蘇生魔法を覚えた孫がわしを死なせてくれぬ
わし、ゴトク・フシチョーノ。九十歳と八か月。
夕日が差し込む自宅のベッドの上で横になり、大勢の親族に囲まれている。
呼吸は苦しく、心臓の鼓動も弱まり、間もなく訪れる死を待っているところだ。
人生九十年、色々あったが孫の成長も見ることができ、おおむね満足している。
心残りといえば、その孫のヨウニがここにいないこと。
ヨウニはヒーラーとして稀有の才能を持っており、今は遠い街の魔術研究所に勤めているためすぐには帰ってこれないのだ。
最後にまたあの無邪気な笑顔を見たかった。無邪気といってもヨウニはもう四十路なのだが。
「じいちゃん!!」
部屋の扉が勢いよく開け放たれ、誰かが入って来る。
子供の時に比べかなり渋くなったがこの声は聞き間違えようがない。ヨウニだ。
「おお……ヨウ坊……きて……くれた……か」
親族をかき分け、ヨウニがベッドの前にやってくる。
数年ぶりに会った孫は、純白のローブを身にまとい渋いヒゲをたくわえ、静かな知性を漂わせていた。
「じいちゃん……こんなに弱ってしまって……」
「忙しいのに……すまんかった……のぅ」
「なにを言ってるんだ……。じいちゃん、逝くにはまだ早いって……ぐすっ」
「九十まで生きれば……十分じゃろ……。最期にお前の顔が見れて……よかったよ……」
「じいちゃん……」
我が一族は魔術師の家系。
ゆえに息子夫婦は研究だの魔物の討伐だので多忙を極め、よくヨウニをわしに預けて仕事へ出かけて行ったものだ。
わしはとにかくヨウニをかわいがり、ヨウニもわしを両親以上に慕ってくれた。
少しシワの出てきた顔を涙で濡らしているが、わしの動かぬ手はもうその涙をぬぐってやることもできない。
「皆の者……そしてヨウ坊よ。今までありがとう……わしは……幸せ……じゃった……」
「じいちゃん!」
「親父!」
「お義父さん!」
「さらば……じゃ……」
目を閉じると、次第に周囲の声が遠ざかっていく。
こうしてわしの人生は幕を閉じた。
♢ ♢ ♢ ♢
「……ちゃん」
誰かが呼んでいる。
「……ちゃん!」
この声は……ヨウニ?
「じいちゃん!」
「む……」
目を開けるとそこには孫の顔。
どうやらここは天国ではないらしい。
そして体が妙に軽い。
体を起こすと目を腫らしたヨウニが手を握って来る。
「よかった……成功したんだ」
「成功?」
「蘇生魔法さ。つい最近覚えてね」
「なんじゃと」
蘇生魔法など、天賦の才を持つ者が生涯を魔法の研究に捧げた末ようやく覚えられるような、超高位の魔法だぞ。
そんな大それた魔法を使ったというのか。うーむ、さすがわしの孫。大したやつだ。
「俺、みんなに知らせてくるよ。今、遺産の相談してるから」
「……ああ」
やつらめ、もうそんな話を。
相続の分配はあらかじめ決めておったが、わしが生きかえったと知ったらガッカリするかな。
「ふぅ……」
呼吸もすっかり楽になっておる。大したものだな、蘇生魔法とは。
「ほ、本当なのか!?」
ドタバタと複数の足音が近づいてくる。
どうやら全員またここにやってくるらしい。
窓の外を見ると、別れを告げたはずの夕日が死ぬ前と同様、美しく輝いていた。
♢ ♢ ♢ ♢
一週間。
それが蘇生後に伸びたわしの寿命だった。
若ければそのまま生き続けることもできたのだろうが、死因が老衰ではその程度が限界らしい。
六日目から徐々に体調が悪化し、七日目には最期の日のように動くことができなくなった。
しかし目を閉じて再び開けると、また孫の顔。
またしても蘇生魔法を使ったらしい。
それからわしはヨウニのススメで魔術研究所に勤めるようになった。
わしも魔導士の端くれ。孫と共に研究に没頭する日々は、なかなか悪いものではなかった。
しかし……ヨウニはわしが死ぬ度に蘇生を繰り返し、いつしか孫はわしとそう変わらない年齢になっていた。
そしてついにその時はやってくる。
ヨウニの自室のベッドの上に、一人の老人が横になっていた。
呼吸は浅く、顔色も悪い。
そう、この男はわしのかわいい孫、ヨウニであった。
「じいちゃん……ゴホッ」
「ああ、ここにおるぞ」
「親父……」
「ああ」
「母さん……」
「いるわよ」
「おじさん……」
「……ここに」
「おばさん……」
「おるぞえ」
ヨウニのベッドを囲む老人たち。
それは全てヨウニの蘇生魔法で寿命を延ばされた親族であった。
全員すでに齢百を超えている。
ヨウニは蘇生魔法だけではなく転移魔法までモノにし、誰かが死ぬとすぐに飛んでいき延命措置を施してきた。
その結果、寿命が一週間に満たない老人であふれてしまったのだ。
「もう……ダメ、みたいだ。自分に蘇生魔法はかけられないから……これで、お別れ、だね」
「……」
誰も何も言わない。
この場にいる全員が、生きる事に疲れて果てていた。
「……ごめんよ。誰かの死を受け入れるのが怖くて……寂しくて……結局自分が死ぬまで……みんなの命を……いたずらに延ばしてしまった……」
「いいんじゃよ。お前の成長を最後まで見守ることが出来て、わしは満足しておる」
「じいちゃん……」
孫の手を取ると、自分の手と見間違うほどにしわしわになっていた。
「……全く、いい迷惑だったぞ」
そうつぶやいたのはおじさんと呼ばれた男。
ヨウニの母親の兄だ。
「わしが死んだら蘇生だけしてさっさとどこかに行きおって。おかげでわしの知人は、わしだけ残して全員先に逝ってしもうたわい」
「……ごめん」
「まあ、よい。愚痴の続きはあっちで聞いてもらうからな」
ヨウニが逝けば我々もすぐに後を追うことになる為、誰も笑えなかった。
「あ……時間……のよう……だ。本当に……ごめん……みんな。そして……ありがとう……」
「わしらもすぐに追いつく。また……後でな」
「……う……ん……」
天才魔導士ヨウニ・フシチョーノ。皆が見守る中、八十九歳でその生涯を閉じた。
♢ ♢ ♢ ♢
――それから一週間。
蘇生魔法の効果が切れたフシチョーノ一族は次々とこの世を去っていった。
最後の一人、ゴトクが逝った時に子孫たちは『ようやく終わったか』と疲れた顔で事後の処理を進めていく。
そんな最中、神官の姿をした一族の若者がやってきて皆にこう伝えたという。
「みんな聞いてくれ! 俺、ついに蘇生魔法が使えるようになったよ!」
おしまい
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