表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/16

第八話




その後、遥香さんと別れた。

先輩と会って、話がしたいけど……。なんか、先輩に会いづらいな……。

どうしよう……。


「お、そこのお嬢さん」


「はい?」


そこには先輩のお父さんがいた。


「浮かない顔してるじゃねーか」



「そ、そうですか?」


「ああ。どうかしたか? まあ、原因はウチのバカ息子だろうけど」


「そ、そんなことは……」


ない、とは言い切れない。


「ま、ちょっくら上がっていけ。…………話があるからよ」


「いいんですか?」


「気にすんな」


特に急ぎの用事も無いので、お言葉に甘えて上がることにした。

聞きたかったのかもしれない。

榊原先輩のことを。




☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「で、アイツはどこまで話したんだ? あのことを」


「あと、一年しか生きられないって言ってました」


「そうか……。ほかには?」


「特に何も……」


「そうか」


さっき聞いたところ、先輩は今日遅くなるそうだ。

今、会わない方がいいから、良かったなかもしれない。


「知っての通り、アイツは難病だ」


先輩のお父さんの目は、悲しそうな色をしていた。

私は、黙って、その話の続きを聞く。


「アイツも、最初は納得いかないとか言って暴れてたんだぜ……」


それはちょっと想像もつかない。


「でも、受け入れてしまって。今はあんな感じだな」


「…………」


「受け入れる。聞こえのいい言葉だな。だが、そんなの俺たちにとっては辛いだけだ……」


……私もそう思う。

死にたがりの私が言うのもなんだけど、先輩がそれを受け入れてしまったら、私は……。私は……。


「アイツ、笑ってるんだぜ。大丈夫だって。……そんなわけないのにな」


「……なんとかできないですかね」


「さあな。俺たち家族にも頼らない奴だ。……どうしようもないだろ。少しくらい、頼ってくれたっていいのにな」


……いい家族だな。

私の家族とは全然違う。


「羨ましいな……」


「ん?」


「私の家族と、違って優しいですね」


生まれてきたのを否定された私。逆に、生まれてきたのを祝福された先輩。

私の家族には『温もり』がない。先輩の家族には『温もり』がある。


「……そうか。……一つ、頼みがある」


「なんですか?」


「アイツのそばにいてやってくれないか?」


「私は……」


頭を下げる先輩のお父さん。


「言われなくても、そばにいてあげます。……あの人のおかげで今、私は生きていられますから」


「……ありがとう」


先輩のお父さんは、そう言い、部屋の奥に帰って行った。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



次の日。

私は先輩を昨日の喫茶店に呼び出した。


「先輩……」


「どうした? そんな泣きそうな顔して」


柔らかい笑顔。

その笑顔が、まぶしくて、儚くて……。

思い切って私は話を切り出した。


「先輩、生きてください」


「……無理だよ」


「そんなことないです」


「無責任なこと言うなよ」


「……!!」


とても、先輩の言った言葉には思えなかった。


「どうせ、死んでしまうんだよ……。無駄なんだよ」


先輩の表情は見えない。というより見せてくれない。


「今まで努力してきたこと、家族の愛情を受けて育ってきたこと、たくさんの人に支えられてきたこと、全てが無駄になるんだよ……」


「先輩……」


「それなら、オレはもういらない」


「先輩!!」



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



左の頬が痛い。

誰かにビンタされた。

誰か? 命ちゃんにだ。

どうして?


「先輩は……!!」


涙をポロポロと流し、うつむいている命ちゃん。


「どうしてそんなこと言うんですか!?」


「……さあな」


「先輩は、私と会ったことも無駄っていうんですか!?」


「それは……」


「私は先輩のお陰で生きようと思えるようになりました。先輩のお陰で、です」


オレはなにも言えない。


「それは命ちゃんにとっての話でしょ?」


「先輩だって、何か変わったんじゃないですか?」


……それは、確かにそうだ。

命ちゃんと出会って、オレはこのままじゃいけないって心のどこかでそう思ったんだ。

まさか、自分の口から『死ぬなよ』なんて出るなんて思ってもいなかった。


「オレは……」


「先輩には、私と違ってあんなにいい家族に見守られています。少しくらい、頼っても、いいんじゃないですか?」


そういえば、全然頼らなかったな、死の宣告を受けてから。


「私も、先輩が生きようとしてくれないと、悲しいです」


「命ちゃん……」


「先輩は言いましたよね。『死ぬなよ』って」


「ああ」


「その言葉、ちょっとだけ変えてお返しします」


すると命ちゃんは、にっこりと、見とれてしまうくらい可愛い笑顔で、しかし、どこか辛そうな表情もある笑顔をオレに見せた。


「『生きて』ください」


「……あ」


涙がこぼれてきた。

なんだこれ、止まらないや。

そっと命ちゃんが、ハンカチをくれた。

オレはそれで涙をふき取る。


「一緒に生きましょう。先輩。ずっと、先輩のそばにいますから。先輩が死ぬまで、ずっと。私はそれまで生きます」


「なにそれ。告白?」


ははっ、と笑ったオレ。

今回は命ちゃんが助けてくれた。


「はい、そうです。……なんだか、照れます」


「オレの方が照れるよ……」


恥ずかしがっている命ちゃん。

『生きて』いるのがよく分かる。


「……ありがとう、命ちゃん」


オレは命ちゃんに抱きつき、そしてバレないよう静かに泣いた。

……バレバレだろうけど、ね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