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1話 悪の総帥、パパになる

「──お前達の野望もここで終わりだ!ギガダーク!!」


 乾いた風が吹き抜ける岩場で、青年は崖の上に真っ直ぐな眼差しを向けていた。

 その視線の際には一つの影がある。

 漆黒のマントをはためかせる男の姿。


「ふっ、潔いな。だが、ここが貴様の墓場となるのだ、レッドオリハルコン」

 落ち着いた口調で挑発するように、にやりと口角を上げる。


 今ここに二つの意思が対峙する。


 紅の金属スーツに身を包む正義のヒーロー。

 古代戦士レッドオリハルコン。


 目の前に立つのは遠き宇宙より飛来した悪の組織、邪神帝国ギガダークの総帥。

 魔皇帝ゾラ=サクリファイス。


 両者は譲ることない気迫で空気に緊張感が走る。


「亡き妻の仇、今日こそは取らせてもらうぞ」

 ゾラは低く呟きながら、力強く拳を握らせる。


「かかってこい、俺は悪には屈しない!」

 大きく手を横に振る。レッドオリハルコンは、いつも登場する時の構えを披露する。ヒーローの威厳を見せつけるかのように。


「小賢しい」

 小さく呟く。

 ゾラは、握る機械仕掛けの杖を横一閃に動かす。

 背後にある空間が徐々に黒く歪み出す。すると広がる波紋の中から七つの影が忍び寄る。


「くっ……、お前らは!?」

「彼ら、七星武刃セブンス・ローグを前に最後まで立っていられるのかな?」

 冷やかな声が、崖の上から降ってくる。


 七星武刃セブンス・ローグ


 ギガダークに属する史上最強の幹部に与えられた称号。魔皇帝ゾラ直属のエリート部隊でもある。


 七つの影は、眼下の岩場にいるレッドオリハルコンを見下ろし、嘲るように笑う。


「どんな状況でも諦めない、それが俺の流儀だ!」


 グッと拳を握り、たった一人の英雄は告げる。


 一人でも戦う。

 それが彼の覚悟だった。


「ふん、面白い。ではまずは手始めと行こうか」

 ゾラは杖を大地に軽く叩きつけると、レッドオリハルコンの目の前に再び黒い波紋が広がる。

 その波紋から顔を出すのは、薄紫を濁らせたような色の体を持つ無数の戦闘員たち。

 ヤーミへい

 彼らはゾラに忠誠を誓うように、雄叫びを上げながらレッドオリハルコンを倒すまいと一斉に駆け出す。

 片手に持つ小さなナタのような武器でレッドオリハルコンに襲いかかる。


 しかし、レッドオリハルコンは彼らの攻撃を予測しているかのような、しなやかな身のこなしで攻撃を避け、その拳でヤーミ兵たちを一体、一体倒していく。


 丘の上からでもヤーミ兵たちがいとも簡単に一掃されていく様子は分かる。

 まさに圧倒的な様子だった。ヒーローたるレッドオリハルコンの実力が垣間見える。


「流石、我が宿敵よ、ここで終わってしまってはつまらないからな」

 不敵にゾラは笑う。


 そして隣に猛獣の毛皮を斜めにかけた衣の男は、声をかけては両手に持つ大きな鉤爪を絡ませる。

 バチりと火花を立てる。


「総帥、次は俺に行かせてくれ」


 意気軒昂いきけんこうとした様子で、男は今にも暴れ出しそうな口ぶりだった。


「いいだろう、七星武刃セブンス・ローグの実力を見せてやれ」

「アイアイサー!」


 男は空へと高く舞い上がり、大きい土煙をあげて岩場へと着地する。

 その衝撃で当たり一体の地面にはヒビが入り、衝撃派がレッドオリハルコンを襲う。


「お、お前は!?」


 驚きを隠せていない声で問いかける。

 男は大きい鉤爪を振り翳しながら叫ぶ。


「我はギガダーク、七星武刃セブンス・ローグが一人!」


 人差し指を天へと向けて、男は続ける。


四星刃しせいじん 漆黒の獅子ガオードだ!」


 吹き荒れる風がガオードの髪と毛皮を揺らし、その一言で一気に緊張感が高まる。

 捕食者の目がレッドオリハルコンを捉える。


「さぁ、狩りの時間だぜ!!」


 ガオードの大きな鉤爪が振り翳されると同時に、レッドオリハルコンは腰のホルダーからレッドブラスターを取り出すと、グリップを可動させ銃身をくるりと回転させる。

 すると畳まれていた刀身が伸び、一瞬にして剣を形作る。


 ガギィン、と金属が弾けるような音が火花と共に周囲に広がる。

 力の押し合いだが、ガオードの強靭な腕力にレッドハルコンはやや後ろに押される。


「ちょっとは骨のあるやつだと思ったが、この程度か?」

「絶対に負けない…!」


 岩場で繰り広げられる光景を幹部たちは静かに眺める。

「ガオードってば、やっと暴れられて楽しいのね」

 透き通るような綺麗な声の持ち主、魔界天女まかいてんにょリュグルドミラは笑みをこぼしながら宙に言葉を放つ。




