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『月と、チキンと、君の嘘予言。』

掲載日:2026/05/02

「……クク、聞こえるか? 世界の終わりを告げる、この『断罪の福音ゴスペル』の調べが……」


目の前で、フリルだらけの黒いドレスを纏った少女が、包帯の巻かれた右目を抑えて高らかに笑っている。

彼女の名はリリカル。自称・終焉を見通す精霊。

その実体は、やたらと難解な予言(という名の半分妄想)を垂れ流す、重度の厨二病少女だった。


「リリカル、悪いけど今は福音より明日のパンの話をしよう。あと、その浮いてるポーズ、足がプルプルしてるぞ」


対する僕は、佐藤。しがない異世界転生者だ。

チート能力? ない。

伝説の聖剣? 抜けない。

魔法の才能? 魔力測定器が「無」を指して沈黙した。

この異世界において、僕は「無能・無力・無才」という、ある意味で奇跡的な三冠王。


生き残るためにギルドの雑用をこなし、なぜか懐いてきたこの「予言精霊(笑)」の世話を焼く毎日だ。


「無礼な! 汝、我が『虚空のヴォイド・アイ』が捉えた災厄を軽んじるか! 明日、この街の東門より『全てを飲み込む漆黒の獣』が現れ、混沌が舞い降りるであろう!」


「はいはい。……あ、東門から黒い牛の群れが市場に来るってギルドの掲示板に書いてあったな。それのことか」


「なっ……! なぜ汝がそれを!? 貴様、まさか我と同じ『運命の観測者』……ッ!」


「いや、ただの読字能力」


無能な転生者は、予言の「翻訳」だけはやたらと上手くなった。

絶望的なほど噛み合わない二人の、ゆるい終末回避の旅が今日も始まる。


「行くぞ、無能なる従者よ! 我の予言に従い、まずはあの『黄金の果実』を奪取する!」


「それ、隣の家のリンゴだろ。怒られるからやめろ」



  ***



リリカルは相変わらず突拍子の無いことを言い出す。


「お前がラスボスだ!」


「な、なんだってー!? ……じゃなくて、待て待てリリカル、その指を指すポーズをやめなさい。恥ずかしいから」


僕が慌てて制止するのも聞かず、少女はガタガタと(悦びに)震えながら、ボロボロの魔導書をこれ見よがしに広げた。


「クク……クハハハ! ついに、ついに『真理』に辿り着いたようだな、無能なる転生者よ! 汝のその『何も持たざる空虚』こそが、この世界を無に帰す『終焉の特異点』……! 汝こそが、我が予言に記されし最凶の魔王『ニヒリス・ゼロ』であったか!!」


「名前まで勝手に作らないで。僕はただ、君が落とした小銭を拾おうとして屈んだだけなんだけど……」


「言い逃れは無用! 汝が歩くたびに、大地の精霊が怯えて鳴いている(※砂利の音)! 汝が息を吸うたびに、大気が絶望に染まる(※ただの深呼吸)! おのれ、我を欺き、隣でリンゴの皮を剥きながら牙を研いでいたとは……恐るべき策士よ!」


彼女の瞳(眼帯の下)が、キラキラと輝いている。

どうやら「一番身近な相棒が実はラスボスだった」という王道展開を引いて、テンションが最高潮に達してしまったらしい。


「よしリリカル、わかった。僕がラスボスだ。世界を滅ぼす前に、とりあえずお腹が空いたからラスボス特権で『超究極・暗黒物質(焦げた野菜炒め)』を作ってやるよ。だからそのへんの岩に登って高笑いするのはやめろ、危ないから」


