第二話
いつもなら、嫌な夢を見る。呪いの言葉をかけられて発狂しそうになる。でも、今朝は意外と目覚めが良かった。
背伸びをし、欠伸をする。
「誰なんだろう……あの人」
昨日のあの人の顔が蘇ってくる。……はぁ。
いったい、どんな人なんだろう?……とりあえず、今日の学校の準備を始めた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「あ」
「あ」
まさかこんな時に出会うとは……、運がいいのか悪いのか。学校の帰り道の途中に、声をかけられたので誰かと思いきや、名前も知らない、私を止めた少年がそこにいた。
「……また、会いましたね」
「ああ、そうだな」
「…………」
「…………」
……沈黙。
まさか、同じ学校だったとは……。制服で分かった。彼も驚いてるみたいだ。
「あ、君は一年生だね。そのリボン……」
「え、あ、はい。そうですね」
私たちの通う学校は、リボンやネクタイの色で学年が分かる。ちなみに私のは赤色。この人のネクタイは青色だから、先輩にあたる、ということになる。
「そーいや、自己紹介がまだだったな。俺は榊原翔一。よろしくな」
にっこり笑ってきた。いい人なのは間違いない。現に、私が自殺しようとしたのを身を投げ出してまで助けようとしたのだから。
「私は……、藤澤命です」
それに対し、私はぶっきらぼうに答えた。はぁ……、私って……。
「命ちゃん、か。いい名前だね」
「そっ、そうですか……?」
こ、この先輩はナチュラルに恥ずかしいことを言ってる気がする……。あの時といい……。
「じゃあ、俺はこっちだから」
「え? ……はい、それじゃあ」
手を振り返す。
なんだったんだろう、あの先輩は。
「あの、一ついいですか?」
私は思い切って先輩に話しかけた。
「何?」
「あの時、『死ぬなよ』って言いましたよね。なんでそんなことを言ったんですか?」
「なんとなく、かな」
そう言い残し、榊原先輩は去っていった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ただいま〜」
家には誰もいなかったけど、いつものクセで出てしまう。まあ、親は仕事で忙しいから家にいることはないんだけどさ。
「命ちゃん、か……」
『いのち』と書いて『みこと』と読む。皮肉なことに、彼女は死にたがりだけど。
でも、なんで彼女は『死』を望むのだろう? 何か理由があるのには間違いないのだろうけど。
「ったく、何なんだろうな……」
そんな呟きが漏れた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「はぁ〜!! 疲れた!!」
学校の購買部というのは本当にカオスな空間で。男女ともに入り乱れているわけで。パンを得るために戦闘が行われるわけで。保健室に運ばれる生徒もいるわけで。阿鼻叫喚とはまさにこのことを言うのかもしれない。
「今日の収穫は……」
もはや手に当たった物を買ったので、何かはまだ分からない。
「…………うわ」
なんと……、ダブルチョコチップメロンパン・オメガだった。
購買部一甘ったるいパンである。しかもオメガってもう……。
いくら甘党でもこれは喰えない。
「うわ……、マジどーしよ……」
処分に困っていると。
「あれ、榊原センパイ?」
「ん? ああ、恋ちゃんか」
この少女こそ、秀明が恐れている後輩、斎藤恋である。
普通にいい子だと思うけど……、一体何故秀明はあそこまで怯えるんだろう……?
「あ、センパイ。それ買っちゃったんですか?」
「まあ、な」
「交換しませんか? このパンと」
恋ちゃんが出してきたのはホットドッグだった。
「いいのか?」
「いいですよ、それ大好物ですから」
「そ、そうか……」
物好きもいるんだな。
……そういえば。
「恋ちゃん。藤澤命って子、知ってる?」
確か、同じ学年だったはず。
「B組にいますよ。それがどうかしましたか?」
「いや、特に」
「気になってる娘ですか〜?」
「……あながち間違ってないな」
「……へー」
ニヤニヤ顔の恋ちゃん。何か面白いことを思い浮かべてるような……。
「で、どんな子か分かる?」
「えーっと、なんかちょっとトゲトゲしいっていうか……。『私に構わないで!!』みたいなオーラが凄くて……」
「や、やっぱり……」
「でも結構可愛い子ですよ?」
「それは、知ってる」
「…………センパイって意外と面食い?」
「うるせー」
そんな会話を交わしていると、昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴った。
「時間ですね、じゃあこれで」
「ああ」
そして彼女は去っていった。
さーて、オレはどうしようかな……?
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ここだよな、あの子の教室」
放課後、こっそりと教室を伺った。どうやら、掃除の時間だ。
「……てか覗き見してるオレってただの変態じゃん」
「そうですね。センパイは変態ですね」
「のわっ!?」
なんと恋ちゃんが隣にいました。ビックリした……。
「どうしたんですか? センパイ」
「いや、ちょっとね」
「あの子ですか? 例の」
「まあな」
「あの子なら、もう逃げちゃいましたよ?」
「ああ、そうなのか…。……逃げた?」
それは残念だな。
色々と話してみたかったんだけど……。
「まあ、わたしが襲ったから逃げちゃったんでしょ……」
「何やっちゃってんの、恋ちゃん!!」
「いや、本能に従ったまでです!!」
「どんな本能だし!!」
「かわいい子を見ると襲ってしまうという……」
「ただの変態だな、おい!!」
なんだか、秀明が苦手になるのも分かるような……、分からないような……。
「あ、あそこにセンパイが……!! ちょっと行ってきます!!」
センパイ、とは秀明のことをいう。大抵、恋ちゃんは『○○センパイ』と呼ぶが……。何故か、秀明のことは『センパイ』という。
『秀明センパイ』とは言わない。
「ん、あ、げぇっ!! 恋……!!」
あ、秀明が……。
「センパイ!! 今日こそは……!!」
「うぉい!! こっちに来るなぁああ!!」
ああああああ……。
見ない方がいいかも知れない。
秀明が悲惨なことに……。
「おい、翔一!! 見てないで助けっ……」
「……ごめん、秀明。助けられないや」
あ、秀明の目が絶望に染まった。
「なんでだよ……、親友だろ?」
「……これ」
オレは一枚の写真を取り出す。
「そ、それは……」
「わたしが写真をあげたんです」
にっこり、笑う恋ちゃん。
彼女の言った通り、これは彼女がくれたものだ。
「てめぇ、……買収されてんじゃねぇよ!!」
写真に写る少女、それは秀明の妹。名前は智花。なかなか可愛い子だ。
「いや〜、ごめんな〜」
「助けてくれー!!」
秀明、サラバ……。
……てか、オレも冗談ならないくらい変態だな。
はぁ…………。
ようやく、清川家の日常の方々を出せた……




