婚約破棄された調合師令嬢は、第二王子に「その特薬は僕専用だ」と迫られています
初めて令嬢もの(追放・ざまぁ・溺愛)の執筆に挑戦してみました!
頑張って陰で尽くしてきたヒロインが、最高の王子様に才能を見出されて愛されるスカッと甘々なストーリーです。
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それでは、本編をどうぞ!
華やかなシャンデリアの光が、王立夜会の会場を煌々と照らしていた。色とりどりのドレスと、甲高い歓談の声。その喧騒の真ん中で、伯爵令嬢エレナ・ヴァルハイトの心だけが、冷たく冷え切っていた。
「エレナ・ヴァルハイト! 本日をもって、君との婚約を破棄する!」
通り通った声が響き、一瞬で会場の音が消える。
声の主は、エレナの婚約者である伯爵嫡男カイル・ブランシェだった。かつての病弱な青白さは影を潜め、その肌は血色良く艶めいている。傍らには、華やかなドレスを着た男爵令嬢がぴったりと寄り添い、カイルの腰に回した手にギュッと力を込めていた。
「カイル様……? 一体、なにを……」
エレナの声が途切れる。状況が理解できないわけではない。あまりに身勝手な言葉に、息が詰まったのだ。
「聞こえなかったのか? 婚約破棄だ!」
カイルは嘲るように鼻で笑った。
「見ろよ、その姿。いつ会っても薬草臭く、地味で影が薄い。僕の隣に立つなら、この可憐なミレーヌのように華がなければ。君みたいな陰気な女を、僕が愛せるとでも思っていたのか?」
「薬草臭い……?」
響いた声が自分のものか判断がつかない。指先から血の気が引いていく感覚があるのだけは分かる。
(どうして?薬草臭いって、私、私は……)
あまりの出来事に思考が追いつかない。ただ、過去を思い出すことしか出来ない。
それは、まだ幼く、可愛げがあったカイルとの記憶。
彼は幼い頃から原因不明の病に侵され、横になることすら苦しんでいた。吐血し、もがき、喉を、胸をただひたすらにかきむしる。
そんな彼を見ているだけなのが辛くて、ひたすら生きてほしくて、エレナは幼少期から独学で薬草学を修め、寝る間も惜しんで文献を漁った。薬草の皮をむいた。爪の間には緑色の汁が。目元には徹夜で文献を読み漁った跡の隈が。
けれどカイルは、薬の匂いや苦味に極端な拒絶反応を示し、一口も飲めなかった。だからこそ、エレナは研究を重ねたのだ。薬効を保ったまま、味も臭いも完全に消し去る特殊な調合を。
毎日、カイルの元へ届けるお茶やスープにその薬を忍ばせ、陰で支え続けてきた。カイルが元気になることだけが、エレナの支えだった。
それなのに——。
すべて、『臭い』で終わった。『地味』と切り捨てられた。
「カイル様、私は……あなたのお身体のために……」
「言い訳など聞き苦しい!」
カイルはエレナの言葉を冷たく遮った。
「頼んだ覚えはないね。僕の病が治ったのは、僕自身の生命力と、ミレーヌが寄り添ってくれたおかげだ。それをなんだ。勝手に変なもの飲ませやがって!最悪だよ!ともかく、君の地味な気休めなど、何の役にも立っていなかったんだよ」
周囲から、ひそひそとした嘲笑と哀れみの視線が突き刺さる。ミレーヌは嬉しそうに口元を歪め、カイルの腕に胸を押し当てた。
「さあ、見苦しい。さっさと出て行け。二度と姿を見せるな!」
注いできた時間も、愛情も。やはり、すべてが『地味』の一言で踏みにじられる。
エレナは唇を強く噛み締め、静かに深く頭を下げた。涙をこぼすことすら、今のカイルたちには見せたくなかった。見せることに耐えられなかった。
「……承知いたしました。これまで、ありがとうございました」
背中に冷ややかな視線を感じながら、エレナは一人、ゆっくりと会場を後にした。胸に残ったのは、たった一つ。ぽっかりと空いた冷たい穴だけ。
貴族社会を追われたエレナは、小さな手提げ鞄ひとつで平民街へと足を運んだ。
悲しんでいる暇はない。実質的に実家からも捨てられた彼女には、自分の持てるものだけで生きていくしかないのだ。あるのは、薬草の知識だけ。
平民街の片隅。細い裏路地にある小さな店舗を安く借り受け、薬草店を開く準備を進める。店内に満ちる乾いた草木の香りが、傷ついた心を少しだけ落ち着かせてくれた。
「ここで……一人でやっていこう」
誰かのためではなく、自分のために。そう呟いたとき、店の扉が勢いよく弾け飛ぶように開いた。
「誰か……頼む、薬を……!」
飛び込んできたのは、上質な外套を羽織った青年だった。フードの隙間から覗く金色の髪と透き通るような青い瞳。一目でただ者ではないと分かったが、その顔は激しい苦痛に歪み、肩を大きく揺らしていた。
「大丈夫ですか!?」
エレナは咄嗟に駆け寄り、青年を椅子へ腰掛けさせた。
「意識はちゃんとありますか!?名前、名前を言えますか!?」
「お、俺は……ルーク……」
(ルーク?それに、透き通るような金髪……まさか!)