「ふっ……よかろう。最期の晩餐として、その呪われし供物、甘んじて受け入れようぞ……!」


無能な転生者は、ついに(設定上だけ)最強の存在へと成り上がった。

精霊少女の妄想が加速する中、二人の「世界を滅ぼす(予定の)夕食」の準備が始まるはずだったのだが...。


「『ニヒリス・ゼロ』よ、あんなところに勇者がいるぞ!」


「ゲッ、最悪のタイミングで本物が来た……!」


僕が指差した先。街の広場に、後光が差さんばかりのフルプレートメイルを纏った一団が現れた。

手に持つ聖剣が、僕の「無能な魔力」とは正反対の、眩しすぎる輝きを放っている。


「ふははは! 案ずるな『ニヒリス・ゼロ』よ! 汝の首は、この我が……ひゃうっ!?」


勝ち誇っていたリリカルだが、勇者がこちらを振り向いた瞬間、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で僕の背中に隠れた。さっきまでの威勢はどうした。


「……リリカル、足が僕の服に絡まってる。あと、震えすぎ」


「だ、黙れ……! あれは『光の断罪者』。我ら闇に属する者が最も苦手とする、物理的に光る生き物だ……っ」


一方、勇者一行はこちらの奇妙な主従――「眼帯で震える幼女」と「その背後で死んだ目をしている男」――を怪訝そうに見つめている。


「おい、そこの二人。ここらで『終焉の魔王』の予兆があったと報告を受けたのだが……心当たりはないか?」


勇者の鋭い視線が僕を射抜く。

リリカルが「こいつがそうです!」なんて叫べば、僕の首は一秒後には広場を転がっているだろう。


「……あ、いえ。魔王っていうか、今さっき『中二病を拗らせた精霊が、転んで膝を擦りむく』という悲劇は起きましたけど。それのことじゃないですかね?」


「汝っ……! 我の誇り高き負傷をそんな俗な言葉で……!」


僕の背中で、リリカルが必死に小声で抗議してくる。

さあ、このまま「ただの痛い旅人」としてスルーしてもらうか、それともリリカルの余計な一言で本格的に討伐対象にノミネートされてしまうか……。


「勇者よ!お前異世界転移者だな!」


またリリカルが突然とんでもないことを言い出した。


「なっ……!? なぜそれをッ!」


勇者の身体がビクリと跳ねた。その顔には、隠しきれない動揺が走っている。

これまでは「聖なる騎士」として完璧に振る舞っていたはずの男が、急に「バレた……」という気まずい高校生のような表情になった。


「クク……見破ったぞ。汝のその、隠しきれぬ『現代文明の残り香』……そして何より、その聖剣! それ、どう見ても装飾が令和のRPGデザインだろうが!」


リリカルが、僕の背中からひょいと顔を出して勝ち誇る。


(リリカル、それ多分デタラメだけど、奇跡的に当たっちゃったよ!)


「お、おのれ……! どこぞの予言精霊かと思えば、まさか僕の……いや、私の正体を見抜くとは。……そうか、君も『向こう側』の人間か?」


勇者が小声で、しかし切実に僕に問いかけてくる。

周りのパーティメンバーには聞こえないように、彼は僕にだけ「同郷のよしみ」を求めているようだ。


「ええ、まあ。僕は見ての通り、チートなしのハズレ枠ですけど」


「チートなし……? それでその『終焉を告げる精霊』を従えているのか!? なんてストイックな縛りプレイをしてるんだ君は……!」


勇者の瞳に、畏怖と尊敬の色が浮かぶ。

どうやら彼は、リリカルの痛々しい厨二ムーブを「底知れない魔力の隠蔽」だと勘違いしたらしい。


「リリカル……今のうちに何とかして。このままじゃ彼、僕のことを『隠れた実力者』としてパーティに誘うか、ライバルとして決闘を申し込んでくるぞ」


「ふっ、望むところよ! 勇者よ、汝が元の世界で嗜んでいた『コンビニのチキン』の秘術を差し出すならば、終焉を少しだけ先延ばしにしてやらんでもないぞ!」


無能な転生者(僕)と、勘違いした勇者、そして調子に乗った厨二精霊。

広場は今、異世界で一番カオスな「オフ会」の会場になろうとしていた。


「あれれ、聖女様もしかして勇者様のこと好きなの?今嫉妬してたよね」


「ちょ、リリカル! 余計な火種を投げ込むな……ッ!」


僕の制止も虚しく、リリカルは勝ち誇った顔で、勇者の背後に控える聖女様を指差した。

聖女様は、それまで慈愛に満ちた表情で微笑んでいたはずだった。しかし、リリカルが勇者に(同郷トークで)馴れ馴れしく詰め寄った瞬間、その瞳の奥から「絶対零度の光」が放たれたのを、僕は見逃さなかった。


