだ。
足早に昇降口に向かう。
すると、運の悪いことに雨が降ってきた。
鞄の中には折りたたみ傘は、……ない。
「どうしよう……」
昇降口をウロウロしていると。
「あ、命ちゃん?」
「せ、先輩……」
気まずそうな表情をする榊原先輩。
「どうかした?」
「傘、忘れちゃいまして……」
頭の後ろを撫でながら私は答える。ちゃんと確かめておけばよかったな、と今更後悔した。
「……オレの傘に入る? 大きいしさ」
少しだけ、頬を赤らめた先輩がそう言った。
「いいんですか?」
きっと、私の顔もちょっとは赤色にそまっているのかな……。
「ああ、いいよ」
先輩は快く答えてくれた。
「じゃ、行こうか」
「はい」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
雨水が傘に落ちる音がよく聞こえる。それくらい、静かだった。
先輩は、何も言わない。
私も、何も言わない。
雨は勢いを増していく。
「……ごめんな」
「はい?」
「あの時、……親のことを、さ」
「ああ、あのことですか……」
気にしていたみたいだ。
私にとって、あのことはあまり触れてほしくないことだった。だけど、先輩のしょんぼり顔を見ていると、なんだか怒る気が無くなってきた。
「別にいいですよ、気にしていませんから」
それは嘘。でも、それでいいと思った。
「本当に?」
「はい」
いつまでも、引きずってはいられないから……、断ち切ってしまおう。
「……ありがとう、命ちゃん」
それ以降、先輩は何も言わなかった。
「先輩。ちょっとだけ、私の昔話を聞きませんか?」
なんとなく、沈黙が嫌だったので、先輩に話しかけた。
「昔話?」
「はい。今から……5年くらい前ですかね……」
雨音が少しだけ小さくなった。