 岩場の上。

 戦場を見下ろす崖の頂で、七つの影は静かに戦いを眺める。


 ヤーミ兵が次々と倒され、土煙の向こうで赤いヒーローと大きな爪を持つ幹部がそれぞれの武器で譲らない戦いを見せている。


「野蛮な戦い方だ。品に欠ける」


 冷たい声でそう言ったのは、機械仕掛けの細身の眼鏡をかけた男、技巧軍師ぎこうぐんしガルシア。

 腕を組みながら、眼鏡の奥の瞳を細める。


「命懸けの戦いにもなる。品だけを求めていても敵には勝てないものだぞ」


 低く落ち着いた声で答えたのは、和装に陣笠を被る、剣聖けんせいのバリッサ。

 腰に携える刀の等身は彼の体格よりもはるかに大きいものであった。


「僕は戦うのは面倒だから、存分にやってもらわないと困るよ」

 肩をすくめながら召喚士しょうかんしロロイドは、興味なさそうに爪先で小石を転がしては崖の下に落とす。


「ふあ、あたしもやる気出ないから、ガっちゃんにはその分暴れてもらいたぁーい」

 睡魔すいまレムは大きくあくびをすると、目をこすりながら背後の岩にもたれかかる。

 彼女の声には、まるで昼寝前の猫のような気だるさが混じる。


 彼らの態度に小さくため息をついた後、金色の鎧を纏う魔神まじんザヴォークは剣の刃を指で撫でながらゾラに問いかける。


「総帥、このまま畳み掛けますか?」


 静かな問いかけであった。


「いいや、ギリギリまで奴を消耗させる。その後に一気に叩く」

 その声には余裕があった。


 そして、ゾラはゆっくりと目を細める。


 これまでの戦いを思い返していた。

 レッドオリハルコン。

 何度もぶつかり合い、何度も退け合ってきた宿敵。


 そして。

 先日の戦いの中で倒された妻の姿が脳裏に浮かぶ。


 クイーンドラグーン・ウラヌス。

 宇宙の暗黒空間に生きる、誇り高き竜の女王。


 つい先日の闘いで悲しくも、レッドオリハルコンの必殺剣の前に破れたばかりだった。


 今日に至るまで、レッドオリハルコンとの戦いも二十五回目を迎えようとしていた。


 今こそ、決着をつける時だと確信めいた様子で、つい頬が吊り上がる。



 そんな時だった。


 ゾラの腕に装着される通信機が、突然鋭い電子音を響かせる。


 それは基地で待機をしているヤーミ兵からだった。


『総帥!!緊急連絡です!!』

 あまりの様相に少しばかり、ビクッと肩を震わせるが、それでも落ち着いた様子で応答する。

「今は戦闘中だ、後にしろ」

 冷たく吐き捨てると、慌てふためくようにヤーミ兵は続けた。




『──ウラヌス様の卵が孵化します!!』




 沈黙。


 その場の空気が、ぴたりと止まった。


「……え?」


 魔皇帝の顔から、余裕の笑みが姿を消し、頭が真っ白になる。


「え、ほんと?今?今なの?」

『はい!もうなんかヒビとか入っちゃってます!時間の問題です!』


 通信機から耳を離し、周囲の環境を忘れてしまうほどゾラは完全に狼狽していた。

 先ほどまでの威厳ある魔皇帝の姿はもうどこにもない。


「ざ、ザヴォーグどうしよう…、う、生まれるって、赤ちゃん……」

「え?こんな最中で?」

 ゾラの一声で真剣な眼差しだったザヴォーグも驚愕を隠せていなかった。

 その拍子に手に持っている剣を崖の下に落とす。


「ど、どうしよぉぉぉぉ」

 狼狽えるゾラの様子に反応したのはリュグルドミラだった。


「ついに生まれるんですか!奥様の卵から!」

 彼女はパッと顔を輝かせ、前のめりにゾラに駆け寄る。

 その様子に他の三人もきょとんとした表情で顔を見合わせる。


「ほんとどうしよ、レッドオリハルコンなんかもうめっちゃ疲れてそうだし、今倒し時じゃない?」動揺した様相は変わらず、ゾラはおろおろと足取りを右往左往させる。


「いやいや、結構それどころではないですよ?初のお子さん誕生なんですよ?」

 ミラの言葉に足を止め、ゾラは両手を前で絡ませる。

『あぁー!総帥!もうやばそうです!!!!』


「どうしよぉぉぉぉおおおお!!!!!」


 崖の上で騒いでいる総帥と幹部たちを、岩場にいるガオードもちらりと見上げる。


(なんだなんだ、随分と上の方が騒がしいな、俺様の戦いがそんなにいいのか?)


 にたり、と口角が上がると鋭い八重歯が現れる。


(ちょっと、かっこいいところ見せてやるか)


 ガオードは大きな鉤爪を先ほどよりも大きくスイングさせる。

 だが、その大ぶりはあまりにも大きく弧を描きすぎた。


 隙。


 懐に空いた大きなスペースをレッドオリハルコンは見逃すことはなかった。

 剣形態のレッドブラスターのグリップを、ガオードのみぞおちへと叩き込む。


 バゴンッ!!