「……あら、予言精霊様。それは何かの見間違いではなくて? 私はただ、この方が不埒な輩に毒されないよう、主の御名において監視していただけですわ」


聖女様が微笑む。……が、手に持った聖杖の先から「ミシミシ……」と不穏な音が聞こえる。

そして、その視線は「勇者に親しげに話しかけている無能な僕」を、ゴミを見るような、あるいは消毒対象を見るような目で捉えていた。


「クフフ……隠しても無駄だぞ、光の乙女よ。汝の『心の深淵』から溢れ出すどす黒い独占欲……我の『虚空の眼』には、それはもう真っ黒なオーラとなって視えているわ!」


「リリカル、それただの嫉妬を大げさに言ってるだけだよね!? 聖女様、顔、顔が怖いですよ!」


勇者はといえば、「えっ、えっ? 聖女様が僕を? いやいや、そんな、メインヒロインだしそんな急にフラグが……」と、これまた典型的なラノベ主人公ムーブで顔を赤くしてオドオドしている。


「……勇者様。そんな無能そうな男と親しくして、一体何のお話をされていたのですか? 後でじっくり、懺悔室でお聞きしますね?」


聖女様の背後に、物理的な暗雲が立ち込める。

これ、僕が「勇者の秘密を握るラスボス」だと思われたら、真っ先に浄化(物理)されるパターンじゃないか!?


「おい無能、見たか! 我の予言(指摘)によって、ついに聖域の仮面が剥がれ落ちたぞ! これこそが愛憎渦巻く終末の序曲……ッ!」


「はしゃぐな! 僕の命がかかってるんだよ!」


「おい、あんなところに筍が!」


「……えっ、タケノコ!?」


一触即発の修羅場、聖女様の冷徹な視線、勇者のドギマギ。そのすべてを、僕の指差した「地面の突起」が凍りつかせた。


「な、汝……! この終末のときに、何を……あ、本当だ。立派なタケノコではないか! 貴様、我が空腹を察して『大地の供物』を予言したというのか!?」


リリカルが眼帯をずらして身を乗り出す。

聖女様の殺気も、勇者の困惑も、石畳の隙間から「ニョキッ」と力強く生え出た、季節外れの、しかもなぜか禍々しく黒光りするタケノコの存在感に上書きされた。


「……勇者様、見てください。あのタケノコ……ただの植物ではありませんわ。あれは、魔力の奔流が一点に集中して物質化した『暗黒土龍の角』……!」


「えっ、聖女様、あれタケノコじゃないの!?」


勇者が驚愕する。

違うんだ。僕が言いたかったのは「見てください、シュールですね」という現実逃避だったのに、この世界(と聖女様の解釈)が勝手に物語をシリアスな方向に進めていく。


「クハハハ! さすがは『ニヒリス・ゼロ』! 汝がその指で示した地点より、ついに地底の魔獣が目覚めるというのだな! 勇者よ、悠長に不純異性交遊に耽っている暇などないぞ!」


