第十三話
もうそろそろ終わりです
時というのは残酷なものである。もう、3月20日である。
「明日、か……」
手術が成功すれば、俺は命ちゃんと一緒に生きられる。
失敗すれば……。
いや、考えちゃ駄目だ。
「もう、すぐですね」
「そうだね」
俺にべったりくっついて離れようとしてくれない命ちゃん。
「……苦しいから、ちょっと離れてくれる?」
「嫌です」
……駄目みたいだ。
ま、いいか。
これはこれで安心するし、何より和む。
軽く、彼女の頭を撫でてあげた。すると、気持ちよさそうに瞳を細くした。
……猫かよ。
「…………」
あえて、気づかないフリをしているが、命ちゃんは泣いている。
泣き声だって漏れてるし、何よりオレのパジャマが彼女の涙で濡れている。
「……大丈夫だって。死んだりなんかしないから」
「でも……っ、もしものことを考えると怖くてっ!!」
さらに強く抱きついてきた。
「大丈夫だって」
根拠はないけれど、大丈夫な気がする。
だって……、言わなくても分かるよな?
「本当に、大丈夫なんですか?」
「心配すんなって」
「……絶対、帰ってきて下さいね?」
「ああ、分かった」
オレはそう頷いた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
手術の下準備が終わり、あとは手術室に運んで手術をするだけになった。
私は、ギリギリまで先輩の近くにいた。
「もう、時間なんですね」
「うん。じゃ、行ってくるよ」
「くるよ」のところを強調した先輩。
「……先輩、何かしたいこと、ありますか? 出来るだけ、今すぐに出来ることでお願いします」
今更だけど、私にできるのは、それを聞くことしかないから……。
「……命ちゃん。オヤスミのキスは? 麻酔も効いてきたし」
「……嫌です。それじゃ先輩は起きないじゃないですか」
そのまま起きなくなるなんて、嫌だよ、私は。
「駄目か?」
勿論、駄目に決まってる。
でも……。
「はい、駄目です。……でも、おはようのキスはいいですよ」
自分で言ってて恥ずかしいことこの上ない。
「……分かったよ。そのときまで我慢するよ」
運ばれていく先輩。
「……いってらっしゃい」
ただ、私は見送ることしかできなかった。
「私、待ってますから……」
その言葉は誰にも聞こえることは無かっただろう。
ただ、それが虚しかった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
長い。
それにしても長すぎる。
もう丸一日は経過しているような感じがする。
なのに、先輩は手術室から出てこない。
それほど、手の掛かる手術なのだろうか?
時計が時を刻む音だけ、聞こえる。
あとは、何も……。
まだ、時間はかかりそうだ。
その後、近くの看護婦さんに休憩室で休んでるようにと言われ、それに従った。
ソファーに腰掛け、ぼんやりと考え事をしてみる。
先輩は大丈夫だって言ってた。
だけど、それでも怖い。
あの、笑顔が二度と見られなくなってしまうのは……。
「もう、一時だ……」
夜の、一時だ。
もう、手術開始から十時間以上はかかっている。
「眠ってなんか、いられないのに……」
睡魔が徐々に私を蝕んでいく。
仕方ないよね……。昨日会った時からずっと寝ないで先輩の近くにいたから。
全体重をソファーに預けてみると、一気に眠気が襲ってきた。
私はそのまま意識を失うかのように眠りについた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「もう、朝……?」
私は背伸びをしつつそんなことを呟いた。
清々しい朝日に目を細める。
「って!! 手術!! 先輩の!!」
そうだ!! すっかり忘れてた!!
急いで先輩の病室に向かう。
早く、早く、早く!!
少しでも早く、会いたい……!!
病院では走ってはいけないことは分かってる。
きっと、あとで怒られちゃうな……。
階段を上る途中、何回か転んで体を打ったような気がしたけど、そんなのはどうでもよかった。
ただ、先輩がどうなったかが、全てだ。
「先輩っ!!」
先輩は……。
病室にいた。
すやすやと眠っている。
「……先輩」
手術前に言われたことを思い出す。
「……」
心なしか、先輩の唇が尖っているような気が……。
いや、そんなことより。
私は、そっと、先輩に近づいた。そして。
「…………ん」
そっと、先輩にキスをした。
今、思えば、これって立場逆だよね?
……気にしたら、負けか。
「起きてください。先輩」
「……」
「…………」
あれ、起きない?
にやにやしてるのに……、この先輩は。
顔をのぞき込んでみる。
もう一度、してみよう。
そっと、近づいたそのとき。
「……!!」
ガバッと起きあがった先輩に……。
熱い抱擁と共に……、ディープなキ、キスを……。
驚いている私なんか気にも止めず未だくっついて離れようとしてくれない先輩。
「……ふぅ。……おはよう、命ちゃん」
「……おはようございますっ!!」
一目散に先輩の胸の中に飛び込んだ。
「よかった……。本当によかったよぉ……」
「泣かない、泣かない」
「うぅ〜……」
先輩は私の頭を撫でた。
……とても、温かい。
生きてる……。
「ってか先輩いきなりすぎです!!」
「オレとしてはあれくらい熱烈にやってほしかった」
「恥ずかしくてそんなことできません!!」
そう言い争っていると。
「……翔一!!」
「お、秀明か。オレ、参上!!」
「このバカがっ……!!」
「秀明先輩、病み上がりの人間に暴力振るっちゃ駄目ですよ〜」
「うるせっ、恋!!」
言い争っている先輩の友人たち。
「でも、本当に良かった。……これでもあたし、心配してたんだ」
少しだけ涙目の遥香さん。
「起きたか……。我が家の一人息子が」
嬉しさに顔を綻ばしている先輩のお父さん。
「あら、ホント。……よかったわ……」
そして、涙ぐんでいる先輩のお母さん。
「泣くなよ、ここは笑うところだぜ」
「そうね。……あなた」
その後、先輩の親戚にその他のお友達に、まあ、なんというか。とにかく沢山の人が押し寄せてきてしっちゃかめっちゃかだった。
……本当に、楽しかった。
ふと、先輩を見つめてみる。
そして、みんなに気づかれないようにして先輩にこっそり近づいた。
「大好きです、先輩のことが」
「オレもだよ」
繋いだ手の温もりは絶対に、二度と忘れないようにしたい。
そう誓った。