 鈍い音が鳴り響くと同時に、ガオードは後方にある崖の淵へと吹き飛ばされていった。


「よし!」とレッドオリハルコンが嬉々を漏らす。

 背中を大きく打ちつけたガオードはくらくらと頭を揺らしており、あまり視界は上手く機能していないようだった。

 まさに再起不能。


「ギガダーク!ガオードは倒して見せたぞ!」


 レッドオリハルコンはゾラの方へと大きく指を突き立てる。


 だが。

 返答がない。


「あ、あれ?」


 小さく咳払いをしてみせ、呼吸を整えたのち、再び指を突き立てる。


七星武刃セブンス・ローグの一人を倒したぞ!!」


 それでも反応はなかった。


 もはや眼中に無いとしか言いようがない。


「おい!聞けぇぇぇぇぇ!!!!」


 その一声が崖の上まで鳴り響き、ゾラと六人の幹部たちがやっとレッドオリハルコンの方を見る。

 そして表情を曇らせると、鋭い眼光でゾラが叫ぶ。


「──うるさい!!今、それどころではないのだ!」


「え、えぇ…」

 レッドオリハルコンの肩が沈んでいく。

 自分が悪いような空気が流れ、辺りを見回すと起き上がったヤーミ兵たちも頭を斜めにしたり、レッドオリハルコンを指差して嘲笑する。


「え、これ帰っていいやつなの?でも現場に上司がいないとさあ、監督不届ってケースも多いじゃない?」

 ゾラは周囲の幹部たちの顔色を伺う。

 開口するザヴォーグは先ほどの風格を取り戻すかのように、冷静な声で返答する。


「総帥、ここは我々にお任せください」

「父親のいない出産なんてあり得ません!」ぎゅっと両手を前で組ませるリュグルドミラも輝かしい目で首を上下に何度も振っていく。


「戦況は我々で維持可能です」リュグルドミラの横でメガネに指をかけ、ガルシアも肯定するようにゾラに声をかける。


「誕生の瞬間は、一生に一度だ」

 バリッサの顔は陣笠で隠れているが、小さく頷いているのも見て取れる。


 するとロロイド、レムは二人で顔を見合わせた後にゾラに聞こえるように呟く。

「このままじゃヤーミ兵がお父さんになっちゃいますよ」

「不憫な父親、でも面白そう」


「面白くありません!!」前のめりで端でくつろぐ二人を叱るリュグルドミラ。

「ああああ!それは嫌だ!」

 ヤーミ兵が父親ヅラをして我が子を抱えている様子を浮かべた後、ごくりと息を呑んで、盛大に頭を掻きむしる。

 ジタバタと一通り騒いだ後に、くるりと身を翻す。


 意を決するように。

 いや、まだ心の準備はできていない。


 だが部下がここまで背中を後押しをしている。ここは上司として部下たちの腕を信じて立ち去るべきだと心の中で確認する。

 握っている杖を軽く振り上げる。

 すると、ゾラの背後の空間が波打ち始め、空間移動のゲートがそこに姿を現した。


「お前たち…全く、いい部下を持ったものだな」


 そう言い残す。

 部下たちを信じ、吸い込まれるように波紋に体が引っ張られる。