「ちょっ、リリカル、不純とか言うな! 聖女様の杖の輝きが増してるから!」


無能な僕が何気なく指差したせいで、ただのタケノコ(?)が「魔王復活の先触れ」に格上げされてしまった。


「……わかりました。この邪悪な予兆、聖女として見過ごせません。勇者様、共にあれを浄化(物理破壊)しましょう。その後、あの男(僕)の取り調べです」


「待って! それ、多分ただの美味しい野菜だから! 掘って煮れば解決するから!」


「かっ、かぐや姫!?」


「……はえ?」


勇者が聖剣を構え、聖女様が呪文を唱えようとしたその瞬間。

黒光りするタケノコが「パカッ」と、まるでおもちゃの桃のように真っ二つに割れた。

中から溢れ出したのは、禍々しい魔力……ではなく、目も眩むような月光の輝き。

そして、その光の中心にいたのは、十二単を纏い、ウサギの耳のような髪飾りをつけた、絶世の美少女だった。


「……此度はどなた様が、わらわを掘り当てたのかしら?」


彼女が静かに瞳を開けた瞬間、辺りにキンモクセイのような高貴な香りが漂う。


「か、かぐや姫……!? 嘘だろ、和風ファンタジーの層まで拾ってくるのかよこの世界!」


「ク、クク……なるほど、これが『月からの使者』……! 汝、もしや我が失われし半身、終焉を共に歩む『狂気の月読ツクヨミ』か!?」


リリカルが速攻で自分に都合のいい設定を盛り込みながら、かぐや姫に詰め寄る。

一方で、勇者はそのあまりの美しさに鼻の下を伸ばし、聖女様は「また女が増えた」と言わんばかりに聖杖をミシミシと鳴らしている。


「あら。そこの『無能』そうな殿方、わらわを救い出したのは貴方かしら? お礼に、この超兵器の起動キーを差し上げましょうか?」


「いらない! もっと平和な、お米とかお餅とかにして!」


無能な転生者の周りに、ついに「宇宙規模のトラブルメーカー」まで降臨してしまった。


「かっ、核爆弾!?『ニヒリス・ゼロ』よ、非核三原則とやらはどうしたのだ?」


「な、何言ってるの!? 非核三原則(持たず、作らず、持ち込ませず)! この異世界にそんな高度な政治理念があるわけないだろ!」


僕の叫びも虚しく、かぐや姫が懐から取り出したのは、表面に不吉な「放射能マーク」が刻まれた、手のひらサイズの漆黒の球体だった。


「あら、これはわらわの故郷では『不老不死の薬』と同じくらいポピュラーな、『究極の浄化(物理)ボタン』ですわ。これをポチッとな、とすれば、半径数キロが綺麗なさら地になりますの」


「やめろぉ! 浄化の定義が過激すぎる!」


勇者は「核……? 核ってなんだっけ、物理攻撃?」と首を傾げ、聖女様は「あら、私より効率的な広域殲滅魔法をお持ちのようですわね……」と、別の意味で対抗心を燃やして杖を構え直している。


「クク……クハハハハ! 素晴らしい! ついに、ついに我が予言に記されし『静寂なる光のフォールアウト』が降るのだな! 汝、月の乙女よ、今すぐその『終末の果実』を解放せよ!」


「リリカル! 煽るな! それ、本当に『終わる』やつだから! 僕らも蒸発するから!」


無能な転生者の必死の制止により、今のところ爆発は免れているが、「核を持ったかぐや姫」という、どの竹取物語にも載っていない最強の脅威が、街の広場のど真ん中で微笑んでいる。


「……ところで、その『ひかくさんげんそく』とやらは、美味しいのかしら?」


かぐや姫が自分の知らない単語に戸惑いを感じているが、リリカルの意識は勇者に向かう。


「おっと、勇者は非核三原則も知らないお馬鹿さんだった!義務教育の敗北だ!」


「ちょ、勇者! お前、日本からの転生者だろ!? 社会の授業で寝てたのかよ!」


僕が頭を抱えると、勇者は「えっ、あ、いや……」と頬を掻きながら、気まずそうに視線を逸らした。


「だって、僕のいた中学、異世界召喚の予習に忙しくて義務教育どころじゃなかったし……それに、魔法がある世界で『核』とか言われても、なんか強そうな火属性魔法か何かだと思って……」


「義務教育の敗北が、今ここに極まったわね……!」


リリカルが、これ見よがしに(読んでるフリだけの)魔導書をパタンと閉じて、哀れみの視線を勇者に向けた。


「クク……愚かなる『光の勇者』よ。教科書という名の聖典すら読めぬとは。汝、もしや漢字の読み書きも怪しいのではないか? 我の予言によれば、汝の通知表は『1』と『2』の螺旋らせんで構築されているはずだ!」


