第三話
お待たせしました……
テストがあったんですヨ
悲痛な叫び声が校舎から聞こえる……。ごめんな、秀明。
それに、ちょっと今のオレは人捜ししなきゃいけない。
まだ今からでも間に合うかな。
「駅にいるといいんだけど……」
そんな期待を胸に秘めつつ、オレは駅に向かった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「……っているわけないよな」
大分、先に帰ってしまったみたいだ。色々と話したいことがあったのだが。
「ま、明日にでも……」
いや、彼女は世間一般で言うところの死にたがりというものだ。
もしかしたら……。
「……まさかそんなことは」
「榊原先輩?」
「うへぇっい!?」
そこには探していた命ちゃんがいた。それにしても、今のオレの声は気持ち悪い部類に入る。
「あのー、どうかしたんですか?」
彼女はそこまで気にしていなかったようだ。
「ああ、ちょっと君を探してた。色々と話したいことがあってさ」
「……また、『死ぬなよ』とか言うんですか? そんなの、私の勝手です」
冷めた目でオレを睨んできた。……ちょっと怖く感じたのは、言わないでおこう。
「そんなこと……」
「逆に、先輩がそれを言われたらどう思いますか?」
「そ、それは……」
何を言えばいいか迷っていると、彼女は電車に乗ってしまい、無情にも発車してしまった。
「……行っちゃった」
……彼女は、やっぱり自殺するのだろうか? しかし、今までそういうことはなかった。あったとしてもオレが止めている。
「死ぬなよ、か……」
自分で言った言葉をよく考えてみる。確かに、彼女の生死は彼女が決めることだ。オレが口を挟めることではない。いや、違う。挟むべきなのだ。
しかし、それはどうなんだろう?そんな疑問が頭の中で渦を巻いていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「……なー、こんなに謝ってるのに許してくれないとかマジありえん」
「はっ!! 人の妹を見て欲情してる奴がよく言ったもんだな!!」
それにしてもこの秀明、ご立腹である。
丸一日経ったものの、未だに彼の怒りは治まらない。
「なー、秀明」
「なんだよ、変態」
「変態言うなし。……お前、死ぬなよ、とか言われるとどう思う?」
「今のお前に言われるなら、『お前が死ね』と言い返す。つーか、俺の勝手だし、そんなの」
「……お前に聞いたオレがバカでした」
「おい、どこ行くんだよ?」
「トイレ」
「あっそ」
無愛想に返された言葉をオレは軽く聞き流した。
「ちょっと待て。翔一」
「何だよ?」
「お前、なんであんなこと聞いたんだよ?」
「……なんとなく、かな」
オレは足早にその場を去った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「いただきます」
学食にて、うどんをすするオレ。ちなみに、目の前には恋ちゃんがいる。たまたま会ったので、捕まえたのだ。
「なあ、死ぬなよって言われたらどう思う?」
「な、なんですか。藪から棒に」
「いいから、答えて」
「……そんなの、わたしの勝手です。と思いますね」
「だよね……」
思わず、ため息が出る。
「それがどうかしたんですか?」
「いや、別に……」
その後、たまたま通った秀明がまた恋ちゃんに襲われ、大惨事になったのはここだけの話。今回はちゃんと秀明を助けたぞ?
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
生きようが生きまいが、そんなのはその人の勝手だ。それが、みんなの意見。しかし、それを変だと思ってしまうオレは、やはり異常なのか?
もっと、みんなは『そんなこと言われなくても生きる!!』みたいに強く言い返せないのか?
でも、逆にオレが「死ぬなよ」と言われたら、そうは思えない気がする。やっぱり、「そんなのオレの勝手」と言い返してしまいそうな気もする。
はぁ……、訳わからない。
「死ぬなよ、か……」
命ちゃんに言われて、返答に詰まった言葉。そんな簡単に「生きる」なんて言い返せない。ましてや、彼女は死にたがりだ。その言葉を期待した俺は……バカだ。
……そんなことに気付かず、オレは彼女に「死ぬなよ」と言ってきたのか……。
なんか、悪いことをした気分だ。……明日、謝ろう。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
やっぱり、私は素直じゃない。
「死ぬなよ」と言われて、嬉しかった。あの時だってそうだった。
でも、口から出たのは「『死ぬなよ』と言われたらどう思いますか」だった。
せっかく先輩が優しくしてくれたのに、差し伸べてきた手を私は拒絶した。そんな感じだ。
……謝ろう。本当の気持ちを言わないと。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「あ」
「あ」
前にもこんな出会い方をした気がする。
話すなら、今がチャンス。
「その……、ごめんなさい」
いきなり謝られても、普通は困るよね……。
「へっ?」
驚いた表情を見せた先輩。まあ、当然か。
……私は、自分の本当の気持ちを伝える。
「私、嬉しかったんです。『死ぬなよ』って言われて」
「そ、そうなのか? でもあの時、『死ぬなよって言われたらどう思いますか』って……」
心配そうな顔をする先輩を見てると、何だか心が痛んだ。
「あれは……、その……売り言葉に買い言葉と言いますか……」
上手く言葉に出来なくて、もどかしい。それでも、私は伝えたい。
「なんというか……、その……嬉しかったんですけど……。私、素直じゃないから……」
今は、素直になって、ちゃんと言おう。
「ごめんなさい」
「……そんな。謝れても困るな……。むしろ、オレが謝りたいんだ」
「……え?」
「オレ、君に酷いことを言ってきたかと思ってた……。君は死にたがりなのに、オレは『死ぬなよ』とか言っちゃってさ……」
先輩は自嘲する。
「先輩、それ考え過ぎです」
「そう、かな?」
首を傾げる先輩。
「……なんだ、ちゃんと笑えるじゃん」
「え?」
先輩はにっこり笑って、私の頭を撫でる。……なんだか、気分が良かった。
「初めて会った時さ、凄いムスッとした顔つきだったから、笑わない子なのかなって思ってたけど、オレの勘違いみたいだったよ」
「わ、私はそこまで暗い女じゃないです!!」
「ははっ、ゴメンゴメン」
「もう……!!」
とりあえず、言いたいことは言えたから、いいとするかな。
私は先輩に背を向けた。
「……先輩、ありがとうございます」
誰にも聞こえない小さな声。
恥ずかしくて、本当に小さな声でしか言えなかった感謝の言葉。
「……私、これから用事があるので!!」
……少しは、素直になれたかな?なんだか、今日はいい気分だな。