 そのまま引かれる力に体を任せ、振り返ることもなくゾラは基地へと転移した。


「すまない!戦闘は任せた!!」




「って、帰るなぁァァァァァァ!」

 レッドオリハルコンの渾身の叫びもゾラに届くことはなかった。


 @


 月の裏側にひっそりと浮遊する。

 宇宙要塞アークマター。


 ゾラは波紋のゲートを潜り抜け、基地へと帰還する。


 コックピットや各部署であらゆる機器を操るヤーミ兵たちは、ゾラの帰還に気がつき、敬礼をする。


「うむ」


 医療室の方に足を向けたところで白衣を着たヤーミ兵がこちらに気がつき、近づいてくる。

「総帥!こちらです」


 案内されるままに医療室へと踏み入れる。

 そこは無機質で淡白な空間だった。真っ白い壁に中央の境目にガラスの板が嵌め込まれ、簡単に間仕切りの奥にはいけない。

 ガラスの向こうには1mほどの大きな卵。

 卵には心電図電極がいくつか貼られており、隣の液晶には現在の状況、振動数などが事細かに表示されている。


「おぉ、これからか」期待に胸を躍らせるが、だが過ごし不安なところもある。

 期待と不安がただただ交差し、両方が胸の中で揺れている。


 一瞥すると確かにヒビがいくつもあり、今にも中から飛び出してもおかしくはない状況だ。


 白衣ヤーミ兵は、手前にあるセキュリティシステムにアクセスすると、一部屋を二つに分断しているガラスを開閉させる。


 ガコン。音が鳴るとガラスが中央でセパレートして卵を乗せた台がゾラの手元まで伸びていく。


 目前まできた卵をじっくりと眺めた後、ゾラは優しく卵に触れた。


 ピキリ。


 殻の奥から伝わってくる温かな温度で、生命の気配を感じ取る。今、ここに生きていることを実感する。


 ピキリ。


 ゾラの脳裏に、妻の姿が呼び起こされる。


「あぁ、ウラヌス。今ここにお前と私の子が生まれるぞ」


 そう、亡き妻は竜。

 この卵は人族と竜族のハーフ。


 ゾラは優しく呟く。


「お前に似ているといいな」


 その瞬間だった。


 パキリ、と最後の音が宙に弾ける。


 真ん中に亀裂が入り、中から小さい手が殻を押し破る。続いては足。


 そして、爬虫類のような鱗をのついた小さき尻尾。生まれたてでテカテカと光沢がある。


 そのまま後方より、頼りのない小さな二つの羽が大きく広がる。


 殻がポロポロと崩れていく。



 やがて全身が現れる。


 竜の鱗、羽、尻尾、人の腕、足。


 顔にはまだ帽子を深く被るように最後の殻が乗せてある。

 ゾラはおもむろに殻を手で取り除くと、翡翠の瞳が真っ直ぐゾラを見つめ、そのまま眼が合う。


 もちりとした頬。

 生まれたてでも分かる整った顔立ち。


 初めての子供は、女の子だった。


 生まれた赤子の顔を見て、ゾラは静かに微笑む。


 そして、優しく一言告げる。



「初めまして、パパだよ」

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