「そこまで言うなよ! 数学は得意だったんだよ、魔法の計算式とか!」


そんな言い争いを横目に、かぐや姫がニコニコしながら核ボタンを弄んでいる。


「あら、この『お馬鹿さん』の勇者様に、このボタンの威力を実地研修で教えてあげましょうか?」


「やめて! 教育の実習が過激すぎて世界が滅んじゃう!」


無能な僕は、ついに悟った。

このパーティ、「無能(僕)」「厨二リリカル」「お馬鹿(勇者)」「ヤンデレ(聖女)」「核兵器(姫)」という、異世界史上最もバランスの悪いメンツだ。


「よし、勇者。とりあえずお前に『公民』の授業をしてやるから、その聖剣を置いて座れ。聖女様も、殺気じゃなくて母性で彼を見守ってあげてください!」


「……母性、ですか。ええ、赤ん坊のように何もできないよう、手足を封印してお世話して差し上げますわ」


「それ母性じゃなくて監禁だよ!」


リリカルが興奮したようで中心に躍り出るが再び妄言を吐き散らしている。


「さあさあ踊り狂うが良いわ!あ!そういえばあんた、ラスボスだったわね、なんとかしなさい!」


「ちょ、都合が良すぎるだろ! さっきまで『無能無才』って蔑んでたのに、困った時だけ『ラスボス』扱いかよ!」


僕が叫ぶ横で、かぐや姫が「ほほほ!」と雅に笑いながら、核ボタンをリズム良くお手玉し始めた。リリカルは「そうだ! 踊れ! 終末の舞踏ラスト・ダンスだ!」と、自分も変なステップを踏みながら僕を突き飛ばす。


「さあ『ニヒリス・ゼロ』よ! 汝の真の力を見せ、この月の狂気を鎮めてみせよ! 勇者も聖女も、汝の深淵なる叡智(義務教育)の前では赤子同然なのだから!」


「わかった、わかったよ! ラスボスの『権能』、今ここで発動してやる!」


僕は覚悟を決めて、勇者の腰のポケットに入っている「黒い板」をひったくり、かぐや姫が空中に放り投げた「核ボタン」を見事にキャッチ……しようとして、勢い余って足をもつれさせ、かぐや姫の足元へスライディング土下座する形になった。


「……何をしておいでで?」


「ひ、姫様! そのボタンは『月の特産品』として、大切に神棚(という名の僕のリュック)に奉納させてください! 代わりに、この勇者が持っている『現代の至宝』……『スマホ(電池切れ)』を差し上げます!」


「スマホ……? まあ、なんて不思議な輝き(画面の反射)を放つ板かしら」


好奇心旺盛なかぐや姫がボタンを僕に手渡し、代わりに動かないスマホを受け取って目を輝かせた。

ふう、首の皮一枚で世界がつながった……。


「……さすがは魔王。ひざまずくと見せかけて、一瞬で『究極兵器』を奪取するとは。勇者様、やはりこの男、生かしておいては……」


「聖女様! 違うの! これただの平和的解決なの! 勇者も『スマホ取られた!』みたいな顔で僕を見ないで!」


「クハハハ! 見たか、これぞ我が相棒、無能を装いし権謀術数の塊! さあ、次は勇者の義務教育だ! 九九から始めるか、『いい国(1192)作ろう鎌倉幕府』から始めるか、選ぶが良いわ!」


無能な転生者は、ついに核を背負ったラスボス(兼・塾講師)として、異世界の歴史に名を刻むことになった。



  ***



「いざコンビニ・チキンの秘術!」


「出たな、現代文明の禁じ手……! 勇者よ、貴様の『魂の故郷ふるさと』の味を再現してみせろ!」


リリカルがこれ見よがしに「聖なる調理器具(ただの錆びた鍋)」を掲げる。勇者はついに覚悟を決めたようで、キリッとした顔で聖剣を……包丁に持ち替えた。


「ああ、見ててくれ。僕がバイトで培った、あの『Lサイズのホットスナック』の黄金比を! この異世界にある魔獣の胸肉と、かぐや姫が持ってきた月のスパイス(※多分ただの香辛料)があれば、再現は可能だ!」