ルークはよくある名だ。だが、かつて伯爵令嬢だった彼女には分かる。正体を隠して滞在しているのかは知らないが、隣国の第二王子であると。
そして、彼にはある有名な話がある。
ルークは生まれつき、極めて鋭敏な味覚と嗅覚を持っていた。そのため、世の中のあらゆる薬の強烈な苦味や匂いに耐えられず、持病の発作が起きてもまともな治療を受けられずにいたのだ、と。
「どの薬師の薬も……口に含んだ瞬間、喉が焼けるように痛む……! だが、もう限界だ……」
息も絶え絶えのルークを見て、エレナは棚から小瓶を取り出した。開店準備で作っていた、栄養補給と鎮痛のための試薬品だ。
「これを使ってください。苦くありませんから」
「……無理だ。どこへ行っても同じだった。『我慢しろ』と言われるだけで……」
「信じてください」
エレナの静かで揺るぎない眼差しに気押され、ルークは覚悟を決めた。もう、生きるためにはこれしかない。勢いよく小瓶を口へと傾けた。
瞬間——
「……え?」
喉を刺す激痛も、鼻を突く悪臭も、何もない。誰でも感じるはずのただの苦みさえも。
「これは……この『水』はなんだ?」
まるで透き通った湧き水を飲んだかのように、スーッと喉を通っていく。そして次の瞬間には、身体を痛めつけていた激しい痛みが、波が引くように和らいでいった。
「苦くない……。それに、身体に染み渡るような……。一体、何をしたんだ?」
ルークは信じられない様子で自分の手を見つめ、それからエレナを凝視した。その瞳には生命を感じさせる色が宿っている。
「薬効だけを残して、独自の調合で味と匂いを消しているんです。お口に合いましたか?」
「お口に合うどころじゃない……! こんな調合、どこの天才調合師だって不可能なはずだ! こんな物があったら、薬の概念そのものがひっくり返るぞ!」
ガタリ、と椅子を鳴らして立ち上がったルークは、エレナの手をぎゅっと包み込んだ。その瞳には、熱い光が宿っている。
「君の技術は、間違いなく国宝級だ。頼む、僕専属の調合師になってくれないか?」
「え……? 専属……ですか?」
「そうだ。必要なものはすべて用意する。研究施設も、珍しい薬草も、望むものをすべてだ。君のような人を、こんな路地裏に埋もれさせておくわけにはいかない」
思いもよらぬ言葉に、エレナはパチパチと瞬きをした。
カイルには「価値がない」と切り捨てられた技術が。今、目の前の青年によって、まっすぐに評価されている。
「私……ただ、飲みやすいように工夫していただけなんですけれど……」
「それがどれほど凄まじいことか、君は自覚していないのか……?」
まっすぐに見つめてくるルークの瞳に、エレナの胸の奥が、じんわりと温かくなった。
エレナがルークとともに隣国へ発ち、店を畳んでから数週間。
ブランシェ伯爵家では、深刻な事態が起きていた。
「な、なぜだ……!? なぜ、また身体が重くなる……!?」
カイルは自室のベッドで荒い息を吐いていた。
エレナを追い出して以降、彼の身体には徐々に違和感が戻り、ついに持病が再発したのだ。全身を刺すような痛みが襲う。
「カイル様、お薬ですわ! 腕利きの薬師に作らせた最新の特効薬です!」
ミレーヌが恭しく杯を差し出す。カイルは藁にもすがる思いでそれを口に含み——次の瞬間、猛烈な苦味に悲鳴を上げて吐き出した。
「おがぁっ!? ぐ、苦い! なんだこの毒物は! ゲホッ、ゴホッ!」
「え、ええっ!? でも、お薬はみんなこういう味ですわ……!」
そこで、カイルの思考がフリーズした。
(薬は苦い……? では、僕が毎日飲んでいたあのお茶は……?)
