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第九話



「先輩、今日は予定ありますか?」


学校の帰り道、さりげなく聞いてみた。実は、緊張で足が少しだけすくんでいたけど。


「いや、ないけど」


「あ、あの……。今から、買い物に付き合ってくれますか?」


買い物、とは言っても……。

本当はデートって言いたかった。私の意気地なし……。


「うん、いいよ」


「よかった……。行きましょう」


でも、この方が変に意識しないからいいかもしれない。

とりあえず、私たちは近くの洋服店に入った。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



服の感想を聞いてみたはいいものの……。どうも気まずい。


「先輩。これ、どうですか?」


半ば無理やり話をふった。


「どうって言われても……」


当然、戸惑う先輩。


「私に似合うか聞いてるんです」


「に、似合うんじゃないかな?」


「そ、そうですか? ありがとうございます」


やっぱり、恥ずかしいな……。


「これ、買います」


「早っ!!」


とりあえず、先輩が選んでくれた服は今度会うときに着ようと思った。

そのときは、ちゃんとデートとして誘おう。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「はい、クレープ」


「ありがとうございます」


先輩のおごりで貰ったクレープにかぶりついた。味は、チョコレート味。先輩のはフルーツがたくさん入った物だった。


「おいしい……」


「でしょ。遥香が教えてくれたんだ」


「へぇー……。そうなんですか」


意外だな……。あの人がこんなお店を知ってるだなんて。


「最近どう? なんかあった?」


「いえ……、特に」


「そう。オレも実を言うと何も無かった」


「そ、そうですか……」


「まあ、ね」


私たち二人、何も話さないので、二人の間はとても静かだ。

……なんだか、気まずい。悪い空気では決してないけど、なんだか気まずい。


「あの……先輩?」


「何?」


恥ずかしいけど、思い切って言ってしまおう。


「榊原先輩のこと、翔一くんって呼んじゃダメですか?」


「オレは構わないけど……」


「じゃ、じゃあ……。翔一くん」


「あ、ああ……。何?」


先輩の顔が赤い。

私の顔はもっと赤いに違いない。


「や、やっぱり恥ずかしいので……いいです」


気恥ずかしすぎて……。

私のバカ……。

そのままでいけばよかったのに。やっぱり、私は……。


「そ、そう……」


残念そうな表情をする先輩。

ごめんなさい……。


「やっぱり、先輩って呼んだ方がしっくりきます」


本当は翔一くん、と呼びたかったけど。


「そっか」


ふと、周りを見渡してみると、カップルだらけだった。

私たちも、カップルに見えてるのかな……。


「……ちょっと、気まずいね」


「そうですね」


その場を離れようとする先輩。その背中を私は見つめた。

手を、繋いでも、いいよね……?そっと、先輩の手に、手を伸ばしてみた。

……。


「……命ちゃん?」


「……」


先輩の手は、あたたかい。生きている感じがした。


「……分かったよ」


先輩は手を離さず、握ってくれた。

ただ、それが嬉しかった。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



オレに残された時間は、着実に少なくなっている。

だから、もう少し。

もう少しだけでいいから。

この小さな幸せを噛みしめたい。ふと、そんなことを思った。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



月曜日、昼。

あー、また購買部変なの売ってる……。

ハバネロパンって誰が喰うんだよ……。

ってか、なんで俺買っちまってんだよ……。

適当に掴んだのを買ったのが運の尽きか……。


「あ、恋ちゃん」


あの秀明が苦手な恋ちゃんがパンを持って悩ましげな表情で突っ立っていた。

また、交換してもらおうかな。

オレは恋ちゃんに声をかけてみた。


「恋ちゃん。ちょっとお願いが……」


「ん、何ですか?」


「そのハンバーガーと、コレ、交換してくれる?」


「ハバネロは勘弁してくださいよ〜」


「ですよねー」


涙を流しつつ、パンを頬張る。

うん、すごく辛い。



「そういや恋ちゃんって秀明のこと『秀明センパイ』とは呼ばないよね?」


「あー、特に理由はないです。はあ」


「え、ないの?」


「ま、強いて言うなら……。センパイがそう呼ばれるのが恥ずかしいって言ってましたからね」


そーいや、秀明は『後輩萌え』だったよーな。


「センパイったら素直じゃないですからね」


「あー、それすごくよくわかる」


「やっぱりそう思いますよね!!」


結構気になってたから、スッキリした。

案外どーでもいい理由だったな。なんか深い理由とかがあると思ってたけど。

その後、恋ちゃんと別れ、教室に戻ると、秀明と出会った。


「ん、翔一か」


「何?」


「いや、特に」


「そう」


「……」


「なんか、話そうぜ」


「……今からトイレ」


秀明はさっさと行ってしまった。ああ、なんかつまんない。

……小説にしたら行稼ぎな感じがする。


「まだ、だよな……」


ふと、そんな言葉が零れた。

あの子といられる時間は、まだあると思いたい。

残された時間は、あと少し。

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