「勇者様……そんな下卑た食べ物を、まさか主の御前で……。でも、そこまで仰るなら、私がこの聖杖で『超高温・神聖油(パーム油)』を生成して差し上げますわ。カラッと揚げて差し上げます」


「聖女様の権能の使い道がひどい!」


無能な僕は、ラスボス(兼・塾講師)として現場を仕切る。


「よし、勇者は肉を叩け! 聖女様は油の温度を180度で固定! かぐや姫、その核ボタンでタイマー代わりにするのはやめろ! 爆発音で揚がりを知らせるな!」


ジューッ……という、異世界には似つかわしくない暴力的に食欲をそそる音が広場に響き渡る。

やがて完成したのは、見た目だけは完璧な、あの「コンビニ・チキン」だった。


「クク……クハハハ! これか、これが我が予言に記されし『黄金の禁断果実』! 一口齧れば、あまりのジャンクさに理性が吹き飛ぶという……!」


リリカルが恐る恐る一口齧り、その瞬間、彼女の眼帯がパカッと外れた。


「なっ、なんだこの、口の中で暴れ狂う旨味の暴力(化学調味料)は……っ! 身体が……身体が現代の添加物を求めて疼く……ッ!」


「リリカル、それただの食レポだよ! 戻ってきて!」


一方、かぐや姫も「月の餅より刺激的ですわ……」と完食し、勇者は「これこれ、この味だよ!」と涙ぐんでいる。聖女様に至っては、「勇者様の味……(※誤解)」と言いながら無言で三つ目を頬張っていた。

こうして、核の脅威は「コンビニ・チキンの秘術」によって、一時的に沈静化したのだった。


「……ふぅ。さて勇者、腹も膨れたところで、『因数分解』の補習を始めるぞ。逃がさないからな」


と切り替えた途端にリリカルが王宮に向かって駆け出した。


「王様!お前は因数分解ができるのか?」


「なっ、何やつだ……! 余の執務室に、揚げ物の匂いを漂わせて乱入してくるとは!」


突然の呼び出しに、王座に座る国王陛下は驚きで王冠をずらしながらも、威厳を保とうと背筋を伸ばした。しかし、僕と勇者、そして核ボタンを弄ぶかぐや姫を連れた一行の威圧感に、冷や汗を流している。


「……因数分解だと? 予言精霊よ、この無能そうな男は何を言っておるのだ。我が国に伝わる禁忌の古代魔法か?」


「クク……見ろ、無能なるラスボスよ! この国の頂点に立つ者ですら、現代の叡智『(x^2 + 5x + 6)』の真理に辿り着いておらぬ! これぞ正に、知の終焉……『教育の暗黒時代ダークエイジ』よ!」


リリカルが勝ち誇ったように、王様の鼻先にチョークを突きつける。


「王様、悪いけどこれは義務だ。勇者が九九で止まってる以上、この国の最高責任者であるあんたが手本を見せないと示しがつかないんだよ。さあ、ペンを持て。(x+2)(x+3)にするまで、今日は帰さないからな」