頭の中に、追放したエレナの姿が鮮明に浮かぶ。
『薬草臭い』と罵ったあの日。エレナがどれほどの時間をかけ、無味無臭の薬を作り続けていたのか。病が治ったのは自分の力などではなく、すべてエレナの手によるものだったという現実に、カイルは顔を蒼白にした。
「エレナ……! エレナの薬じゃなきゃダメなんだ……!」
カイルは身なりも整えず屋敷を飛び出し、平民街の薬草店へと走った。
ちょうどその頃、エレナはやり残した荷物の整理のため、一時的に店を訪れていた。
そこへ、壊れそうな勢いで扉が開き、カイルが崩れ落ちるように入ってきた。
「エレナぁっ!」
青ざめた顔で汗を撒き散らし、狂気を含んだ目でエレナに迫る。
「エレナ! すぐにあれを作れ! 今すぐだ! 追放は取り消してやる! もう一度婚約者にしてやるから、早く薬を飲ませろ!」
畳みかけるカイルの言葉。差し出される汗と皮脂と泥だらけの手。
かつての自分なら、狼狽えていたかもしれない。だが今のエレナの心には、哀しみも、怒りさえも湧いてこない。ただ静かな冷ややかさがあるだけだ。
エレナはカイルを静かに見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「お断りいたします」
「な……なんだと!?」
「私の薬は、生きたいと願う病人のためのものです。……私の努力をただ笑い、薬の価値を気休め程度と吐き捨て、踏みにじるような方のためには、一滴も作れません」
「な、生意気を言うな! 僕を誰だと思っている! 伯爵家の——」
カイルが強引にエレナの手首を掴もうと伸ばした手を、横から伸びてきた手がしっかりと受け止めた。
「——僕の専属に、気安く触れるな」
低く冷たい声。
振り返ると、そこには見慣れぬ上質な服を纏ったルークが立っていた。カイルの手を容易く捻り上げる。
「痛っ……! な、なんだお前は! 僕はブランシェ伯爵家の——」
「静かにしろ。僕はルーク・フォン・アルフレッド、隣国の第二王子と言ったほうがいいかな?」
「な……っ!?」
ルークの発する圧に、カイルは膝から崩れ落ちた。
「彼女の技術は、すでに我が国の宝だ。一国の貴族が脅迫するなど、外交問題にしかならんぞ」
「ひっ……! あ、あが……!」
合図とともに控えの衛兵が押し寄せ、カイルの両腕を抑え込む。
「エレナ! 頼む、助けてくれ! 薬を……苦しいんだ! 僕が悪かった、許してくれぇっ!」
見苦しく叫びながら引きずられていくカイル。その声が遠ざかるのを、エレナはただ静かに見送った。胸のつかえが落ち、すっきりと風が吹き抜けていく感覚があった。
それから月日が流れ——。
隣国の王宮にある、陽の光が差し込む調合室。
整然と並ぶ薬草に囲まれ、エレナは新商品の試作を行っていた。誰に遠慮することもなく、自分の手で新しいものを生み出す時間。エレナの表情は晴れやかだった。
ガチャリと扉が開く音がして、足音が近づいてくる。
振り返る前に、背後から温かい腕がエレナの肩を抱きすくめた。
「……ルーク様」
首元に触れる髪の感触。ルークはエレナの肩に顎を乗せ、ふうと息をついた。
「また夢中になっていたね。あまり根を詰めると、僕が寂しくて倒れてしまう」
「もう、大袈裟です。……お体の調子は?」
エレナが尋ねると、ルークは喉を鳴らして笑った。
「すこぶる良好だよ。……ただ、困った後遺症があってね」
「後遺症、ですか?」
驚いて振り向こうとするエレナを、ルークは逃がさないように少し力を込めて抱きしめ直す。
「君が淹れてくれるお茶の毒にやられたみたいだ。君が隣にいてくれないと、生きていけない体になった」
「ふふ、お茶くらい、いくらでも淹れますよ」
「お茶だけじゃない」
ルークの顔が近づき、耳元で低い声が囁かれた。
「薬だけじゃなくて……君の人生ごと、僕専用にしていいかな?」
「〜〜〜っ!?」
一瞬で顔が熱くなる。
振り向いたエレナの視線の先で、ルークの青い瞳が真剣に自分を見つめていた。そこには冗談めかした色は一切ない。
かつて「地味」だと切り捨てられた自分の努力。
それを誰よりも見抜き、愛してくれた人。
エレナは少しだけ恥ずかしそうに目を伏せたあと、ルークの胸に手を添えて、まっすぐに見つめ返した。
「……はい。喜んで」
窓から差し込む柔らかい光が、二人を優しく包み込んでいる。
エレナの胸は、大切なもので一杯だ。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
初めての令嬢ものでしたが、エレナの爽快な決別と甘い幸せを楽しんでいただけていたらとても嬉しいです。
「スカッとした!」「王子が甘くて良かった!」と思っていただけましたら、ぜひページ下部の評価【★★★★★】やブックマーク登録で応援していただけると、今後の執筆の大きな励みになります!
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