第八話
その後、遥香さんと別れた。
先輩と会って、話がしたいけど……。なんか、先輩に会いづらいな……。
どうしよう……。
「お、そこのお嬢さん」
「はい?」
そこには先輩のお父さんがいた。
「浮かない顔してるじゃねーか」
「そ、そうですか?」
「ああ。どうかしたか? まあ、原因はウチのバカ息子だろうけど」
「そ、そんなことは……」
ない、とは言い切れない。
「ま、ちょっくら上がっていけ。…………話があるからよ」
「いいんですか?」
「気にすんな」
特に急ぎの用事も無いので、お言葉に甘えて上がることにした。
聞きたかったのかもしれない。
榊原先輩のことを。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「で、アイツはどこまで話したんだ? あのことを」
「あと、一年しか生きられないって言ってました」
「そうか……。ほかには?」
「特に何も……」
「そうか」
さっき聞いたところ、先輩は今日遅くなるそうだ。
今、会わない方がいいから、良かったなかもしれない。
「知っての通り、アイツは難病だ」
先輩のお父さんの目は、悲しそうな色をしていた。
私は、黙って、その話の続きを聞く。
「アイツも、最初は納得いかないとか言って暴れてたんだぜ……」
それはちょっと想像もつかない。
「でも、受け入れてしまって。今はあんな感じだな」
「…………」
「受け入れる。聞こえのいい言葉だな。だが、そんなの俺たちにとっては辛いだけだ……」
……私もそう思う。
死にたがりの私が言うのもなんだけど、先輩がそれを受け入れてしまったら、私は……。私は……。
「アイツ、笑ってるんだぜ。大丈夫だって。……そんなわけないのにな」
「……なんとかできないですかね」
「さあな。俺たち家族にも頼らない奴だ。……どうしようもないだろ。少しくらい、頼ってくれたっていいのにな」
……いい家族だな。
私の家族とは全然違う。
「羨ましいな……」
「ん?」
「私の家族と、違って優しいですね」
生まれてきたのを否定された私。逆に、生まれてきたのを祝福された先輩。
私の家族には『温もり』がない。先輩の家族には『温もり』がある。
「……そうか。……一つ、頼みがある」
「なんですか?」
「アイツのそばにいてやってくれないか?」
「私は……」
頭を下げる先輩のお父さん。
「言われなくても、そばにいてあげます。……あの人のおかげで今、私は生きていられますから」
「……ありがとう」
先輩のお父さんは、そう言い、部屋の奥に帰って行った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
次の日。
私は先輩を昨日の喫茶店に呼び出した。
「先輩……」
「どうした? そんな泣きそうな顔して」
柔らかい笑顔。
その笑顔が、まぶしくて、儚くて……。
思い切って私は話を切り出した。
「先輩、生きてください」
「……無理だよ」
「そんなことないです」
「無責任なこと言うなよ」
「……!!」
とても、先輩の言った言葉には思えなかった。
「どうせ、死んでしまうんだよ……。無駄なんだよ」
先輩の表情は見えない。というより見せてくれない。
「今まで努力してきたこと、家族の愛情を受けて育ってきたこと、たくさんの人に支えられてきたこと、全てが無駄になるんだよ……」
「先輩……」
「それなら、オレはもういらない」
「先輩!!」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
左の頬が痛い。
誰かにビンタされた。
誰か? 命ちゃんにだ。
どうして?
「先輩は……!!」
涙をポロポロと流し、うつむいている命ちゃん。
「どうしてそんなこと言うんですか!?」
「……さあな」
「先輩は、私と会ったことも無駄っていうんですか!?」
「それは……」
「私は先輩のお陰で生きようと思えるようになりました。先輩のお陰で、です」
オレはなにも言えない。
「それは命ちゃんにとっての話でしょ?」
「先輩だって、何か変わったんじゃないですか?」
……それは、確かにそうだ。
命ちゃんと出会って、オレはこのままじゃいけないって心のどこかでそう思ったんだ。
まさか、自分の口から『死ぬなよ』なんて出るなんて思ってもいなかった。
「オレは……」
「先輩には、私と違ってあんなにいい家族に見守られています。少しくらい、頼っても、いいんじゃないですか?」
そういえば、全然頼らなかったな、死の宣告を受けてから。
「私も、先輩が生きようとしてくれないと、悲しいです」
「命ちゃん……」
「先輩は言いましたよね。『死ぬなよ』って」
「ああ」
「その言葉、ちょっとだけ変えてお返しします」
すると命ちゃんは、にっこりと、見とれてしまうくらい可愛い笑顔で、しかし、どこか辛そうな表情もある笑顔をオレに見せた。
「『生きて』ください」
「……あ」
涙がこぼれてきた。
なんだこれ、止まらないや。
そっと命ちゃんが、ハンカチをくれた。
オレはそれで涙をふき取る。
「一緒に生きましょう。先輩。ずっと、先輩のそばにいますから。先輩が死ぬまで、ずっと。私はそれまで生きます」
「なにそれ。告白?」
ははっ、と笑ったオレ。
今回は命ちゃんが助けてくれた。
「はい、そうです。……なんだか、照れます」
「オレの方が照れるよ……」
恥ずかしがっている命ちゃん。
『生きて』いるのがよく分かる。
「……ありがとう、命ちゃん」
オレは命ちゃんに抱きつき、そしてバレないよう静かに泣いた。
……バレバレだろうけど、ね。