「ま、待て! 余は忙しいのだ! 隣国との外交問題や、タケノコから姫が飛び出した怪奇現象の調査で……!」


「……陛下。学問を疎かにしては、主の導きも聞こえませんわ。さあ、解けるまでその王座を聖なる結界で封鎖しておきますね(暗黒微笑)」


「聖女まで!? 勇者、お前からも何か言って……」


「陛下、諦めてください。僕もさっき、『三平方の定理』を解くまでチキンはお預けだって言われたんです。地獄を共有しましょう」


ついに、一国の主までもが「異世界義務教育」の波に飲み込まれた。

王宮の広間には、剣戟の音ではなく、「たすき掛け」に悩む男たちの呻き声が響き渡る。


「……ほほほ。王様が解けなかったら、景気付けにあの『ボタン』、押しちゃってもよろしくて?」


「ダメに決まってるだろ! 集中力が削がれるから不吉なこと言わないで!」


またもやリリカルが場をかき乱してきた。


「次の瞬間、重力加速度の符号が負となるだろう!」


「な、何だと……っ!? お前、ついに世界そのものを書き換え始めたのか!」


僕が反射的に叫んだその瞬間、世界が「カチリ」と音を立てて反転した。

重力加速度の符号が、正(下向き)から負(上向き)へ。

物理法則の根源を揺るがすその「予言」が、僕の無意識の魔力(?)か、あるいはかぐや姫の持っていた超兵器の共鳴か、現実に干渉したのだ。


「うわああああっ!? 王座が! 天井が近いっ!」


因数分解に悩んでいた王様が、豪華な椅子ごと天井に向かって「落下」していく。


「ク、クハハハ! 見たか! これぞ天地創造の逆説、我が相棒が放つ『虚空の反重力グラビティ・ゼロ』よ! ……って、ひゃあああ! 私のスカートがあああっ!」


リリカルもまた、ドレスのフリルをなびかせながら天井へ向かって浮き上がり、必死に裾を抑えてバタついている。


「所長! 勇者の僕でもこれには耐えられない! 聖剣を地面(今の天井)に突き刺して固定するのが精一杯だ!」


「勇者様、不様ですわ! ……と言いつつ、私もお祈りのポーズのまま天井に張り付いておりますけれど!」


広間は今、上下が逆転したパニック状態。

天井に散らばる因数分解のプリント、浮遊するコンビニ・チキン、そして……。


「あら。わらわ、月が近くなって嬉しいですわ。このままボタンを押しちゃえば、もっと高く飛べるかしら?」


かぐや姫だけが、逆さまになった世界で優雅に茶を啜っている(お茶も逆さまに浮いている)。


「おのれ……っ! 符号一つでこの惨状か! ラスボスの僕がなんとかしなきゃいけないのかよ!」




  *『というのは夢だったのである!』*




「……はっ!?」


勢いよく飛び起きると、そこは見慣れたギルドの安宿の硬いベッドだった。

窓の外からは、のどかな鳥のさえずりと、市場の活気ある声が聞こえてくる。


「……夢、か。核兵器を持ったかぐや姫に、逆さまに落ちる王様、因数分解を強制される勇者……。いくらなんでもカオスすぎたな」


あまりの支離滅裂な内容に、僕はぐっしょりとかいた汗を拭う。

無能な転生者の僕が世界を救うどころか、物理法則を書き換えるなんてあり得ない話だ。やっぱり、慣れない異世界生活でストレスが溜まっているのかもしれない。


「クク……ようやく目覚めたか、『ニヒリス・ゼロ』よ」


隣を見ると、床に座り込んで怪しい黒魔術の陣(チョークの落書き)を描いているリリカルが、不敵な笑みを浮かべてこちらを見ていた。


「汝、眠りの中で『並行世界の終焉』を観測していたようだな。うなされながら『因数分解が……』と口走る姿は、正に狂気そのものであったぞ」


「リリカル……。お前、僕が寝てる間に変な呪文とか聞かせなかったか?」


「失礼な! 私はただ、汝の精神を『虚空の深淵』へと誘うための子守唄(自作の詠唱)を歌っていただけだ。……ところで、その夢に出てきたという『こんびに・ちきん』とやらは、どこに行けば奪取できるのだ?」


「……。よし、リリカル。今日はギルドの仕事は休みだ。夢で見た、その『禁断の味』に近いものを市場で探そう」


「おお! ついに我が予言が現実を侵食し始めたか! 行くぞ、無能なる従者よ!」


現実は、相変わらず無能で、無力で、無才。

けれど、核爆弾もヤンデレ聖女もいないこの「平和な日常」が、一番のチートなのかもしれない。



……。

……あ、あれ? でも、僕のリュックの中に、覚えのない「黒くて丸い、ボタンのついた物体」が入っているのは……気のせい、だよな?

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